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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
一 弟子の章
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物騒な兄弟と、物騒な魔剣



 世間って案外狭いんだなー!

 その時の僕はそれしか思い浮かばなかった。


 紅茶のおかわりを頼まれるくらいにあっさりと言われたので思わず聞き流す所だったんだけど、直前で脳がストップをかけてくれた事によって聞き流すのは回避できた。

 そしてそれが僕の聞き間違いじゃなければ、カインの兄だというこの人も、あの魔女ヴァレリアに狙われているらしい。


 ……あぁうん、何かこの人とりあえず無意味に敵作ってそうな気はする。偏見だけど。

 魔女がクライヴの事を知っていたのは、何となくわかる。ただ、その時の魔女の態度からすると、彼女にとって厄介な相手のような印象を受けたのだが。


 レオンもクライヴが魔女と顔見知り程度の認識しかしていなかったのだろう。狙われている発言に驚いたのか、ぽかんと口を開けてクライヴの顔を見ていた。


「えーと……それ初耳なんですけど、一体どうして狙われているんです……か?」

「ん? 狙われているのは何も私だけではない。そこの愚弟もターゲットに入ってるぞ確実に」


 あっさりと言われ、我関せずで紅茶を口に含んでいたカインが、ごふりという音を立てて咽る。


「ちょっとまて、一体どういう事だ!?」


 口の端から零れた紅茶を手で拭い、ほとんどクライヴを視界に入れようとしなかったカインが向き直る。勢いだけなら今にも掴みかからんばかりだ。


 ……あれ? ってことはこの中であの魔女と接点ないの僕だけですか……? いや、仲間外れが寂しいとかそういう事は一切ないけど。


「正確には、狙われているのはそれだ」


 クライヴが指し示したのは、カインの持つ刀だった。


「……ちょっと待て」

「更に言うなら、私がターゲットというわけでもない。狙われているのはこれだ」


 カインの言葉を無視するように続けたクライヴは、ひょいと自らの刀を掲げてみせた。


「……えー? ヴァレリアに武器を集める趣味なんてありましたっけ……? ボクが以前聞いた噂では、ヴァレリアがクライヴに言い寄ったとか何とかで、惨たらしく惨めな振られ方したとか何とかー」


 レオンの言葉に思わず突っ込みそうになる。いやいや、僕は部外者ですから。その場のノリと勢いだけで突っ込んじゃいけない。そんな事をすると話が横道に逸れる気がする。


「あぁ、そういや随分昔に『わたくしの騎士になって頂けませんか?』とか言ってはきたね」


 恐らく魔女のセリフであろう部分だけを裏声で言ってのけたクライヴに、カインの「うっわ気持ち悪ッ」といった感じの視線が突き刺さる。しかしクライヴはその視線をスルーした。


「まぁ、それを断ったからだろうね。狙われるようになったのは」


「……口を挟むようですまないが、それは少しおかしくはないだろうか。その件を断って狙われるのがその、貴殿だけで済むならまだしも、カインが……というか、その刀が狙われるというのはどうにも……」


 メトセラの疑問は、ある程度魔女ヴァレリアについて知っていたから出たものなのだろう。

 言われてみれば、確かにおかしな話ではある。

 自らの申し出を断った相手にのみ憎しみを向けるならわかるし、それは僕にも理解できる。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の精神だったとするなら、あの魔女は今頃世界の全てを敵に回しているはずだ。



「うん、単純な話だと思うよ。私と愚弟が持つ刀は、代々我が一族に伝えられている魔剣だからね。それを手に入れればもれなくオマケで私と愚弟がついてくるとでも考えたのか、もしくは純粋にこれらに秘められた力が目当てか……」



 魔族に魔女に魔剣……一体今日だけで魔のつく言葉とどれだけ関わるつもりなんだろうか。僕は。

 これ以上物騒な何かと関わる事はないと思いたい。

 きっと今の僕は、相当に引きつった笑みを浮かべている事だろう。きっと僕と同じ心境なのだろうメトセラは、しかし僕とは違ってものすっごく苦々しい表情をしていた。


「ところでその、魔剣ってどういう……?」

「あぁ、それは――」



 ――魔剣クリムゾン・フレア。

 その刀身が紅蓮に輝く時、あらゆるものを業火で焼払う炎の魔剣。


 ――魔剣ホワイト・スノウ。

 紅き魔剣と対をなす、蒼の魔剣。それは振るう者の意思に応え、全てを凍てつかせる力を持つと言う。



 ……クライヴが説明してくれた言葉の大半は、伝承も含まれていたような気がするけれど要約するとまぁこんなものだった。

 実際魔剣が魔剣たる所以を目の当たりにしたわけではない。だからこそ僕には真偽はわからない。

 けれどそれがもし事実であり真実だったとして……


 そんな物騒な物持ってるって事ですか……この二人。ちょっとやめてよただでさえ物騒なんだから。どうせならもっとこう……平和的な力とかにして下さい、ホント。



「えーと……野宿とかする際にそれなりに役に立ちそうな力ですよねー……」


 精一杯平和的に受け止めようとして言ってはみたものの、所有者が所有者なんで言うだけ無駄だったなとは思った。


「野宿……ねぇ。そういう用途で使用する事はないな」

「ですよねー」

「あぁ、素直に魔術でも使った方が楽だし手っ取り早いだろう?」


 事も無げにさらりと言われて、すいませんすいません、魔術師の弟子やってるくせに基本的な魔術一つ使えなくてすみませんと土下座したい衝動に駆られる。あぁもう、本当にどうして僕は師匠の弟子なんてやってるんだろうか……?


「……まぁ、これに関しては大した問題ではない。どのみち彼女に魔剣が使いこなせるわけもないからね。奪われたとしても困る事はない。それこそ、この魔剣の破壊目的でない限りは」

「破壊目的……って、これ本当に壊せるのか? 以前色々と試したけど、ヒビ一つ亀裂一つ入る事はなかったぞ」

「お前は一体何をやらかしたんだねこの愚弟! 仮にも、一族代々に伝わっている魔剣に」

「思いつく程度の事しかやってねぇよ。それでも無傷だったからやむなくこうして使ってるけどな」


 えーと、あれおかしいな? クライヴの話からするとその刀結構凄い物だと思ったんだけど、カインの態度からはとてもそうは思えないよ?


「……そう簡単に壊れるわけがないだろう。少しは行動に移る前に考えたらどうかね愚弟。どうしてこれが、我が一族に代々伝わっているのかを」

「めんどくせぇ……」


 カインのその言葉は考える事が面倒なのか、それともその刀に纏わる話が面倒でしかなかったのか……恐らく両方なのだろう。吐き捨てるように呟かれた言葉に、クライヴの表情が僅かに引きつった。


「まったく……正式な後継者として選ばれたはずなのにどうして貴様はこうなのだ……」

「知るか。好きで引き受けたわけじゃねぇ」

「最近はいっそ貴様が死ねばクリムゾン・フレアも妥協で私を後継者にするしかないんじゃないかとさえ思っているのだが?」

「……そう簡単に死んでやると思うか?」


 どんどん不穏なものになってるような会話に、僕は止めるべきかそれとも一切かかわらないようにするべきか一瞬だけ考え――何も見なかった事にした。どうせこの二人を僕がどうこうできるわけもない。むしろ何か起きた時にすぐさま巻き込まれないように逃げるのが精一杯だろう。


 クライヴが先程説明してくれた魔剣の話を思い返す限り、本来ならこの魔剣は二つで一つなのだそうだ。しかし継承の儀だか何だかの日に、クライヴはたまたまその場にいなかった。とりあえずカインだけでもと継承できるかどうか挑戦してみたら、魔剣クリムゾン・フレアはカインを正式な所有者と認めたらしい。

 一体どういう流れがあったのかは知らないが。


 二つで一つの魔剣の片方に認められたなら、もう一つの魔剣も当然カインが所有するはずだったのだが……魔剣ホワイト・スノウはカインを後継者と認める事はなく。後日家に戻って来たクライヴを継承者としたらしい。

 魔剣がどうやって所有者として認めるのかはよくわかんないけど、まぁ魔剣というくらいなのだから何となく魔法的な力とか、僕には理解できないような何かがあるのだろう。


 もし継承の儀とやらにクライヴがいたならクリムゾン・フレアもクライヴを主として認めていたかもしれない。

 当然その疑問を抱く者はいたようで、継承の儀のやり直しをする事にもなったらしい。


 しかしクリムゾン・フレアが主として認めたのはやはりクライヴではなくカインの方だった。


 ちなみにその一件で兄弟仲が悪いのかとも思ったけれど、どうやら元々のようだ。そこだけは二人同時にあっさりと言い切ったので、嘘じゃないだろう。いや、そんな部分だけキッパリと認められてもこっちも反応に困るんだけど。


 何やらまだ言い合いをしている二人から視線を逸らすようにして、僕は考える。

 帰るにしても、恐らく家には騎士団がいる。仮に家にはもういないとしても、近隣の町や村で情報を収集している可能性はゼロではない。そうなると、師匠の弟子である僕とメトセラの事も多少は知られているだろう。師匠が何をしたのかわからないが、恐らくそんな大それた事はやっていないはずだ。というか、師匠にそんなやる気があるわけがない。

 しかし騎士団に目を付けられるくらいだ。僕たちが騎士団に捕まれば、それこそ尋問の一つはされるだろう。拷問まではいかないと信じたい。

 知らぬ存ぜぬを通して、すんなり話が解決するとも思えないのが困る所だ。


 そうなると家に戻るという選択肢は消える。家の近所に近付く事も。


 その前にまずレオンの城を取り囲むようにしている森を抜けないといけないわけだが、抜けたとしてもその先――行くアテがない。

 レオンの城にこのまま残る、という案もあるにはある。

 もしかしたらそのうち師匠がやって来る可能性はあるし。けれどその前にまず再びあの魔女と再会するハメになるだろう。それはメトセラの事を考えると避けたい。自己保身という点も含めて。


 あの魔女ヴァレリアに狙われているという以上、クライヴ一人で「それじゃあ私はこれで」などと言って帰ったりはしないだろう。というか、帰るなら先程のレオンの申し出をサックリ引き受けているはずだ。となるとクライヴはここに残り魔女と戦うつもりと思って間違いない。

 慢心しているわけでもなく、普通に己の実力に自信があるのだろう。魔女と渡り合えるだけの力があると。それに関しては頼もしいと言える。


 ……クライヴ一人で魔女が倒せるかどうかは別として。カインもいるけど、この二人兄弟とはいえ協力しあえるのかどうか不安だしな……



 最大限、僕は自分――とメトセラ――が助かる道を模索していた。

 逃げる方法ばかり考える自分に正直少しだけ嫌気がさしたが、だからといって戦った所で瞬殺されるのは目に見えている。最悪、僕はレオンたちを見捨てる事も躊躇わないだろう。というか、実際さっきはそうするつもりだったし。


 自分と言う人間の矮小さに、ちょっぴり嫌気がさしていたからだろうか。

 僕はこの部屋に起こった異変にすぐさま気付く事ができなかった。


「――兄弟子殿ッ!?」


 気付いたのは、メトセラが悲鳴混じりに僕の事を呼んだ時だった――

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