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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
四 兄弟子の章

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嘆きの弟と殺意の姉



 ほう、と言い出しそうな表情で少年の様子を見ている青年と同じく、僕も多分きょとんとした顔で二人の事を見ていたと思う。鏡で確認できたわけじゃないからもしかしたら僕はもっと間の抜けた表情をしていたかもしれないけど、そこまでアホ面晒していたわけじゃないと思いたい。


 姉さん、と言われたメトセラと、少年とを見比べる。

 髪の色はまぁ同じ銀髪だし、共通点としては全くないわけじゃない。目の色は違うけれど。

 メトセラも少年も、顔立ちとしては整っている部類に入るのでまぁ、姉弟、と言われてみれば納得できない事もないけれど。

 メトセラの方は何言ってるんだろうこの人、と言い出しそうなどころか完全不審者を見る眼差しだった。


「よくわからんが、それ以上近づくなら殴るぞ」

「えっ、ちょっ、姉さん!? オレだよオレ! 弟に対してその態度はあんまりじゃないか!?」

「確かに私に弟はいるがな、あいつは病弱だった。最悪今頃死んでるか、そうじゃなくても多分こんなド田舎を散策できるような体力があるわけがない」

「いやオレ昔は確かに病弱だったけれども! けど姉さんが攫われてからすぐに母さんが死んで、父さんが姉さんを捜す旅に出て、オレもそれについていったんだよ! 正直最初の頃はすぐに倒れたりしたけど、それでもそこそこ丈夫になったんだってば、って、うわっ!?」


 問答無用で手にしていた大鎌で切り裂こうとしたメトセラに対して僕は思わず制止しようとしたけれど、当然メトセラの方が早かった。ギリギリで回避した少年は顔を真っ青にしつつも少し離れた場所で何とか体勢を整える。


「そうか、健康になったんだな。それは何よりだ。じゃあ達者でな」

「ねえさあああああん!?」

「いやあの、メトセラ……?」


 心の奥底からの叫びを上げるのは当然だろう。

 僕は思わずメトセラを呼び止めていた。ここ普通、感動の再会シーンとかそういうやつじゃないの……?

 何でもう用はないな? じゃあさっさと消えろみたいな反応なのメトセラは。


「はい、何でしょうか、兄弟子殿。早い所彼らを村に案内してこちらの用事を済ませましょう」

 にこり、と微笑んでいる表情のメトセラはある意味レアだけど、何というかその微笑みは自然に浮かんだものと違ってやや作り笑顔めいている。

「いやでも、彼弟さんなんでしょ? いいの? 折角出会えたのに」

「はぁ、まぁ、別に。正直アレがどこでおっ死んでようと私の人生に何か関わりあります? ないですよね。ならじゃあ、別にどうでもよくないですか?」

 弟の話題を振ると、微笑んでいたメトセラの表情は一転、まるで苦虫を噛み潰したようになる。

 苦虫以外の表現をするならば、掃除したばかりの台所に現れたゴキブリを見るような目とでも言おうか。折角綺麗にしたというのに穢れた存在のお前が出てくるとかどういう事だよぉ……とばかりの怨嗟を感じる。


 何だろう、家族仲、良くなかったのかな……? ヴァレリアに誘拐された時の話とかでもそういや家族の話って……んーと、お父さんの事は何かちらっと聞いた気がするんだけど。

 確かヴァレリアの所に乗り込んだお父さんの助けで逃げ出す事に成功したけど、多分その時点でお父さん死んでる可能性が高いとかなんとか。まぁ、あの後これっぽっちも嬉しくないヴァレリアとの再会を果たしたという事は、聞くまでもなくヴァレリアにメトセラのお父さんは倒された可能性大なんだろうけど。


 でもそういやそれ以外の家族の話って一つも話題に出た事ないな?

 いや、そもそも僕たちがそういった話題を振った事ないからかもしれないけど。

 でもてっきりお母さんとかは既に亡くなってるとかかなって思ってたし、何なら他に弟がいるなんてのも一切出てこなかったらいるものだと思わないよね。

 僕と、多分師匠の中のメトセラは、きっと早くに母親を亡くして男手一つで育てられてきたメトセラが魔女ヴァレリアに誘拐されて、っていうものなんだとばかり思っていたんだけど。


 でも今の弟くんの話が確かなら、メトセラが攫われる時にはまだお母さんも存命だったっぽいし……

 あれ? となるとやっぱり家族仲が悪かった?

 仲が良かったならメトセラの今の態度は解せないにも程がある。仲が悪いなら大変わかりやすい。


 どうしたものかな、と思いつつ僕は視線をメトセラから弟くん、そして弟くんと一緒にいた青年へと少しずつ移動させた。


 てっきり彼もまた感動の再会シーンでもやらかすのだと思っていたのだろう。しかし予想と違う展開に、「あれ?」とでも言いそうなきょとんとした顔で弟くんとメトセラを見ている。

 それどころか、よーく見ると彼の目はとんでもなく戸惑っていた。内心で聞いてた話と違う、とかいう呟きが飛び出てもおかしくない程に。

 そうして彼は僕と目が合うと、なんだか困惑しつつも「どうします、あれ」と声に出さずに口だけを動かして問いかけてくる。

 正直僕は唇の動きを読んで音もなく会話するスキルなんてものはないけれど、短い単語くらいはどうにか理解できた。


 なんだか一触即発な雰囲気のメトセラと弟くんだけど、まさか殺し合いに発展したりはしないだろう。

 考えた結果、僕はそっとメトセラから離れるように移動して、


 ――とりあえず、僕たちだけで先に行きましょうか。


 声に出さずにそう口にした。

 あっさりと頷いた青年は、やはり音を立てないように歩き出して――



 森から出たあたりで、「何で置いていくんですか兄弟子殿ぉぉぉおおお!」と叫ぶメトセラと、「っていうかそいつなんなんだよ姉さあああああん!」と叫ぶ弟くんが全力ダッシュでもって合流してきた。

 思ったより早い合流だったな。


 二人で先に森を抜けようとしたとはいえ、別段その間に彼と何か話したりはしなかった。下手に声を出すと何かもうその時点でメトセラと弟くんが凄い勢いで突っ込んでやって来るんじゃないかと思ったからだ。声を出した時点で何かがアウト、そんな気配がとんでもなくしていたのだ。恐ろしい事に。

 幸いにも彼は雰囲気的にカインのようにぴりぴりしたものを発しているわけでもないため、沈黙も苦にならず僕としてはのんびりと散歩気分でいたのだが。

 その穏やかともいえる時間はこうして二人が合流したことであっさりと崩れ去った。


 僕たちがいなくなった事にいつ気付いたのかはわからないけれど、二人して相当急いでやってきたせいかぜぇはぁと肩で息をしている状態だ。普段のメトセラならさっきまで僕たちがいた所からここまで来るのに走ったって息を切らす事なんてないだろうに……よっぽど弟くんと二人で残されたのが嫌だったのかな。



「えーと、何って言われても」

「私の兄弟子殿に何か文句でもあるのか? あるなら死ね」

 鎌の切っ先を喉元に突き付けて言うメトセラに、弟くんはひぇっと小さく叫んだものの、少し遅れてから「……兄弟子?」と言われた単語を反芻した。

「僕もメトセラも師匠の弟子だからね。僕の方が先にいたからそう呼ばれてる」

 別に言わなくてもわかるだろうとは思いつつも、流石にその、鎌の構え方どうなの? って感じだしこの空気をどうにかしようと思ったので僕はそう口に出していた。何かの拍子にメトセラが手を上にあげるような事になれば、鎌の先端はそのまま弟くんの喉元を突き破るかもしれない。流石にそんな光景は見たくないなぁ。


「なんだ、弟子か。あー、いや、ないです文句。何一つとしてないです」

 手を胸のあたりまで小さく上げていえいえ滅相もない、とばかりに小刻みに横に振って弟くんは冷や汗を流しつつもそう答えた。メトセラの中での何かに合格判定が出たのか、鎌はそっと避けられて、弟君の喉元はひとまずの平穏を得る。


「弟子、ですか。魔術師の?」

「そうです。っていっても僕もメトセラも才能とかそういうのないのでほとんどただの雑用やってますけど」

「おい姉さんに才能ないとかお前何言ってんだふざっけんなよ」

「兄弟子殿のいう事に何か問題でも? ただの事実だが」

「いえ、ナンデモナイデス」


 一瞬で喉元に再び鎌が迫る。弟くんはだらだらと冷や汗を滝のように流しつつ、怪我をしない範囲で首を横に振った。


「どうします兄弟子殿。こいつ殺しますか?」

「いやあの、弟なんだよね!? 何でそうあっさりとそういう選択肢出ちゃったの!?」

「私の人生に不要な存在ですので」


 冗談でもなんでもなく本気で言っているのが見えてしまって、僕は思わず「えぇ……?」と鳴き声なのか相槌なのか判断のつかない声を出していた。

 そりゃ確かに長い間接する事もなかったとはいえ、仮にも家族だよ……? それをそんなあっさり必要ないって……ちらりと見ると弟くんもそこまで言われるとは思ってなかったらしく、涙目である。

 彼の方は姉を慕っている気配すらあるので、なんだかとても可哀そうに見えてきた。


「えぇと……とりあえずその鎌危ないから離そうか、メトセラ」

「…………兄弟子殿がそういうのであれば。

 命拾いしたな?」

「ひっ」


 とてもじゃないけど弟に向ける視線じゃないくらい険しい眼差しと、ついでに底冷えするような声で言われたせいか弟くんの口からは小さな悲鳴が上がっていた。一体メトセラの中で何がどうなって弟くんにそこまで冷たくあたれるのか、それを今聞いていいものか悩んだけれど家庭の事情に僕が介入していいものだろうかとも思ったので、とりあえずそれを聞くのは後回しにした。

 まずはこの人たちを村に案内するべきだろう。そうじゃないと弟くんがこのままだと何度死亡フラグに遭遇するかわかったものじゃない。


 弟くんと一緒にいる青年の方はメトセラを止めようとするそぶりもなければ、庇おうという気もないようなので尚更村に行かねばと僕の中で決意だけが固められていく。

 だがしかし、ここから村までは最低三時間はかかる距離である。


 ……三時間後、果たして弟くんは無事でいられるのだろうか。

 何故だか、そんな心配が胸中をよぎっていた。

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