結論と模様替え
「それで、どう見る?」
今の所魔神ウルが動く気配はない。しばらくはばったり遭遇でもしない限りは安全だろうと思ったので、とりあえずはレオンに話しかける。
願いを叶える魔神が、叶えようとしている真っ最中だった願いが既に叶わないという事実を突きつけられて存在が揺らいでいる今がチャンスと言えばチャンスだ。
けれどもその代わりとばかりに表に出てきている妹がどう動くか予想ができない。
「ボクはあまり詳しくないので何とも言えませんけどー、こういう時に考えられるパターンとしてはー」
言いつつレオンは指を一本立てた。
「あの妹さんって魔神ウルに取り込まれたの相当昔ですよねぇ。それから成長とかは全くしてないだろうし、そういう意味では当時の年齢のままである可能性が考えられます。まぁ、成長しようにも外部の接触がない、刺激も何もないどころか退屈極まりない封印ライフで成長とか無理でしょうねー。そもそも成長できる要因がありませんもん。
となると、このまま妹が表に出ている場合、姉さんがいないならもう何もかも無意味とのたまって魔神の力を使って全てを破壊しようとするかー」
そこでもう一本指が立てられる。
「姉さんの代わりと言って誰彼構わず取り込むかー」
そうしてもう一本指が立つ。
「全てが無駄だったと知って心折れて死ぬかー」
そこで立てられたばかりの指が一本、戻される。
「でもひっそり死ぬとかそれはこちらの希望であり願望なんでなさそうですねー。却下で。ただ姉と一緒に居たいだけって願いを当時どれだけ追い詰められてたかはわかりませんけどー、そんな願いを魔神にしちゃう時点でどうかと思いますしー、最悪ヤケ起こしてこっちに八つ当たりも考えられますねー」
そこまで言うと指を立てていた方の手をぱっと開く。
「……どっちにしても戦闘は避けられそうにないな。その予想でいくなら」
「最悪ですねー。ゲイルももっとこう、事実を突きつけるなら同時に心へし折ってその場で精神消失するくらいの事してくれてもいいでしょうに」
「場合によってはやろうと思っていたんじゃないか? ただ、魔神の代わりに妹が出てきてしまった。というか、魔神の心にある程度ダメージを負ったが故に妹が出てくる余地が出来てしまったと言えるかもしれない」
「……じゃあ仮に妹さんの心をばっきばきにしたところで、今度は取り込まれた別の誰かが出てくるかもしれないって事ですよねー。はー? 魔神ウルがどれだけ取り込んだかなんて知りませんけどー、現状四天王が最低でも二人は取り込まれてますよねぇ? そいつらが出てきたらどっちにしても戦う事になるじゃないですかー」
ぷぅ、と頬を膨らませて、足をぶらぶらと揺らしているその姿は単に拗ねているだけにしか見えないが、どちらかというと苛立っているのだろう。魔神が相手ならば、願いを叶えるとか存在意義とかいう部分でどうにか言葉で丸め込むという方法も取れたかもしれないが、取り込まれてしまった挙句表に出てきてしまう相手次第ではそれは全くの無意味になる。
妹相手なら姉がいればどうにかなった。
姉の血縁関係者がいるにはいるが、そもそも彼らは妹の存在を知らなかった。ただ血が繋がっている程度の相手を差し出して満足するだろうか? あの妹なら逆に余計怒りを爆発させる気がする。
他の誰かが出てきたとしても、話し合いでどうにかなりそうな気がまるでしない。
つくづくシィナが取り込まれずに済んで良かったとすら思う。あいつが取り込まれてそのまま主人格みたいな感じで出てきたらまず間違いなく心中相手を探してちょっとでも好意を抱いた相手を道連れにしようとするだろうからな。
この場合は私と……宿主も該当するだろう。どう足掻いても狙われている。
(え、えー、シィナさんってそんなに……?)
と訝しげな宿主の声が脳内でするが、そんなになんだというのか。
あいつは自分を認めてもらいたいと戦果をあげてきたが、その褒章にことあるごとに一緒に死んでくださいなどと言われたら認めようもないだろう。むしろ認めた時が私の命日。冗談ではない。
シィナはいつまでたっても認められないと嘆いていたが、私からすればそれはそうだろうなとしか言いようがない。というか恐らく普通の感覚をしている者ならば私の意見に同意すると思う。
例えばそれがいつか、遠い未来の話であるならばともかくあいつの場合はすぐさま、即! といった感じだったからな。余計に認められるかそんなもの。
共に生きてほしいだとか、娶ってほしいというのであれば一考の余地はあった。だが、共に死んでほしいは論外だ。
ふむ? そう考えるとあの時点でシィナが無理矢理にでも空間を転移して魔神ウルから逃げてきたのは大いに英断だと言える。
……むしろなんであいつはそんなにもすぐさま死にたがっていたのか。遠い未来の約束では何故いけなかったのか。そこら辺を聞いた事はなかったが、知ったら知ったでじゃあ納得いただけたようなので! と先走ってやっぱり心中に持ち込みそうだったのでやはり世の中には知らない方がいいままの事だってある。
「どちらにしても、だ。ここから脱出するには魔神ウルを再び封印するか倒すかしないといけないわけだが。
ここで我らが全員合流出来たうえでここから即座に撤退するとなれば、あの村で本当に一瞬で封印強化しないと風葬領域側からあっさり封印破られかねん」
「でしょうねぇ。封印が解けたからこそ、こうして神殿なんてものも具現化しちゃったわけでしょうしー。ある程度力を使える状態にしたまま放置してこっちが逃げたらそれこそ後々とんでもなく面倒な事になるでしょうねー」
個人的には正直ここで倒しておきたいというのが本音でもある。
とはいえ……勝算は現状全くといっていい程浮かんでこない。
かつての自分の身体で、力を自在に使う事ができたならば……いや、それでも厳しいかもしれん。
どちらにしても無い物をねだったところで仕方がない。
――私もレオンもこれからどうするべきかを考えこんでいた所に、突如として轟音が響き渡る。
地の底から響くような、爆発音に似た音ではあるがそれとは微妙に違う、どうにも不安になるような音。ある日唐突に一つの島がぼろぼろに崩壊してしまったかのような、そしてその原因がさっぱりわからないというような、得体の知れない嫌な予感だけが募っていく。
「レオン」
「はいはーい、今音の発生源探ってますけどー……あれ、これって……えーと、使い魔目線で繋ぎますねー」
何かが起こった場所は使い魔がいたらしく、すぐさまレオンは把握できたらしい。とはいえこちらに説明をするのが面倒だったか難しかったかしたのだろう。一度は解除した術を再び発動させた。
残されたひと房の長い髪。それをまるでもう一つの腕のように伸ばして掴んでいる。
それは先程まで姉が死んだという事実を知って泣きわめいていた姿とは違いすぎた。不安そうに瞳を揺らしていた表情は今ではそんな事実はなかったとばかりにしっかりと――自らの髪で捕獲したルディを見据えている。
左腕を捉えられたルディは動くに動けない状況に陥り、すぐ近くにいるゲイルは魔神ウルを睨みつけているがすぐに動く気配はない。そしてゲイルが庇うように後ろに下がらせている小娘はというと、どこか困惑しているように見えた。
……ちょっと目を離した隙に魔神ウルが追いかけて、しかも追いついた――というのは何となく理解できたが、理解できたのはそれだけだ。レオンも同じように思ったらしいが、使い魔を通して何があったかを問いかけるには今そういう雰囲気じゃないと判断したのだろう。何度かこちらと映し出された光景とで視線を移動させていたが、特に何を言うでもなく見守る事にしたらしい。
使い魔の目で見える範囲では、目につくものはそれくらいだった。
……さっきの音の発生源は一体なんだったんだ……?
「はー……まぁ薄々そんな気はしてたがな。この神殿がお前にとって力を使うのに適しているのは想像がついたが、だからといって内部構造を変化させるとか逃げる側からしたら不利すぎるだろ……」
溜息と共にぼやいてくれたゲイルの言葉で大体何があったのかを理解する。
……成程、内部構造を変化させたか。先程の音はつまりはそういう事、と。
必死こいて逃げた所で内部構造を変化させて一瞬で最奥へ、なんて事にもなりかねない状況。やはりここから脱出するためにはどうあっても魔神ウルを倒さねばならないという事だけは確かか。本当に厄介な話だ。
「そんな事よりも……っ! 姉さんは、オレの姉さんであってお前の姉さんじゃない……ッ!! 誰がお前の好きになんてさせるかよ……ッ!!」
一房残された長い髪に腕を掴まれたままのルディが叫ぶ。こちらから何があったかを問いかけるよりも先に状況を把握できる言葉を口に出してくれるのは有能だが、事態はつまり悪い方へ進展したという事か。
「嘘よ、嘘、信じない。わたしにはねえさんがいないとだめなの。ねえさんにもわたしがいなくちゃだめなの。だってわたしたち、たった二人の姉妹なんだから」
口から出てくる言葉は魔神ウルではなく妹の発したものだった。だがしかし、その姉はお前を不要と切り捨てたっぽいわけだが、とここでゲイルも流石に言ったところで更に状況が悪い方に転がるだけだと理解しているのだろう。もっとも、その表情からはありありと言わないけど思っていますというのが浮かんでいたが。
「はっ、だったら、なおさらオレの! 姉さんに! 手を出すな!!」
「でもね、わたしも考えたの。ねえさんがとっくのとうに死んでしまったというのなら、きっと魂は今頃新しく生まれ変わっているのかもしれないって。そしたら、わたしがねえさんを見つけてあげなくちゃ。見つけたら、今度こそずっと一緒にいるのよ」
くすくすと笑う妹は、控えめに言って気が触れているとしか思えなかった。狂人に常識や道理を説いた所で徒労に終わるのは確かだ。そもそもそういった手合いは話しが通じたと見せかけても自分の中で相手の言葉を自分に都合よく解釈してこちらを更なる混乱へと叩き落してくる。
話し合えばわかる、と言うのは正直な話、極一部だけだ。知性と理性を持ち合わせていたとしても、意見が一致せずすり合わせもできないとなれば今度は言葉で殴り合いをはじめ、最終的には暴力へ発展する。
つまるところ、表に出ているのが魔神ウルであろうと妹であろうと、やる事に変わりはないと確定した瞬間だった。




