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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
五 魔王の章

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攻防と葬送



 とんでもなく強引な方法ではあったが合流はできた。

 できる事ならもう少し穏便に、ひっそりと合流したかったのだが……それを言った所で今更だろう。


 障壁によってある程度の衝撃も抑えられたらしく、随分上の方から落下してきたように見えたゲイルたちは何事もなかったかのように着地していた。ただ一人、ルディだけは少しだけバランスを崩してはいたがそれも仕方のない事だろう。一人だけ重傷同然なのだから。


 しかし……ゲイルたちは魔神ウルから逃げていたはずだ。今この場に奴はいない。とはいえそう遠くにいるわけでもないだろう。これだけ派手に周囲を崩壊させて風通しを良くしてしまったのだ。魔神ウルがこれを見落とすはずもない。今表に出ているのが暴君の妹だとして、あいつの頭がとんでもなく、どうしようもない程に悪いのであれば見落とす可能性もあるがそれもないだろう。

 あの時にルディが攻撃を仕掛けて即座に逃げ出したとはいえ、恐らくはそう遠くに――



 べちゃり。



 思考を中断させるかのように、その音は響いた。粘着質な音。それは生肉をまな板に叩きつけた時のような音とも言えた。音がした方へと反射的に視線を向ける。

 ゲイルたちに向けていた視線を、ぐるりと動かして――私の丁度真正面に向き合うような位置に、それはあった。

 着ている衣服だけは汚れていない真っ新な状態だが、それ以外の部分はというと常人ならば口を噤むような――ルディの怪我も大概だがこちらも相当に酷いと言える。

 ルディの腕を捕らえていた時にあったはずの一房だけ長かった髪も既に短くなっているし、毛先は焦げているのか何とも言えない嫌なにおいがする。

 至近距離でルディの術を食らったからか、顔は皮膚が爛れている。腕も見える範囲では顔と同じく酷い状態だ。服だけが新品同然だというその状態こそが異常だとしか思えない。


 魔神相手にあれだけのダメージを与えたルディを称賛すべきだろうか。

 だがしかし、魔神ウルも万全の状態であったのならばきっとルディのあの術を食らった所でここまでの怪我を負ってはいなかっただろう。

 濁りきった眼球が、じっとこちらを見ている。脳内で宿主が騒々しい。皮膚が爛れ、見た目にも酷い状態に恐慌状態に陥るのか、それとも痛々しいと心配するのかせめてどちらかにしろ。


「ア――」


 魔神ウルが何かを言おうとしていたが、それは呻き声になっただけで言葉にはならなかった。顔の皮膚だけではなくもしかしたらその内部、舌なども焼けているのだろう。大きく口を開けて叫ぼうとしたわけではない。だからこそ、ハッキリと見えたわけではないが……周囲に漂うにおいは、髪の毛が燃えただけではなく、どこか肉が焼けるようなにおいも混ざっている。


「ア゛ァ、ア――」


 何かを言おうとしてはいるのだろう。けれど、舌が縺れているのかやはり言語にはなっていない。両の腕を伸ばし、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「くそっ、まだ諦めてないってのかよ!」


 咄嗟に前に出たのはルディだった。自らの腕は消し炭になったというのに、その威力の術を食らって尚原型を留めている魔神ウルに、まるで次は刺し違えてでも倒そうという気概は感じられたが……


「え――?」


 それは親猫が子猫の首根っこを咥えて運ぶような、そんな気軽ささえあった。

 小娘の手にしていた鎌の刃先部分ではなく柄の部分で、ルディの首部分の服に上手く絡めて持ち上げて――そうしてそのまま後方へとぶん投げる。魔神ウルから遠ざけるように。


「姉さん……?」

「ふざけるな。正直な話私はお前の事など大嫌いだ。それこそ死ねばいいと思う程度には嫌っている」

「……っ」


 自分の前に立っていた弟を後ろに遠ざけた事で、小娘には奴の顔など見えてはいないだろう。泣きそうに歪んで、それでも泣くまいと堪えている顔など。


「だがな」


 小娘が一歩、前に出る。


「だからといって目の前で死にかけてるのを、死のうとするのを見過ごす程私は――そこまで落ちぶれてはいない!」


 どこか覚束ない足取りでこちらへ向かってくる魔神ウルに、大鎌を振りかぶって小娘が立ち向かう。

 すっかり短くなってしまった髪が再び伸びて小娘を捕らえるような事もなく、このままいけば大鎌が確実に命中する、とは思うのだが。

(何かすっごく嫌な予感がします!)

 宿主が叫ぶ。そうだな、私も何故だかあまりいい予感はしない。

 だからこそ、援護するつもりで術を放った。初級といえば初級の術だが、今の私が扱えば威力としては中級クラスになるであろう、フレアアローとライトニングアローを。


「ヴ……ア、アアア――」


 言葉にならない声を上げ、魔神ウルの両掌から光が迸る。魔神というくらいだし奴も詠唱無しで術を発動させるくらいはできるだろう。ただ、今まではそうする必要がなかっただけで。

 光を裂くように私の放った術のいくつかが薙ぎ払ったが、それでも全てを相殺できたわけではない。小娘に命中するかと思われたが、小娘は慌てる事なく冷静に鎌でそれを受け流した。小娘に命中する事もなく通り過ぎていった一部の光が神殿に命中したが、命中した部分は容易く崩壊した。

 ついでに二つ三つ、私の放った術が魔神ウルに命中する。……命中、しているな。

 これはやはり……復活した直後と比べて明らかに弱体化している。


 原因として考えられるのは妹の願いが叶えられないというのが確定してしまった事と、あとは神殿内部のあれやこれやを破壊した事だろうか。どちらか片方だけであればそこまででもなかったかもしれないが、両方やらかした事で相乗効果があったと考えるべきだろう。


「ゲイル」

「んあ?」

「畳みかけるぞ」

「はぁ!? あぁ、いや、わかった」


 状況が状況なので説明している余裕はないが、更なる攻撃を叩き込む。


(えっ、ちょっとホントに僕の身体でそんな魔術とかばんばん使えるものなんですか!?)

 時折反撃めいた魔術の攻撃は向こうもしてくるが、それらは今の所避ける事ができている。相手の攻撃を喰らわず、そしてこちらの攻撃だけを命中させていくその光景を見て宿主は心底解せぬといった雰囲気を漂わせていた。


 元はこやつの身体で魔力だ。やろうと思えば宿主にもできるはずなんだがな……

 私とゲイルが魔術を叩き込んでいる中に、カインとクライヴが攻撃に参加しだす。魔術を喰らわないようにしながらも、更に小娘が攻撃に加わり、魔神ウルは完全に防戦一方になっていた。いや、防戦以前の問題かもしれない。

 直接触れる場合取り込まれる可能性も考えていたためか、素手で殴りかかるのが基本であるカノンは参加せず相手の様子を見ているだけだったが、いざという時にレオンなりルディなりを抱えて逃げられる奴が一人いるだけでも心強い。

 エリックは……座り込んで見ていたりはしなかったが、攻撃に参加するつもりはないようだ。

 とはいえ、用心深く魔神の動きを見ているらしいので、まぁ、何かあったら何とかするだろう。


 びゅっ、という音がして。咄嗟に避けたが一体何だったのかと一瞬遅れてから目がそれを追う。

 魔神ウルの両手の指、それがやたらと伸びていた。鞭のようにしなりこちらへと襲い掛かるそれらをとにかく躱す。脳内で宿主の悲鳴がうるさいが、何だかんだでどこから攻撃が来ているかを把握しているようで上だの右だの方向指定しているのでとりあえず黙れと言う必要もない。


「はわわ……まだそんな攻撃手段持ち合わせてたんですかー!?」

 声がして、ついそちらへ視線を向ける。片手を口のあたりにやりつつ恐れおののくレオンは、現在カノンに俵のように担がれていた。時折狙ったかのように伸びてくる指は、そこらに落ちている瓦礫を上手く使い回避と攻撃を同時にこなしている。よし、こいつらは放置でもどうにかなるだろう。

 まさかいきなり指がそんな伸びるとは思っていなかったためか、思わずと言った感じに距離を取ったクライヴとカインも今は改めて間合いをとって攻撃しようとしている。かなり弱体化している今なら、指一本くらいは斬り落とせそうな気もしているが、向こうも弱体化している事は理解しているらしく、指は魔力で覆われて簡易障壁のようなものが展開されている状態だ。


 単純に防御面をどうにかしようと思っただけなのかもしれないが、あれは攻撃力も底上げされている。……面倒だな。どうにかできないこともないが……

 恐らくは同じ事をゲイルも考えたのだろう。いくつかの古代文字を指で描き、周囲にそれらを増やしていく。時々攻撃の為に伸びて振り回される指がその文字に命中するも、一度目は弾かれ即二度目となるが、それも弾かれる。三度目はゲイル自らが文字を動かしてぶち当て――そこで、一本の指がはじけ飛んだ。


 とりあえず何度か攻撃を当てれば向こうの指が飛ぶ。それはいいが、単純に三度ぶつければいいというわけでもなさそうだった。二度程文字が命中した指に三度目を、と思ったが他の指が庇い、中々三度目を当てる事ができなかった指にようやく三度目の攻撃を当てられたが、その頃にはまたも魔力で覆ったのか弾け飛んだりはしなかった。


 それならば、と魔術で凍らせた直後にその部分を砕くような攻撃を仕掛けてみたが、凍った部分に攻撃が当たれば問題なのだろう。他の指がすぐさま庇うように防いでくる。


 何度か攻撃を仕掛けて、三本程指が吹っ飛んでいったがそこから先は誰の攻撃も中々決定打に至らない。


 恐らくはこの場にいた誰にとっても焦りが生まれていた。そうなれば魔神ウルが狙うのは、その中からもっとも狙いやすい相手だ。

「――!?」


 それでなくとも怪我をしている。片腕をなくしている。その状態でなお、ここで戦っていたルディは確実にこの中にいる者たちの中では最も消耗していると言っていい。


「――ルディ!!」


 先程までは鞭のようにしなっていた指が、今度は一転して槍のように貫こうと凄まじい速度でルディに迫る。それがルディにとって死角であった事も問題だった。すぐに気付けなかった攻撃に、咄嗟に割って入ったのは小娘だった。


「姉さん……ッ!」


 鎌でそれを弾こうとしたが、僅かに遅かった。防ぐ前に通り過ぎ、そのまま貫こうとしていたそれは――

 直前で突き飛ばされたため、小娘に直撃する事はなかった。だが。


「おい、ルディ……?」

「ね、さ……ごめ……」


 吐き出された血によって、言葉のほとんどは聞き取れなかったが。それでも小娘には伝わったのだろう。心臓を確かに貫いた魔神ウルの指は、そのまま獲物を自らの元へと引き寄せようとする。


「あ~、うん、ごめんね~?」


 このまま放置していたら、間違いなくルディは魔神ウルに吸収されるはずだった。しかしどこか気の抜けたような声とともに発動した魔術が、魔神ウルの指ごとルディを燃やし尽くす。


 魔神ウルに吸収されるよりは、その前に速やかに葬送した方がマシだろう。頭ではわかっている。だが、それでも小娘は納得できるだろうか。それをやったのが私やゲイルならばもしかしたらまだ良かったのかもしれない。

 だが、やらかしたのは今の今まで傍観していたも同然なエリックだ。

 これは……早急に決着をつけないと魔神ウルそっちのけで小娘とエリックの戦いが発展しかねないぞ……?

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