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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
五 魔王の章

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呆気ない最期と魔神の抱擁



 決着は、何か知らんがついていた。


 恐らくその場に私もいたならば、何が起きてそうなったのかというのもわかっていただろうが、生憎使い魔の目を通して見るだけの光景ではほとんど何があったのかさえわからない状況だった。音だけでもある程度判別はついたが……どのみちそれらは全て推測でしかない。


 ノエルの声からして、恐らく奴は自らの優位を確信していたのだろう。だが結論から言うと奴は負けた。


 その胸には十字の傷ができ、何なら今現在鮮血すら溢れている。


 ちゃきっ、という金属音、それから僅かに遅れて風を切る音。

 見るとノエルの後方で刀を振ってついた血を飛ばしているクライヴとカインの後ろ姿が見えた。先程一瞬だけ姿が見えた時にはそこまで大怪我を負っていなかったはずだが、見えない攻防の合間にかなりの攻撃を受けたらしい。カインは見た目にそこまで大きな変化はないように見えるが、クライブの白い服は所々赤く染まっていた。


「ぐっ、くそ……まだそんな余力があったのかよ……!!」


 悔しげにノエルが自らの後方にいるであろう二人に目を向けようとして首を僅かに動かすが、思った以上に動かなかったのだろう。振り返る事なくその場に力無く倒れ伏す。


「はっ、生憎と、と言いたいがどちらかというと不本意ながらと言うべきかな。一人だったなら刺し違えていたかもしれないけれど、愚弟がいたからね。その分戦力はこちらが上だった。それだけの事さ」

「あぁ? 俺をオマケみたいな言い方してんじゃねーぞ愚兄。途中無駄に攻撃受けてると思ったがまさかそれ、俺を庇ったとかじゃないだろうな」

「まさか、誰がお前の為になんて献身的な真似をするものか。まぁ、だが、今回はそうした方が勝ちに繋がると判断したからね。毎回ご親切に私がお前を庇うなどとは思わない事だよ? 虫唾が走る」

「あぁ、俺もまさかお前が弟のために我が身をだなどと自己犠牲働かせてそれを当然などと言うようであれば、こちらとしても反吐が出る」


 はん、と鼻で嗤うクライヴと、へっ、と吐き捨てるカイン。

 両者は同じタイミングでそれをやらかし、一瞬の間を置いて今度はそれぞれが向き合った。


「なんならここでついでに決着、つけていくかい?」

「あぁ、俺としては全然構わんぞ。いい加減目障りに思っていたところだ」

「はは、それはこちらのセリフだよ。全くもって本当に……癇に障る」



「おい、何かおっぱじめたぞ。いいのかあれ」

「割と普段通りなんで大丈夫なんじゃないですかー?」


 そうか、割と普段通りか、と納得すると私は倒れたノエルへ視線を向けた。

 思った以上に深い傷なのだろう。今もなお倒れた場所からは血がじわじわと広がっているし、ノエルは動く気配もない。意識がないわけではないだろうが、このまま放置しておけばそのうち意識を失うだろう。

 死んではいない……か。


「どうするんですかー? 彼らの所に行って、トドメ刺してきます?」

「いやいい。というか、あいつらの正確な居場所わかるのか?」

「えぇ、まぁ。こうしているうちにも使い魔たちが内部を移動しているのでそれなりに把握できている範囲も増えましたし。カノンの時はまだ微妙でしたけど、あの二人をこちらに案内するのであれば大分スムーズにいけるかとー」


 あまり長い事ここに留まるのは得策ではないのかもしれない、と思ってはいたが、思っていた以上にレオンが使い魔を駆使してこの中を把握している事に最早何度思ったかもわからないが、本当に何でこいつ私の部下じゃなかったんだろうな!?

 はー、こういう人材ホンット欲しかった。割と! 切実に!!



 まさに一触即発、となろうとしていた矢先。

 弾かれたようにクライヴとカインが通路の奥へ顔を向けた。そうして瞬時に魔剣を構える。

 通路の奥は暗くてよく見えないが、それでも影がぞわりと蠢いた気がした。音は特に聞こえてこない……が、あの兄弟の警戒は解かれる様子がない。それどころかますます警戒度合いを高めているように見える。


「まさか……」

 嫌な予感に思わずレオンへと視線を向ける。「はわわ」とでも言いそうな顔をしていたレオンもまた気付いたのだろう。

「二人ともー、場合によっては撤退も視野に入れて下さいねー。流石に分断された状態では不利すぎますー」


 使い魔を通して声をかける。

 ……とはいえ、撤退するにしてもそれができるかどうかは運も絡んでくるだろうし、もっと言うなら分断されていなかったとしても果たして奴をどうにかできるかという話にもなるのだが。


 そんなうっかり口にしたら絶望しかない事言わないで下さいとレオンあたりに言われそうな事を思いながらも、映し出されたその光景から目をそらす事もせず眺める事、数秒といったところだろうか。

 特に何の音もさせず、けれども異様な気配だけはさせてそれは現れた。


 私たちをここに引きずり込んだ時と全く同じ姿で。

 足音の一つもさせていないのは、僅かに宙に浮いているのだから当然だった。


「こいつが……」

 あまりはっきりとその姿を確認していなかったカインが、どこか拍子抜けしたとばかりに口を開く。

「魔神ウル、か……」

 クライヴが何を思っているかは知る由もないが、その声にはどこか嫌悪感が混じっていた。


 まぁ、それに関しては理解できないこともない。魔神ウルは願いを叶えてくれる魔神ではあるものの、どうして願いを叶えてくれるのかという事に関しては謎であるし、伝承の中でどうして願いを叶えてくれるのかという疑問にそういうものだからと答えたという記述もあるが……正直に言ってその存在は不可解でしかない。

 理解できないものに対して嫌悪感を抱く事は別におかしな話でもない。


 ましてや、今の状況は彼らの身内が関わっている。顔も知らない身内とはいえ、彼らからすれば祖母の妹が関わってしまっているのだ。



「見つけた」

 そう言って魔神ウルがした事といえば、彼らに向かって腕を伸ばしただけだった。

 さぁ、とばかりに迎え入れようと伸ばされた腕は、しかしまだ距離があるため彼らには当然届かない。

 だが――


 カインとクライヴは咄嗟に飛びのいていた。


 その直後、彼らが立っていた場所に何かが突き刺さる。地面を抉るような勢いで突き刺さったそれは――魔神ウルの髪の毛だった。髪の毛、だと気付くのに少しばかり時間がかかった気がするが、てっきり触手か何かが飛び出てきたのかとも思っていたくらいだ。魔神だし触手の一つや二つは出すかもしれない。偏見? だからどうしたというのだ。


 髪は一本一本が自由に動いているというよりは、ある程度束になって動いている。あまり細かく分けて動かせないと考えるべきだろうか。楽観視はできないが、もし一本一本自由自在に操れるのであれば、わざわざあんなわかりやすい動きで捕えようなどとはしないはずだ。


 躱された事に魔神ウルは不思議そうに首を傾げて、たった今自らの髪で抉った地面を見ていた。それからやや遅れて、視線を僅かに上げる。後方に飛び退った兄弟と、そのすぐ近くの足下で倒れているノエル。

 その場にいた皆が無言だった。正直こっちも今使い魔を通して声を届けられるかレオンに確認していないのでわからないが、仮に通じていたとしても言うべき言葉など出てこないし、レオンに至ってはやはり「はわわ」と言いそうな顔でもって両手で口元をそっと塞いでいる。


 言うべき言葉は逃げろくらいしか言えそうにないし、もし言葉が向こうに今届くのであれば、それは魔神ウルにこちらの存在を知らせる事に他ならない。レオンもそれを考えてしまったからこそ下手に声を出さないようにしているのだろう。


 膠着状態にあったのはほんの一瞬だったように思う。


 今もなお血を流し倒れたままのノエルが呻いて、少しばかり身じろいだのとほぼ同時だっただろうか。魔神ウルの目がカインとクライヴではなくしっかりとノエルに向けられる。


「まずは、きみから」


 その言葉が誰に向けられたかなんて、考えなくともわかる。ゆら、と重力も無視して蠢いた髪がノエルへと向かって伸ばされる。呆気ない程にあっさりと、そもそも逃げようにもまだろくに身動きができない状態のノエルは抵抗する間もなく捕らえられてしまっていた。


「う、くっ、何だ、おいお前一体何なんだふざけんな離せ俺に、俺様に許可なく触れてんじゃねぇ……!」


 こちらが思っていた以上に丁寧に抱え上げられたノエルは、そこでようやく事態を把握できたらしい。先程までは地に倒れ伏してろくに状況を視認する事もできなかった状況から一転、唐突に姿を現した魔神に捕獲されているという絶望的な事態である――という所まで把握できているかは怪しいが。


 両手両足胴体首、下手に身動きできないようにというつもりなのか、それともそんなつもりは一切ないのかはわからないが、それらの場所に魔神ウルの髪が絡みついているせいでノエルは抵抗らしい抵抗が一切できていない。動けば動いた分だけ髪が更に身体に食い込むように纏わりつくし、何より首に巻きついた髪がより抵抗を抑えようとすれば思った以上にダメージを受けていたノエルは簡単に動きを封じられた。

 首に巻き付いた髪が思った以上にきつく締めあげたのだろう。

 かはっ、という音と同時にノエルの口からは血が吐き出される。


「く、そがぁ……!」


 それでもなんとか抵抗しようとしたノエルは、絡みついた髪が魔神ウル本体へ近づいていくのと同時に何とか腕を動かそうとして、せめて一発殴るつもりではあったのだろう。だが聞こえてきたのはごりっという鈍い音だった。関節を逆方向に捻じ曲げられたノエルは、それでも叫んだりはしなかった。いや、叫べなかったというべきか。


「おいで。おいで。もうだいじょうぶ」


 一体何が大丈夫だと言うのか。恐らく誰がその場にいてもそう突っ込みそうになる事を言いながら、魔神ウルはそっと腕を伸ばして捕らえた獲物でもあるノエルの身体を抱きしめた。

 そこからまるで溶け合うようにノエルの身体が沈んでいく。底無し沼に落ちてしまったかのように、藻掻いた所で更に奥へと、魔神ウルの中へと――


 最後に聞こえたノエルの叫びは、断末魔の叫びというよりは助けを乞うものであったが――それはノエルの全身がウルの中へと沈むと同時にぷつりと途絶えた。


 そうしてノエルがいなくなれば、魔神ウルの次なる標的は言うまでもなくその場にいるカインとクライヴではあったが、彼らもノエルが捕まってから大人しく見ているだけ、という事もなく。

 ある程度距離を取り、更には魔剣の力を解放してカインが炎を、クライヴが冷気をそれぞれ剣へと纏わせて――


 ギィン!!


 一度だけ切り結ぶ。熱気と冷気が同時にぶつかり合った際に発生した水蒸気が周囲を満たし、視界が一瞬で白に覆われる。レオンの術で見ているだけのこちらからも把握ができなくなる程の白。魔神ウルにどれだけの効果があるかは不明だが、それでも一時的な目くらましにはなっただろう。

 風の術あたりで吹き飛ばされるかと思っていたが、魔神ウルは律義にそれらが収まるのを待ち――視界が戻った頃には当然ながらカインとクライヴの姿はそこにはなかった。

 レオンがほっと安堵の息を吐きだす。


 だが次の瞬間、その場に残っていた使い魔を魔神ウルが捕獲し、ノエルと同じように吸収されてしまったため――今度はこの場にレオンの悲鳴が響き渡った。

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