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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
六 終章 シオン

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困惑と開き直りと



 魔王、生まれました。



 本当はもっと早くに連絡をするべきだったのかもしれない。

 けれど、ちょっと目の前の現実に理解を示したくなくて、というかどう伝えるべきかわからなくて先延ばしにしていたけれど、流石にいい加減覚悟を決めなければならない。

 お前には覚悟が足りてない、とかつて言われた言葉がまたもや脳裏をよぎっていくが、今回はその通りだよとしか言えなかった。


 強制的に旅に出る事になって以来、師匠と連絡を取る事はなかった。

 というか、取りようがなかった。

 だって師匠がどこにいるかさっぱりだったし。


 かろうじて居場所を把握できていたのはレオンとウィンディ、アベルくらいだけど、レオンやウィンディはいつまでもずっと同じ所にいるとも限らない。何らかの事情があれば拠点を他に移す事はするだろう。

 そうなると、確実に居場所を把握できていると言えるのはアベルだけだった。

 異端審問官というのは割と危険がつき纏うお仕事なのだが、死んでなければ王都が我が家。そんな感じなのでお引越しの心配がない。任務で他の土地に行ってる事はあっても、お家がまるっとなくなってるなんてのは、死んでなければ有り得ない事だ。

 師匠の所に居た時に比べると連絡する頻度は減ったけれど、それでもアベルとの接点だけは確かにあった。

 そこで未だにエリックが居座ってる話をしていたので、エリックがいるならアベルが死ぬような事もそうないだろうと思っている。

 アベルが死んだらエリックはまた自分の居場所を探したり作ったりしないといけないからね。寿命ならともかく、それ以外で死ぬ事はほぼ無いと言っていいんじゃないかな。


 仕事はそれなりに捗ってるからいいようなものの、そうじゃなかったらとんだ疫病神押し付けたようなものだよね、これ。まぁ、あの頃の僕が今の事情を知っていたとしても、多分何度でも同じ選択をしたと思ってるけど。

 アベル経由で師匠の居場所を聞いてみたけど、アベルもわかっていないらしい。けれども、アベルの所にいるエリックがウィンディと何でか親交を深めていたので、そこ経由でどうにか師匠と連絡を取る事ができた。

 ちなみにウィンディは最後に僕が覚えていた住処から拠点を移していたので、エリック経由で連絡が取れなかったら完全に没交渉になってるところだった。

 カノンとも個別に連絡をとっとくべきだったんだよなぁ……ウィンディいるからいいかーってさらっと考えてたのが後になって困る事になろうとは……



 ウィンディ経由で師匠に手紙を出した。

 師匠と別れて早数年。言いたい事は一杯あった。

 でもありすぎて手紙には収まりきらなかった。

 だから、肝心な、一番重要な内容だけを簡潔に。



 魔王、生まれました。



 結果、師匠がすっ飛んできた。


「――おいこら馬鹿弟子ぃ! お前久々に連絡来たと思ったらこれ一体どういう事だよ!?」

「連絡来たも何も、そもそも師匠との連絡手段が皆無だったっていう事実にどういう事ですか!?」


 変な所でフットワークの軽い師匠は、手紙を受け取ったと同時にきっと転移魔術でもってやって来たのだろう。時刻は昼前。そろそろ昼食の準備でもしようかなと思ってた頃合いである。


「いや、そういや確かに連絡手段とか一切知らせてなかったなと思ったのは後の祭りだったけれども。けどまぁ、お前聞いた話だと時々カインとかクライヴとかとも遭遇してたんだろ!? そこ経由で聞けよ!」

「遭遇はしてましたけど、道端ですれ違って、あ、どうも、みたいな感じの接触時間で積もる話なんてありませんでしたし、何なら目と目が合ってそれだけ、なんていうのもザラだったしで、師匠の連絡先なんて知る以前の話ですよね」

「っあー、あいつらぁぁぁああああ! くっそ、これならレオンにも言っとくべきだったか……!?」


 頭を掻きむしらんばかりの勢いで叫ぶ師匠に、僕はどうしたものかと視線を向ける。

 不老不死でもある師匠は、あれから数年経過していても見た目に何の変化もない。ずっと、あの頃から変わらないままだ。あの頃と比べて、僕は背も伸びた。今までは師匠よりも低かった背は、今なら師匠とそう変わらないんじゃないかってくらいに伸びた。背丈とはいえ、師匠に追いついたと喜ぶべきか、それとも……


「で、この手紙の内容。何だよこれ」

「え? これ以上ない程シンプルに伝えてますよね」


 魔王、生まれました。


 これの何がわからないというのだろう。

「師匠、耄碌しました?」

「してねぇよ。生涯現役だわむかつく事に」


「なんだ、さっきから騒々しい。おや、お師匠。いらしてたんですか」


 別の部屋から物音を聞きつけてやってきたメトセラが、ドアの向こうから顔を覗かせる。メトセラもあれから数年経過して、その美貌にますます拍車がかかって留まるところをしらない。どこからどう見たって貴族とか王族とかいそうにないような、庶民しかいませんよとばかりの家の中で毎回女神に遭遇してる気分になるので僕の心臓は常にドキドキしっぱなしである。


「お、おう、邪魔してる」


 師匠も流石にちょっとくらいは驚いたのかたじろぎつつも、軽く片手をあげて挨拶した。


 だよね、とても子供産んだとは思えないよね。っていう僕の視線をどう受け取ったかは知らないが。

 メトセラのやって来た方向から、軽やかな足音が聞こえてくる。軽やか、というか軽いのは仕方のない事だろう。


「あぁ、丁度良かった。どういう事だって聞かれたから、直接見た方が早いですね」


 ととと、とこちらに近づいてくる足音が徐々に大きくなって、メトセラの後ろからひょっこり姿を見せたのは、青い髪に青い目をした、僕そっくりの男の子だ。


 かつて、僕が生まれた国についての事を聞いた時、神殿国家の王族は必ず男しか生まれないし髪の色と目の色が青いとかって師匠が言ってたけれど。

 それ一体なんて呪い!? とも思ったけれど。


 まさか本当にここまでメトセラ要素のない僕だけ凝縮しました、みたいな子供が生まれるだなんて思ってなかったのだ。


「は……」


 師匠も知識として神殿国家の王族が生まれる時の情報は知っていただろうけれど、まさか本当にここまでとは思ってなかったらしい。

 珍しくぽかんとした表情をしている。


「紹介しますね師匠。こちらルシオン。僕とメトセラの子です」

「ルシオン、三歳だ。というか、随分間の抜けた顔をしているな、ゲイルよ」



 この口調からわかると思うけど。

 まぁ、ルシオンである。

 その言葉遣いはとても三歳児だとは思えない。そりゃそうだろう。だって中身は魔王だもの。


「どういう事かはわからんが、まあこいつから上手く分離できないかとあれこれやった結果、どうもこいつらの子供として生まれてしまってな。不本意だが。とても不本意だが。しかし食事は美味いし周囲に変態がいるわけでもないしで概ね現状に満足していないこともない」


 えっへん、とばかりにふんぞり返っている尊大な三歳児に、師匠は思わずこめかみのあたりを指で押さえていた。

 相変わらず僕の中には魔王を封印した時に使われていた宝珠だったものがあるはずだけど、今はもうそこにアイオンはいない。どうやったかわからないけど、何か上手くいったらしい結果、こうして僕とメトセラの子供として世に生まれてしまったわけである。

 ……とんでもない事になってないかな?


 一応親であっても気に食わなきゃ殺す、みたいな事にはなってないのと、既にある程度の常識が備わってしまっているのでとても手のかからない子育てをしつつ、とりあえず僕たちだけでは手に負えない時の事も考えて師匠に連絡したのだけれど……


 おっと、師匠が頭を抱えてしゃがみ込んでしまったぞ?


「今はまだそうでもないが、それでも時々力を暴走させてしまう事があってな。どうしたものかとここは素直に子供らしく親に相談してみたらお前に連絡をする事になったというわけだ」

「あぁ、はい。僕は以前力がなくて上手く魔術が発動できなかった、って事は多々あったのでそういうのであればまだアドバイスもできたかもなんですが、力ありすぎてってなるとちょっと僕には理解できない事柄なので」


「いや、それ以前にお前らようやくくっついたのかとかそっちにツッコミ入れたかったんだがな」

「私が押し倒しました」


 きりっとした顔で告げるメトセラに、師匠はとても微妙な目を向ける。何だろう、師匠のその表情は一体何を言いたいのかさっぱりわからないんですが。けれどもなんとも言えない微妙な表情はほんの僅かで、すぐさま憮然としたものへと変わる。


「というか、よりにもよってその名前なのか」

「わかりやすかろう。むしろ率先して名乗りに出る事にした」


 うん、本当だったら僕たちの子って事でちゃんと名前考えようと思ってたんだけどねぇ。

 まさか生まれて間もない赤ん坊、泣くしかできないはずの赤子が「ルシオンである!」なんて宣言するとか思わないでしょ?

「いやお前、俺がその場にいたら直後に殺してたぞそれ」

 冗談でもなんでもなくかなり本音なのだろう。疲れ切った表情で言う師匠だが、僕たちも正直あの瞬間どうしようかと悩んだよね。


「私も、即座に殺そうかと考えたのですが」

「お前仮にも母親だろメトセラ」

「ですがどうせなら今から調教していけばいいかなと」

「母親。しっかりしろ母親」

「むしろ素性がどうあれ僕たちの子なんだから、って僕が止める結果に」

「お前ら何で性別逆じゃねぇの?」


 心底解せぬ、みたいな顔で言われても。流石にそんな事は知りませんよとしか。


「そういうわけなんで、力の扱い方を師匠に教えてもらえないかなって」

「俺みたいなかろうじて魔術師やってるだけが取り柄の一般市民になんて事を言い出すんだお前は」

「その師匠の弟子やってた僕なんてもっと平凡な一般市民に魔王とか育成できるわけないでしょう」

「魔王の親って時点で普通じゃねぇんだよなあ」

「魔王の力得てる時点で普通じゃないんですよねぇ」


 はぁ。ふぅ。

 それぞれがお互いに溜息を吐く。


「…………おう馬鹿弟子、表出ろ」

「いいでしょう師匠。僕だってあれから少しは強くなったんです。やるってんならやってやりますよ……!」

「言うようになったじゃねぇか。流石一部地域で勇者様やってるだけはあるってか?」

「ぐっ、それはちょっと個人的に黒歴史っていうか。……とにかく、僕が勝ったら師匠のご飯はありませんし、僕が負けたら師匠のご飯くらいは出してあげますよ。これからお昼ですからね」

「ほぉ? じゃあ先に言っとくぜ。デザートも寄越せよ」

「もう勝ったつもりですか? 上等です……!」


 はははと笑いながらも、僕と師匠は外に出る。

 何というか今までの生活の基盤が人里離れた所であった事もあって、今もそんな感じだ。

 だからこそ、外で多少暴れたくらいじゃ周囲に被害は及ばない。

 今までならば師匠とやりあうなんて考えもしなかったけれど。

 独立しろなんて言われてるわけだし、折角なので弟子の成長をとくとその目に焼き付けていけばいいんです。

 そんな気持ちで、僕は外に出るなり師匠に最大威力で魔術をぶっ放した。



 ――ちなみに、結果は引き分けだったのでさてご飯はどうしよかと悩んだものの、結局デザート無しで全員で食事をする事に落ち着いたのだが……まぁそれは別の話である。

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