元凶と身内
「それで? 魔神ウルは何の願いを叶えようとしているんだ?」
ちょっと話が脱線しかけたが、それを戻したのはカノンだった。
「その前に……そなたたち、どのあたりまで引きずり込まれたかはわからんが、周囲に他に誰かがいる気配はするか?」
私の問いに、それぞれが否と返す。
「ウォルター以外の連中、もしくはウルを確認したら今は一先ず逃げろ。今安全そうならすぐに移動を、とまでは言わないが、出来る事ならあまり一箇所に留まるべきではないと思っている」
「あぁ、そうだな。移動でき次第、合流なり脱出なりを目指すさ」
ゲイルが答える。となると、まだルディの意識は戻っていないのだろう。今すぐ移動しなければならないならともかく、そうでもないうちから一人抱えて移動するのは中々に疲れるだろうから。
「そうだな。ならば語ろう。魔神ウルと一人の少女の願いの話を」
とはいえ、私も正直所々覚えていない部分があるのだが、と前置きして語る事にする。
――魔神ウルがどうして願いを叶えてくれるのか、については正直な所よくわかっていない。元々そういう存在であるからか、それとも何らかの目的があり他者の願いを叶えているのか。どちらにしても、利用する側からすればそこはどうでもいいものであった。
死者を蘇らせるといった願いに関してはわからないが、例えば日照りが続いた大地に雨を降らせるなどといった天候を変えるなどの願いは容易く叶えられていた。
だからこそ、当時のウルは魔神というよりは豊穣の神のような扱いを受けていたように思う。
かつて、ここ風葬領域と呼ばれ封印されてしまった土地は、魔神ウルの力によって最果ての大地としては珍しく緑豊かな大地であったと記録されている。
暮らしが豊かであれば、人であろうと魔族であろうと思った以上に願いというものはでてこないらしかった。欲望などそれこそ底がない、と思うのだが、ある程度満ち足りていればすぐにはあれこれ浮かばないのだろう。
空腹の時は食べたい物が次から次に思い浮かぶだろうが、満腹であればそうでもない。要するに、そういった事だ。
ある時魔神ウルは一人の少女と出会った。
彼女の名前は記録にもないため知らない。
その少女には姉がいた。少女は姉と仲が良くなかった。
別にお互いがお互いを嫌いあっているわけではない。少女は姉と仲良くしたいが、姉は少女に見向きもしない。ただそれだけだった。嫌うというよりは無関心であったと言うべきか。
寂しいのだと少女は言っていた。他に家族と呼べる者はいない。姉だけが、たった一人の家族なのに、その姉はこちらを見てくれる事なんてない。姉の手を煩わせないよう、家の事はやった。できる事はやった。それでもできない事に対しては助けを求める事もあった。
けれど、姉からすれば全て余計な事に見えたらしい。
何をやっても、何もしなくても姉は少女に対して冷淡ですらあった。
姉はよく外に出かけては、周囲と諍いを起こして怪我をして帰って来る事もあったそうだ。そういった時、妹はとても心配して怪我の手当てをするのだが、姉からすればそれすらも余計な事であったらしい。
妹が向ける感情の一つ一つが、姉からすれば無駄なものだったのだろう。
怪我の手当てなど必要ない、と突っぱねた姉に、妹はそれ以来手当てするのを止めた。けれども怪我をして帰って来る。だからこそそれが心配で心配で、つい姉を見ていた事すら姉にとっては余計な事だったのだろう。
あんたといるとイライラする。
そう吐き捨てて、姉はそれ以来家に帰ってこなくなってしまった。
家に戻ってこなくとも、姉の話は周囲からよく耳にしていた。姉は周囲とよく諍いを起こしていたので嫌でも聞こえてくると言う方が正しいのかもしれない。姉がどうして周囲と争ってばかりなのか、妹には理解できなかった。姉は妹と比べて確かに強くはあった。けれどどうしてそこまで力に固執するのかさえ妹には理解できなかった。理解したくとも、話し合う事すらできなかったので。
噂だけで姉の事を聞く日々が続き、やがてそれこそが当たり前になりかけたあたりで姉は行動範囲を更に広げたのか、徐々に噂を聞く事がなくなってきた。妹はそれがたまらなく恐ろしかった。噂を聞く事すらできない程遠くへ行ってしまって、そこで元気にやっているという確証があればまだ良い。しかし、妹の知らぬ場所で誰にも知られず死んでいるような事になったなら……?
たった一人の家族。いくら疎まれていようと妹にとっての姉は唯一の存在で、だからこそ妹は姉がいなくなるという事に耐えられなかった。
そんなある日出会ってしまったのが、魔神ウルだった。
彼女は願う。姉と共にずっといる事を。一人は寂しいから、皆が一緒にいられるようにと。
魔神は、願いを叶えようとした。姉はその場にいなかったけれど、皆一緒に、という部分を叶えるのであればいずれは姉もそうなると告げると――
「……魔神ウルは、当時この周辺に居た生命体の大半を吸収した。自らの体内に吸収して融合させて、そうする事で一つにしてしまえばいいというふうに判断してしまった。
事態を重く見た当時の魔王は即座に魔神ウルごとここを封印した。封印された地の生命体が全て吸収されて、やがて魔神ウルの生命エネルギーすら消耗し枯渇する程の年月を稼げばこれ以上の犠牲もなく何事もなく終わると考えてな」
「えっ、あの、じゃあそれって魔神ウルと遭遇しちゃうとボクたちも、ってことですかー?」
「そうなるだろうな」
現に外側から干渉できないようになっていたこの土地が、ろくに生命も存在しない荒野となっていた時点でお察しだろうに。魔神ウルも恐らくは封印されて数百年、無駄に力を使うのではなくしばらくは力を温存させようとして眠りについていたはずだ。無理に封印を解除しようと暴れてもそう簡単に脱出できないというのであれば、あとは根競べでしかない。
結果として、ウォルターが封印を解いた。外側から誰かがやって来た時点で、それは魔神にとってはただの餌でしかない。
「魔神ウルについてそこまで知っているなら、願いを叶える事に関する部分も伝承として伝えておくべきでは? と言いたいが……まぁ、伝わっていたところで無意味か」
「前の願いがそもそも数百年も前の話だ。とっくに無効になっていると考える奴もいるだろうし、自分だけは大丈夫だという根拠のない考えを持つ者も出てくる。ならば最初から魔神ウルの存在を出すような話をするべきではない」
クライヴの言葉にそう返しながらも、情報を出さずともこうしてやらかした奴がいるんだがな……と溜息を吐く。
「魔族の平均寿命とやらがよくわからんのだが、八百年前の話でそこから封印されたとして、当時の姉は? 生きているのであればまだ狙われているという事だろう?」
「何事もなければ生きている可能性は高いだろうな。とはいえ、私がこの話を知った時点ではその姉の存在は何もわからない状態だったが。
調べた結果、かつて彼女が『暴君』と呼ばれていたというところまではわかったのだが」
「――は?」
「なん……だと……?」
どこか呆然としたクライブとカインの声。もしかして何か知っているのだろうか、と思ったがそれを問うよりも早く――
「おいおいおいまーたそういう……何なのそういう繋がりかよ」
「えー、またですかー。ホントなんなんですかホントに」
「よりにもよって、というべきか……いや、まぁ、仕方ない……って言うとでも思ったか!?」
ゲイルとレオン、カノンが口々にぼやく。
(あ、暴君ってあれです、カインとクライヴのお婆さんらしいですよ。前にほら、ポチ……ルシオンが僕の身体乗っ取って出てきた時にいた白いやつもホントはその人倒すのに作られたとかどうとかで)
脳内で宿主が説明する。言われてみれば以前表に出てきた時に何かいたなぁ、と思いはするけどあの時はすぐに引っ込む形になったのであまりよく覚えてはいない。
だが、彼らにとってはそれなりに記憶に残っている出来事なのだろう。
「お前らのばーさんマジなんなの? 俺らに何か恨みでもあんの? ってくらいこっちに色々迷惑被ってるんだけどそこんとこ孫のお前らどう思ってるわけ?」
「いやそれ俺に言われても。正直ろくに顔も合わせてない身内のあれこれを言われた所でどうしろと」
「全くだね。生きていたならこっちもあれこれ文句を言いに行ったかもしれないけど、もういないからどうしようもないかな。……とはいえ、勘弁して欲しいものだけど」
「しかも話聞いたらあれだろ、お前らのばーさんの妹が今回の原因だろ? お前らの身内マジなんなの?」
「知るか。顔も知らん身内の事まで責任とれるか」
「そもそもお婆様に妹がいた、という話も初耳だからね。流石にそこまではちょっと」
ゲイルとカインとクライヴが何やら言い合ってはいるが、暴君の妹については存在そのものが知らなかったらしく、そういう相手を身内としてカウントすべきか否か、という部分で何やら揉めている。
確かに名前だけ知っている程度の身内は身内認識しにくいものがあるからな……血の繋がりがあったとしても、関わる事が極端に少ない相手だと下手をすれば血の繋がりのないご近所さんの方がまだ身内認定しやすいというか……
そうやってしばし何やら話をしていたようだが、最終的に今回の件、カインやクライヴは元々ゲイルに借りを返すとか恩を売るつもりで参加したようなものだったけれど、結局のところ逆に貸し一つな、とゲイルに言われてしまったという部分だけは述べておく事にしよう。
(貸し一つ、ってさらっと言いますけどこれ相当大きい案件ですからきっと今頃カインあたりすっごく苦々しい顔してそうですね)
宿主もやはりそう思ったらしい。
私としては恩を売るつもりだったクライヴの方が相当酷い顔をしていると思うのだが。
何にせよ、現状カインの顔もクライヴの顔も確認しようがない事ではある。使い魔を通してレオンならば確認できるのではないか、と思うがそのためだけにわざわざ確認するのもいかがなものかと思っている。




