予期せぬ遭遇と再会
朝、いつものように起きる。
普段は割とぱっと目が覚めて、ささっと動けるんだけど今日は違った。
変な夢を見たせいか、まだ頭がぼーっとしている。
「…………なんだったんだろ、あれ」
なんとなく言葉に出してみるが、別にそれで考えがまとまったりだとか、答えがふっと浮かんできたりはしない。ただとにかくおかしな夢だった、としか言いようのないそれは、誰かに話そうにも内容が夢である時点で支離滅裂な状態だし、僕自身わけがわからないものだ。そんなものを話したところで、理解されるとは到底思っていない。
大雑把に内容をまとめるならば、何かに追いかけられていた、で合っているとは思う。
夢の中の僕はそれなりに魔術を使えるらしく、そいつらを容赦なく魔術で迎撃していったものの、相手の数が多すぎて結局逃げる羽目になるのだ。
けれども追いかけてくる相手が、魔物であったりだとか、見た目からしていかにもな悪党であったりだとかではなく、どう表現していいのかわからない謎のオブジェのようで。
得体のしれない相手に追われている、と考えればそれはそれで悪夢っぽいが、別段追いかけてくるものは数が多く鬱陶しいだけで恐ろしさはなかった。ただ、倒しても倒してもきりがなく、際限なく増えていって最終的に逃げる場所すら埋め尽くさん勢いで増殖していっただけで。
最後はそいつらに押しつぶされて死ぬのではないかと思ったけれど、取り囲んでじっとこちらを見ているだけなのだ。目があるわけでもない物体からも、何故か視線は感じられた。
わけがわからない部分は妙な気持ち悪さがあったけれど、悪夢と呼べる程悪夢でもなければ、怖いという感情が浮かぶほどでもない。
視線に関しては最近のメトセラの視線が気になるからそれが夢に表れたのだろうか、と思わなくもないのだが、追いかけてきた謎の物体は一体何を示しているのか全くわからない。
ここでずっと考えていたところで答えが出るわけでもないし、あまり時間をかけていると師匠が朝食早くしろと怒鳴り込んでくるかもしれない。
なんとなくすっきりしないまま、僕はのろのろと身を起して朝の支度を始めた。
「おはようございます。……っ兄弟子殿!」
「おはよう、メトセラ」
何故か最近のメトセラは挨拶の後、謎の溜めが発生している。何だろう、何か別の呼び名で呼ぼうとしたけど流石に思い直して言いなおしました、みたいな雰囲気があるけれど、そこ追究したら何でもないですって言われるからもう気にしないように流すしかない。
メトセラは既に起きて身支度を終わらせていたらしく、今はテーブルの上を拭いている。
「今すぐご飯支度するから、ちょっと待ってて」
「はい、私が手伝う事はありますか?」
「えぇ? うーん、って言われてもなぁ。とりあえず師匠起こしてきてくれるかな?」
ご飯支度するにしても、メトセラにそれを手伝ってもらうような事はない。昨日の夜に既に仕込みを終わらせているので、あとはもう漬け込んでいた魚を焼くだけとかやる事はその程度だ。ご飯だってすぐに炊けるし。
「わかりました。では行ってきます!」
やる気に満ちたメトセラはびしっと敬礼のような動作をしてから師匠の部屋へと向かったらしく軽やかな足音だけが響く。
別に師匠も寝起きが悪いとかじゃないから、そんな意気込んで起こす必要もないんだけどね。
とりあえず師匠が起きてくるまでに手早く朝食の準備をしてしまおうと、僕も行動に移る。毎日のようにやっていれば、もうすっかり手慣れたものだ。とはいえ、これはきっと引っ越ししても師匠が毎回同じ小屋を建てるからってのもあると思うんだけど。
内装が変わると収納も以前と同じってわけにいかなかったりするけど、師匠は毎回同じ小屋を作るから家の中は引っ越す前と比べて変わり映えも何もあったものじゃない。
魔王城に居た時くらいかな。少しばかりまごついたのは。広さもだけど、今までとは何もかもが違ったからね。
――さて、そういうわけで朝食を済ませて、今日も今日とて村にでも行くかと思ったけれど。
その前に師匠にいくつかの薬草採取に行ってこいと言われたのでそれをこなす事にする。
メトセラも一緒だ。
「でも、珍しいよね。言われた薬草そのものは珍しくもなんともないけど」
「そうですね。むしろ今更何に使うんでしょうか?」
「うーん、師匠が自分で使うって感じじゃないし……誰かに頼まれたのかな?」
師匠に頼んできそうな相手はそう多くない。可能性としてはウィンディあたりかなと思わなくもないんだけど……でもウィンディなら自分かカノンあたりに頼むかして採取して調合とかしてそうだな。
「まぁいいや。言われた通りさくっと採取して戻ろうか」
「そうですね。……ん?」
「どしたの? メトセラ」
「いえ、その、誰かいるようです」
草木が生い茂る森の中、山がある方に向かって歩いていた僕たちではあったがメトセラが足を止めた事で僕もつられるように立ち止まる。
別段この辺りに誰かがいたとしても、それはおかしな事でもない。
村の人だってそう頻繁にではないけど来る事だってある。
けれども何故かメトセラは油断なく手にしていた鎌を構えているので、もしかしたら村の人とは違うのかもしれない。
そう思って僕も息を殺して様子だけは窺っていたのだが――
「おや? そこに誰かいるのですか?」
警戒しているようにも思えない程のんびりした声。姿は木々で隠れているのか見えないけれど、そう遠い距離じゃない。
「えーっと……村の人ですか?」
若い男の声。聞き覚えはない、はずだ。なんとなく胸の辺りがざわざわしたけれど、少なくとも村の誰かの声ではなかったように思う。
「村? あぁ、やはりこの近くにあるのですね。ほら御覧なさい、迷ってなんかいなかったでしょう」
「いや、迷ってるからこうなってるんだろ……」
一人だけかと思いきや、男の声に呆れたように返す声がした。こちらも声は男性ではあるけれど、男性と言うよりは少年という方が正しい気がした。
「もしかして旅の方ですか?」
迷っているならとりあえず森を抜ける道くらいは教えられると思って声をかける。
「えぇ、まぁそうですね。そういうそちらはもしかしてこの近隣の住人ですか?」
「はい。一応この森抜けるなら道案内くらいはできますよ」
姿は見えないけれど、声が聞こえる距離からそう離れてはいないはずだ。多分、目の前にあるやたら大きな木の向こう側にでもいるのだろう。
とはいえ、迷った旅人のふりをした賊の可能性も捨てきれていないのか、メトセラは警戒したままではあるけれど。
相手もこちらがどのあたりにいるのかの予想はつけていたのだろう。がさがさと音を立てながらこちらに近づいてくる。大木を回り込むようにして姿を見せたのは、青年と少年、といった感じの二人組だった。
青年の方は灰色の髪に紅い目と色合い的にレオンに似ている感じだが、レオンと違って別に羽が生えてるわけでもなく、レオンよりも色合いははっきりしている。背の高さは師匠と同じかそれよりちょっとだけ高いくらいだろうか、けれども別段鍛えてあるように見えず、着ている服装からしても冒険者や傭兵というよりは学者のように見えた。
少年の方は銀髪碧眼。とにかく動きやすさを重視したと言わんばかりの旅装束だ。顔つきからしても青年と似てはいないので、親子や兄弟というわけでもないのだろう。鋭い目つきは今はやや呆れの色を含んで青年を見ている。
……どういう組み合わせなんだろう? 青年の護衛をしている冒険者が少年、という事だろうか?
少年の方は僕と年齢は多分同じかそれより下かな? 程度に見えるけど、もしかしたらとんでもなく凄腕なのかもしれない。
「いやぁ、助かりました。この辺りは以前来た事があるとはいえ、あまり詳しくはないもので」
青年がにこやかに告げる。
「おいオレにこの辺りめっちゃ詳しいって言ってたくせにどの口がそんな事言ってんだよ……」
対する少年が辟易とした様子でぼやく。しかし青年は涼し気にハハハと軽く笑うだけだ。
「えーと、まぁ、何事もなくて良かったです……?」
この辺り別に危険な魔物とかいるわけじゃないけど、でも時々カインとクライヴが来る時とかうっかり兄弟喧嘩勃発したりすると被害がとんでもないからな……それに巻き込まれたりしようものならと考えると、何事もなくて本当に良かったと思える。
「このあたりの魔物に後れを取るとは思いませんが、それでも何があるかわかりませんからね。いやしかし、本当に助かります。それで、村はここからどれくらいで?」
「歩いて大体三時間ってところでしょうか。今からのんびり行っても日暮れ前には到着するから野宿の心配はいらないんじゃないですかね」
「そうですか、それはそれは」
にこやかに笑う青年に、少年はなおも何かをぼやこうとしたのだろう。けれどもそれよりも先に視線を移動させて――そこで、動きが止まった。
「え……?」
「……ん?」
少年の目線の先にいるのはメトセラだ。
まぁ、目の前にこんな美少女がいたら動きを止めるのも仕方ないとは思うけれど、それにしたって今、少年の世界の時間が止まったとばかりにあからさますぎると、早速それに気づいた青年がどこか面白そうに目を細めて少年を見る。
「…………そんな、まさか……」
信じられないものを見るような目で、少年はメトセラを見ている。そうして、彼はメトセラへと一歩、また一歩と少しよろけた足取りで近づいていく。
敵意があるわけでもない様子の少年に、メトセラの方は困惑しているだけだ。
「姉さん……?」
あれ? 何かてっきり僕の予想としてはメトセラに一目ぼれとかそういうあれだと思ったのに、まさかのそっち!? 思わずメトセラに視線を向けるも、メトセラは困惑したように少年を見ているだけだった。
……あれ? 人違いとかそういうやつかな?




