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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
三 大体師匠の章

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聞き覚えのある名前と面倒ごと



 いくつか足りなくなった日用品を買い足しに行くべく馬鹿弟子を村に行かせたのが今朝の事。

 片道三時間。往復で六時間、ではあるが、買い物してちょっと休憩する時間を含めれば戻って来るのは単純計算で六時間後ではなく七時間か八時間くらいはかかるものだと思っている。となれば、朝家を出たあいつが帰ってくるのは夕方になる。

 別にその事に関しては俺もそこまで鬼じゃない。わかった上で送り出した。


 メトセラはその日、別の用事というか修行メニューを渡したので馬鹿弟子と一緒に村に行く事もなく、馬鹿弟子が戻ってきてから三十分後くらいに泥だらけになって帰って来た。


「あ、おかえりメトセラ。……今お風呂の準備するね」

 怪我をしていない事に安堵しつつ、馬鹿弟子は夕飯の支度と同時進行で風呂の準備も始めていた。


「あの、兄弟子殿、その花は……?」

 メトセラに言われて俺も気付く。台所の調理台近くに、白い小さな花が活けられているのを。

「ん? あぁこれ? もらったんだよ。いつもお世話になってるからって」


 匂いがきついわけでもないその花は、別段そこにあっても控えめすぎてメトセラに言われるまで俺も気付かなかったくらいだ。別に匂いが不快だとかでもなければ視界に入って毒々しい色合いで気に障るというわけでもない。だからこそ視界に入らなかった、と言うべきか。


「兄弟子殿、その花について詳しいですか……?」

「え? 生憎僕は花にそこまで詳しくないけど。どうしたの?」

「いえ、その、なんでもないです。私の考えすぎかと」

「うん? よくわからないけど、とりあえずお風呂はすぐにでも入れるよ」

「はい、それではお言葉に甘えて先に入ってきますね」


 まだ何か言いたそうにしてはいたものの、いつまでも泥だらけの姿を馬鹿弟子に晒すのもどうかと思ったのだろう。そそくさと風呂場へと消えたメトセラはともかく、俺は何となく馬鹿弟子とその花を見比べた。

 生憎俺も花に詳しい方じゃない。そもそもこっちの世界と向こうの世界とじゃ、同じ花もあるけれど似てるようで全然別物なんてのもある。メトセラが気にしたのは花言葉とかそこらへんだろうか、と思いつつも、その花言葉がわからないので考えた所でどうにもならないだろう。

 花言葉の辞典とかあるわけでもないしな。


「花、ねぇ」

「何ですか師匠、この花に何か?」

「いや。別に毒草でもなさそうだし、わざわざそんなものよこすとか物好きなのもいたもんだなと思っただけだ」

「物好きって……でもこの花、村の中じゃなくてちょっと離れた山の方に咲いてるやつらしいんですよね。わざわざそこまで行って採ってきてくれたとか、逆に申し訳なくて断れないじゃないですか」

「ホント物好きな奴もいたものだな!?」


 俺達が住んでるとことは別の山って事は……え、そっちも結構離れてる気がするんだが。村に住んでる奴がわざわざそこまで!? 何だ、元冒険者とかそんな奴か?


「一応聞いとくけど、お前にその花くれたやつって?」

「え? あぁ、今はちょっとお休みしてるそうですけど、冒険者してたみたいです。何でもそれなりに強いとか。見た目はそんな風には見えないんですけどね」

 それを言ったらメトセラも見た目からはとても強そうって感じじゃないんですけど、とどこか苦笑めいた笑いをこぼす馬鹿弟子になぜだろうか。俺はとても嫌な予感がした。


「……念のため聞いとくけど、そいつ女か?」

「え? はい、そうですけど」

「ほう」

「え、ちょっとお師匠? 何か変な勘繰りしてるかもしれませんけど、あの人そういうんじゃありませんよ!? だってその人ちゃんと他に好きな人いますからね。僕は本当にただちょっと治癒魔術のお礼でその花もらっただけですって」

「なんだ。つまらん」


 ここでムキになるとか余計怪しいとか突っ込む事はできたんだが、相手に他に好きなやつがいるっていう状況でそれをやると面倒な展開にしかならないのが目に見えてるので俺は早々にその話題から撤退することにした。

 なんだ、馬鹿弟子をからかって遊べるかと思ったんだが。まぁ、でも、そのネタ引っ張るとメトセラが面倒臭くなりそうなのでどっちにしてもしない方が吉だな。


「つまらん、って人の恋バナに師匠が沸くような人だと思わなかった僕としては驚きですけど……でも本当に僕をネタにするのは構いませんが、もしうっかりあの村に行って本人前にしてネタにするのはやめてあげて下さいね。シィナさん本当に一途な人なんですから。冗談でもネタにして揶揄うの、かわいそうじゃないですか」

「ん? シィナ?」

「はい、その人の名前ですよ。どうかしましたか、師匠?」

「いや、なんでも」


 シィナ。まさか……なぁ?


 名前は別に珍しいものではない。だからこそ同名の存在がいたとしておかしな話でもない。

 ただ、もし。万が一。そいつが俺の思い浮かべた人物と同じであったならば。


 とんでもなく面倒な事になりそうな事だけは断言できる。

 いやでもなー、ないよな流石にハハハ。俺の知るあいつならこんなド田舎にいるわけがない。

 いや、俺もそもそもそこまであいつに詳しいわけじゃないが。


「あー、その元冒険者だったか? そいつこれからもあの村にずっといるとかそういうやつなのか?」

「いえ? 今はちょっと怪我とかしたので休憩がてらあの村に滞在してるみたいでしたけど、そのうち旅に出るんじゃないですか。何でも行方不明になった想い人を捜してるみたいですし」

「はー、手掛かりがあるならともかくそうじゃないなら途方もない話だな」

「そうですね、僕もそう思ってちょっと色々聞いてみたんですけど……」


 どこか歯切れ悪く言う馬鹿弟子に、おっと何だお前もまさかリア充は爆発四散しろとか言っちゃう勢か? と思ったがそもそも馬鹿弟子にはリア充という言葉の意味すらわからないだろうから俺のその予想は即座に切り捨てる。


「ただ、話を聞いてると好きな人っていうよりは、これから殺しに行く相手の話みたいに聞こえちゃって。修羅場の気配が濃厚すぎたので、見つかるといいですねって言っていいのかわからなくなりました。

 相手が浮気しての修羅場なのかな、とも思えちゃって。シィナさんの好きな人の事ちょっとだけ聞いてみたけど、あんまりいい印象ありませんでしたし」

「あー、まぁ、俺から言えるのは何か面倒そうだからそれ以上そいつとは関わらない方がいいんじゃないか、って事くらいだな」

「はい。どのみち近々村を出るような事も言ってましたから、師匠が心配するような事にはならないんじゃないですかね」

「そうか。まぁ、俺の知らない所でならいくらでも修羅場ってようがどうでもいい話だな」

「師匠……そういうのは普通思ってても言わないものですよ」

「黙れ」


 窘めるように言う馬鹿弟子ではあるが。

 そもそもの発端はお前だろうが、と言わなかったのは俺なりの気遣いだと思っている。


 流石に俺だって面倒ごとを避けたいがために馬鹿弟子の人間関係にまで口を出すつもりはない。あからさまにヤバいやつと知り合ったならともかく、そうでないなら普通に友人を作るくらいなら好きにさせるくらいの気持ちは持ち合わせている。

 ……まぁ、俺達の生活の都合上一箇所に長い間留まらないからそもそも友人を作ったとしてもすぐにその関係は消滅したりするわけなんだが。

 けどどうせすぐに別れるんだから、最初から友人なんて作るだけ無駄だ、とは言うつもりもない。流石にそれは横暴が過ぎる。



 何にしろ、馬鹿弟子の中ではその話題は終わったらしく、話をしながらも作業していたためにすっかり完成した食事を皿に盛り付けててきぱきとテーブルに運んでいる。

 そうしてあとは食べるだけ、という時になってメトセラが風呂から出て来た。


 メトセラももらった花についてはもう忘れているのだろう。テーブルの上の料理に目が釘付けだった。


 俺としても他人の修羅場よりは目の前の飯の方が重要なので、その件に関しては早々に脳内の奥底に押しやってさっさと席に着いた。暇な時なら他人の修羅場になるかもしれない話題もそれなりに娯楽として聞けるけど、正直最初からあまり興味のない話題だ。メトセラが話を振るならともかくそうでないのなら、この話はこれっきり出てくる事もないだろう。



 まさか話題の方からやってくるとか思ってなかったけどな。この時は。

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