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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
五 魔王の章

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事実と慟哭



「はわわ、なんという事でしょう、一匹とはいえボクの使い魔が魔神ウルに吸収されてしまいました……!」


 さっきから言いそうな顔はしていたが、とうとう本当に「はわわ」と言ってしまったレオンは吸収される前に逃げ出した使い魔の目を通じて周辺の光景を見ながらもカインとクライヴの姿を捜していた。

 視界を埋め尽くした水蒸気、それによって一時的に魔神の目を掻い潜り逃げ出したのはほんのつい先程の話だ。

 レオンは残った使い魔でもって彼らの後を追っているはずなのだが、一向に彼らの姿が見える気配はない。

 使い魔が追い付かない程の速度で移動したにしても、何の痕跡もないというのが気にかかる。


 カインとクライヴの事が気にならないわけではないが、魔神ウルと現在最も近い位置にいるのはレオンの使い魔だ。レオンはとにかく使い魔たちを逃がそうと指示を出している。



「一匹程度なら大丈夫だとは思いますけどー、仮にもボクとの繋がりがある以上あまり多く取り込まれると逆に辿られてこちらの居場所が知られるかもしれません。ちょっとボクはまず使い魔たちを逃がす事を第一に指示出しますねー」

「取り込まれる前に繋がりを断つ事は?」

「可能ですけど取り込まれるのを前提として使い魔を消費するのも避けたいんですよ。以前にあった魔女ヴァレリアとの戦いでも減ってしまったので」

「無尽蔵に沸くものでもないからなぁ、使い魔」

「そうなんですよ。コウモリだったら何でもいいってわけでもありませんしー」


 生憎私には使い魔というものを使役する能力は持ち合わせていないのでそこら辺に関しては詳しくもないが、それでも多少、聞きかじり程度の知識はある。

 この手のタイプは使い魔がいなくなると一気に能力が大幅ダウンするのでいざという時に死ぬ可能性が高くなる。レオンは当然それを避けたいのだろう。常々日頃の行動やら言動を見ている限り、こいつはまず何をおいても命の確保に余念がない。

 最終的に生きてさえいればどうにかなる、というのが持論なのだろう。けれども、ただ生きているだけでどうにかなるとも思えないので最低限の戦力も確保しておきたいといったところか。

 使い魔が直接戦う事はないとはいえ、彼らがいるのといないのとではレオンの使える能力も大きく差が出てくるはずだ。



「あー、こちらゲイル、聞こえるかレオン」

「っ!? ゲイル? えぇはい聞こえてますけど今ちょっと立て込んでて」

「魔神ウルと遭遇した」

「はぁ!?」


 ゲイルの言葉は特に切羽詰まったわけでもなく、どちらかというと道端で知り合いに遭遇した、くらいの気軽ささえあった。

 慌ててレオンが術を発動させて、ゲイルの傍にいるであろう使い魔の目を通した光景を映し出す。


 ゲイルと小娘と向かい合うようにしているのは、確かに先程も見た魔神ウルだった。

 ちなみにルディはゲイルが小脇に抱えるようにして運んでいる。

 周囲の景色から、先ほどカインとクライヴがいた場所とは違うのは何となくわかる。……が、彼らがいる場所があの場所とどれくらい離れていたかまではわからなかった。


 むしろレオンの反応からするに、ある程度離れていたと推測される。一体魔神ウルはどれだけの速度でもって移動しているというのだろうか。

 魔神ウルは今すぐゲイルたちを取り込もうとしているようには見えない。ただ、目の前に立ち塞がってはいる。立ち向かってくるのであればそのまま取り込み、逃げるようであれば追うといったところだろうか。

 現状ゲイルが戦う素振りも逃げる様子も見せていないため、魔神ウルもまたただ静かに佇んでいる。


「あー、魔神ウルだったな。ちょっといくつか質問いいか?」

「かまわない」


 てっきり自分を見れば挑んでくるか逃げるかのどちらかだと思っていたのだろう。けれどもあまりにも普通に話しかけてきたゲイルに、魔神ウルはどこか不思議そうな表情をしつつも頷いた。行動に移るにしろ、やろうと思えばいつでもできるからだろう。それはある意味で余裕でもあった。


「あぁ、その前に。正直いつまでもお前を抱えて移動するのきついんだよな。つーわけでお前これからは自力でどうにかしろ」

「でっ!?」


 あまりにも当たり前のような態度でゲイルが抱えていたルディを離す。そのまま地面に落下したルディは、受け身を取るでも着地態勢を取るでもなく、無抵抗のまま地面に投げ出されたも同然だった。べちゃっという音とがんっという音が聞こえた気がする。声を上げて額をおさえ、そのまま起き上がるルディを小娘はなんとも言えない表情でもって見つめていた。

 ……恐らくはルディも今しがた気付いたばかりなのだろう。意識を取り戻したと見るや否や放り投げるとか、ゲイルも大概だなと思う。いや、もっと前から意識だけはうっすらとあったのかもしれないが、はっきり覚醒したのが今、という可能性もあるにはあるが。

 どちらにしろルディが今しがた投げ捨てられた事実に変わりはない。


「お前の今叶えようとしている願いは、全ての生命体を一つにすることなのか?」

「概ね」

「俺の聞いた話だと、それは一人の魔族が願ったとの事だが。そいつは姉と一緒にいる事を望んだだけだろ?」

「優先事項としては。けれども、独りは寂しいと言っていた。大勢といる事こそが、彼女の願いだと判断した」

「ともにいる事を、姉が望んでいなくとも……か?」


「…………それは、承知の上だ」


 しばしの沈黙のあと、絞り出すような声が返ってきた。妹が姉に拒絶されていた事は知っているのだろう。


「その妹の意識はあるのか? あれからもう何百年と経過しているが」

「彼女は常にここに在る。ともにいる」



 その言葉に私は思わず顔を顰めていた。何百年もあの魔神の中で意識があり続けていると、魔神は確かにそう告げた。冗談ではない。魔族の寿命がいくら長くとも、それでもついさっきまでこの魔神は封印されていた。何もない空間、風葬領域と呼ばれるここで。暇を潰すのに読書ができるわけでもない。気晴らしに散歩にでかけられるわけでもない。知り合いが訪ねてくる事も、知り合いを訪ねる事も、新たな友人すらできる事もなく、何の変化もない日常とも呼べないような日々。数日どころか数百年単位でのそれを、取り込まれた者は過ごした挙句それでもまだ精神は擦り切れていないと……?


 私も正直ちょっと封印されていたが、その間の意識はなかった。寝て起きたら何か色々変わってた、くらいの認識はあったが、それすらなくずっとこの場に留められていて、姉と共にいたいとめそめそしていたその魔族がその姉と会う事もできないままだというのに、それでも意識はあるというのか……?


「そいつの願いは今も同じで継続しているのか?」

「…………それは」


 魔神が言い淀む。魔神が取り込んだ者が魔神の中でどうなっているかはわからないが、恐らくは私と宿主のような状態に近いものだと考えられる。現状私は騙し討ちのような形とはいえ一時的に表に出てはいるが、あちらはどうだろうか。表にいるのはあくまでも魔神ウルであって、願いを口にしたあの妹ではない。仮に妹が出てくるような状況であったとしても、妹であるならば姉を探す事くらいしかやらないだろう。


「願いが継続しているという前提で話を続ける。ならば魔神ウル、お前が願いを叶えられない場合はどうなる?」

「願いを叶える事こそが、存在意義だ。すぐには叶えられなくとも、いつかは」

「そのいつかが永劫訪れる事がなくともか?」


 その言葉に、わかりやすいくらいに魔神ウルは固まった。想像した事すらないのだろう。自分は願いを叶える存在で、そのために生きているというのであれば。叶えられなかった時の事を考えていないのは、魔神故の驕りか、慢心か。


「そいつの姉は、もう随分前に死んでいる。妹が姉と共にいられる事はない」


 ぶつり。


 考えなくともその言葉が引き金になったであろう事は確かだった。何かが千切れる音。

 これが自分の中から聞こえていたならば、きっと張り詰めていた意識が切れる音だとかそういう風に自己完結したであろう。けれど、その音は決して自らの内側からではなく魔神ウルがいる場所から発せられた。


 縄が引きちぎられたかのような、そんな音だった。

 そして、それと同時にはらはらと魔神ウルの長い髪が千切れていた。先程のぶつり、という音はまず間違いなくこの音だったのだろう。

 とんでもなく長い髪だったが、今ではこの身体と同じくらいの髪の長さだ。長い部分はほんのひと房残ってはいるが……残ったのは一割にも満たない。


「あ、ああ、ああああ、ああ、うそ、うそだ、そんな、ねえさん、ねえさん……!」

 魔神ウルの中に取り込まれた妹の意識が魔神ウルを凌駕して表に出てきたのだろうか。その言葉は魔神ウルがというよりは、妹の嘆きといった方がしっくりくる。喉を掻きむしるようにしていたが、やがて彼女はその場に力無く座り込み両腕を地面に叩きつけ叫びだした。


 大半は何を言っているのか理解できない。聞き取れないというよりは、感情が高ぶりすぎてそれらが先行した結果言葉にならない声ばかりが吐き出されているというべきか。

 それでも時々聞こえてきた、聞き取れた言葉には、ずっと孤独だった、我慢していた、ねえさんと一緒にいられるっていうから、だからずっと我慢してきたのに――まぁ、そんな事を何度も何度も繰り返していれば言葉になっていない部分も何となく把握はできるな。


 魔神ウルの髪が唐突に千切れたのは恐らく、魔神ウルが願いを叶えられなくなった事に対する結果だからなのか、それとも単にあの妹がやらかしたのか……もしくは両方か。

 願いを叶える魔神が願いを叶えられないのであれば、それは己の存在に大きく関わる重要事項だ。存在意義に関わるといってもいい。

 先程自らがそう口に出していたのだ。その存在意義が揺らいだ。妹の人格が表に出てきたのもそれが原因なのかもしれない。



「まて、姉が死んだというのは、事実か……?」


 叫んでいた言葉の中から、どうにか絞り出したといった感じの声がした。これは魔神ウルの言葉か。一つの身体に意識が複数存在している以上、同時に喋る事は当然できないし、魔神ウルも言葉を発するのに妹の叫びの合間を縫うしかなかったのだろう。


「事実ですよー。さっき貴方が遭遇した魔剣使いのお二人はお姉さんのお孫さんですからー。身内がそう言っているんです。嘘なわけないでしょう」


 ゲイルが答えるよりも先に、使い魔の口を通じてレオンが告げた。ゲイルたちはこちらと違ってあの状況を見ていたわけじゃない。だからこそ、さっき遭遇したという部分に一瞬だけ驚いたようではあったが、レオンの反応からして一応無事だという事もすぐに理解したのだろう。ゲイルのみならず小娘も取り乱した様子はない。


「ねえさん、ねえさんいつのまにそんな事に……? あ、あぁ、でもそんな、どうしてわたしだけ置いてかれるの、なんで、どうしてっ、ねえさんが独りをえらぶなら、それでしかたなかった。でも、わたしを独りにしておいて、ねえさんはいつのまにか家庭を築いて、こどもだけじゃない、孫って、まごってどういう事よぉ!?」


 またもや魔神ウルの口から発狂したような叫び声が上がる。


 うわあああ、と叫びながらそこかしこに腕を叩きつける。感情のやり場がないからなのか、叫ぶだけでは感情を吐露できないのかとにかく全身で泣き叫ぶようにしている。威力が半端ないが、全身で駄々をこねる子供のようだった。



「……話にならんな。今のうちに行くぞ」


 話にならんも何も、そうしたのはお前だろうが。そう突っ込みたかったが下手に使い魔の口を通じてこの声が聞こえて相手が冷静さを取り戻すのも厄介だ。ゲイルはメトセラに目線で促すと一切の躊躇もなく走り出した。

 ほんの一瞬遅れてルディもそれを追いかけていく。ルディからすれば事態はよくわかっていないだろうけれど、だからといってここに留まるのは良くないという事くらいは理解していたのだろう。


 使い魔の視界からあっという間に見えなくなった三人を、今の所魔神ウルが追う気配はない。


 同じ失敗をする気はないとばかりに使い魔もそっと魔神から距離を取る。使い魔が安全圏だと思われる所まで離れてもなお、彼女の泣き叫ぶ声は聞こえたままだった。

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