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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
五 魔王の章

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近づくタイムリミットと願い



 早急にどうにかしなければ、と思っていたが、どうにかする前に小娘はエリックに斬りかかっていった。

「え、ちょ、うわ」

 エリックに悪気があったかと言われればまず無いだろう。むしろ奴からすれば純粋な善意である。全力で悪い方向に転がっていったが。そして困った事にエリックはそこまで馬鹿ではない。こうした方がいいからやった。だがその結果他の誰かに敵視される可能性も高い。その上で、それを実行した。

 だからこそ今の所は小娘の攻撃に対して全力で迎え撃つような真似はしていない。そうなると分かった上で実行したのだから。

 ……とはいえ、小娘がいつまでも攻撃し続けて魔神ウルの対応が困難だと判断した場合はきっとエリックの事だ。小娘をあっさりと殺すだろう。あいつはそういう奴だ。


 口では面倒くさいだの何だの言って常々やる気は感じさせないが、恐らく本気になれば四天王の中で一番強いのはあいつだ。きっと、あの時本気で他の連中を薙ぎ払えば私が手に入ると踏んでいれば迷わず実行していたに違いない。魔王であった私がエリックを養って面倒見てやるかとなると話はまた違うのだが、そこは置いておく。というかできるだけ考えたくもない。



 ともあれ。

 頭の中で宿主も騒がしいし、魔神ウルの触手のように伸び切った指も鬱陶しいし、事態を静観している余裕もなければ恐らくはそんな時間もないだろう。

 早急に決着を付けなければならない。

 …………正直まだ上手く行く気がまるでしないのだが…………やるしか、ない。


「宿主」

 他に聞こえないように呼ぶ。

(え、何? ちょっと今メトセラの方気になりすぎてそれどころじゃ)

「もし私が最後までできずに引っ込んだ場合、あとは任せる」

(んん!? 何かとっても面倒な事押し付けようとしてる!?)

「何、もとはお前の身体だ。私が表に出てちょっと引っ掻き回した所で最後はお前がどうにかしなければならないという事実は何も変わらない」

(はぁ!? ちょっと何言って)

「ゲイルが援護するかもしれんが、正直どこまで上手くいくかはわからない。だがやるしかない」

 すっと居住まいを正すような気配が宿主から発せられた。真面目な話をしているのだという事はわかっていたが、きっと本当の意味で理解はしていなかったのだろう。


「というかだ、実は既にさっきの交戦で使った魔術のせいで地味に限界が近い。全く、かつての私からすればとんでもなく虚弱貧弱脆弱な代物よな」

 正直もう少しはもつと思っていたのだがとんだ誤算である。

 貶されている事実に反論しようと思ったらしい事は何となく気配で伝わったが、体力はさておき魔力的な面でいえばそれは否定できないので宿主もどう言えばいいのかわからなかったのだろう。ちょっとした怒りと困惑とが渦巻いている感さえある。


 とはいえ、これ以上宿主との会話に興じている場合でもない。

 早急にこの事態に終止符を打って戻るために必要な事を済ませなければ……



 ばんっ、と響いたのは破裂音というよりは爆発音だ。

 正直あまり魔術の無駄遣いはしたくないがこの際仕方がないとする。

 魔神ウルにとにかくぶち当てて、注意をこちらへと向ける。


「――魔神ウルよ、そなたの叶えようとした願いのうち、一つはどうあっても叶わない。だが、もう一つの願いを叶える手伝いはしてやろう」


 そう告げた私の言葉に、攻撃をしようとしていた手が止まる。ふと見れば残っている指は四本しかない。その四本の指が、戸惑ったように少しだけ揺れた。


「ネ……ガイ……」

「まずもって姉と共に、という妹の願いはもう叶わない。姉が生まれ変わっているかもしれない可能性に賭けたとして、世界中の生命体を取り込んだ後で生まれ変わっていなければ、もう生まれてくる命もない。そうなれば本当の意味で永劫叶わぬ願いをその身に宿し続ける事になる」


 それは魔神ウルにとって強烈な枷となる。叶えられなかった咎を常に持ち続ける事になる。つまりは、今暴君とやらの妹の存在があるせいで、魔神ウルは強大な力を行使できない原因にもなっている。

 弱体化してこれか、と言われるとそこは魔神だからこそなのだろうがな。


 願いを叶える魔神、願いを叶えられない事で弱体化するのであれば、叶える事で力を得るはずだ。他の魔神がどうかは知らないが、少なくともこいつはそういう生物なのだと思われる。


「そなたを封印から解いた男がいたな。名をウォルターという。奴の願いを叶える前に先に妹の願いを叶えると言っていたが、どのみち妹の願いの成就には至らない。ウォルターの願いを先に叶える事でそなたの力も多少は復活するのではないか?」


 魔神ウルは、一度につき一つの願いしか叶えられない。複数の願いは叶えられないと復活した時にウォルターに対して自らそう宣言していた。ならば今は決して叶わない願いをどうにかするよりも、確実に叶えられる願いを先にするべきだ。優先順位を変える事がまず第一の目的でもある。

 一つの願いを叶えていないうちから他の願いを優先できない、というのであればどうしようもないが、魔神ウルの中ではまず力を回復させる事が優先されたらしい。

 触手のようにうねうねしていた指がしゅるしゅると元の長さへと戻っていく。


「きこう。その望みを」


 とはいえ、ウォルターは既に魔神ウルの中に取り込まれている。あいつの意識が現状どうであるかは知らないが、別にそれはどうでもいい。


「あいつの望みはある人物の捜索。相手はかつての魔王アイオン。そしてアイオンは――ここにいる」


 魔神ウルだけではない。その場にいる全員が動きを止めた。ゲイルあたりは「え、お前そこで正体ばらしちゃうの?」と言った雰囲気を出していたし、カインやクライヴも似たようなものだ。カノンは何故かこちらを睨みつけていたがそれはつまり、「お前がいらんカミングアウトをして王子に迷惑をかけるな」とでも言いたいのだろう。それに抱えられているレオンはおやまあとでも言いたげな表情だ。

 小娘は――正直もっと取り乱すかカノンのようにこちらを睨みつけるかするかと思っていたが、ただじっと事の成り行きを見守っていた。

 唯一驚いた様子を見せたのはエリックだけだ。


「え、えぇ!? アイオン様? いや確かに何かさっきからアイオン様っぽい力は感じてたけど」


「だがしかし、かつてのアイオンは既にいない。ここにあるのはかつてのアイオンの力の残滓と、力を失い人の子の身体にかろうじて存在する事を許された私だけだ。

 かつて、ウォルターが研究対象として見ていた魔王アイオンはそういう意味では既に死んだと言える。だが、生死も不明だった状態からそれだけわかればもう充分だろう?」


 どう足掻いた所であの頃の魔王はもういない。奴が身体を掻っ捌いてまで調べたいと思っていたあの頃の魔王はいないのだ。

 思えばウォルターの奴は気になった事を調べるための熱量だけはすごかった。私になど興味を持たなければきっと世界の真理を暴くのだと躍起になっていた事だろう。世界の真理は無理であっても滅んだ旧文明についてや、神が残したとされる神秘の数々。あいつにとって興味を抱けるものはきっと他に無数に存在していたはずだ。


 ただ、目の前にちょっとそれよりも異端といえる存在の私が現れてしまったせいで、研究対象が固定化されてしまっただけだ。狙われるようになったこちらからすればたまったものではなかったが。


 魔神ウルの様子はこちらの話を聞いていた時同様、特に目立った動きはない。自らの内に取り込んだウォルターの意思を確認しているのか、それとも他の要因かはわからないが、ただただじっと突っ立っている。先程まで表に出ていたであろう妹も、願いを叶えるという魔神本来の本能によって引っ込んだのだろう。


 まず確実にウォルターが望んだ結末ではなかったが、それでも奴の望みという点では魔王アイオンの行方が判明している時点で叶ったと言える。こじつけにも等しいが。

 けれども、それで良かったのだろう。

 ふっと魔神ウルの胸元あたりに光が灯る。同時に、傷ついていた肌がみるみる回復し、髪の長さも少しだけ伸びる。ルディの術で焼けた肌が戻り、熱により焼けて白く濁っていた眼球もまた本来の状態へと戻っていく。


 やはり、願いを叶える事で力を蓄えている……か。

 しかし最初に見た時と比べると、ウォルターの願いを叶えただけでは到底元に戻ったとは言い難い。


(えっ、ちょっ、回復しちゃってますけど!? いいんですか!? どうするんですか!? 倒すならそんな事しちゃ……まさか)


 ここにきてようやく宿主も私のしようとしている事に思い至ったらしい。ふむ、それはちょっと遅くないか? そんなだから馬鹿弟子などと言われるのだ。いや、だが、しかしこれはある意味魔神ウルの失態とも言える事なのですぐに気付けと言う方が無理であったかもしれない。


「魔神ウルよ、叶う事のない願いを後回しにするついでに、こちらの願いを叶えてもらいたい。何、そう難しくはない。必ず叶える事ができる願いだ」


 復活した指を確認するように手を握っては開くを繰り返していた魔神ウルに、私は続けて声をかける。

 確実に叶えられる願い、というのは今のウルにとって力を回復させるためには願ってもないものだろう。きっとこの魔神は自分の願いを叶えるために力を使っても、それは叶えた事にはならないのだろう。あくまでも誰かの願いを叶える事で、力を得ている。


「必ず叶えられる願い、か。いいだろう」

「あぁ、その前に一つ確認しておきたい。魔神ウルよ、そなた、魔神として生まれてから然程時間は経っていないな? 封印されたのも恐らく生まれて間もなくの頃では?」

「そうだが、それがなにか?」

 警戒する事もなく素直に頷く魔神ウルに、やはりそうかと納得する。


「いいや、確認しただけだ。確実に願いを叶えるためにな」

「あぁ、それなんだが、俺もその願いに便乗したい。ルシオンの願いは俺の願いでもある」


 やはりゲイルも気付いていたか。即座に乗ってきたゲイルに、魔神ウルは予想外の展開だとばかりに目を瞬かせていた。

「あっ、はーいはーい、ボクもじゃあそこに便乗しますー。あとカノンも。ねっ、カノン?」

「はぁ? 何を……っ、わかった、では私も便乗しよう」


 そしてやはり気付いていたレオンが更に言葉を重ね、ついでに巻き込もうとしたカノンはまだ意図を理解していなかったようだが、珍しくレオンに無言の圧力とついでにこちらからは見えなかったが拳の一つでも叩き込まれたのだろう。大したダメージにはなっていないようだったが、そうするべきだと判断したカノンもまたしぶしぶ頷いていた。


「正直愚弟と願い事をかぶらせるのはどうかと思うが、この場合これが最適なのだろうね。私もそこに一枚噛ませてもらおうか」

「はー、何が悲しくて兄弟仲良くお願い事なんぞしなきゃならんのか……いや、しないとは言ってない」

「じゃあそこに僕も便乗よろしくー」

 相変わらずギスギスした空気を発している兄弟の会話にするっとエリックが混ざる。


「小娘、お前は?」

「…………」

 私の問いに小娘は何も答えなかった。わかっていないのかもしれない。だが、その場にいる全員が便乗している以上、ここは頷いておいた方がいいと思ったのだろう。何も言わなかったが確かに頷いていた。


「ここにいる全員の願い、か。ならばきこう。汝らの願いを――」


 魔神ウルは既にこちらの願いを叶えるつもりでいる。先程確実に叶えられる願いだとこちらが言った事と、そして一人より二人、二人よりも更に大勢が同じ願いを望んでいるのであれば、この願いを叶えればきっと大きく力が回復する。ならば乗らないはずがない。いや、乗らなかったとしてもそれはそれで構わないのだが。


 願いを叶えて欲しいと言ったのは私で、だからこそ魔神ウルの視線はしっかりとこちらに向けられていた。

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