押し付けられた四天王と戻ってきた平穏
王都付近の森に引っ越して暮らしていた期間は短かったけれど、それでも僕には友人ができていた。
常に人里離れた場所で暮らす僕と、王都で暮らす青年。接点なんてどこにもなさそうだったけれど。
それでも、知り合ってしまった挙句、何だか知らないが意気投合してしまって、出会ってからの時間なんて関係ないとばかりに僕は彼と友人になっていた。
彼の名はアベル。年は僕よりも年上だけど、正確な年齢は知らない。けどまぁ、師匠の外見年齢とそう変わらないのではないだろうか。黒い異端審問官の制服に身を包んだアベルは、既に村の中を一通り調べ終えたのだろう。風葬領域へと続く移送方陣があったこの場所で、腕を組んで立っていた。
王都から離れる時にお別れの挨拶をして、出せるようなら手紙を出すとは言ったけれど。僕が手紙を出す機会は少なくともしばらくはなかった。
けれども本来ならば王都で暮らすアベルはここにいる。
一体なんでまた……と思った所で思い出す。
ルシオンだ。
そういや家を出る前に手紙をどこぞに出していたのを思い出す。
師匠のように特殊な紙で出したわけではなく、僕が買っておいて使う事のなかったままの普通の便箋だったけど、ルシオンは魔術なのか何なのか、とにかくまぁ、どこかに手紙を送っていた。
ここにアベルがいる原因といえば、それくらいしか思いつかない。
でも、何でまたルシオンはアベルに手紙を出したんだろう……?
家を出る時はそもそもこんな事になるだなんて思ってなかった。
そうだ。最初は四天王をどうにかしようって話だったはずなんだ。けど、いざ四天王でもあるシィナさんたちがいる村に来てみればこの有様で。
多分ルシオンが想定していた事態からは大きくずれこんでしまったんだと思う。
多分、きっと、ルシオンはここが戦場になると想定していたはずだ。対四天王戦という意味で。
倒せればいい、でももし倒しきれなかった場合。きっとその時の保険にアベルを呼びつけたんだと思う。ここ王都から随分離れてるから来るまでにも相当時間かかるとは思うけど。
一体どういう内容で呼び寄せたかはわからないけど、アベルが異端審問官であり、その責務を果たさねばならないと思えるような内容で送ったはずだ。正直ルシオンが書いた手紙の内容さっぱりなんでこれは僕の推測でしかないけれど。
どうしてここにいるか、はもう考えても仕方がない。既にいるわけだし。
「えぇっと、アベル。その、師匠と知り合い……?」
「あぁ、以前魔女ヴァレリア絡みでな」
「あっ、そうなんだー」
本来ならその一言で全てを察するとか無理だったかもしれないけど、その一言で充分だった。
ってことは、あの時魔女ヴァレリアが逃げて、師匠が裏であれこれやった時に駆り出されたであろう異端審問官がアベルだったのか……そっかー。師匠はもう会う事もないだろうとか思ってたかもしれないけど、まさか僕が友人になってたなんてそりゃ思わないよね。
王都で友人ができました、とは言ったけど、相手が異端審問官やってますなんて僕一言も言ってないからね。
「しかし……そうか、シオン、君は彼の弟子だったのか」
「弟子っていうか雑用係みたいなものだけど。それで、えぇと」
「あぁ、そうだったな。火急の用だと手紙にはあったが、一体何事だ? 村人は何故眠っている?」
「多分、もうちょっとしたら起きるとは思うんですが……その、えぇと」
アベルからすれば僕がここに来るように仕向けたわけなんだけど、実際はルシオンなんだ。僕に聞かれてもそもそもなんで呼んだんだろうね? としか言えない。
ちらっと師匠に視線を向けるも、そっと目を伏せられた。あっ、はい、僕がどうにかしろって事ですね。
すっかり僕の中に戻ってしまったルシオンは、僕が心の中で呼びかけても返事はない。意図的に無視してるわけじゃなくて、多分力を使い果たして眠ってるんだと思いたい。意図的に無視だとしたらどうしてくれよう。
考える時間はほんの少ししかなかった。
見れば他の皆もアベルと露骨に視線を合わさないようにしているか、他人事のようにこちらを見ているだけだ。うん、相手は異端審問官だもんね。下手な事言って藪をつつくような真似したくないよね。
魔族だからってそんな簡単に攻撃するような事にはならないだろうけれど、目を付けられるのは面倒、ってところかな?
「あに……シオン?」
気を抜くとまだ兄弟子殿と言いそうになるメトセラの手を離す。風葬領域からここに戻って来るまでずっとつないだままだったけど、メトセラの手を握ったままだとこれからやろうとする事はちょっとやりにくい。
「アベル。紹介したい人がいるんだ」
「ん? んん?」
何があったのか、と聞いているのにそれに答える様子もなくいきなりそんな事を言い出した僕に、アベルは思わずといった感じで首を傾げた。予想外だったのだろう。そこはかとなく目を白黒とさせていた。
そんなアベルの反応をよそに、僕はそのまま移動して、僕たちから少しだけ距離を取っていた人の手を取る。僕が何をやらかすかという意味で視線だけは向けられていたものだから、当然彼にも一斉に視線が向けられた。
多分、そっと距離を取りつつ姿を消すつもりだったんだろうけど、そうはいかない。
「アベル、こちら、かつて魔王アイオンの元で四天王やってた魔族の一人でエリックっていうんだけどね。今回の件は大体彼が知ってるから彼に聞いてくれるかな」
「四天王……!? そんなまさか、生きていたのか!?」
「え、ちょっと、何でよりによって僕に押し付けようとした……?」
信じられないものを見る目をこっちに向けてきたけど、いや、当然だよね? むしろなんで僕たちがエリックを見逃すと思うのだろうか。
「あぁ、大丈夫。四天王の中では彼比較的穏健派だから。話し合いで解決できるよきっと」
「いや、その、ちょっと待てシオン? そいつ本当にその、四天王なのか……?」
「そうそう。本物本物。今回の件、僕たちも首突っ込んだ形になったけどどっちかっていうと事をやらかしたのはエリックのお仲間なんだ。巻き込まれた感のある僕たちよりは、彼に聞いた方がより詳しい事情を知る事ができると思う」
正直エリックが穏健派かどうかは知らない。けど、ルシオンから流れてきた情報を思い返すにあたって、率先して面倒ごとを引き起こす事はしないだろう。何せ極度の面倒くさがりがエリックだ。
異端審問官にしろ魔族にしろ人間にしろ、いきなりエリックに対して死ねとばかりに攻撃でもしない限りはエリックも迎え撃つような真似はしないと思っている。
「エリック、君も、色々と聞かれて面倒になるかもしれないけど。
でも、君の答え次第で今後の展開が変わるんだよ?
ねぇアベル、聴取が終わるまではしばらくそっちで彼の面倒、見れないかな?」
「む……本当に彼が魔王アイオンの部下であり、また今回の騒動とやらに関わっているのであれば事情を聴くのは当然ではあるが……」
「敵対の意を示さない限りはエリックも攻撃とかしないよ。だからね、今回の件は穏便に済ませられると思う」
「……本当に、穏便に済ませるつもりか?」
まずそもそも魔王アイオンの部下が存在しているという事実に戸惑って、更には本当に穏便に済むのかという疑心。アベルがそう考えるのは無理もない。僕だってアベルの立場なら疑う。
僕がアベルやエリックに向けて言った言葉は、普通に受け取れば裏なんてあるはずもない。
けど、エリックは普通に受け取らずにあえて言葉の裏側もくみ取ったようだ。
面倒くさがりな彼の事だ。今後の事を考えて、面倒が少なく済むようにするだろう。
「うん、そうだね。今までの事もあるし、ちょっと長くなるかもしれないからその間そっちで面倒見てくれると助かるよ」
史上最悪の魔王と呼ばれていたアイオンの部下、などと言われなければ一切警戒することも無い程に人当たりのいい笑みを浮かべて言うエリックに、アベルはまだ戸惑っているようだったけど。
「…………そうか。わかった」
ここで拒絶しても意味がないと判断したのだろう。不本意そうではあったけれど、アベルはよろしく、とばかりにエリックが差し出した手を握りしめて軽く振った。
「――ところで、あれアイオンの差し金だったのか?」
師匠がそんな事を問いかけてきたのは、あの村でアベルと別れてから数日後の事だ。
「アベルを呼んだって意味ではそうですね。僕はアベルが異端審問官やってるのは知ってましたけど、巻き込もうだなんて考えてもいませんでしたし」
「って事は、あの説明丸投げもアイオンの入れ知恵か?」
「いえ。それは僕が」
「は?」
てっきりそれもアイオンの指示だと思っていたらしい師匠が、信じられないとばかりに僕を見る。
「いえ、だってそもそもアベルを呼んだって事すらあの時村でアベルがいるのを見て察しただけですし。ルシオンが何を思って彼を呼び出したのかは僕も知りませんでしたし。
でも村がちょっと異常事態っぽいし、何もありませんでしたで通すにはあまりにも無理くさかったので説明をエリックに丸投げしたのは僕の一存です」
せめてどういうつもりでアベルを呼んだのかを事前に知らせてくれていれば良かったんだけど。あれ以来心の中で呼びかけてみてもアイオンの反応はない。
「まぁ、大丈夫だと思いますよ。エリックは極度の面倒くさがりですから。働きたくないから魔王の寵愛受けてそのままぐーたらしてたい、っていう考えになった結果迫るような人ですからね。事情説明する間はアベルの所で面倒みてくれない? って僕が言ったでしょ? だからエリック、しばらくはアベルの所で面倒見てもらってるはずです。エリックも今回の事は喋るけど、多分一番面倒が少ない感じに話すんじゃないですかね」
「その面倒って」
「自分が討伐対象にならないように、っていうのと、こっちに色々厄介事おっ被せようとすると少なくともあの時いた皆は敵対するだろう、ってのは理解してるだろうから、僕たちにも面倒ごとが回ってこないように。
多分、もう死んじゃったウォルターあたりを元凶にした上で丸く収めてると思いますよ」
「答え次第で今後の展開が変わる、って確かあの時言ってたな」
「はい。それです」
「まぁ、話はわかった。ちなみにその異端審問官殿からの手紙だが。エリックは概ねウォルターが元凶だったって感じに話してるらしいな。何だお前そこまで読んでたのか、って俺がびっくりしたわ」
「おっと、珍しく予想が当たりましたね」
「そこはちょっと外しててほしかった、って気がするんだけどな」
何でか呆れたように言う師匠の手から、アベルから来たらしい手紙がこちらに向けられる。僕が読んでもなぁ、と思いつつも目を通すと確かにウォルターが大体の元凶ですという内容が記されていた。
ざっと読み終えたので手紙を師匠に返す。
「ところで師匠、僕ちょっとこれから買い物に出かけてきますね。このままだと夕飯の材料足りませんから」
「マジか。おう行ってこい。正直手紙の内容よりもそっちの方が一大事だ」
「はーい。じゃあメトセラと一緒に行ってきます。
メトセラ―、食料の買出し行くけど一緒に行くー?」
恐らく自室にいるであろうメトセラに向けて声を上げる。行かない、とは言わないだろう。食料に関してはメトセラにとっても死活問題になるのだから。
声が聞こえたと同時にすぐさま部屋を出たのだろう、ぱたぱたと軽やかな足音がする。それからすぐに僕たちがいる部屋に続くドアが開けられて、
「はい、シオン。勿論お供します!」
メトセラが駆けこんできた。
「念の為聞きますけど師匠、何か食べたい物ありますか?」
「いやお任せするわ」
「わかりました。じゃあ今日はハンバーグでいいですね」
「中にチーズ入ってるやつな」
「何なら上に目玉焼きものっけておきましょうか?」
「やばいな、どうした馬鹿弟子。普段ならチーズ入りとか面倒な事言わないでくださいとか言うのに。挙句目玉焼き乗せ、だと……?」
一体何を企んでいるんだとばかりな目を向けられたけれど。
「まぁ、今日はそういう気分だったんですよ」
とりあえず平穏が戻ってきた記念、と言うにはちょっと微妙だけれど。
「シオン、私は上にもチーズが乗っかったやつがいいです」
「そっか。そうだね、じゃあ今日は乗せられる物の限界に挑んでみようか」
そんな事を言いながらも家を出る。
多分、夕飯の頃になればレオンあたりが駆けこんで来るんだろうなと思うけれど。
少なくとも今の所は平穏だった。




