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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
一 弟子の章

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8/93

物騒な挨拶と、残念なカミングアウト



 果たして今のこの状況を正確に把握できている人は、この場にいるのだろうか……?

 僕の脳裏には一難去ってまた一難、という言葉が何故か浮かんだわけですが。

 それについてはきっと気のせいなんかじゃないんだろうな。


 どうしてすぐに気付かなかったのかは、正直な話どうでもよかったからだと思う。

 魔女が逃げ出した(というか、ワイバーンが連れ去った)のは、恐らく本能的に危険を回避したからだろう。魔女の実力に関してはわからない僕でも、ワイバーンが逃げ出すという事についての異常さは何となく理解できる。仮にも竜。それが逃げたのだ。


 カインと同じ顔をしたこの男は、つまり竜にも危険と思われる存在だという事だ。

 僕もメトセラもその事に一切気付かなかったのは、普段そこまで注意深くカインの顔を認識していなかった事と、ついでにそんな状況じゃなかったからだろう。ただ、思考の隅っこに引っ掛かる部分はあったのかもしれない。


 魔女がいなくなった、という部分では危機的状況を回避したと思えるが(メトセラ的に)、だがそれで完全に安全になったと言い切れるわけでもない。


 どうしたものかと思いながら、僕は何となく避けるように――後ろにいた男に道を譲るように身を引いた。それとほとんど同時だっただろうか。背後にいた男がすらりと鞘から刀を抜いたのは。


「――っ!?」


「……え?」


 キィンと甲高い音が上がる。それから僕の間の抜けた声も。

 ギリギリという音が聞こえてきそうな中、レオンが今更のように天井から降り立った。


 刀が鞘から抜かれたまでは、僕もこの目で見た。

 しかし男がいつ、カインに斬りかかっていったかまではわからなかった。本当に一瞬の出来事。カインは手にしていた刀でそれを受けたが、これが僕なら何が起きたのかもわからないまま、首が落ちていたことだろう。

 襲い掛かられているのは自分ではないが、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。


「たかだか魔女一人に、随分と苦戦していたようじゃないか?」

「……余計なお世話だ」


「余計なお世話? ならばそのような事を言われる前にさっさと倒すべきだった。貴様のような落ちこぼれの手にそれがあると思うだけで苛立たしいのだよ、私は」

「正当な後継者として選ばれなかった遠吠えを、わざわざ吠えるな……!!」


「選ばれた以上は、それに見合った振る舞いをしてもらいたいものだな、愚弟よ」

「ちょ……クライヴー? 貴方一体何しに来たんですかー? っていうかここボクの城なんで、勝手に暴れるの止めて下さいー」


 会話の間に斬撃のやり取りも含まれていたが、その男の最後の言葉とレオンの言葉はほぼ同時だった。



 ……まぁね、顔が同じって所で予想はついたんだよ。身内だろうなって部分は。

 ついでにレオンのおかげで名前もわかった。



 謎も解けたし魔女も逃げたところで、本気で安全な場所へと行きたいんですが……!!

 って思ったものの、そういやここから逃げ出した所で、安全な場所ってどこを指すんだろう?

 生憎師匠以外の知り合いはほぼこの場所に密集してるし頼る先がないんだよなぁ……

 漠然と今後の身の振り方を考えつつ、僕はティーポットを傾けて中の液体をカップに注いだ。


 兄弟の再会と言うには少々物騒なやり取りが繰り広げられたけど、それは一先ず収まった。いつまた勃発するかわかったものじゃないけど。

 応接室は完全に使える状態じゃない、っていうのは誰の目から見ても明らかなので別室に移動したわけなんだけど……空気が……重い……ッ!!


 客間と称していいのか微妙に殺風景な室内。物が少ないとはいえ、そこに五人もいたら窮屈に感じもするだろうに、僕とかメトセラ以外の三人はそんな事は一切気にしていないようだ。


 とりあえず淹れた紅茶を各々の前に出して、僕は着席した。


「……及第点だな」

 紅茶を一口含んで、クライヴが言う。その声だけを聞くなら特に不機嫌でもないので、いきなりブチ切れて暴れるとかそういう予兆はなさそうだ。


「生活に困るような事があればうちに来るといい。使用人として雇ってあげよう」

「はぁ……考えておきます」


 爽やか~に微笑んでるけど、ついさっきのカインとのやり取り見てたら関わりたくないです。機嫌損ねたら即首が文字通り落ちそうなんで。


「珍しいですね……クライヴがそんな事言うなんて。どうしたんですかー? まさか使用人総出で逃げたとか言わないで下さいねー?」

「失礼な。使用人はちゃんといる。ただ、お世辞にも有能だとは言えないだけで」

 紅茶一つマトモに淹れる事もできないのだよ、未だにな――誰にともなく呟くようにして言われた言葉に、一体どんな使用人雇ってるんですかと突っ込みそうになる。いや、わかってるんだ。突っ込んだら色んな意味で負けだという事は。


 身の安全を保障してくれてついでに賃金もある程度相場に適っているなら、本格的に行くアテなくなってからお世話になるかもしれないなーとかちょっとでも思ったんだけどね。


「んー、でもどうしても使用人として雇いたいならまずはゲイルに話通すべきなんでしょうねー」

「……ゲイル、だと?」


 無言で紅茶のおかわりを催促してきたクライヴだったが、師匠の名前に表情が一瞬険しくなる。

 カインが師匠と知り合いで、となるとカインの身内にあたるこの人も師匠の事を知っていても何ら不思議ではない。けれどその反応から、決して良好な関係ではなさそうだと判断する。

 そのままクライヴは、僕の顔をまじまじと凝視した。

 ……すごく……気まずい。


「となると……これが……?」


 いやあの、コレとか言わないで下さい。

 そう面と向かって言えたらどんなにいいか。とりあえず向けられる視線に耐えつつ、紅茶のおかわりを注ぐ。


「で、単刀直入にお聞きしますけど、一体何しに来たんですか?」


 レオンにしては珍しく、僕の居た堪れなさとかそういうのを感じ取ってくれたかのようなタイミングだった。


「あぁ、すっかり忘れるところだった。愚弟の顔を久方ぶりに見て用を済ませた気になっていたよ。すまないな」


 にこやかに微笑むクライヴとは対称的に、カインは表情を歪ませた。普段なら悪態もついていたところだが、再び斬撃の応酬をするつもりはないらしく舌打ちかますだけに留めている。

 そのカインに目を向ける事なく、クライヴは懐から布に包まれた何かを取り出した。ゴトリと重たい音を立てて、テーブルの上に乗せられたそれを、レオンは一瞬の間をあけてから手に取った。


「引っ越し祝いとでも言うべきかね?」


 完全に布を剥がす事はせずにそっと捲って中を確認するレオンに、クライヴは事も無げに告げる。それが何であったのか僕からは見えなかったためにわからないが、レオンの表情からするとそれなりに嬉しい物だったのだろう。


「わぁ、こんなのよく入手できましたねー。一体どんな裏ルート使ったんですかー?」

「入手経路は極秘だ。ま、そこまであくどい手段で得た物ではないから、それについては安心したまえ」

「そうですか。ボクの所にいきなり得体のしれない連中が襲い掛かってくるような展開にならなければどうでもいいです」


 ……一体何を貰ったのか、正直ちょっぴり興味はあったが、それを知る事によって何やら厄介な出来事に巻き込まれては堪らないので、僕は好奇心を全力で押し殺す。にこにこと満面の笑みを浮かべるレオンは、丁重に布で包まれたそれをそっと自らの懐へと仕舞い込んだ。



「で? これからどうするつもりかね?」


 これでようやく一段落ついたと思った矢先の事だった。クライヴの問いは、最初誰に向けられたものかわからなかったが、視線がしっかりと僕たちに向けられている。

 僕とメトセラはとりあえずここから脱出するつもりだった……が、それは魔女がいたからだ。魔女がいなくなった今、すぐさまここから逃げ出す必要はない。

 しかし、そんな僕の考えを読んだのか、クライヴはかすかな嘲笑を浮かべる。


「まさかここが安全だと思ってはいないだろうね? まず間違いなく、彼女はここに戻ってくるよ」

「だろうな。逃げたのは奴の意思じゃない。ワイバーンが勝手にした事だ」

 クライヴの言葉を肯定するかのように、カインが続ける。


「えーと……申し訳ないんですけどクライヴー、お弟子さんたちの事、ちょっとの間お任せしてもいいですかねー?」

 まさかレオンがそんな事を言い出すとは思ってなかったので、思わずレオンとクライヴの顔を交互に見やる。いや、確かにこの人強いってのはわかるし、一緒にいればあの森安全に抜けられるだろうけどさ。だけどそこから先、何処へ行けばいいのやら。


 家に戻ったら騎士団がいて、とりあえず重要人物扱いとかされて拘束されたら堪ったもんじゃないし、そんな事になったら師匠は確実に僕たちを引き取りに来るわけない。

 まさかさっきの使用人云々が早々に現実になるわけでもないだろうし……


「無理だな」


 レオンの言葉に、あっさりと否定的な言葉が返ってくる。まぁそうだよね。師匠と知り合いっぽいとはいえ、僕とメトセラはこの人とは何の関係も無いと言っていいくらいだし。

 内心で納得していると、クライヴはさらりと聞き流せないような発言を投下してくれました。


「私もヴァレリアに狙われている身だからね」


 何かもう、ホント頭を抱えてしゃがみ込みたい気分に陥ったのって、一体今日だけで何度目になるんだろう……?

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