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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
五 魔王の章

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面倒事とどっちに転んでも厄介な事態



 必死こいて走ったわけだが、既にそれなりの距離があり、どうにか詰めつつあったもののそれでも少しだけ間に合わなかった。

 結論から言うと、つまるところ魔神ウルが復活した。


 魔神ウル――願いを叶えてくれる魔神という伝承やらでそこそこ知名度はある。主に我々魔族界隈で。人間たちには恐らく知られていないはずだ。何せもう随分昔にここ風葬領域と呼ばれる場所に封印してしまったので。

 封印したのは私ではないが、私以前の魔王がやっとの事で封印したというのは知っていた。というか、魔王にしか伝わってないやつだと思っている。魔王の力を受け継いでしまったゲイルが知らないのはまぁ仕方ないだろう。力を受け継いだとはいえ、知識まで受け継いだわけではないのだから。


「おい、ルディ……?」


 ようやく追いついた小娘が息を切らせながら、倒れているそいつへと声をかけた。その声はどこか震えている。決して走り疲れたからというわけではなく、どこか信じられない物を見るような目でピクリとも動かない少年を見ていた。


 こいつの弟に関する話は私も聞いてはいた。過去の事があってあまりいい感情を抱いてはいないようではあったが、わざわざ関わってこなければ、別に不幸のどん底にいなくても遠い地で幸せに暮らしているならそれはそれで、程度には弟の事を想っているであろうというのは私にも何となく把握できていた。

 そうだ、関わってくるなら鬱陶しいなと思っていても、殺してやりたい程目障りだと思っているわけではなかった。

 ただ、何か色々と面倒だから極力関わりたくないだけだった。私のように。


 うつ伏せに倒れているルディの身体から、じわじわと血だまりが広がっていく。


「さぁ、願いを叶えよう」


 そんなルディを見下ろしつつ、何の感情もこもっていない声でそう言ったのは、魔神ウルだった。


 魔神ウルが封印された経緯、そして封印を解く方法。そういったものは知識としては知っていた。

 しかし、魔神ウルがどういう姿をしているかというのを知らなかった私は、本当にこいつがウルなのか……? という目で見ていた。背丈は恐らくこの場にいる誰よりも小柄だ。人間の子供、それも大体十を超えたばかり、といったくらいの大きさだろうか。羽はないが、僅かに宙に浮いているけれど、それでも小さいという感想はこの場にいる誰もが思った事だろう。


 声に感情がこもっていなければ、表情も同じように何の感情も浮かんでいない――ただ、そこに在るという事実だけを認識しているだけといった風にウルはこちらを見ていた。金色の瞳は倒れているルディを見ても無感情のままだ。

 長く白い髪は、毛先に向かうにつれ朱に染まっている。左右二つに結わえられたそれは、地面につくすれすれの長さだが身体が浮いているからか今の所地面についてはいない。それどころか風が吹いているにも関わらず風に遊ばれる事もなく、身体同様こちらもふわりと漂うように浮いていた。


「ゲイル、ルディ連れて一度ここから逃げるぞ」

「は? いや、お前これ逃げられるとかそういう感じか?」

「無茶でもいいから一度離れろ。じゃないと巻き込まれる」

(巻き込まれる? えぇと、それはどういう?)


 ゲイルも宿主も、今の状況がどういうものなのか完全に理解はしていない。いや、恐らく理解しているのはこの場では私だけだ。ウルを復活させたウォルターですら、今がどれだけ危険な状況であるかを理解できてはいないだろう。


「今悠長に話している暇はない。現状最悪な状況なんだ、ゲイル」

 正直さっさとこいつから離れたい。だが、ここでゲイルたちまで置いて逃げると後々厄介な事になる。ウォルターはもうどうしようもないからいいとして、それ以外の連中は一度ここから何としても引き離さなければ。

 そんな私の内心を察してくれたのか、ゲイルは動いてくれた。それと同時に私は小娘の腕をとって走り出す。

「は!? おい、どういう事だ!?」

「今それどころじゃないとゲイルにも言った。いいから逃げるぞ」


 走り出す方向は、勿論今来た道を戻る形でだ。途中で他の連中を足止めしていたカインたちも回収しなければ。


「魔神ウル、どうか願いを叶えて頂きたい。私の望みはただ一つ、あの方の行方を知りたいのです」

「一度に複数の願いは叶えられない。まだ叶えていない願いを叶えてからになる」

「まだ叶えていない願い……?」


 空気を読まずにウルに話しかけていたウォルターだったが、その声は困惑していた。既にこちらは奴らに背を向けて走り出しているので顔を見たりはしない。あえて振り返って確認する必要もない。大体想像した通りだろう。


「だからこそ、お前たちは逃がさない」


 ウルの声と同時に、空間が震える。ゴゴゴ、という大地の底から響くような音と同時に地面が揺れ、空間が軋むような音も遅れてやってきた。ここいら一帯は封印された場所ではあるが、恐らくウルが今の状態で空間ごと粉砕するといった事まではしないだろう。封印を解かれた直後にそれだけの元気があるならば、そもそも封印を誰かが解いてくれるのを待つよりも自力で復活を遂げているだろうからだ。


 地の底からせり出すように、遺跡めいた建造物が出てくる。

 ……遺跡めいた、とはいうが、あれはかつてウルを祀っていた神殿だろう。封印して、長き年月誰も踏み入る事がなかったために風化したはずのそれは、ウルが復活したからか、それともウルが復活させたからか、雨後の筍のようににょきにょきと生えてくる。

 とはいえ、建設された当時のものとは違い建物の表面は苔むしていたりする。ウルの力がまだ完全ではない、という意味合いに捉えていいものか……


 神殿が出終わると、今度は足下から草花が生えてくる。だがしかしただの草やら花か、で済ませられないそれらは、あっという間に私たちの伸長よりも高く伸び、挙句の果てには――


「うわっと!? おぉ!? なんだこれ!」


 ゲイルの足に絡みついて、動きを止めようとしてくる。


「あわわわわ、ゲイルが、ゲイルが捕獲されちゃいましたよー!? ゲイルが確保したお弟子さんの弟さんもー!?」

 シィナはどうしたと問いたかったが、恐らくどうにかしたのだろう。こちらへ飛んで来つつあったレオンだが、言葉の途中で奴も呆気なく捕獲され、羽が動かないようにぐるぐる巻きになっている。

 ……いや、むしろ、そうなる前に気付けよって話なんだが。


「手を!」


 こちらにも伸びてきた蔓は、私が小娘を掴んでいた腕に狙いを定めていたようで、小娘が叫んだ事で咄嗟に手を離し捕まるのは回避できた。状況が状況なので足を止めて一体どうしてこんな事に、なんて言い出したりする余裕はないという事は小娘も理解したのだろう。もう片方の手で持っていた大鎌でゲイルに絡みついた部分を切ろうとしたが――


 ぎぃん!


 植物にあるまじき音でもって弾き返される。


「お、おぉぉぉおおお!?」

「うわー、ちょっと待っていやー!?」


 ぐいん、と伸びていたそれは、勢いよく振りかぶってゲイルとレオンを神殿がある方向へ引っ込んでいった。


「お師匠!? くっ!?」


 一瞬の隙を突かれ、小娘も捕獲される。そうしてゲイルたち同様神殿の方へと引きずり込まれていった。

(あわわわ、メトセラ!? メトセラー!?)

 頭の中で宿主がわめきだすが、それどころではない。


 何もない荒野も同然だった土地が、ジャングルかと言いたくなるくらいわさわさと植物が生い茂りつつある。まだこちらに合流していなかったカインやクライヴ、カノンあたりの姿は当然見えないし、あいつらの姿も見えない。


 ウォルターは……もう手遅れだと判断して。

 とにかく神殿に引きずり込まれているならそちらへ行くべきなのだろう。個人的にはとても行きたくないが。しかし見捨てるわけにもいかないし、そうしようとすれば宿主が頭の中で四六時中うるさく喚きたてるのは言うまでもない。

 恐らくは逃げないように引きずり込んだ、と考えて、ならばすぐに外に出られないような所まで引きずり込まれているはずだ。

 ウルが今どのあたりにいるかは知らん。が、移送方陣もなしに空間を転移することもしないだろう。永らく封印されていたのだ。力も回復する前から無駄に消耗するような事をするとは思わないし思えない。


 こちらに伸びてきた植物を咄嗟に焼き払い、その足で神殿へと向かう。入口らしき場所はいくつかあったような気がするが、本来の出入口は一つだけのはずだ。それ以外の場所は劣化して穴が開いたとかそういうやつだろう。


(ちょっと、これ一体どういう事なんですか!?)

 師匠のみならず妹弟子も引きずり込まれてしまった事で、宿主が脳内でわぁわぁと喚いている。焦りしかないのだろう、不快にしかならない囀りは特に意味があるわけでもなく何度か同じ疑問を繰り返していた。


「落ち着け。今の所あいつらは無事だ。とはいえ、ウルと遭遇した場合は終わるがな」

(ウル! そうだ、魔神って言ってましたよね!? あの魔神、願いを叶えるって、まだ叶えていない願いを叶えるって言ってましたけど)

「……まずは、神殿の中に入ってあいつらととにかく合流するぞ。全速力で移動するから集中力を乱さないようにしばらく黙れ」

(っ、わ、わかった。合流出来たら説明してくれるんですよね?)

「あぁ、それは勿論だ」


 傍から見たら私が一人で喋ってるだけなのだが、まぁ今周囲に誰がいるわけでもないので構わないだろう。

 あとは、話しながら移動していると、場合によってはその声を聞きつけてウルがやって来る可能性もある。なるべく音を立てずに移動する必要がありそうだった。


 ほんの少しだけ考える。

 果たして、私にとって厄介でしかない四天王の連中と戦うのと、魔神と戦うのと、どちらが面倒なのだろうか、と。

 考えて、結果どちらを選んだとしても全く意味はないのだが。

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