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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
三 大体師匠の章

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異端審問官と魔女の最期



 人など到底来る事も無いような辺境。

 まるで何かから逃げるようにしてやって来たその女は、つい先刻受けた情報通りの存在だった。

 創始者と知り合いだと名乗った時点で不審な男だとは思ったが、こちらの敵に回るような真似さえしなければ多少の不審さなどどうでもいいとさえ思う。

 そうでなければ、異端審問官など到底務まるわけもない。


 鬱蒼とした森の中。

 随分と薄汚れたドレスを身に纏ったその女は、随分昔から名の知られた魔女だった。

 討伐隊が組まれた事は数知れず。しかしその度どうやってそれを察知していたのか、奴は自らに似た特徴のある少女に更なる術をかけ、まるで本人であるかのように振舞わせ――何度、生贄と化した少女を屠ってきた事だろうか。


 助けられれば良かった、などと異端審問官になった当初は悔やみもしたが、今となっては何とも思わない。そもそも操られている間、魔力もリンクされているのか相手はただの人間ではなく魔女と同じ力を持ち、それを遠く離れた魔女の意思で思うさま揮う事が可能なのだ。甘い考えを棄てなければ、死ぬのはこちらの方だ。現に仲間の何人かはそれで命を落としている。

 彼らと同じ末路、それは流石に御免被りたい。



 見た所魔女は何があったのか、かなり力を使い果たしているらしく随分と消耗しているようだ。

 あの不審人物の寄越した情報――自分の知り合いが魔女ヴァレリアと一戦やらかす、などというふざけたものだったが――はまぁ、間違いではなかったのだろう。

 そして、不利になった魔女が逃げ出す事も。

 今まで世界中あちこちに異端審問官を派遣して探していたヴァレリアの本拠地をあの男が知っていた理由に関しても、この際深く考えるのは止めておこう。

 何故もっと早くに知らせてくれなかった、という思いがないわけではない。けれど……それは少しばかり違う。むしろ何故もっと早くこの場所を突き止める事ができなかったのか、という己の不徳を嘆き、怒るべきだ。


 移送方陣やそれに関する転移術でまず現れるならここだろうと、あの不審な男が敷いた移送方陣でここまでやって来たが、魔女が現れたならいつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。


 音を立てないように、移動を開始する。

 魔女は片足を引きずるようにして歩き出している。とはいえ、歩く速度は大分遅いので追いつくのは容易な事だった。


 音を立てた覚えはなかったが、やはり何らかの気配を察知したのだろう。

 足を止め、恐る恐るといった風に背後を振り返ろうとする。


「魔女ヴァレリアだな――?」


 確認する必要など無かった。けれども向こうは声をかけられるなどとは思ってもいなかったらしい。発した声は別段凄ませた覚えもない。ただ、平坦な自分の声だというのにそこには何の感情も含まれてはいなかった。だからこそ、だろうか。

 それはある意味脅しのような効果があったのか、肩をビクリと震わせて、弾かれたように振り返る。


「誰……ッ!? 異端審問官!?」


 誰だ、と問う前に制服が視界に入ったのだろう。何故ここにいるとでも言わんばかりの声が上がる。

 名を名乗る必要もそうだと答える必要もなかった。既に手にしていた剣によって魔女の首を刎ね落としたのだから。


 もう随分昔から、それこそ自分が生まれる前から悪名を轟かせていた魔女の最期は、酷く呆気ないものだった。


 やるべき事は終わった……と言いたいが、流石にすぐに戻るわけにもいかない。

 魔女の本拠地を探らねばならない。場合によっては更なる応援を頼まなければならないが……まぁ自分一人でどうにかなるだろう。



 さて、移送方陣で戻ったら、あの不審な男から渡された紙――自分は詳しくはないが、恐らく何か特殊な魔力で精製されている――に報告だけは書き記しておかなければ。


 それが、自分が男と交わした約束の一つなのだから。



 何だか上手く使われた感は否めない。けれど、人に害でしかない魔女や魔族を己のプライドで野放しにし続けるよりはマシだ。

 一つとはいえ、害悪が消滅した。その事実は確かで、そしてそれを成したのが不審人物が関わったとはいえ異端審問官であるという事実は、人類にとってある意味喜ばしいニュースになる。


 あの男に感謝の言葉を述べるべきかは悩む所だが……彼が人に対して害であるならともかく、そうでなければ。利害が一致しているのであれば、それなりの関係を築き上げておきたいところだ。口に出してはいないが、あの男はまだ他にも色々と知っていそうな気配がした。



 魔女の本拠地を捜索し、ある程度の情報を持ち帰る。

 そうして戻ってからあの紙に魔女を無事仕留めたという事を記し封筒に入れる。


 気付くと封筒は消えていた。



「それなりの関係を築くにしても、まずあの男が何者かすらもわからないし……まぁ考えるだけ無駄な事だったな」


 こちらから接触しようにもそもそも無理な話だった。その事実に気付いたのは割とすぐの事だった。

 どうかしていた、と呟いて笑う。


 けれども何故だろうか。あの男とはまた出会うような気がする。

 不思議とそんな予感がした。

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