弟の思いきりの良さと育ての親へ向けたドン引き
最初から見ていたわけではないが、大体の事情は察した。
自分の姉がとっくのとうに死んでいたという事実にあの妹の心は壊れてしまったのだろう。ならば自分もさっさと死ねばいいものを、死んでからかなりの時間が経過したという時点で生まれ変わりがいるに違いないという考えに至ったのはまだいい。
正直な話生まれ変わりというのが本当にあるかは知らん。たまにそういった話を聞く事もあるが、それが事実かどうかを確かめた事がないからだ。そもそも私にとってそれは興味もない話であったために。
そしてここからは私の完全な推測でしかないが、あの妹、恐らく生まれ変わっても姉は姉という認識なのだろう。だからこそまずは身近にいる姉と呼ばれる存在に目をつけたということか。
あの小娘からすればとんだいい迷惑な話である。
(えー、ちょっと流石にそれは……仮に、仮にだよ? もし本当に生まれ変わりだったとしても、以前暴君って呼ばれてた魔族の人と人格違いすぎない?)
宿主の困惑しっぱなしな声がする。そもそも、そこまで姉に焦がれるのであれば、生まれ変わりであるかどうかも一発で見分けろと言いたいものだが。
何というべきか……やる事成す事余計な部分が多すぎる。
それにあの妹の事だ。かつての姉を求めるのであれば、当然それに近い性質の者を無意識に選ぶだろう。だが小娘は恐らく違う。あいつは自分が身内と認めた者――この場合血縁かどうかはさておき――に対してはどちらかというと甘い。宿主に対する態度からそれはわかりやすいくらいにわかりやすく、そして現状その身体を使っている私に対しての態度からも明らかだ。
そんな奴が、姉を恋しがって求めている完全なる赤の他人の為に自ら姉として振舞うなど有り得ようはずもない。生まれ変わり? はっ、魂の気配とかそういうので察知しろ。できないならお前の姉に対する思いはその程度だ――とまで言うかはさておき。
仮にここにいる全員を取り込んだとして、風葬領域から脱出して、この世界にどれだけ姉と呼ばれる存在がいると思っているのだ。魔族は寿命の長さゆえに家族が増える事は割とゆっくりめではあるが、それでも年が百や二百離れた兄弟姉妹はいるし、今はまだ一人っ子であろう存在がある日弟か妹が生まれて兄や姉になるなんてことも普通にある。
魔族ですらそうなのだから、人間種族で見るならばその数はどれ程までになるだろうか。子は一人だけ、という家庭もあるが、世界規模でみればそれでも姉という存在は正直数えるのも面倒な程いるであろうよ。
そもそも、もっと根本的な事を言わせてもらえば。
生まれ変わっているかどうかも疑わしい。
かつて暴君と呼ばれていたそいつが、ある日恋をして別人レベルに大人しくなってその後死んだとして。天国だの地獄だの本当にあるかどうかもわからない死後の世界とやらに魂が行ったとして。その暴君まず間違いなく地獄行きだろうよ。そこで生前の業をどうにかするどころか、下手したら地獄で活き活きと暴れまわっている可能性の方がむしろ高いとすら思っている。
さて、そんな本当の姉と巡り合う可能性などほぼゼロにも等しい状況下で、あの妹が姉と呼ばれる者を次々に取り込んでいくと仮定しよう。
取り込み続けた所で姉と真逆の優しい存在は姉ではないと否定するだろうし、姉に近くあったとしても本物ではない違和感にやはり否定するだろう。まったく、面倒くさい妹もあったものだ。
恋愛における片思いの関係も面倒だと思う事はあるが、友情以前に家族間での片思いも大概だな。
「人の姉さんに手を出す暇があるなら、自分の本当の姉を探せばいいだろうが! ばっかじゃねぇの!? お前嫌われてるんだろ!? 今までの発言からしてお前うじうじしてて鬱陶しいしな! でもそこで諦めないで魔神なんてものに頼る前に自分の足で追いかけるべきだったんだ! それすらしないでめそめそぐちぐちして、他力本願にあっけなく頼ったからこうなってんだろ! へっ、ばーかばーか」
はー……と溜息をついたのは、果たして私だったか隣にいるレオンだったか、はたまた宿主だったのか。
正直な話よくわからなかった。
罵倒センスが圧倒的になさすぎる……! と嘆けばいいのか、いやお前もそこにいる実の姉に大層嫌われているだろうとか、他にも色々と言いたい事はあったがこいつの発言、言いたいことはまぁわかるがそれ確実に妹の地雷だぞ。ただでさえ身動きを封じられているというのに、そこでよく神経逆撫でするような事が言えたものだな、とおかしな感心すら覚える。馬鹿はお前だ。
「あんたにわたしとねえさんの何がわかるっていうの!!」
「知るわけないだろそんなもの! っていうか無関係の奴巻き込んでんじゃねーよ身内の事は身内で片付けろよ! そんな事すらできなかったから結局お前姉に会えないまま何百年も無駄にしてんじゃねーか!!
姉がお前の気持ちをわかってくれる日を待つんじゃなくて、姉にお前の気持ちをわからせるためにお前が動くべきだったんだ! その方法がどうであれ、結果がどうであれ! 何もできないからそうやって後悔して無関係の奴に八つ当たりめいた事すんのホントやめろよ迷惑すぎるわ!!」
「っ、うるさいうるさいうるさいっ!! わたしだってわかってるわよ、ねえさんがわたしの事嫌ってるのなんて! でも! ねえさんが暴れまわってくれたせいでわたしまでそういう目で周囲からみられるの! おとなしくしててもそういう目で見られるの!! 他の誰かと接触なんてそのせいでできなくて、だからわたしにはねえさんしかいなかったのに!! なのにわたしの知らないところでねえさんだけ結婚して子供つくって挙句孫までいるだなんて聞かされたら、不公平すぎるじゃない! 好き勝手やらかして、散々こっちに迷惑かけて! 周囲から嫌われて最後にわたしの所に戻ってきてくれるならまだしも、最後の最期までねえさんにとってのわたしなんて取るに足らない存在だったなんて認められるわけないじゃない!!」
「なら、どうしてそこでさっさと見切りをつけて自分が他の所へ行かなかったのだ? 姉のせいで、とはいうが、ならばその姉の事を誰も知らないであろう所までいけばよかったのではないのか?」
「なんで!? そんなのわたしねえさんと違って強くなかったもの。戦える力なんてほとんどなかったもの。そんなわたしが独りで、どこかに行く事が本当にできると思うの? ねえさんを恨んでる奴らなんて山ほどいるのに? そいつらの恨みの矛先がこっちに向いてこないわけがないのに!? そいつら掻い潜って、ねえさんの被害に遭ってないであろう別の大陸に行くまでに、わたしが無事でいられるなんてあるわけないじゃない!!」
小娘の問いに、きぃぃ、と叫びながら地団太を踏む妹は最早完全に冷静さなんてものとは無縁の状態であった。今なら不意を突いて攻撃の一つもできるのではないか? などと思っていたらゲイルもそう考えたらしく、奴の目に触れないようにそっと魔術文字を書いてはそれらを周辺に目立たないよう漂わせていく。
相手がいくら今は表に出ている人格があれとはいえ、その身体は魔神のものだ。生半可な魔術がどこまで通用するかもわからないので、その攻撃手段を選んだのは正しいと言える。
だが、困ったことにゲイルよりも先に妹が動く方が早かった。
「ねえさんがいなくて、わたしがずっと独りだなんて冗談じゃないわ。なんのために何百年もこんなところに封印されてたの!? ねえさんが死んだ直後ならともかく、あれからもっとずっと長い年月が経過してるならきっともう生まれ変わってるわ。だったら、手当たり次第に取り込んでいけば、いつかはきっとねえさんに巡り合えるはずなの。だからね、まずは手始めに――大人しく取り込まれてちょうだい?」
「っ!? ルディ!」
一房だけ長いまま残されていた髪。それがぐいっと捕えていたルディの腕を引く。ゲイルが声を上げるが、攻撃を仕掛けるにはまだ足りない。小娘は声を出すでもなく、呆然とそれを見ていた。
このままあいつも取り込まれるのか、と思ったのだが。
「ふざけんなよ!!」
ルディの叫びとそれはほぼ同時だった。
ぼとりと落ちたそれを、私は思わず感心し、レオンは「見てるこっちが痛いですー」とぴゃああと鳴き声を上げながらも見ている。
これが普通の髪であったなら、きっともっと容易く切れたのだろう。だが相手は仮にも魔神。普通の武器では髪一筋すらまともに傷つけられるかどうかも微妙なところをルディは咄嗟に自らの腕を斬り落とす事で取り込まれるのを回避した。
そうして自らの腕を斬り落とした手を魔神ウルへと向ける。短剣と言うには長く、剣と言うには短い自らの武器はそのままに、人差し指を突きつけるように――
「爆ぜろ業火――インフェルノ!!」
極限までに短縮した呪文詠唱でもって、火炎系最大とも言える術を発動させた。
多少距離があったとはいえ、あの術の威力と規模を考えればほぼゼロ距離で喰らったといってもいい。魔神ウルがどれだけ頑丈かにもよるが……あれを見る限り我ら魔族であってもそれなりのダメージにはなるだろう。
髪に引っ張られた時に咄嗟に自らの腕を斬り落とす判断といい、あれだけの術をこうもあっさりと放つ事といい――ウォルターに利用されていたとはいえ、仮にも勇者の血筋とするならばあれは確かにそれだけの実力を持っていた。
……まぁ、ウォルターが一時的とはいえ育てたという時点で……何か間違った方向性に育った感も否めないのだが。火炎系最大とはいうが今の術、普通の人間は扱えないやつだぞ。魔族ならまぁそれなりに使う奴いるけど。褒めたくはないが流石ウォルターえげつない。育て方に若干の悪意を感じる。
地面に落ちた腕は当然術によって焼け、更にはその時に滴り落ちた血もまた蒸発する。腕が残っていればまだどうにかできたかもしれないが、骨も残さぬ勢いで燃えては最早どうにもできはしない。躊躇う事なくやらかす迷いのなさもどうなんだろうか、と思ったが、ルディはそこで更に追撃を仕掛けるでもなくそのままくるりと背を向けた。
「今のうちです! 行きましょう!」
「え? お、おう……?」
詠唱無しで更に火炎系の初級魔術を発動させて、ルディは駆けだした。躊躇なしで自分の傷口焼いてこれ以上血が落ちないようにするっていうのは逃げる上では正解かもしれんが……ウォルターに育てられた弊害だとしか思えなかった。大丈夫か? あいつ自分が人間だって自覚持ってる?




