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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
五 魔王の章

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封印された土地と神



 村に存在する丘は、村を一望できる程度で他に何があるわけでもない、ちょっと見晴らしがいいだけの場所だった。ちょっとした休憩や息抜きに来るならいいのかもしれないが、それ以外の用は特にない。そんな場所だった。


 少なくとも、この村の住人にとっては、という言葉になるが。



「ふむ、まさかこの状況で誰かが来るとは思ってもみませんでした」

 やや芝居がかった動作でもってウォルターが言う。

「見た所この村の住人ではありませんね。貴方に似た人なら見た事があるのですが……そちらのお嬢さん、本日は一体どのようなご用件でこの村へ?」


 宿主と小娘はそういえばウォルターと遭遇しているんだったか。私の姿を見て宿主と似ている、と判断した時点であいつと同一人物ではないというのはわかっているのだろう。どうせならそこでちょっと髪染めた? くらいの頭のゆるい発言をしてくれても良いのだが。


「なぁおい、ここで悠長にそんな事言ってる場合か?」

「おっとそうでした。生憎と用がありまして。私たちはこれにて失礼いたします」


 白髪紅目の――ノエルに面倒そうに言われて、ウォルターはすぐさま彼らに向き直る。

 同時に、彼らの足下からかなりの広範囲――こちらの足下にまで光が溢れる。


「移送方陣……? それもこんな大規模な……?」

 ゲイルが真っ先に怪訝な声を上げた。

 あぁ、そうだ。

 これは私の落ち度だ。

 この村に何となく引っ掛かりは覚えていた。けれど、それが何であったかまで忘却していた。覚えていたならこやつらに会いたくないなどと言いつつ無駄にあの小屋で時間を潰したりなどしなかった!


「お前たちの目的はなんだ。ここから行ける場所は最果ての風葬領域だろう。今更あのような場所に行ってどうするつもりだ!?」


 咄嗟に私があげた声に、ウォルターは片眉を跳ね上げ、ノエルとエリックは物珍し気にこちらに視線を向けた。シィナは……どこか訝しげに私を含む一同を見ているだけだったが。

 ウォルターの横にいた小娘の弟――ルディ、だったか。

 彼はどこか戸惑ったようにウォルターを見上げた。


「貴方がそれをどこで知ったのか、興味はありますが……今はそれよりもこちらを優先しなければなりませんね。失礼します」

「なぁウォルター、最果てはともかく風葬領域って――」


 何かを問いかけようとしたルディの言葉は、途中で掻き消えた。移送方陣が発動して、五人の姿が消える。

「おいちょっと待て、今聞こえた風葬領域とかお前それ」

「話は後だ。我らも行くぞ」

 言いつつも、移送方陣を発動させるべく魔力を通す。

(えっ、僕の身体でそんな事できちゃうんですか!?)

 治癒魔術初級くらいしかできない宿主は、まさか私が移送方陣に魔力を送る事ができるとは思っていなかったのだろう。本来の姿であったなら、そんな事言われるはずもないのだが。


「えっ、えっ、ちょっと待って下さいー、何だかとってもイヤな予感がするんですけどー、ボクお留守番してちゃダメですかー」

 羽を羽ばたかせて、何となく地面から少し浮いてそのまま移送方陣の効果範囲から遠ざかろうとしたレオンを留めたのは、ゲイルだった。

「なぁおい、一蓮托生って知ってるか?」

「知ってるけど体験したいものではありませんねー」

 露骨に逃がさねぇよとばかりにレオンを掴んでいるが、レオンはそこから何とか逃れようと羽をひたすら羽ばたかせる。パタパタ、なんて可愛らしい音はとうにせず、今はバサバサとひたすらに騒々しい。


「やれやれ、話には聞いた覚えがあるけどまさか本当に実在していたとはね」

 肩をすくめて言ったのは、クライヴだった。

「何だよそれ」

「おや愚弟、お前知らないのか? かつて母上が語っていたではないか。あれは……まだほんの百五十年前の話だぞ」

「覚えてるわけないだろ。三日前の夕飯のメニューとはわけが違うだろそれ」

「はぁ、これだから記憶力に問題のある奴は……」

「はぁ? そんな大昔の話を覚えてる方がどうかしてるわ。それを覚えてるからって偉そうに言われる筋合いもない」


 ペッ、と吐き捨てるように言うカインと、は~、これだから愚弟はいつまでたっても愚弟なのだよ、と言っているクライヴは、お互い同じタイミングですんっ、とした表情になり、やはり同時にその手は腰にある武器へと添えられていた。

 仲が悪いように見えてこいつら仲良しだな、と思いはするが言ったら面倒な感じに絡まれそうなので思うだけにとどめておく。

 ここでやりあうのは勝手だが、恐らくそんな暇はない。


 魔力を通した移送方陣が、再び光を溢れさせ発動する。




 ――最果ての大地。

 そこは本来魔王アイオンが城を構えている場所として知られている。

 風葬領域、というのはその最果ての大地に存在する一つの区画のようなものだ。

 魔王城からそれなりに離れてはいるものの、大陸一つ分の距離を超えて、という程離れているわけでもない。行こうと思えば徒歩でも行ける距離だ。

 とはいえ、そこは封印されているため徒歩で行ったとしても何があるわけでもない。


 空間を封印して、特殊なルートでしか行くことができない場所。

 だからこそ魔王城から行くのではなく、こうして他の大陸を経由して回りくどい方法でしか行けない、本来ならば行く意味すら見出せない場所。


(そうなんですか)


 風葬領域ってなぁに? と頭の中で宿主が疑問符を浮かべていたのでこちらも意識だけで宿主に語り掛けるように説明し、終わる頃には既に景色はあの村の丘ではなく、何とも言えない殺風景な場所になっていた。

 乾いた風が吹く。周囲にはこれといって目立つ何かがあるわけでもない。生命の気配も先にこちらにやって来ていたあいつら以外に感じられない。

 ちらり、と視線を巡らせる。

 この場所に関して何となく知っているだろう事は、先の反応で理解した。恐らくわかっていないのは、小娘くらいだろう。説明前ならば宿主も理解していないようではあったが。


 無理もない。そもそも普通の人間なら知らないままに生涯を終えていてもおかしくはない知識だ。

 けれどもこの場所の空気を感じ取ったのだろう。小娘の表情はわかりやすい程にしかめられていた。


 やや離れた場所に奴らの姿が見える。


「急いで奴らを止めるぞ」

「なあ、風葬領域っつーのがあるってのは一応知ってるんだけどな?

 つまるところここってどういう場所なんだ?」


 言うなり駆けだした私に続くようにゲイルが並走する。魔王の力を受け継いでしまったとはいえ、知識まで受け継いだわけでもないもとはただの人間だ。むしろその言葉を知っているだけでも驚くべき事なのだろう。


「最果ての大地の空間を歪ませて通常では辿り着けないようにしてある、ようは封印された土地だ。移送方陣を破棄していないのは、そうすると今度はここで何があっても防ぎようがなくなるからだな。何かがあった際、移送方陣からの異変を感じ取れるようにしておかないと、気付いた時には手の施しようがなくなっている、という可能性もあった」

「おう、封印? 土地を? ん、それってつまり」

「察しが良くて助かる。

 つまり、ここは土地ごと厄介な存在を封印して閉じ込めてある――そんな場所だ」


「ちなみにその封印は誰が?」

「かつての魔王だ」


 そう答えたのと同時に。うげ、とゲイルが無意識だろう、呻くような声を出していた。


 あぁ、あぁそうだ。あまりにも昔の話すぎて忘れていたのだ。そもそもここに封印しておけば他の誰かが手を出す事もない、そう思って安心しきってしまったというのもある。

 自分がどうにかするつもりなどないのだから、他の誰かがどうにかしようなどと思う事もないだろう。そんな風に考えてしまったというのもある。


 もし、ここにいる存在を勇者が気付いていたとして。

 ……こいつなら放置で、って言いそうだが他の勇者はどうだろうか。倒そうとする奴が一人くらいは出たかもしれない。考えた所で意味の無い話になるが。


「ボクも噂には聞いてましたけどー、ここって結局何が封印されてるんですかー?」


 不参加の意思など強制却下されてしまったレオンが、知りたくないけどこれ知らないと対策立てられませんしー、などと言いつつも問いかけてくる。ちなみに未だにゲイルに掴まれているため、踵が地面を容赦なく擦っている。先程まで抵抗して全力で羽ばたいていた羽は、今は力なく垂れていた。恐らくゲイルが手を離したら全力で逃げ出す気はしているが、ゲイルもそれを見透かして手を離していないのだろう。


「伝承だと願いを叶えてくれる神様がどう、とか言ってたように思うけど」

 母上の話はかなりふんわりしてたからなぁ、と言っているクライヴの言葉は、まぁ大体合っているとも言える。

「神、という意味ではそうかもしれんな。ここにいるのは普通の神などではなく魔神だ」


 もっとも、仮に普通の神であっても厄介なのはどちらにしても変わらないと思ってはいるが。

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