決まっている目標と決まらない手段
魔神ウルの人格が引っ込んで現状妹が表に出ている状況で、さてここからどうするべきかと考える。
あの妹、最初に出てきた直後と比べると徐々に自我をはっきりさせているというか、姉に嫌われている事実も自覚しているようだし死んでしまった事実も一応理解はしているのだ。
そして、それをわかったうえで無駄極まりない事をやらかしている。
自分を常人だと思った上で気が狂ってるようなの相手にしたくないのだが……そういうのはウォルターとかで大体間に合ってる。
むしろ……そうだ、妹が姉が死んだ事実を知って一時的とはいえ精神的にも弱ったであろうその瞬間を狙ってあいつなら表に出てきそうなものなのだが……ノエルは……恐らく出てこないだろう。あいつは確かに強者を求めていた。常に強い者との闘いを望み、求めていた。結果として私も目を付けられてしつこく付きまとわれていたわけだが……魔神に取り込まれ、自分の身体ではないそれでもって戦いを望むかというとどうだろうか。あいつはあくまでも自らの力に固執していた。
取り込まれなければ、きっと今頃はあの魔神に戦いを挑んでいただろう。魔剣使いの兄弟たちと戦って倒れてしまった事があいつにとっての最大の誤算というべきか。
だがしかしウォルターは恐らくそういうものにこだわらない。自分の身体だろうとそうでなかろうと、自らの目的が果たせるのであればあいつは躊躇う事なく使う奴だ。
魔術にしろ武力にしろ圧倒的だった私の力の根源を知りたいなどとのたまって、人の事を何やら実験動物扱いしようとしていた奴が、自分の身体が駄目になったからといって諦めるだろうか?
そもそも私が封印されていたその時点から長い年月かけてこちらを捜していたくらいだ。そう簡単に諦めるはずもない。だからこそ、あいつは勇者の血筋でもあるルディに目を付けてここの封印を解きに来たくらいだ。
…………嫌な予感がするな。
「なぁ、レオン。休憩はそろそろ終わりにしてここを動いた方がいいのではないか?」
「えー? 下手に動き回るより、皆さんがこっちに来るのを待った方がいいと思いますけどねぇ。だって内部構造変化させちゃうんでしょう? 目印になるここならともかく、下手にうろついて何の変哲もない通路延々と歩かされて気付いたら誰と合流するでもなく魔神に出会ったー、なんて展開の方がありそうじゃないですかー」
言われてみると確かにそうなのだが、本当にここで待つだけで大丈夫なのだろうかという懸念もある。
「それに今使い魔あちこち移動させてますけどー、とりあえずそろそろ誰かしらここに来るっぽいのでー、やっぱり待ってた方がいいと思うんですよねぇ」
そう言われてしまえば待機するしかない。
ここに来るのが魔神であれば今頃レオンもそそくさと逃げる算段を整えているだろうが、そうでないというのであればここに来るのはカノンかクライヴたちか……ゲイルたちもまた逃げ出したようだが、恐らくは彼らとの合流が一番最後になりそうな気がしている。
「それにほら、噂をすれば……ね?」
だっだっだ、と激しいとすら思える足音がこちらへと向かってくるのが聞こえてくる。そうして間もなくのうちにここに繋がっている扉を手加減なしに開け放ち駆け込んできたのは――
「あれ?」
思っていた相手と違ったのだろう。レオンの困惑しきった声がするが、正直それは私のセリフだとも言いたい。
室内にやってきた人物はこちらに目を向けるもすぐさま扉を閉めて、こちらに近づくつもりはないらしく扉近くの壁に背を預けて座り込んだ。
紅蓮の炎を宿したような髪と目の色。だがしかし、その表情からは基本的にやる気というものが一切感じられない。
……かつての記憶の中の姿と全く変化のない四天王の一人、エリックだった。
「おい」
「えーっと、あれぇ?」
「あれぇじゃないだろうが。どうするんだこいつとか」
「いやでも別に戦う感じじゃなさそうですし、放置でいいんじゃないですかー?」
これがウォルターやらシィナやらノエルあたりであったなら、レオンもこんな悠長な事は言っていなかっただろう。シィナは死んだし残る二人は魔神の中だからもしもの話にしても微妙な所ではあるが。
確かにエリックは今の所こちらと戦うつもりはないだろう。少なくとも、こちらから攻撃を仕掛けたりしない限りは。
……謎を解き明かしたいとのたまって人を解剖しようとしたウォルターや、愛に生きて共に死にたいと心中を常にねだるシィナ、強者と戦いたいとこちらに絡んできたノエル。
控えめに表現してもどうかと思う奴がいるが、エリックは四天王の中では比較的大人しめである。周囲に被害をまき散らさないという意味で。
ただ、問題は……こいつ頭ちょっとおかしいからなぁ。
基本的にやる気がない。自主的に率先してちょっと人間ども滅ぼしてくる! なんていうやる気はまずないため、人間種族から見れば友好的に思えるかもしれないが……そうではない。
こいつは自分が楽をするためであるならば、割と手段を選ばない。例えば誰かの手柄を横取りするような事はしないが、ちょっと敵対している連中の情報を探ってこいとかいう指令を出したとしよう。情報持ってくるのが面倒だし、どのみち最終的に倒すんだからじゃあ今ここで殺したっていいよな、という結論で根絶やしにしてくる。その方が手っ取り早いという理由で。
まるで最初から私がそうしろと指示を出したかのような風評被害を受けた事もあったが、最早そんな事は些事だった。
こいつの発想は下っ端だと上の命令に従わないといけないし、面倒だからとにかくさっさと上に行こう、なのだが……結果として四天王になった挙句、更には私の寵愛が欲しいとか言い出した。いやまてお前と私は同性なのだが!? そういう趣味とか性癖なのかと思ったが、そうではないとの事。
こいつ……私の寵愛を受けておけばとりあえず私の傍でぐーたらできるからとかいう理由で私に侍ろうとか、一体どういう思考回路を持っていればそういう結論に達するというのか。
何を囀っている、常識を搭載しなおして出直してこい。
そう、当時の私はあっさりと言葉で切り捨てたのだが。
こいつ強引に既成事実作ろうとしてきたからな。自らの寝室ですやすやと寝入っていた私の上に跨って、あと一歩気付くのが遅かったらとんでもなくおぞましい結果になっていたと言えよう。ちなみにその時の私は頭おかしい案件で起こされた結果即機嫌が急降下して割と最大威力の魔術でもってこいつの事をぶっ飛ばしたのだが……今もなおこうして生きているという時点でお察しである。台所によく出没すると言われている黒くてカサカサ移動する昆虫だってもうちょっとこう、呆気なく死ぬというのにこのしぶとさ。流石四天王になるだけの実力はあるという事か。……実力とか控えめでもいいからせめてもうちょっとマトモな一般常識ってものを持ち合わせていて欲しかった。
ちょっと思い返してもロクな思い出がないのでこいつらと遭遇しても気分はうんざりするだけである。
そうこうしているうちに、かつんかつんという音が響いてくる。明らかにこちらに向かってきている足音。それが二つ。
……二つ、二つか……となるとカインとクライヴか。そう思っていたのだが。
ぎぃっとどこか控えめに扉が開かれる。そこから現れたのは、カノンだった。そしてその後ろにはカイン。
「あっれー? カノンじゃないですかー。何か随分遅かった気がしますねー」
「仕方ないだろう。一度はこちらに近づいたのだが、何故か唐突に内部構造が変化して遠くなったのだから」
「それで、何でカインと? というかクライヴはどうしたんですかー?」
すぐそこにエリックがいるという事を忘れているかのような軽い口調。
というかだ。私たちは一応シィナと、カインとクライヴはノエルと、ゲイルは取り込まれているウォルターとは直接対峙していないが、まぁ一応そういうカウントをするとして。
その流れでいくならまずカノンはどこかでエリックと遭遇して戦いに入るとかじゃないのか? こいつもしかしてひたすら内部で迷ってただけとかじゃなかろうか。
「内部構造が唐突に変化したその瞬間に私もこいつらと遭遇したのだが、そこでクライヴが分断された」
「問題ないだろう、放置で」
「カイン、流石にそういうわけにもいかないんじゃないですかねぇ……ここが普通の外ならともかく」
眉を下げて言うレオンに、カインは普通だろうと異常だろうと大差ねぇよと吐き捨てる。その拍子に、すぐ近くにいたエリックに気付いたのだろう。じっと見つめて、その視線に流石にエリックも無視し続けるわけにいかないとでも思ったのか。
何故だかそこでじっと二人、見詰め合っていた。無言のまま。
「どういう事だ?」
カノンもここでそれに気づかない程愚かではない。エリックの姿を一瞬だけ視界に映して、それから即座にこちらに首を向けてくる。
「貴方たちが来るちょっと前にここに来たんですよー。でも特に会話もないのでそのままですー」
「そやつの事は放置でいいだろう。こちらの邪魔をするようであれば容赦はしないが」
私の言葉にそれもそうかと思ったのか、カインも即座に視線を逸らしてこちらへ向き直った。
……こんな事にならなかったなら、放置でいいだろうなどと言う事もなかったのだがな。そもそも最初はこいつら四天王を殺すつもりだったわけだし。
しかし現状、冷静に考えてみるとエリックがこちらにとって鬱陶しいくらいに付きまとう理由がない。かつての私であったならば、それなりにメリットがあったが現状は宿主の身体を一時的に借り受けている状況だ。そして、私が戻った場合表に出るのは宿主で。
宿主はゲイルと共に暮らしているが、生活はそこまで豪華というわけでもなくどちらかといえば質素な方だ。
エリックが纏わりつく理由はない。ない……はずだ。
「まぁ、兎にも角にもこれで残るはクライヴとー、ゲイルたちがここに合流してくれれば全員集合ですねー」
カノンやカインの周囲を飛んでいた使い魔たちがレオンに近づくと、当たり前のように服の中に潜り込む。
「それで、全員集合したとして、それからどうするつもりだ?」
レオンの服の中に潜り込んだ使い魔は、どちらかというと白衣の中に滑り込んだようにも見えたのだが見えなくなったと思った直後には服の中でもぞもぞ動いて確かにそこにいるという感じでもないために、本当にそこにいるのかすら既にわからなくなっていた。
だからこそ、その様子を見ていた私はカインの言葉のその意味を把握するのに僅かばかり遅れてしまっていた。不覚ではあるが。
…………どうするもなにも、やるべき事は決まっているのにその手段と方法が定まっていないという割と手詰まりの状況だ、と口にするには……流石に少しばかり躊躇われた。




