妹弟子と消し去りきれない苦い過去
「――というわけです」
「ほーん」
帰るなり遅かったなと言った師匠に、僕は一連の出来事を語っていた。確かに師匠の言ってた薬草を採ってくるだけなら、正直もっと早くに帰ってこれたのだ。それがまさかの半日近くかかっての帰還ともなればまぁ、師匠が遅かったなというのも当然である。
村に行くだけなら片道大体三時間。帰って来るのに合計で六時間。けれども道中、まぁちょいちょい弟くんがメトセラに話しかけたりそっけなくあしらわれたりで実際にはそれよりもちょっとだけ時間がかかったし、帰りは村に案内してさっさと帰るつもりだったけど、そこでもちょっと引き止められたりした。主にメトセラが弟くんに、だが。
それでも村から出ていって、もう一度森に戻ってきて薬草採取となった結果、かなりの時間が経過していた。
本来ならば薬草採取して戻ってきてお昼くらいになるはずが、気付けばすっかり日が沈みかけている。
師匠も別に昼食が一食抜けたからといってごちゃごちゃ言う人ではないけれど、連絡なしにそうなったというのもあってまぁ、多少は機嫌がよろしくないのが窺える。
村に向かう前に師匠に一声かけるべきだったな、と思ったんだけど、何故だかあの時はそれはやっちゃいけないんじゃないか、という気がしたのだ。なんとなく嫌な予感がしたというか。
「それで? メトセラの弟と一緒にいた奴、何て名前だっけ?」
話の途中で言ったはずだけど、師匠の中ではすっぽ抜けたらしい。
「弟くんがルディで一緒にいた人はウォルターって名乗ってましたよ」
実際にはルディはルディ・メトランスと家名込みで名乗っていたのだが。
まぁそこはさっきも言ったし師匠ももう一度そこまで聞きたいわけではないだろうとあえて省略した。
「あー、それな。メトランス家。メトセラ、お前の家ってそこそこ有名だったんだな」
「え? そうなんですか?」
「有名、かどうかは知りませんが、そうなんですか?」
やっぱり名前聞いて覚えてたんじゃないか、と思いはしたがそこは突っ込むと師匠の機嫌が低下するだけなので避ける。
「なんだ、本人自覚なしか。メトランス家ってあれだぞ、昔からそこそこ勇者とか英雄とか呼ばれるタイプの奴輩出してる、まぁそういうジャンルからすると名家だな」
「名家……」
「そんな感じじゃありませんでしたけど……?」
名家と言われると何故だか貴族の家とかそういうものを連想する。僕と同じようにメトセラも似たような想像をしたのだろう。けれども記憶の中のかつての家はその想像にかすりもしなかったのか、メトセラの声は大変困惑していた。
「あー、名家つっても知る人ぞ知る、みたいな部分大いにあるからな。メトランス家の人間が代々地位や名誉に固執しなかったってのもある。けど、確かにあの家からは俺が知る限りでもとある国を救った英雄が二人、勇者と呼ばれた奴が三人いるのは事実だ」
師匠の知る限りでそれだけいるのか……となると師匠が知る以前というのも考えると本当にもっとたくさんの英雄とか勇者と呼ばれる人間がいたのかもしれない、そんな気がしてきた。
「えぇと……魔王がいないのに勇者って呼ばれるような人いたんですか……?」
「そりゃいるだろ。魔王じゃなくても人からすれば凶悪極まりない魔物とか、そういうの退治したらそこで困ってる連中からすりゃ充分勇者だ。騎士団が出るまでに時間がかかって被害が増えたりした場合なんか更に」
言われて成程、と納得する。魔王を倒す以外で勇者なんているのだろうかと思ってしまったけど、師匠の言い分を聞くと確かにそれも勇者なのかと理解した。確かにそこで暮らしている人からすれば勇者だな。
「あれ、でもそれ英雄と違うんですか?」
「微妙にな。まぁ、細かな違いを語るつもりはない」
僕も言われても理解できるか微妙なところだし、そこまで気になるものでもないのでそこは流す。あれでしょ、ベランダとバルコニーの違いとかそういう感じのやつなんでしょ。じゃあ別に細かく聞く必要ないや。
「それでもう一人がウォルターだったか……なぁ、そいつの外見どんなのか聞いてもいいか?」
ルディに関してはもうどうでもいいのか師匠の興味はあっさり外れたのか、今度はルディと一緒にいた青年の事を聞かれる。
「外見、ですか……とはいっても、そこまで目立つ感じの人ではありませんでしたよ。灰色の髪と紅い目。あとは……何となく学者っぽい感じだったな、くらいでしょうか。あぁ、最初はてっきりルディを護衛に雇ったものだと思ってたんですけど、村についてから少し話したら、どうも彼ルディの保護者的立場だとか言ってましたね」
ルディがメトセラを引き留めようとしていた時に、僕が口を挟むと余計面倒な事になりそうだなと思っていたので傍観していたわけだが、それでもやっぱり黙っていると暇なわけで。
その間にウォルターさんとはちょこちょこ話をしていたのだ。彼とはそれなりに話が通じそうな気がしたので。
「…………いや、いい。わかった」
「? そうですか……?」
果たして何がわかったのかわからないけど、師匠がそういうのならそうなんだろう。ここで下手に何がわかったんですか? なんて聞いた所で師匠の事だ。どうせ答えてくれないに違いない。
けれども、師匠の顔を見ていると何だかあまりよろしくない事のようで。
どうしたものかなと思いつつも、僕はメトセラと顔を見合わせていた。
「いや、でも村にいるシィナさんとウォルターさんが知り合いだったとかビックリしましたよ」
僕たちが戻ろうとした直前でやってきたシィナさんとウォルターさんの様子から、元々シィナさんの昔の仲間と近々合流するとか言っていたけれど、まさかそれがウォルターさんだったとは。
「…………なぁ、それ、他にもまだ合流予定とか言ってたか?」
「え? さぁ? 流石にそこまで深く突っ込むのもどうかと思いましたけど、それでもまだあと二人来るような事は言ってましたよ」
「…………マジかー」
「え、ちょっと、師匠?」
うわぁ、と言いたげに天を仰ぎ片手で目のあたりをおさえている師匠の様子を見る限り、何だか一気に疲労がピークに達しましたと言わんばかりだ。
どーすっかなー、とぼやいている師匠に声をかけるよりも、とりあえず僕は夕飯の支度を優先することにした。なんだかこのままだと空腹からくる八つ当たりとかされそうな予感もしたし。
メトセラも何となく関わってはいけない雰囲気を察したのだろう。
「私、お風呂の支度してきますね」
「任せたよ」
メトセラも師匠の扱いにだいぶ慣れてきたなと思う。
「――そういえばメトセラ、何であんなに弟くんに辛辣だったの?」
本人がいたあの場では聞くに聞けなかったけれど、まぁ今ならいいんじゃないかなーと思ったので僕は夕飯を食べつつも聞いてみる事にした。
ちなみに師匠はまだちょっと難しい顔をしてはいるけれど、さっきよりはマシになったと思う。
「…………まぁ、あまり楽しい話ではありませんが。うちは父と母と私と弟の四人家族でした。母はあまり身体が健康とは言い難く、よく臥せっていました。弟が生まれてからは特に。
私からすれば弟のせいで母がより弱ってしまったように見えていたし、自分だけでも一杯一杯の中弟の世話にかかりきりになっていた母は、当然ながら私に構う余裕はありません。
それでも、弟がまだ赤ん坊だったころは仕方ないと割り切っていたんです。幼いながらに」
「ちなみに、メトセラ、弟くんとはどれだけ年が離れてるの?」
「二つです」
……二歳児達観しすぎでは?
いや、多分二歳くらいの頃はまだそこまでわかってなかったんだと思う。聞いた話だと子育てって赤ん坊から幼児になってもそれはそれで大変らしいし。ある程度落ち着くのって……どれくらいの年齢からなんだろう?
「私がある程度自分の事はできるようになると、母はより弟にかかりきりになりました。弟も身体が弱かったもので。でも、あいつはそれを利用していたんです」
「利用」
何だろう、なんだかとても不穏な気配がしてきた。
「あいつは病弱だったくせに、よく外に遊びにいっては帰ってきて体調を崩していました。正直ふらふら出歩かないでほしいと私は思っていましたけれど、母は外で遊ぶ事で少しでも体力がつけばいいという考えだったようです。
……結果、あいつはやってはいけないことをやらかしました」
なんだろう、外で大怪我をした、とかそういう内容ではなさそうだな。けどそれくらいしか思いつかないんだけど……
「あいつは……あいつはよりにもよって私のベッドにカエルを仕込んだり芋虫を敷き詰めたりしたのです! 信じられますか!? ちょっとした悪戯のつもりかもしれませんけど、限度ってものがありますよ!? 一匹くらいなら私もまぁ、許しました。ですがッ! ベッドにぎっしりです。兄弟子殿、この意味わかりますか!?」
「…………うわぁ。弟くん、幼いころは病弱とかいうわりに、アグレッシブだったんだね……」
僕は、それを言うのがやっとだった。
いや、多分当時のメトセラの寝てるベッドとか、子供用のサイズだとは思うんだけどそれでもそれなりの大きさになるベッドにみっちり敷き詰めるとか、どんだけ捕獲してきたのっていう話だよね。一抱えとかで済まないよね……病弱とは!? って言いたくなるよね、それは。
「あまりにもあまりな出来事に私も我慢ならずに父と母に言いました。悪戯の限度を超えていたし当然それなら両親から叱ってもらうのが適切だろうと。子供ながらに私はそう考えたのです。
ちなみにこの時の私は六歳でした。四歳児のやる事じゃありませんよね」
「四歳でそれって……いやもう元気いっぱいなお子様でもそこまでやらないでしょ、それ」
「しかし両親は、私の訴えを聞いてもそれくらいの事で、と言い分を聞いてくれず挙句弟の味方をしたのです。多分ですが、きっと仕込まれたのがカエル一匹とか、芋虫も精々五匹くらいとかそのくらいに考えていたんだと思います。今思い出してもイラっとします」
「あぁ、うん……」
正直この時点でメトセラが弟くんに対して辛辣な理由は何となく察してしまったんだけど、何をどう言えというのだろう。そんな昔の事、とか言ったら確実にメトセラの怒りに火をつけてしまう。
メトセラは幼いころに魔女に誘拐された。つまりは、幼いころの家族の記憶はそこまで多くはないはずだ。
その中できっとこの話はそこそこ思い出の容量を占めているに違いない。
「ちなみにその後も似たような事が何度かありましたが、弟が怒られる事はなく、私が怒ると両親が私を怒るのです。そんな事くらいで、おねえちゃんなんだから、って。姉だろうと兄だろうと嫌なものは嫌ですよ。そんなの敷き詰められたベッドでなんて寝たくないし。あれ以来私は自室で寝る事をやめて、庭にあった馬小屋で寝るようになりました。
両親はそれに対していい顔をしませんでしたけど、だったら自分が節足動物が敷き詰められたベッドで眠ってから言ってほしいものですよね!?」
「まぁ、そんな状態のベッドで寝るのよりは、藁とか敷き詰められてる馬小屋の方がマシかな」
多少汚くても馬小屋なら仕方ないかな、っていう妥協できる範囲だよね。多分。
「…………あの家での私はいい子ではありませんでした。あの時はずっと、病弱な弟が一日も早く死ぬ事を願っていたくらいです。……幻滅しましたか、兄弟子殿」
「や、流石にその仕打ちは……そこまで追い詰められてたのってなるかな」
これが虫一匹だったらその程度で!? って僕も言っちゃってたかもしれないけど。でも寝具にびっしり敷き詰められてるってそれ尋常じゃないよね。僕が当時のメトセラであっても馬小屋で寝るか、他の家族の寝床に潜り込むかするよ、それは。
「そういう事もあって、私の中の弟は今でも正直死んでほしい相手です。再会を果たした所で喜ぶようなものでもありません。
……まぁ、弟の事を早く死ねとか思うような悪い子だったから罰があたって魔女ヴァレリアに誘拐されたのかもしれませんけど」
「ちなみにメトセラが攫われたのっていくつの時?」
「八歳ですね。そこから五年ヴァレリアの所で影武者として色々叩き込まれ、その後逃げ出して一年近く放浪、そこからお師匠の所にきて一年程で魔女ヴァレリアと再会するとは思いませんでしたが」
指折り数えて言うメトセラに、僕は一体どういう反応をすればよかったのだろう。何だか思った以上にとんでもない幼少期だなという感想しか出てこない。
「……正直な話、ヴァレリアの所に父が乗り込んできたとき、少しだけ驚いたんです。あの頃の私は親から見て悪い子でしかなかったはずなのにそれでも助けにきてくれたし。
……今考えるともしかしたらメトランス家の名を汚さないために、っていうだけの行動かもしれませんけど」
そんな事はないんじゃないかな、って言いたいんだけど、気休めにしかなりそうにない。
もう完全にメトセラの中の家族とかどうでもいい存在に落ちてる気しかしない。
でも、弟くんの反応からは家の名を汚さないために、って感じではなかったよなぁ。少なくとも弟くんは今も姉であるメトセラの事、慕っているようにしか見えなかったし。それが余計に火に油を注ぐようにしか見えないけれど。
お父さんかお母さんあたりとなら和解の道もあったかもしれないけど、既にその二人は亡くなってるし、残っている弟くんとはきっとメトセラが拒絶するので和解の道、消滅してるんじゃないの? うぅん……まぁ、和解する意味あるかな? って言われたらそれまでなんだけど。
とりあえず……メトセラが望んでるならともかくそうじゃないなら弟くんと接触するような展開は避けるべきなのかもしれない。メトセラはそもそもあまり村にいかないから出会う機会あるかな? って話なんだけど。




