迷子の僕たちと、無駄にまばゆい来訪者
やるべき事は単純明快。
安全な場所まで生きて逃げ延びる。
至ってシンプルでわかりやすいものだけど、それを実行するとなると限りなく難易度が高かった。
どぉん……と低い音が響き、足下が揺れる。一瞬地震かと思ったが、天井から砂なのか埃なのか判断つかない何かがパラパラと落ちてきているところからすると、レオンたちと魔女との戦いの余波なのだろう。きっと。
いつ天井が落っこちてきても不思議ではないなと、シャレにならない考えがよぎる。
どこからどうやってここまで来たかは、夢中で走って来たため覚えていない。
一度元の場所に戻るのは、僕とメトセラの身の安全を考慮するという点では有り得ない選択肢。とはいえ、この城からの脱出を計るにしても、あの森を抜けるのもこれまた危険な予感。安全な場所ってどこだろう……と思考がちょっと横道に逸れかけたのを自覚する。
「兄弟子殿、先程までは随分と取り乱しましたが、これからは大丈夫です。すみません」
「いや、謝る必要はないよ」
というか、あれで取り乱していたのかと。僕の目からは確かに多少狼狽えてはいたけれど、それでも結構冷静に見えたんだけどなぁ……
「私もある程度覚悟を決めました」
「え? ちょ、覚悟って……」
「流石に魔女討伐、などとは言いませんよ。実力で勝てないのは実証済みですから」
「え……?」
実証済みって、そこ突っ込んでいい部分?
僕の表情から言いたい事を読み取ったのだろう。
「攫われてしばらくの間は、色々と叩き込まれたんですよこれでも。体のいい影武者として」
そんな事を、苦笑しつつ言われる。
「まずは武器になりそうな物を見つけましょう。ヴァレリアを相手にするのは無理でしょうけど、あの森にいた守護獣とやらならどうにかなると思います。あの人たちには申し訳ありませんが、早いとこここから脱出するのが得策かと」
さらりと言ってるけど、あの森にいるであろう何かだって僕からすれば充分脅威なんですが。とはいえ、武器になりそうな物を探すというのは賛成だ。
「……問題は、レオンの研究用の何かとか変な罠がないかって事くらいだよね……」
「罠があるような所なら、何か一つくらいは役立つ物がありますよ」
いや、確かにそうかもしれないけどさ……
――ある意味開き直ったとも言えるメトセラと共に片っ端から目についたドアを開けて役立ちそうな物を物色する事かれこれ数分。
危惧していた罠の類は仕掛けられていないのか、それとも運良く引っ掛かっていないだけなのか。
今の所は何もない。もっとも、武器になりそうな物さえ見つかっていないのだが。
……ちょっとこの何が書いてあるのかわかんないけどやたらとブ厚い本とか代用しちゃおうかなとも思ったんだけど、装丁からして何か呪われてそうなのでやめておこう、うん……
鍵のかかっている部屋は流石に鍵を持っているわけでも、鍵を壊して侵入できる技術も持ち合わせていないのでスルー。そうこうしているうちに、何一つロクな物を発見する事もないままにどうやらエントランスまで辿り着いていたらしい。ここだけはしっかりと見覚えがある。何せ僕たちを引きずってきた網がそこにそのまま放置されているのだから。
「……どうする? このまま外に出る?」
「……流石に素手で人間以外の生物と渡り合えるかどうか……せめてナイフの一つでもあればいいのですが……」
「それじゃあもうちょっとこの辺りの捜索してみようか……」
後先考えずに全力疾走なんて真似をしない限り、迷う事もないだろうし。
出ようと思えばすぐ外に出られる、という状況にほんの少しだけ気が軽くなる。
そうして、まだ行っていないであろう方向へと進もうとした矢先に。
ほんの少しだけ軽くなった気分を落とすかのように、重々しい音が聞こえた。
二人同時に音のした方へ視線を向ける。
コン、コンと一定のリズムでもって聞こえるその音は、紛れも無く外へと繋がる扉の向こうからだ。
「……来客……?」
「まさか」
半ば反射的に声を潜める。
こんな所にわざわざやって来る物好きなど恐らくいないだろう。ノックの音からして、森に迷い込みかろうじて辿り着いた人間、というわけでもないはずだ。迷った末にここにやって来た人間ならば、もう少し切羽詰まって扉を何度も乱暴に叩くだろう。それこそ、必死になって。
僕たちが応対するべきなのかどうか悩んでいるうちに、音が止む。
今からでも扉を開けるべきか――考える間もなく、ギギィと軋んだ音を立て、扉が開けられた。
ちょ、えぇー、鍵、かけてなかったんですか……?
重々しい音とともに開けられた扉の向こう側は、やはり陰鬱とした森で希望なんて見いだせるような景色ではなかったけれど。
その向こう側から扉を開け放ったその人は、無駄にまばゆい人でした。
「……出迎えが遅い」
勝手に扉を開けて入って来たその人は、どうするべきか悩んでその場を動けなかった僕たちを見るなり静かにそう言った。
「全く……レオンの奴、『ドール』の研究は無駄に熱心なくせに使用人の教育は放置なのか……!?」
眉間のあたりに皺を寄せつつ呟かれるその言葉に、この人がレオンの知り合いであるという事は把握できた……が、
「……使用人?」
「多分メトセラの服見て言ってるんだと思うよ?」
言葉の意味を理解できずに怪訝そうに口にするメトセラに、耳打ちする。
そして恐らく僕も使用人認識されているのだろう。
メトセラは執事、僕は下働きの者として。
「生憎と、使用人などではない。というか、誰が好き好んであのような者に仕えるか。そちらこそ出迎えてほしければ客として最低限の礼儀でも弁えたら如何か」
ふん、と鼻を鳴らして見下ろすその人にメトセラが答える。
「……使用人ではない、だと?」
「えーと、はい、強いて言うなら知り合い程度の関係です」
「そうか。それは悪かった」
「え?」
あまりにも物分かりのいい態度に、思わずこちらが面食らう。てっきり紛らわしい格好をするなとかそういう逆切れ的なものを予想していたのだが。
ちょっと態度が大きいだけでそこまで悪い人ではないのかもしれないと、単純にも思ってしまった。
家主の許可を得る事もなく勝手に扉を開けてやって来たその人は、当たり前のように中へと足を踏み入れて扉を閉めた。
金色の髪に紅い眼。ついでにどこのお貴族様ですかと問いたくなるような白を基調とした服。
最初に見た時にまばゆいと感じたのは、恐らくレオンと同じように全体的に白系統だからだろう。
帯刀しているところから察するに、この人も自力でこの森を突っ切ってきたのだろうか。その割に服装には汚れ一つ見当たらないので、運悪く物騒な何かと遭遇する事がなかったのか、それとも……
「では知り合い程度の間柄の貴公に問うが、ここの主はどうしている?」
「えぇと……」
その疑問に答えるのは簡単だった。だが、答えていいのだろうか?
レオンの知り合いのようだし、ここまでやって来たという事は当然レオンに会いに来たのだろう。しかし今現在レオンはカインと一緒に魔女と交戦中だ。……やられていなければ。
答えれば、巻き込む事にならないだろうか。相手は魔女だ。それもいい噂など何一つ聞いたことのないあのヴァレリアだ。
「私はあまり気の長い方ではないのだ。知っているなら早く答え給えよ」
「……恐らくは、応接室だ。壊滅していなければな」
困り果てた挙句、答えたのはメトセラだった。メトセラなりに忠告を含んだつもりなのだろう。事実、その人は壊滅の単語に案の定眉を顰めた。
「えぇと……あの、来る途中、城の上の方とかに目を向けたりはしませんでしたか……?」
どう説明するのが最適なのかわからずに、特に考えもせずに言葉を紡ぐ。
「……あぁ、そういえば何か上の方に巨大なオブジェが突き刺さっていたような気がするが……それがどうかしたのかね?」
「それオブジェじゃないですから!!」
っていうかまだ応接室は無事らしい。そしてまだワイバーンは突き刺さったままらしい。
「レオンならまだそこにいるはずだ」
僕の思わず出た突っ込みと、冷静なメトセラの言葉に何を思ったのだろうか。
彼は少しばかり考える素振りを見せた上で、
「とりあえず、案内を頼めるだろうか?」
断ったらむしろ酷い目に遭わせるぞと言わんばかりのスマイルを浮かべて、僕たちにとっての爆弾発言をかましてくれました。
……うん、何となくそんな予感はしてたんだ。