第27話 さらば部長……そして訪れた苦悩 ACT3
「な、何で水瀬が俺に興味を持ってるって……」
「なんだ、なんだ。当の本人は気が付いていなかったのか? まぁだてに管理職はしてないっていうとこだな。水瀬がお前と話している時のあの生き生きとした表情は仕事じゃ生まれんだろ」
「はぁ、そうなんですか……」
「あはは、社内恋愛もまぁ一つの試練だからな」
「ですねぇ……」
「で、お前の方は本命の彼女が最近出来たようだな」
「えっ! そ、それは……」
「いや別に悪いことは言わん。水瀬もそのことには気づいているようだ」
おいおい、この部長はどこまで俺と水瀬を観察してたんだ。
ここで繭のことまで訊き出されたらたまったもんじゃない。
「いや彼女なんて俺いないっすよ。いたらもっと仕事頑張ります」
「あはは、そう来たか。ま、いい、若いうちはなんでも頑張ることが一番だ。俺らの年になると頑張りが利かなくなるからな」
「ほい村木もつ煮と、茶つけだ」
「なんだもう締めを出してきたか熊沢」
「明日も仕事あるんだろ」
「まぁな」
「もう若くはねぇんだ早く帰ってやらねぇと、百合ちゃん心配するぞ」
にんまりと熊沢さんが笑う。
「うるせぇぞ熊沢。もう結婚して何年たってると思ってんだ。俺がいないときの方が生き生きしてるんじゃねぇのか? 彼女は?」
「そんなこと言っていいのか。俺に失礼じゃないか」
「……、お前もいつまでも根に持つなよ」
「熊沢さんはにんまりと笑って」
「お前をおちょくるにはこの話題が一番だからな、おッと部下の前ではしちゃいけなかったか」
「まぁ別にもういいけどなぁ」
「あのぉ……、訊いちゃいけない話だったんでしたら、訊かなかったことにしておきますけど」
「わはは、別にいいじゃないか唯一村木がここに連れて来た部下なんだからよぉ」
「はぁ」
「此奴は社内恋愛で結婚したんだ。しかも当時うちの会社で一番の美人とな。俺もいいところまで行ったんだけどよう。フラれちまったよ。『私村木さんと付き合っています』なんていわれた時なんか、此奴の事一発ぶんなぐってやった」
「ぶははは、そう言えばお前泣きながら殴りかかって来たなぁ」
「そりゃそうさ、あんときは悔しいのもあったけど、恥ずかしい方が強かったからな。それに相手がお前だって聞いた時頭ん中が真っ白になってたよ」
「あああ、そんな時もあったな……」
いきなり部長がしんみりしだした。
「なぁ山田」
「はい」
「もうじき俺はお前らの前からいなくなる。せいぜいするやつが大半だと思うが、俺はあのオフィスにいるお前らが好きだったよ。黙々と仕事に向かうお前らのその姿を見てるといつも励まされていた。……山田」
「はい」
「お前にも何か守るべく人がようやく表れたようだな」
「そ、そんな、そんな人いないっすよ」
「まぁ、それが水瀬なのかは詮索はしないが、守るべく人が出来たのなら、その人を一生懸命に守れ。とことん守って守り抜け、相手が嫌がっても守り抜くんだ。わかったな山田」
また俺の肩にポンと手を当て、優しいいつもと違う一人の人生と言う家族背負った男としての笑みが俺を見つめていた。
それから1週間もしない間に、このオフィスからあの部長の響く声はきえて行った。
「相手が嫌がっても守り抜け」
部長のあの言葉が今もこの胸の中にとどまっている。
あれほど嫌なだった部長。
嫌だと思っていたのは俺だけ、俺自身のこのふがいない弱い自分が、新たなステージへ踏み入ることを拒みつづけていた。この俺がそう思わせていただけだった。
部長はいつも俺の事を見守ってくれていたんだ。
部長いや、村木大斗大先輩!
今まで俺を育て上げてくれてありがとうございました。
あの今は誰もいない抜け殻の様な部長のディスクに、俺は心の中でそう叫んでいた。
水瀬がSNSで
「先輩、繭ちゃんが先輩の昇進祝いしなくちゃって言ってたけど、何か欲しいものあります?」
「なんにもねぇ―よ」
「なぁーんだつまんないのぉ。そうだ私をプレゼントします。どうですかぁ」
「却下! お前、裸にリボン巻いて「はい、あなたへのプレゼント」なんてコスしそうだからな」
「ああ、その手があったかぁ」
「馬鹿かそんなことで感心するんじゃねぇの。お前も今までのように俺のサブという訳じゃねんだから、気引き秘めろ!」
「ああ、なんだか先輩部長に似てきた感じ! はいはい仕事しますわよ。プロジェクトリーダー山田先輩」
その後SNSをプツリと切り、水瀬は俺に聞こえるくらいの大きなため息をしながらディスプレイに目を向け始めた。
部長のディスクが空になり空白となっていた場所に、新たな住人が来ることが決まったようだ。
雨宮マリナ。アメリカ支社で業績を認められ、本社部長職への昇進込みで転勤してきた彼女。
金髪の長い髪に、思いのほか小さく見える顔。切れ長のシャープな目が印象的だ。
それになんとも、ハーフだという事だけはある。あのナイスバディーな身体つきはいい目の保養になる。まるで等身大のフィギアを見ているかのような彼女。んーもしかしたらこれは外見は良い上司に恵まれたのかもしれない。
しかし、俺にある噂が飛び込んでいた。
雨宮マリナ。アメリカ支社ではかなりのやり手だった。
現在32歳。その若さで部長管理職に着任できるほどの実力を持つ彼女には、何か警戒心を発する、俺のアラートが常に鳴り響いているからだ。
今までの部長とは違う。
まして女性だ。付き合い方は難しくなるだろう。
なにげに俺に飛び込んできた噂。それは彼女の私生活についてだった。
はぁ、なぜこれほどまでにこの会社で俺に関係する人は、私生活に何か特殊なものを持っている人ばかりがあつまるのか。
何か仕組まれた陰謀のようにも感じる。
着任初日、あの部長のディスクからは、何かしらの視線ずっと注がれている気がして落ち着かない。
そこにダイレクトメールが送信されてきた。
新部長からだ。
「ハァ―イ、ミスター山田。打合せしたいからこれからミーティングルームに行きましょう。……大丈夫よね」
「分かりました了解です」
初の新部長とのミーティングさて、どんな切り出しでこの俺に問いかけるのか?
緊張する……。
「先輩どうしたんですかそんなひきつった顔をして」
水瀬が俺の顔を覗き込むように見つめながら言う。
「いやなんでもない。これから部長とミーティングだ。あとの事は任せたぞ水瀬」
水瀬は何か気に入らない様な感じで
「そうですか」としか返さなかった。
ここから俺の苦悩が始まるとは思いもしていなかった。




