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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
五 魔王の章

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合流と別れと餞別



 どぉん……! と音が響いたのは、それからすぐの事だった。

 音の発生源はそれなりに遠くだと思える。とはいえ、建物の中で反響して正確な位置はわからなかった。ただ、それでも音が聞こえる範囲内、と考えると思っているよりは遠くでもないのだろう……とは思えたが……


「えっ、えっ、何ですかー? ちょっと皆さんホントに何もないです? 大丈夫なんですかー?」


 焦ったように問うレオンに、使い魔を通してそれぞれがこちらは何もないとばかりの返事が順に伝えられる。

「となれば……あいつらのうちの誰かだろうな」


 流石に何もない所でいきなり魔神ウルが暴れだしたりなどはしないはずだ。力を無駄に使うような真似、流石にしないだろうと思っている。こちらにとって無駄に見えても何らかの意図があれば話は別かもしれんがな。

 びくびくしながらもどうしたものかと視線をあちこちうろうろさせているレオンは、恐らくこの場に私がいなければ即座に逃げ出していた事だろう。恐らく私が移動を開始すれば一緒についてくるだろうとも思ってはいるが……

 いくつかに分岐されている道の、どこを進もうかと悩んでいるうちに、どさりと小さな音が聞こえた。私の気のせいではなくレオンにも聞こえていたらしく、羽を大げさにばさばさと動かして音がした方向とは逆にじりじりと後ずさり、そのまま私の背後へとくると私の身体越しに音がした方を覗き込もうとしている。……こいつ人の事を盾にするとかいい度胸だな。

 無理矢理引っ掴んで私の前に引きずり出してやろうかと思ったが、先程聞こえた物音がした場所からずっ、ずっ、と何かを引きずるような音が聞こえたので実行するタイミングを逃す。何かがこちらに近づいてきているようではあるが……一体何だ? 魔神ウルにしろそれ以外の連中にしろ、足音にしては不自然な音だ。まるで袋を引きずっているような、重たい荷物を少しずつ引きずって移動するかのような音。


 それが何であるのか、というのは案外早くに判明した。

 通路の向こう側から、何かがやって来る。


 それは、ずるずると音を立ててとにかくどこかへ向かおうとして――結果として私たちがいる場所へとやって来た、ただそれだけの事だった。


「ひっ!?」


 レオンもそれが何であるのか把握したのだろう。思わず悲鳴を上げて、そのまま私の身体を盾にするような体勢のまま固まった。


(シィナさん!?)

 宿主もどうやら気付いたようだ。ずるずると這いずるように移動しているそれが、見知った顔である事に。

 一体何があったのやら。先程、ここに引きずり込まれる前に見たあいつの姿と比べると随分と変わり果てた姿。先程の爆発音のようにも聞こえた音が恐らく原因だろう、とは思うが虫けらのように地べたを這うシィナの下半身は既に無い。大量の血液を流し、何なら臓物らしき物も時折零れ落としているため放っておいてもそのうち勝手に死ぬだろう。

 治癒術で治せるのはあくまでも怪我であり、無くした体の一部を復活させるような事はできない。それができるのは……それこそ魔神ウルに願いを叶えてもらうとか、強大な力を持つ者であればどうにかなるだろうとは思うのだが。

 ……私も本来の姿に本来の力があればやってやれなくもないが、現状だと無理だな。


「誰か、いるの……?」


 恐らくレオンの悲鳴が聞こえていたのだろう。ずりずりと腕の力だけで何とか身体を引きずって移動しているシィナがこちらを窺うように見上げてくるが……

 一体何があったのか、右目があるはずの場所はぽっかりと穴が広がって眼球の存在が見当たらないし、左目は恐らくあるのだろうが瞼の上から何かが斬りつけたかのような傷が走り目を開けられないらしい。


「えっ、ちょっ、一体何があったんですかー? 絶命までカウントダウン入ってるじゃないですかー」

「その声……さっきのコウモリ投げつけてきた奴ね……」

 ぴゃー。と悲鳴を上げつつもレオンが問いかける。シィナも声である程度判断がついたのだろう。今にも死にそうだというのに、表情は変えようがなかったがその声はどこか呆れていた。


「何があったか? 簡単な話よ、魔神ウルと戦って、結果このザマよ。はっ、無様なものね」

 下半身なくなって視力も失った状態だというのに、その口振りは随分と元気だなと思ってしまった。言葉の合間合間で浅い呼吸音も聞こえてはいたが、何故だろうか、弱々しさは微塵も感じられない。

 放っておいても死ぬ、とは思うんだが、口調からはあまりそう聞こえないのが不思議な所だ。


「魔神ウルと戦ったって……」

「あいつは、一つになろうなんて言いながらこっちの言い分なんて聞きゃしないわ。お断りよ。冗談じゃないわ。戦って、あのままだと強制的に吸収されそうになったから駄目元で空間転移してみたんだけど……まぁ、この調子じゃただの時間稼ぎにしかならなかったわね」

 ごぼり、と咳込んで口から大量の血が吐き出される。口調は元気一杯なのだが、元気一杯なのはそれだけで他はもう息も絶え絶えといった状態だった。

 恐らくちょっとでも考える事を止めたり口を開くのを止めてしまえばあとはあっさり死ぬ。

 私にとって厄介で面倒な相手のうちの一人は、呆気なく消える。

 だが――


「シィナさん」

 意図的に、宿主の口調を真似る。気持ち声を高めにして丁寧さを心がければまぁ大体そんな感じになる。この私がこいつにさん付けなどするなど他の連中が見たらそれこそ驚きすぎて口から心臓飛び出すんじゃないかと思えるような事態だ。だが、こいつは今の所視力を失ったも同然で、だからこそこちらの姿を見る事はできない。声だけならば、宿主か私かなどの区別がつくはずもない……だろう。


「その声……シオンくんね。きみも、ここに来てたの……?」

「えぇ、まぁ、はい。その」

「大丈夫よ。どうせきみの使う治癒術じゃこれもうどうしようもないし気休めにもならないのはあたしが一番知ってるから」

「でしょう、ね」


 頭の中で宿主がさっきから騒々しかったものの、私がかわりに代弁してやろうと思いきやいざそうなってみると何を言うべきか全く言葉が出てこないとか、ふざけてんのかと詰め寄ったついでにぶん殴りたいがその本人は生憎私の中にいる。物理で捕獲できないというのも不便だなと思いはしたが、今はそれよりもシィナに目を向ける。


 呼吸からして既に手遅れだと思えるくらい、何ともいえない異音すら聞こえてきている。正直もう死んでてもおかしくないんだが、意外と気合やらガッツで持ちこたえてるものなんだな、と逆に感心する程だ。


「どうやって、とか聞かれると困るけど、シオンくん、きみはとにかく逃げなさい。もうちょっと早い段階で合流できてたら、あたしがもうちょっと頑張って守れたとは思うけど……もうこんな状態だからね。

 ふふ、こんな事になるだなんて、思ってもなかったなあ……もしかしたら罰があたったのかも」

「罰って……」

 いやお前今までやらかしてきた事思い返したらこの程度が罰とか生温いにも程があるだろ、と思ったけれど、それを突っ込むのは流石にどうかと思ったのでギリギリで言葉を噤む。


「あたし、こう見えて結構色んな悪い事やってきてたから、さ……だからね、こういう最期になってもそれはある意味当然の結果なのよ、それに」

 そこまで言うとまたもや咳込み血を吐き出す。あぁ、もう長くはないな。呼吸の音からしてそもそも呼吸になっていないような状態になりつつある。

「それに、あたしはあの人に会うんだって言いながら、ちょっとだけ、本当にちょっとだけきみに対して好意を抱いてしまった。あの時渡したあの花、ね、あの花言葉に嘘はないのよ。そんな、中途半端な事思っちゃったから、きっと罰があたったとしてもおかしくないの」


 花。そういや宿主が何か白い花貰ってたな。生憎花言葉とかわからんが。宿主知ってる? 知らない。そうか。まぁでも、話の流れからして何となくそれっぽいふわっとした好意を示す言葉なんだろうという事で納得しておく。まさか情熱的な愛の言葉などではなかろうよ。

 とりあえず、だ。


 ふぅ、と小さく息を吐く。そうして私は片足を上げて、そのままそれを振り下ろした。

 シィナがこちらに伸ばした腕目掛けて。「えっ?」とレオンの声が聞こえたがそんな事は些細な事なのでどうでもいい。

 伸ばされた腕。手の平あたりを容赦なく踏みつける。

 同時に上がる悲鳴。思いもよらぬダメージに、シィナはこちらの予想以上によく叫んだ。


「この、たわけが!」

 既に宿主のふりをするつもりはないので、私が最も話しやすい声音でもって罵倒する。

「くだらん妄執に振り回されて挙句最後にちょっとだけ善人ムーブかまそうだなどと、呆れてものも言えんわ。迷惑極まりない思いをこちらに押し付けて、事あるごとに心中ねだるようなメンタルの女が最期の最後にちょっと殊勝な事言えばそれでチャラになるとか思ってるならそんな役にも立たん脳みそ廃棄してしまえ。

 はっ、だがまぁ、ウルと同化する事を拒絶した事だけは褒めてやろう。どこまでいってもお前は共に死ぬ相手を求めていた。あいつと同化してしまえばそうもできなくなるからな。

 あぁ、だから、お前は精々ここで惨めったらしく朽ち果てろ」


 思わぬダメージに鳴き声を上げていたシィナだったが、容量の少ない脳みそにそれでも私の言葉が届いたのだろう。あるはずのない眼球部分と、そして開く事のない瞼でもって、こちらを見上げるようにしていた。もしそこにちゃんとした眼があるならば、きっと不様なまでに間の抜けた表情をしていたに違いない。


「その声……は、違うけど、まさか……そんな」

「今更どう足掻いた所で貴様と私の道が交わる事などありはしない。そもそもお前は常に死を選ぼうとしていたし、対して私は生を選んでいた。

 だからこそこれは、私なりの餞別だ。受け取るがいい」

「ア……イ、オン……?」

 無理矢理にでも閉じた瞼を開けようとしていたシィナだったが、恐らくそれが叶う事はなかっただろう。それよりも先に私が発動した魔術によって焼かれたので。

 ごぅっと、音を立てて上がる火柱は一瞬だけ天井まで燃え上がり、直後に燃やす物がなくなったためにパッと消える。断末魔の悲鳴すら上がる事なく、その場には何も残らない。燃えカスはおろか、灰すらも。



「はっきりしたな。この中にウルもいる。となれば、早急に他の連中と合流しなければ」

 シィナですらこのザマだ、ゲイルあたりならどうにかなるだろうと思うが、それ以外の連中と遭遇してしまえばあっさり取り込まれるのが目に見えている。

「いや、そうなんですけど、えぇー?」

 納得いかんとばかりにレオンが先程までシィナがいた場所を見ているが、見たからといってそこにシィナはもういない。

「ウルも空間転移してくるとは限らんが、あまり長々と同じ場所に居るのは不味いのではないか?」

「はっ、そう言われるとそんな気がしてきました。えぇえーと、あっ、使い魔がある程度周辺飛んで様子を確認できたので、安全そうなルート進みましょう。こっちです」

 言うなりレオンはシィナがやってきたのとは別の道へ進みだした。シィナを追って空間を転移できるかどうかはわからんが、万一できるならシィナが来た道を行くのはウルと遭遇する確率が上がるためそこを避けるというのはある意味当然の流れだった。


 ……安全そうなルート、であって、合流できそうなルート、ではないのが微妙極まりないと思いはするのだが。こればっかりは運だろう。

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