原因不明な状況と、乗っ取られた僕
ルディの生い立ちやら懺悔やらを一通り聞いて、その後は一応あまり長くここにいるのもどうかと思ったらしく弟くんは村に戻る事にしたらしい。
まぁ、ここからだとそれなりに時間かかるからあまり遅くに戻るというのもそれはそれでウォルターさんだけではなく村の人に迷惑がかかるというのもあるだろう。
滞在する事になった宿での食事だって、あまり遅くなるようなら用意されていてもすっかり冷えているかもしれないし。
ルディの事だから、メトセラと仲直りしたいがために僕に取り持ってくれとか言い出すかなとも思ったのだけど、流石にそれは言わなかった。恐らくそれをやってしまえば、メトセラの心証が更に悪くなると思ったのだろう。多分だけど、確かにそうなった場合メトセラの機嫌は底抜けに悪くなりそうではある。不機嫌全開な師匠とどっちが面倒だろうか……と考えてみたものの、そもそもメトセラが機嫌悪すぎる事ってあったっけ? 状態なので比べようがなかった。
遅くまでここに居座って、何なら師匠の家に寄ってく? みたいな展開を向こうが狙っていたならば僕も話を聞く事なく放置していたけれど、そういうわけでもない。多分だけど、ウォルターさんにはここまで愚痴を言うわけにもいかないだろうし、たまたま、本当にたまたまそこそこ事情を知っていそうな僕がいて、そして僕がルディに対してそこまで敵意を抱いているわけでもないからこそこうして話をしていたのだろう。
事情を何も知らない相手に愚痴るのが多分一番いいのかもしれないけど、基礎知識も何も知らない相手に言うとなると、多少なりともそれってなぁに? とか聞かれて説明するのに時間がかかる事もあるからね。そういう前提で知ってなきゃいけない部分の説明をする事もなく、とりあえずすとんと話を始められる相手となると……成程確かに僕くらいしか適任がいない!
多分師匠もカテゴリ的には僕と同じような所に入るとは思うんだけど、あの師匠がいくらメトセラの弟とはいえ知り合って間もない相手の愚痴を聞いてあげるとは到底思えないからなぁ……
立ち去っていくルディを見送って、僕もとりあえず家に戻るべく歩き出す。
その途中、森のど真ん中でほんの一瞬だけど光が溢れて何事かと思って見たら、どうも誰かが移送方陣を敷いていたらしく。
魔力によって発生した風がふわりと漂う中、彼らはそこにいた。
僕も以前移送方陣を使った事はあるけど、実際使った人を見るとああいう風になってるんだなー、と今更のような感想を抱く。いや、実際自分で使うとなんか風とか吹いててもあまり気にならないっていうか気にしてないっていうかなんだけど、傍から見てると案外風強いな!?
……でも、何でこんな森のど真ん中に?
いくらろくに人がこないとはいえ、万が一誰かに踏み荒らされてしまえば移送方陣は破棄されるも同然だし、少ないとはいえ魔物もここら辺たまにうろつく事だってあるのに。
というか、そんな所にそもそも移送方陣なんてあったっけ?
……ここ最近になって誰かがここに移送方陣を敷いた……?
可能性としてはそっちの方が高いけど、だとするとそれを実行しそうなのは……
「なぁあんた、ここにいるって事はこの辺の奴だろ? ここから一番近い人里ってどっちだ?」
僕が考え込んでいると、移送方陣から跳んできたうちの片方が僕に向かって声をかけてきた。
雪のような白い髪はさらさらと涼やかな音を立てそうだし、見た目も華奢だ。紅い目はやや吊り上がってはいるものの、全体的にその昔雪が積もった日に作った雪ウサギを連想するような――そんな青年ではあったが。
開かれた口から出てきた言葉は儚さとかそういったものとは無縁のもので。
「えーと、あっちです、ね……」
思わずきょとんとしてしまいながらも、僕は村がある方角を指さすのが精いっぱいだった。
「おー、サンキューな。よし、行こうぜ」
「はぁ……まだ移動するのか……どうせ移送方陣敷くなら目的地の目の前にしてくれればいいものを……」
口さえ開かなければ儚さ全開の青年と共に移送方陣から現れたもう一人の青年は、底なし沼の奥底にでも沈み込みそうな程深い溜息を吐いてとぼとぼと歩き出す。
紅い髪に紅い目。色合いだけなら白髪の青年の口調はこちらの方が違和感がなさそうだと思えるような外見をしていたが、白い方も紅い方も、見た目と中身が一致していない感じがするのは共通のようだ。
色合いだけなら紅白そろっておめでたい感じがするものの、何故だろうか。おめでたさとは対極の気配しかしない。
「……もしかして、シィナさんとかウォルターさんとかのお仲間さんかな? だったらあの移送方陣、昨日あたりにでもウォルターさんが敷いてたとしてもおかしくはないと思うんだけど……」
思わず口に出してしまったが、生憎正解はわからないままだ。この場には正解を教えてくれる相手がいないのだから。けどまぁ、多分正解だろうなと思っている。
すっかり二人の姿も視界から消えて、もうこれ以上誰かがやって来ることもないだろうと思ったので、改めて僕は帰るべく歩き出した。
今日あった事といえば、それくらいだ。特に何か変わった事があったと言えるような事でもない。
……そう、僕は思っていたのだけれど。
――ふっ、と目が覚めたのは特に何かの前触れとか前兆を感じ取ったとかではない。
室内は真っ暗。完全に闇の中だというのに僕はすっかり慣れた様子で起き上がると、寝間着のままで部屋を出ていた。
……明かりも何もない状態だというのに歩みは明るい時と同じように。まるで見えているかのように。
いやいやいや! 真っ暗すぎて何も見えないのに何でこんな迷いなく歩いてるの僕は!?
思わず自分で自分に突っ込もうとしたけれど、出そうとした声は出なかった。というか、今現在何か僕の意思を無視して勝手に動いてるんですけど!?
これは一体どういう事だろう、と内心パニックに陥っていると、僕の身体はなんてこともないようにこの家の中の共同スペース、つまるところリビングと呼ばれる場所へとたどり着いていた。僕の目は真っ暗すぎてどこにドアがあるかもわかっていないというのに、全く迷う様子もなくどこかにぶつかるという事もなく、だ。
リビングはまだ師匠が起きていたからか、明るかった。
旧文明のような電気と呼ばれるものは存在していない。そもそも、師匠が作った小屋の中でそんなものがあるわけがない。
大きな街だとガス灯くらいはあるけれど、それよりも魔光石を使った明かりの方が圧倒的に流通している。
……この家の中の明かりは、基本的に師匠が作った魔術による明かりだけど。
暗闇に目が慣れて、というかまだ慣れていなかった僕の目は眩しさに思わずといった感じで細められていた。
「なんだ、俺はそろそろ寝ようと思ったところなんだが」
ドアを開けてやってきた僕を見て、師匠は何故かすっと構えた。
いやあの、何で構えるんですか。迎撃態勢万全ですみたいな姿勢なんですか師匠。それ、弟子を迎え入れるって態度じゃないですよね……?
思わずそう言いたかったけれど、やはり僕の口は何故か思うように動いてくれない。それどころか声を出そうとしても出る気配すらない。
なんだろう、この、僕の身体なのに僕の自由になってない感!
まるで誰かに乗っ取られたような……ん?
乗っ取られた……?
「今回は特にそういった何かがあったとは思ってないんだけどな。一体全体なんでまたお前が出てきてるんだ?
――魔王アイオン。答えろ、馬鹿弟子に何をした」
普段馬鹿弟子馬鹿弟子言ってる師匠とはまた違った、どころか完全に敵を見る目を向けている師匠の口から、これまたビックリワードが出てきて思わず僕も驚いていた。
えっ、魔王アイオン!? 何か前に一度だけ身体乗っ取られたらしいけど、その時は僕の意識がなかったから何かふわっとしか知らなかったあの時と今が同じ状況って事なの?
なるほど、今の僕が魔王アイオンに乗っ取られているなら身体の自由がきかないのはそういう事か。……いやでも僕の意識は今普通にあるんだけどなー。何で?
ちりちりと皮膚の表面を焼かれるような感覚。薄皮を一枚一枚剥いでいくかのような何とも言い難い嫌な空気。それが殺気なのだというのは僕にも把握できた。冗談でもなんでもなく師匠は今、唐突に出てきてしまった魔王アイオンと戦うつもりでいる。
だんっ、と少し離れた場所で何かが跳ねるような音がした。音の出どころはメトセラの部屋がある方からだ。
それから間もなく、ドアを開け放ちこちらへと一息に駆けてきたのだろう。そもそも、駆ける程の広さがあるわけでもないけれど。
リビングのドアは既に僕の身体が開けているため、メトセラは僕の背後で立ち止まっている。
ちらり、とそちらに視線を向けると、焦ったように鎌を手にしたメトセラがそこにいた。
「兄弟子殿……ではないな、魔王アイオンか」
恐らくだけど、師匠の殺気で何かがあったと察して起きて来たのだろう。寝間着姿のまま武器だけを手にやってきたメトセラは、こちらを見るなり僕の事を魔王アイオンだと断じてきた。
……えっ、今の僕一目でそうとわかる感じなの? 体そのものは僕のなんだけど、一発で僕じゃないってわかるような変化とかあるの? 思わず気になって僕も見たーい、とか思ってしまったけれど、生憎ここに大きな鏡なんてものはないので僕が確認することはできそうにない。
というか、前に師匠、後ろにメトセラ。二人そろっていざとなったら戦う気満々。
この状況さ、普通に考えたら詰んでないかな?
魔王動じなさすぎでは?
そんな事を考えていると、はっ、とただ小さく息を吐いただけなのか、それとも嘲笑のつもりだったのかわからないが僕の口からはそんな音が漏れていた。
「おめでたい奴らだ」
それが、僕の口から出た言葉だなんて誰が信じただろうか。少なくとも僕は信じたくなかった。
というか、僕の人生でそんなセリフ多分一生言う機会なかったと思うんだけどなー!?
僕の声のはずなのに、なんだか別の誰かの声のようにも聞こえるそれは、けれども残念なことにどう足掻いても僕の声だ。
そしてその言葉によって師匠とメトセラの警戒度合いが更に上がったらしい。何だか張り詰めた空気だけは肌で感じ取れる。
どう足掻いても一触即発の空気の中、だがしかしアイオンはリビングからキッチンの方へと足を向けて――何故だかおもむろにココアを作り始めていた。
……あの、一体どういう状況なんです?
まさかキッチンに向かうなりそんな事をし始めるとは師匠もメトセラも思いもしなかったのだろう。攻撃する気満々ではあったけれど、一応それでもこの身体は僕のだしなー、くらいのちょっとした躊躇はあったらしく襲い掛かったりはしなかったけれど、それでもおかしな動きをすれば攻撃するつもりではいたはずだ。
けれどもアイオンが実行に移している行動は、ココア作りである。それもホット。
緊迫した空気から一転、明らかに困惑していますといった空気が家の中を満たしていた。
……あの、一体どういう状況なんです?




