立場の逆転と厄介事の気配
「先に言っておくが。
今回は無理矢理身体を乗っ取ったわけではない」
ずずっとココアを啜ってから言ったアイオンの言葉に師匠は片眉を跳ね上げ、メトセラは「どういう事だ」と凄んでいた。
しかし当の本人でもあるアイオンはというと、何故だかココアを飲んでから僅かに首を傾げ――何か違うな? という顔をしている。いやホント、どういう事なの……?
「そもそも普段からお前が馬鹿弟子馬鹿弟子と罵っているこいつの低能さはよく理解しているだろうに」
「いや確かに馬鹿だなと思ってはいるが。常々」
唐突なディスり!
いやあの本人ここでこうして意識ははっきりしてるんで陰口に……なるのか? わかんないけど。
でも流石にそこまで言われると僕だって傷つくんですけど!?
「いやしかし、仮にも魔術師の弟子だというはずなのに何でここまで……と思いはしたのだ。
私が私なりにこやつに危険を伝えても、当の本人は何か変な夢みたなーで済ませるし。それ以外でも警告したのだが、こいつ何かぞわっとしたなで済ませてそういうの全部スルーとはどういう事だ」
「危機的状況を伝えた? お前が?」
メトセラは今すぐにでも僕に身体を戻してお前はすっこんでろと言いたげな顔をしているけれど、メトセラが突っかかると余計に話がこじれると思ったのだろう師匠に、お前はしばらく黙ってろと釘を刺されてしまったのでとにかく目線だけは恨みがましくしている。僕としてはメトセラのそのじっとりとした視線も気になるんだけど、どちらかというと訝しげな師匠の声についそちらに意識を向けていた。
そういやここ最近なんか変な夢見るなーと思ったり、何かよくわかんないけど嫌な予感するなーと思ったりしたけど、もしかしてそれがそう、って事かな……?
なんて思っていると、アイオンは露骨に溜息を吐いた。
「仮にもこいつの身体にいたというのに、何故こいつは私の訴えを聞き入れないのか。鈍感にも程があるぞ」
「兄弟子殿が鈍感なのは今に始まった事ではありません」
「いや、メトセラ、お前は一旦黙ってろ」
「失礼しました、お師匠」
黙ってろと言われた矢先につい口を挟んでしまうくらい僕って鈍感なの……? しかも前々からずっとそうでしたけど? みたいな反応されてる。
「もっとも、それを利用してこうして現在身体の主導権を明け渡してもらったわけだから、一概には言えんな」
「それだ。どういう事なんだよ」
微妙な顔をしながらもカップの中のココアを飲み干すアイオンに、師匠は返答次第では攻撃を仕掛ける気ではいるのだろう。アイオンと向かい合うようにテーブルを挟んでいるが、いざとなったらテーブルごと粉砕しそうで怖い。
コトン、とカップをテーブルに置いたアイオンは、師匠とメトセラが睨みつけるように見ている中、あえて一度足を組みなおした。ちなみに座っているのは僕が普段座っている席である。
「ほとんど無意識下でこちらの声が聞こえていないが完全に聞こえていないわけではない。それを利用して一時的に契約を結んだに過ぎない。
それにより、現在この肉体の主導権は私に移った」
「……成程、まぁ大体わかった。その上で言わせてくれ。
せっっっっっこ!! もうそれ完全に寝ぼけてる相手に契約迫って寝ぼけて頷いたのをそのまま強引に契約成立って事にしたも同然じゃねーか!」
「そうだが?」
「きょとん顔してんじゃねーよ! お前仮にも魔王だろもっとこう、何かいかにもな手段とかとれよ! 何だその三下でもやらんような手段!」
だぁん! とテーブルに手を叩きつけて叫んだ師匠に、うるさいな、という顔をしているアイオン。少し遅れてからメトセラもどういう意味かを理解したのだろう。うっわぁ、みたいな軽く引いてる顔をしてこちらを見ていた。
「ちなみに言っておくが。現在こうして私が表に出ているとはいえ、あいつの意識がないわけではない。以前はあいつの意識が沈んだタイミングで私が出てくる形になったが今回はあの時と違う。
貴様らの言葉はとりあえずこいつにも聞こえているぞ。そのせいかさっきから脳内できゃんきゃんうるさくてかなわん」
なんと。
さっきからの僕のこの思考がアイオンに駄々洩れ……だと……!?
その上で僕の事をガン無視していたというのか……なんということだ。
「そうか。だったら言わせてくれ。
この馬鹿弟子! 契約とかわけわかんないうちに勝手に結んでんじゃねーよこの馬鹿!」
僕も聞いているという部分で早速罵倒されたんですけど。いや、アイオンが何か契約? 迫って来たって記憶が全く僕にはないからいつ主導権明け渡す話をしたのかもさっぱりなんだけど、その上で罵られると僕としてもどうしようもない。
夢の中で何かそういう話があったんだろうか……そもそもあの夢も内容がよくわからないものだったからなぁ。変なものはたくさんあったけど、そもそも魔王アイオンなんてものが夢に出てきたら流石に僕でもインパクトありすぎて起きても覚えてるはずなんだけど……
「それで? お前がこうしてわざわざその馬鹿の身体乗っ取って再び舞い戻って来たのは俺から力を取り戻すためか?」
「以前はそれが理由だったんだが、今回は別に。というか今力戻ると逆に困る」
いらんいらん、とばかりに手をぱたぱた振って否定するアイオンに、師匠は思わず「はぁ?」と声を上げていた。
元々の魔王アイオンの目的ってなんだっけなーと思いだしてみる。
魔王として世界を恐怖のどん底に叩き落していた頃の事は知らないけど、師匠が勇者として魔王を封印した時に魔王は宝珠に封印された。その時に何故だか魔王の力は師匠に移ってしまったので魔王が復活したならまずその力を取り戻そうとする……つもりだったのが前回僕がポチによって意識を失った時の話だったはずだ。
その時は確か僕の中の魔力とかそういうのがほとんどなくて、というか自由に使える部分がなくて、というべきか……まぁ、結果としてすぐに魔王は引っ込む形になったんだけど。
だからこそ、また自由に使える力が増えたのならば、魔王は僕の身体を乗っ取って再び師匠に挑むものなのだと思っていたのだ。そうならないように、魔王が自由に使える力を与えないように僕は僕の力をちゃんとコントロールできるように修行してたわけなんだけども。
けれども、そんな魔王は今はその力が戻ると困るのだと言う。
てっきり力を取り戻して魔王として華々しく復活とかそんな展開を狙っているのかと思いきや、そうじゃないなんて否定されれば師匠も拍子抜けするのは仕方のない事だろう。
……なんで?
「宿主も疑問に思ってるしお前らも半信半疑だろうから説明はしよう。というか、貴様らは必然的に私の手伝いをしないといけない立場だからな。そのために説明は必須だというのは私とて理解している」
「ふざけるな! 誰が貴様の手伝いなどと!」
詳しい事情はわからないままだけど、魔王の手伝いと聞いてメトセラが反射的に吠えた。師匠の方は何も言わなかったけれど、かなり難しい顔をしている。
しかしアイオンは二人がそういう態度や反応をするという事は当然の流れのように受け入れていた。
「だが、私の手伝いをしなければこの身体も、最悪そいつも死ぬぞ」
すっと師匠に指を突きつけ言い放つ。脅しというよりは、淡々と事実を述べましたといった雰囲気にメトセラは思わず言葉を失い、戸惑いつつも師匠を見た。
「意識の底に沈んで、それから少し前に私はこいつの中で目覚めた。それからはしばらくこいつの目を通してみていたが……お前、私の力を完全に使いこなせてはいないな? 確かに私の力はそれだけで充分凄まじいものだから、暴走させないで使う事ができている時点で、それだけで充分なのかもしれないがな」
普段ぐーたらしてる師匠だけど、やる時はやると思っていた。けれど、師匠はその力のすべてを使いこなせているわけじゃない……? 魔王の力を受け継いでしまって現時点での魔王も同然な師匠が?
「だから力を返せって?」
「いや、いずれはと思っているけれど、それは今じゃあない」
アイオンは大真面目な顔のままぶんぶんと首を振ってみせる。その動作が何というか魔王らしくなくて、僕だけじゃない。師匠もメトセラも余計にわけがわからないと言った感じになってしまった。
「そもそも今私が力を取り戻したら、狙いが完全に私一択になるだろうが。狙いは分散させたいからお前も狙われろ、いっそ」
なんだかとんでもない発言を、僕の顔のまま言わないで欲しいんだけどなぁ。
ある意味でとっても自分本位な発言である。師匠が言うならわかるんだけど、僕の顔のままとはいえ魔王が言うのとか……せめて僕の身体じゃない時に言ってほしかったかな。




