足りない覚悟といざ決戦の地
「ところで夜中からずっと起きてたからちょっと寝るわ。二時間程」
なんて師匠は言うなりメトセラを連れて退出した。
メトセラもそういや夜中からずっと起きてたわけだし、話の途中所々で舟をこいでいたのだ。ご飯を食べてお腹がいっぱいになった今、眠気はピークを迎えた事だろう。
だからこそ、メトセラを部屋に押し込んだ師匠は、自室へと戻っていった。
残されたのは現状、口出しできるわけでもない僕と、僕の身体を使っているルシオン。
そしてレオンにカイン、クライヴとカノンである。
一応手助けしてくれるらしいカノンもいるけれど、何だろう、この圧倒的敵地にいます感。
師匠の言った二時間ほど、というのは多分その間に色々と説明済ませとけって事なんだろうなとは思う。
でも、果たしてどこから話せばいいのだろうか。
なんて頭を悩ませていた僕とは違い、ルシオンはサクサクと説明を済ませてしまっていた。
あの……あのめっちゃ長かった身の上話ここまで削減できるの……? じゃあもっと短く終わらせてくれても良かったのでは……?
なんて思わず思ってしまうのも仕方がない程に。
「――そういうわけで現在私はルシオンを名乗っている。まかりまちがってもアイオンなどと呼ぶ事のないように。わざとだろうとうっかりだろうと口を滑らせた場合もれなく地獄を見せるのでそのつもりで」
「ふむ、地獄、ねぇ……? 具体的には?」
どこか挑発的に言ったのはクライヴだ。直接戦った事などないとはいえ、魔王アイオンの伝承は彼自身知っているはずだというのに、やはり今余裕をかましているのは魔王が魔王本来の姿ではなく僕の身体であるという事だからだろうか?
「そなたは確かクライヴ、だったな。万一そのようなうっかりをやらかした場合、奴らの前で私はとても親し気にそなたの名を呼ぶぞ。更には親友アピールもする」
「へぇ? それのどこが地獄なんだい?」
「あいつらの前でそんな事すればどうなるか、少し考えてみるといい」
魔王の周囲にいた存在がことごとく何かもうアレな連中、という話は既にしてある。だからこそ魔王は親しい誰かを作る事もなく孤高を貫いていたわけだが……その最も近くにいたのが四天王だ。ルシオンが望んだかどうかはさておき。
「…………成程、地獄かどうかはさておき、何だかとても面倒な事になりそうだね。了承した。間違っても君の事はアイオンなどと呼ばずルシオンと呼ぶ事を誓おう」
「話が早くて助かるな。かつてそんな事も理解できない奴もいたが……まぁ、奴らの手によって消し炭になったわけだし」
消し炭。
果たしてなんでそうなってしまったのか。
当時の魔王はアイオンと名乗っていたのだから、アイオンと素直に呼ぶ事は間違いではないと思うのだけれど。
……あぁ、いや、魔王相手に不敬だとか?
誰の許可を得て呼んでんだとかそういうやつ?
面白半分で問いかけてみたクライヴはともかく、カインもレオンもカノンも、その面倒さは何となく把握できてしまったのだろう。勘弁してよとばかりにげんなりした顔をしていた。
「現在この姿なので私の名を間違って呼ばない限り奴らは私が本人だと気づく事もなかろう。外見はおろか魔力の波長とかそういうものも違うわけだからな。
だが、あの男はそうじゃない」
あの男、というのが誰なのか。僕が理解するよりも早く、既に四人は気付いているようだった。
「私の力を継承してしまったようなものだ。つまり、多少変質していても大元の部分で残っているようなもの。それに気づかない程奴らはアホではない。あいつらの頭の中身がもっと常春のように生温ければ当時の私もそこまで苦労はしなかっただろうがな。
……いや、頭悪いとは常々思っているが、変な所で賢さを発揮するような連中だったから……」
頭痛い、とばかりに軽く抱え込んだルシオンは、それでもずっとそうしているわけにもいかないと思ったのだろう。すぐさま体勢を整える。
「要するに、今回どうにかしないとゲイルが危険って事ですかー?」
「私の力を得ているのだ。奴らからすればどういう事だと詰め寄るだろうしその状況を許したままにはしておくまいよ」
「相手は四天王ですかー、正直ボクは戦っても勝ち目がないので参戦は遠慮したいところなんですけどー」
ふむぅ、と頷きながらも、レオンは羽をバサバサと動かしていた。姿勢は椅子に座ったままのように見えるが、羽が動くたびに浮いてしまって今では座った姿勢のまま天井付近を漂っている。
「後方支援でよければ、まぁ。一応ボクもそれなりにゲイルには世話になってますし、ここらで恩を売っておかなきゃいけませんしねー」
「後方支援、か。正直何するんだ?」
「使い魔使ってのデリバリーとか? そもそも非戦闘員でしかないボクに何を期待するんですか?」
カノンの疑問にそう答えるけど、デリバリー……? 四天王との戦いの中で一体何を届けるというのだろう。僕だけじゃなく、カインやクライヴもそう思ったのだろう。
えっ、それただの役立たずじゃね? と言い出さんばかりの目でもって見ているが、見られている当の本人は全く気にしていないようだ。
「使い魔。ふむ、となると……使い道がないわけではないな」
あるんだ!?
なんだよ期待外れだわ、とばかりの反応が出るかと思っていたけれど、ルシオン的には有りのようだ。
「……まぁ、あいつにはそれなりに借りもあるからな。ここらで返しておくのが無難か……」
カインもレオンと同じような理由を口にしている。
「私は別に彼にそういった何かがあるわけではないけれど。愚弟が戦う事を選んだ中で私だけが無関係だから、と関わらないのはしっぽを巻いて逃げるようで気に食わない。何よりそこらの雑魚なら問題ないけれど、相手は魔王の側近だった者たち、となれば猶の事。
いいだろう、私も手を貸そうじゃないか。高くつくぞ」
――かくして、何か僕が思った以上にあっさりと、彼らは参戦してくれる事になったわけだけど。
人数的には有利になったけれど、ルシオンの表情がまだ固かったので戦力的にはまだ向こうが有利なのかもしれない。そこだけが、不安材料だった。
魔王の側近だったんだもんね。そりゃ当然強いわけだよね。
何ていうか、どれくらいの強さなのかっていう基準がわかれば僕としても安心したり危機感抱いたりできるんだけど……
村で出会ったシィナさんとかは、確かにそこそこ腕は立つんだろうなと思えたけれど、魔王の側近だったなんて言われてもちょっと信じられない。けど、つまりはそういう風に擬態しているって事だよね。
……それって、何気にとんでもなく厄介なのでは?
なんて僕があれこれ頭を悩ませているうちに、ルシオンとカインたちの話はサクサクと終わり、ルシオンは一度僕の自室へと足を運んで買ったばかりのレターセットを勝手に取り出し何やら書き込むとそれをどこかへ転送した。
……えっ、そんな事できんの!?
「正直な話。私はお前の中である程度色々と見る事になったが、こちらからするとお前は見ていてとても歯がゆく感じる。
今の今まで生きてきてようやく覚えた魔術が治癒魔術、しかも初級。要領が悪いにも程がある。ありすぎる。
……お前は精々私の中でしばらく見学していればいい」
唐突な貶し。いやそりゃ魔王なんてやってた人からすれば僕みたいな魔術師見習いの更に見習い、みたいな存在見ててイライラするのかもしれないけど。
努力したって人並み以下とかそういうの、あるんだよ……?
人一倍努力したって人並み以下とかそういう残念な事だってあるんだよ……?
「お前にできないわけがないだろう。そもそもお前の生まれはどこだ。使えて当たり前の才能も既に備えているというのに……お前に足りていないのは単純に覚悟だ」
それだけを言うとルシオンは部屋を出る。
……結局そういやあの手紙らしきもの、どこに飛ばしたんだろうか。聞きそびれてしまった。いや、聞いたところで答えるつもりがなかったらわからないままなんだけど。
足りていないのは覚悟。
……でも、その覚悟って、何に対する覚悟なんだろう……?
死ぬ覚悟。殺す覚悟。普通に考えるとこのどっちかだ。
でもどうしてだろうか。ルシオンの言葉は、その覚悟とはまた何か違う気がした。
――そうして二時間後。
師匠とメトセラを起こして、ろくすっぽ作戦なんて立ててないというのに僕たちは四天王でもあるシィナさんたちのもとへ行く事になった。




