第59話 遠からずも俺の傍にいろ ACT7
「繭ちゃんその制服今の学校の?」
「ええ、そ、そうです」
「うん、よく似合っているよ」
「そうで……すか?」
「うん、うん。それに大分可愛くなったよ。見違えるようだよ、あ、もしかして好きな男性でも出来たのかなぁ」
「そ、そんな人いませんよ」
「ホントかなぁ、ちゃんと顔に書いてるよ。私には好きな人がいますって」
「嘘!」
「冗談冗談!」
けらけらと先生は笑っていた。その笑い顔は何も変わっていなかった。
「先生体、調子良くないって訊いたんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、うん。大分落ち着いたかなぁ。ほら、私ってもともと体弱い方だったじゃない。ちょっと追い付かなくなってきちゃってね。それで中途半端な状態でいるよりも、一旦辞めてゆっくりしようかなって。なんか心配かけちゃったみたいだね。ごめんね」
「そ、そんなことないです。でもなんだか元気そうでよかったです」
「ううふふ、元気よ。気持ちはあなたよりずっと若いんだから」
「ええ、それはまいったなぁえへへへ」
「なんか懐かしいなぁ、繭ちゃんのその笑顔見るのほんと久しぶりだなぁ」
「あ、もしかして締まりのない変な顔って思っているんでしょう」
「誰かに言われたの?」
「ええ、っとそのぉ」
「あら、しっぽふんじゃった? やっぱり好きな男性いるんじゃない。ちゃんと付き合っているみたいだよね。その様子じゃ」
んー、微妙だよね。私と浩太さんの関係で付き合っているなんて言えないんだもん。
先生のお母さんが私たちの所に紅茶を持ってきてくれた。
「あらあら、可愛い子ですね」ニコットほほ笑んで、紅茶の入ったカップをテーブルに置いた。
あ、そうだケーキだ!
「先生、ケーキなんですけど、よかったらどうぞ」
「んー、ずっと実は気になってたんだぁ、その箱。ケーキって言うともしかして『イチゴのショートケーキ』だったりして。
「なはは、わかっちゃいました。先生好きだって前に言っていたの思い出したんですよ」
「わぁーい、やったぁ。さ、一緒に食べよ」
子供の様に無邪気にはしゃぐ先生の姿を見て少しほっとした。
お皿とフォークを持ってきて一口
「う――――ん。美味しい! 本当に美味しいよ。ありがとうね繭ちゃん」
「出来たてだったんですよ。それにこんなに喜んでもらえると嬉しいです」
「うん、うん。なんか繭ちゃんらしいね。その答え方。懐かしいよ。でさぁ、繭ちゃんの彼氏ってどんな人なの? 同じ高校の人?」
「え、えええっと。そ、そんな彼氏だなんて」
「あ、もしかしてまだ片思いだったりするの?」
「そ、そんなんじゃないんですよ本当に。ただ、別けあってちょっと今お世話になっている人なんですけど」
「ほら、やっぱりいるんじゃない好きな人」
「ンもぉ、また先生そうやって決めつけちゃうんだから」
ちょっとむっとして見せた
「あれれ、怒っちゃったぁ。相変わらずだね、自分のこと聞かれるとすぐにむっとする癖」
「先生もそうやって私をむっとさせて、楽しんでいるんでしょ」
「あら、分かちゃった」
私たちはお互いの顔を見合わせて笑った。
気持ちがスーと晴れていくような感じがする。
懐かしい。この瞬間がとても懐かしく感じる。先生とのたわいもない話。
よくしたなぁ。
あの時……。でも、私は。
あの時には、戻りたくない。
「先生は好きな人いないんですか?」
そう言えば、今までどうしてこの事聞かなかったんだろう。
触れる事はいくらでも出来たのに。
「え、私? いないわよ。私は今は誰もいないわよ」
「今はって、前にはいたんですよね。先生も好きな男性」
照れ臭い様な、困ったような。そして少し悲し気な影を導きながら少し目線を落とし、じっとテーブルを見つめながら
「大学の時にね。いたんだけど……別れちゃった」
「その人よっぽど、馬鹿なんじゃないですか?」
「馬鹿?」
「そうですよ、こんなにも美人でいい女性を振っちゃうなんて。よっぽどの馬鹿じゃないんですか?」
「そうね。本当の馬鹿なのかもしれない。……私は」
「えっ?」
「振ったのは私からだったのよ」
◇◇
「チーす! 来てやっぞぉ」
「お、おせーぞ浩太。こっちだ中庭だ」
姉貴の声が家の裏手にある中庭から聞えて来た。顔を合わせる前から怒鳴られている。
こりゃ俺の顔見たとたん何されるか分からねぇぞ!
「こうた! こうた!」
4歳になる甥っ子の夏弥がいち早く俺のもとに駆け寄って来た。
ちょっと前まで足元がおぼつかなかったんだが、今はもう……うっ!
「おぅっぇ!」
「決まった! 浩太にヘッドバット。決まった!」
よし! と言わんばかりガッツポーズを取り
「ママぁ、こうたにヘッドバット決まったよ」
夏弥の頭突きが俺のみぞおちにクリティカルヒットした。
崩れるように前かがみになり、もだえていると。
「よっしゃぁ! よくやった夏弥。ほとんど顔見せねぇ奴にはちょうどいい出迎えだ」
「だ、大丈夫ですか先輩」
門扉の所でもじもじとしていた水瀬が、俺のもだえる声を聴いて駆け寄って来た。
「おっ!」
姉貴がきょとんとして水瀬を見つめた。
「ええッと! 浩太。連れいたのか」
まだもだえながら
「ああ、会社の後輩の水瀬だ」
俺が水瀬の事を紹介すると心配そうに背中をさすっていた水瀬が、ぴんと直立して
「水瀬愛理と申します。先輩……。や、山田先輩にはいつもお世話になっております」
まるでカチコチのロボットの様な動きに、なぜか笑いがこみあげて来た。
「ほへぇ! 浩太が女の人を連れて来た」
姉貴はまだぽかんとしていた。
その場に居合わせたお袋と親父も一緒に唖然としていた。
「おいおい、どうしたんだよみんな。俺が何かしたのか?」
「浩太が女を連れて来た」
姉貴がぼっそり行ったその言葉には、俺のあの過去の姿を思い出させる言葉だった。
そんなことも知らず、ただ水瀬は緊張しながら、固まった体をさらに硬直くさせ、たらぁーと、額から汗を流していた。
そんな異様な雰囲気の中、気を察して声をかけてくれたのが、姉貴の旦那学さんだった。
バーベキューの火を一人で一生懸命におこしていた、義兄の手が止まった。
「おい前らいつまでそんなところでつっ立ってんだ。火、準備できたぞ」
義兄のその声にはっとして姉貴が
「ごめんごめん、今準備するね」
「浩太君、久しぶりだな」と、言いながら、俺にキンキンに冷えたビール缶をヒョイと投げた。
それをキャッチして
「まぁ、こっち来て一緒に飲もうや。あ、彼女さんもどうですか?」
「え、私は……」
「まぁ遠慮しなくてもいいし。気を遣う家族じゃない、まぁこんな家族だけどよろしく」
「いえ、、こちらこそ……」
「しかし、浩太君こんなに可愛い彼女が出来てよかったな」
「はへぇ!」
思わず俺と水瀬の声がハモッていた。
そんな水瀬の顔はまだ飲んでもいないのに、まっかに染まっていた。




