突発的な追走劇と悪化する現状
「神と魔神の違いについて今更語る必要はないと思うので端折るが、ここにいるのは私よりも前の魔王がやっとの事でどうにかして封印した魔神ウルだ。
本来ならば願いを叶えてくれる魔神ではあるが……あいつらはその部分しか知らない可能性が高い。じゃなければわざわざここに来る意味がないからだ」
奴らの背は見えているが、未だ距離がある。
とにかく足を動かして追いつこうとしているが、あいつらもそれなりに素早く移動しているので開いてしまった距離が遠くなることもないが縮まる事もない。ぎり、と苛立たしげについ唇を噛んだ。
「えっ、ここにいるの魔神ウルなんですかー? 何でそれが風葬領域なんかに封印されて……?」
「遠い昔に滅んだと聞いた気がするが、まだ生きていたのか」
レオンとクライヴの声が同時だったが、ウルの名を聞いて明らかに気を緩ませている。
「そなたたちの知るウルは消失した。今この場にいるアレは、ウルではあるがウルだと思わない方がいい」
「おい、その事情詳しく語る時間あるか?」
「ないな。喋ってる暇があるなら速度を上げて奴らを止めないと――最悪こちらも死ぬかもしれん」
そう私が言った矢先、光が煌めいた。咄嗟に横に跳んで避ける。
振り向きざまにこちらに魔術を放ってきたのは言うまでもなくウォルターだろう。煌めいた光は大波のようにこちらにやってきたが、こちらの足を一瞬でも止めるためだけに放ったらしく広範囲に効果を及ぼしたわけではない。ちょっと気合い入れて武器で衝撃波飛ばすのとそう変わらない攻撃だったため、私以外の者もそれぞれが横へと躱したため皆無事のようだ。
しかし今ので明らかに奴らとの距離が開いた。
ここから挽回するとなると、中々に厳しいかもしれないな。
「仕方がない。ゲイル、お前が先行しろ」
カノンがどこか諦めたようにそう言うが、先行も何もあったものではない。ゲイルもそう思ったのだろう、どうやって、と口にしようとした所で、カノンはしゃがみ込んでゲイルの足をがっしと掴んだ。
「おい、ちょっと待て。予想は今一瞬でついたが待て!」
「待たない! このままだとこちらも死ぬかもしれんとかそいつが言ったのだ。となると万が一の場合は王子の身に危険が迫るという事だろう。ならば私は王子の身を護るために手段は選ばないッ!!」
「ぅどわああああああああっ!?」
ぶぉん、という風を切る音がして、ついでにゲイルの叫び声が遠のいていく。
人間ってあんなに飛ぶのか……とどこかずれた事を思いながらも、ついそれを見送ってしまった。
(師匠の事だから大丈夫だとは思うんですが、あれ着地大丈夫でしょうか……?)
私の中で、宿主が冷静に何だかずれた事を言っているのが聞こえた。
ひゅるる、という音でもしそうな感じで落下していくその先――向こうもゲイルが飛ばされてきた事に気付いたのだろう。炎と氷の術が発動するのが見えた。ついでに、大地から槍のように岩が伸びる。見た所シィナとエリック、それからノエルが術を発動させたようだ。
それらをどうにか避けたらしく、ゲイルはわけがわからないなりに彼らと戦いを始めたらしい。とはいえ、ウォルターは既に走り出している。ルディを連れて。
「いかん、ウォルターはともかく小娘の弟が一緒にいるのが不味い。どうにかあいつら引き離さないと」
四天王のうちの三人を相手にどうにか攻撃を躱しつつ隙を見てこちらからも攻撃に転じているゲイルではあるが、一番足を止めなければならない奴は動き出してしまっている。
こちらも少しは距離が縮みはしたものの、やはりまだ遠いと言える程度に距離は開いたままだ。
「よくわからんが、あいつらを引き離せばいいんだな? カノン」
「任せろ」
カインの声に、カノンが再びしゃがみ込んでカインの足を掴んだ。
「そぉい!!」
カノンの掛け声と、またもやぶぉんという風を切る音。
いや、それ、お前ら本当にそれでいいのか……? 私が疑問を口にする事はないままに、カインは交戦中のゲイルたちの上を飛んで――先へ行かせるつもりはないとばかりにゲイルと交戦している三人の中の誰かが術を放ち、自由に身動きできない上空であるにもかかわらず無理に回避しようとした結果、ゲイルたちよりも少し進んだあたりで着地した。ウォルターとはまだ距離が離れている。
カインの足の速さにもよるが、今のままだと状況は大変厳しい。
と、思ったのだが。
カインが刀を抜く。
……あれ、魔剣か?
何か今凄い勢いで炎が迸ったんだが。ウォルターもそれに怯んだのか、炎は避けつつも失速する。
「聞きたいのだが、弟があの保護者と一緒にいる事で何か不都合があるのか?」
走る足は止めないままに、小娘が不思議そうに問いかけてくる。
「あのまま奴の傍にいるととてもこちらにとって都合が悪い。最悪の事態になるとこちらが全滅する可能性も出てくる。そうなれば、お前たちだけではない。この身体の持ち主も無事では済まんぞ」
「引き離せばいいわけだな……ところで私の声を向こうに伝えやすくするような事はできるだろうか?」
「可能ではある」
「ならば頼む」
あまり気の進まない顔をしてはいるが、それでも気分が乗らないとかやる気でないとか言っている場合ではないと理解はしているようだ。ゲイルたちが交戦している向こう側、カインは魔剣の力を遠慮なく揮いウォルターの足を止めようとしてはいるが、完全に足止めできているわけではない。
だからこそ、私は小娘の声が向こうへ届くように風の術を発動させた。攻撃魔術と違うためか、魔力消費もそう多くないのでこれくらいならば何も問題はない。
「ルディ! それ以上先へ進んではいけない! 戻ってこい!!」
その声は確実に向こうへ届いたのだろう。ウォルターと一緒にじりじりと距離を開けようとしていたルディの足が縫い付けられたかのように止まる。
動揺、困惑、そういった感情が浮かんでいるのがここからでも何となく把握できた。
再会した時の目の前から消え失せろとばかりの態度だった姉が、呼びかけ、戻ってこいなどと言えば当然の結果だろう。だが、少しの逡巡の後こちらへ戻ろうとしたルディの腕をウォルターが掴み、強引に走り出す。
くっ、あいつああいう時の思い切りの良さホントどうしようもないな……!
そうこうしているうちにゲイルたちが戦っている地点に差し掛かる。
「ゲイル、もうそこのぽんこつ共は放置で構わん! そこの馬鹿どもが死ぬのは構わんどころか望むところだがこのままだとこちらも危険だ。何を持ってもウォルターを止めるぞ」
「つってもここで誰かが食い止めないと、こいつら妨害する気満々だろ」
「そりゃあな! てっきり雑魚かと思ったら案外やるようだし、しばらく俺様の相手をしてもらおうか!」
嬉々として叫んだのはノエルだった。こいつ……口さえ開かなかったらこんな戦闘狂だと思われないどころか病弱の極みみたいな儚げな見た目のくせに実際は三度の飯より戦闘大好きとかいう奴だからな……目を爛々とさせてはいるが、儚げな姿の青年が目を爛々とさせて嬉々としてゲイルに襲い掛かっている時点で、何かヤバい薬を摂取したかのような……どう足掻いても危険人物の予感しかしない凄みすらある。
「あー、面倒くさい。面倒くさいけど、お前らが邪魔をするっていうなら食い止めるさ」
いかにもやる気がありません、とばかりの態度だが、そう言って立ち塞がろうとしたのはエリックだ。
……何というかノエルとエリックは外見か中身のどちらかを交換すればまだ違和感がなかったように思う。エリックは黙っていれば何となく物語に出てくる熱血系青年に見えないこともないからだ。
だがしかしいざ口を開けばこれだ。面倒くさいと言いながら、常にやる気がないというのは態度に露骨なまでに表れている。面倒だというのであれば、私が魔王やってた頃にわざわざ関わってこなければよかったものを。
「ゲイル、君は先に進みたまえ。ここは私とカノンとで足止めしておこう」
刀を抜くなり斬りかかったクライヴ。斬りかかられたノエルは咄嗟にそれを躱したが、そこを更にカノンが追撃する。クライヴにはいかにもやる気がないと言わんばかりのエリックが攻撃を仕掛けようとしていたが、すぐさま反応しクライヴはそちらへ武器を振るう。
きんっ、と澄んだ音がしてエリックの周辺を氷が覆い始めた。
成程、こちらも魔剣持ちか。
「おう、それじゃ任せた!」
「ま、待ちなさい! そう簡単に行かせると思っているわけ!?」
シィナが叫ぶが、その顔面に唐突に蝙蝠が激突した。
「仕方ありませんねぇ、ボクもここで足止めしておきますから、あとは頑張って下さいねー」
キィキィと鳴く使い魔たちは、いつの間にやらレオンを取り囲むように出現していた。自称非戦闘員ではあるレオンだが、まぁ、時間稼ぎくらいならどうにかなると自ら判断を下したのであれば……恐らくは大丈夫だろう。
「ちょっ、何すんのよヤダ気持ち悪い!」
顔面にぶつかってきた蝙蝠を振り払うようにしたシィナの横をすり抜けるように通り、とにかく足を止める事なく走り続けた。
ウォルターはルディを強引に引いて移動しているというのに、速度は別段落ちた様子もない。
……まぁ奴も魔族だし、普段いくら頭脳労働担当で肉体労働は向いてない、などとのたまっていた所で人間以上の腕力をもっているのだから……人間の子供一人片手で引きずったくらいじゃそこまでの足枷にはならんか……
「これは……最悪の事態を覚悟した方がいいような気がしてきたな」
「最悪の事態、ってのはつまるところ俺達の全滅か?」
「そうだな。そうなればついでに世界の滅亡も見えてくる」
「……なぁ、おい一体どういう事だよ。四天王どもぶち倒そうぜとか言ってただけで何でそんな話大きくなってんだ!?」
(そうですよ、一体今どういう状況なんですか!?)
師匠の言葉に便乗するように、頭の中で弟子もわーわーと騒ぐ。
正直なところ、私は魔族であるがこの身体はそうではないので、走りながら具体的に話をするなどという芸当をやらかすと恐らく早々に体力が尽きてしまいそうなので……
私はそれに答えずとにかくひたすらに足を動かした。




