決着と逃げた魔女
世界の最北端。北の大地の最果てにある人類にとって災厄しかもたらさない場所が魔王城ならば、世界の最南端、南の大地の最果てとも呼ばれる場所にある人類が立ち寄ろうとしない場所が、ケルティア溶岩洞だった。
ケルティア溶岩洞を管理というか監視している国家があったと思うが、そこの住人だって遠くから見るだけであって決して近付こうとはしないような場所。
どちらかというとほぼ未開状態のその場所は、監視しているその国でさえ数キロに渡って立入禁止の条例が敷かれていたはずだ。
でも師匠、それってある意味最終手段な気がします。
「あの、師匠。ふと疑問に思ったんですけど」
「何だ」
下手に話しかけて集中力を乱すのもどうかと思ったのだが、師匠は別に気にした風もなく。
「移送方陣とは違う術だからもしかして、とは思うんですけど」
そう前置いてから僕は気になった点を口にした。
「この術って行った事のない場所にも飛ばす事ができるんですか?」
「んなわけねぇだろ」
師匠の言葉は、それはもう素晴らしいまでに即答だった。
「え、でも……」
「昔、一度行った事があるからな」
「国の条例で立入禁止になってる場所にですか?」
「特例ってやつがあったから違反でも何でもねぇよ」
「特例って、ゲイルってあの国の国王と面識合ったんですかー!?」
僕が驚くよりも早く、レオンが驚いてみせる。
移送方陣は基本的に術者が立ち寄った事のある場所でしか発動できない。行った事のない未知なる大陸にいきなり飛ぶ、なんて真似は当然ながらできるわけもなく。
しかし今師匠が発動させようとしてる術は、通常の方陣を敷いて使用するタイプとは違うようなのでもしかしたら……なんて思ったからこその疑問だったのだが。
訪れた事があるというのなら、僕の疑問は全然疑問でも何でもなくなる。
むしろレオン的には師匠が一国の主と知り合い、もしくは顔見知りであるという事実の方が驚くべき事だったらしい。
「今の代の王は知らねぇよ。つかお前ら……俺が元勇者だって事まるっと忘れてるだろ……」
「あ」
ほぼ全員の「あ」が同時だった事は、言うまでもない。
「でも魔王城とは別方向どころか反対じゃないですかー」
「俺だって行きたくて行ったわけじゃねぇよ。こっちは最短距離で突っ込むつもりだったのに途中で色々あってそうなったんだ」
最短距離で魔王城目指したくせに、何で真逆とも言えるケルティア溶岩洞なんぞに行くハメになったのか。微妙に気になりはしたが、師匠の言葉の所々に刺々しさが含まれている以上ここから先を聞くのは危険な気がした。
下手な事言って八つ当たり喰らったらたまったもんじゃない。
それから先は、全員がほぼ無言だった。師匠がそこかしこに飛ばした文字が発光して明かり代わりのような物になっていたから、いつも以上に明るい道をただひたすら進む。
神殿から出て、そこで師匠の術は終わるのかと思いきや、師匠は洞窟の中でも術を継続したままだった。青白いとはいえ明かりのあった神殿とは違い、洞窟にそんなものはないから助かるといえば助かるんだけど……術を継続させてここでも文字を飛ばすって事は、神殿どころかこの洞窟も飛ばすって事!?
ちょっと規模が大きすぎやしないだろうか。
そう思ったがよく考えるとこの洞窟をそのままにしておいても、その先の神殿が恐らく崩壊するなら同じようなものなのだろう。きっと。
仮に神殿の一部が無事残ったとしても、明日になってまたそこで生活するかと問われると師匠の事だ、それはない。
放置したまま、また物騒な何かがそこに棲み付く可能性を考えるなら洞窟もろともやっちゃった方がいいのかもしれない。……というか、そう思わないとやってられない。
そうやって自分を無理矢理納得させているうちに、外へと出ていたらしい。
ふと空を見ると、東の方がうっすら明るくなってきている。
僕たちの事情などお構いなしに、小鳥の囀りさえ聞こえてきて。
思わず気を抜いたほんの一瞬の出来事だった。
パチン、と師匠が指を弾いたのと同時に、轟音が響き洞窟が崩れていく。
「ふむ。少々大規模すぎたかもしれん」
「や、大規模すぎたとかじゃなしに、完全崩壊じゃないですか!!」
まぁいっかーと言わんばかりの師匠に、僕は絶叫に近い感じで突っ込んでいた。
先程まで囀っていた小鳥は、当然の事ながら危険を察知したのか飛び去っている。
あぁ……うん……まぁ、そうなるよね……
なんて僕が遠い目をしていたら、今度は別の音が響いた。
悲鳴、絶叫――いや、どちらかというと咆哮か。
一体どこからそんな声が出ているというのだろう。断末魔の叫びとはまた違う、怨嗟に満ちた叫びは、崩壊した洞窟を貫くような光とともに轟いた。
最初に行動に移る事ができたのは、果たして誰だっただろう。
音のした方向、それは元々僕たちが視線を向けていた洞窟だった。だから今更あえて視線をそちらに向ける必要などはなく。
明らかに敵意しかないような叫びに対し、カインとクライヴが瞬時に剣を構える。僅かに遅れて僕の前に立つようにしてメトセラが大鎌を構えた。
「あの、ゲイル……まさかさっきの術、地味に失敗したとかじゃないですよねぇ……?」
そわそわと視線を泳がせて、レオンが問う。
「それはないし、今の声に関していうならわざわざ警戒する必要もない」
「……どういう事じゃ?」
ウィンディの声に、しかし師匠は答える事もなく。引き返すように剣を構えたまま警戒しているカインとクライヴの間を縫うようにして、元は出入口があった洞窟の前に立つ。警戒しているわけでも、すぐさま何かに対して迎撃できるようにでもなく、ただ立っているだけだった。
叫びとともに洞窟を裂くような光が立ち上っていたが、やがてそれも消え。
今度は不気味なくらいの静寂が訪れる。
どれくらい、そうしていただろうか。
何かがそこにいるのは確かだった。しかし師匠の態度からそれが脅威となりうるかは正直わからない。だって師匠、首を回してゴキゴキ鳴らしたり、ついでに伸びをしてあくびまでしてるようだし。
うん、僕からは背中しか見えないけど、あくびしたのは音で何となくわかった。
本気で危険な状況なら、そんな事をしてる余裕もないだろう。
そのままおいっちに、とか言い出して体操始めそうな気もしたが、そんな事もなく。
崩れた洞窟の一部が、ガコンと音を立てて動いた。恐らくは、その下にいるのだろう。
今更のようにそれが何であるのかに気付いた僕は、思わずそこと師匠とを交互に見やった。もしそこから現れるのが僕の予想通りの存在であるならば、師匠がこんなに余裕かましてる場合じゃないと思うんだけど。
僕がオロオロとしてるうちに、すっかり瓦礫の山のようになったそこから這い出てきたのはやはりというべきか、魔女ヴァレリアだった。
僕とメトセラが部屋に閉じ込めた時とそう変わらないように思える以上、崩れた洞窟に巻き込まれはしたものの生き埋めになって致命傷を負ったとか、そういう事実はないようだった。ヴァレリアの姿を確認すると、一度は警戒態勢を解いていたカインたちも再び件を手にいつでも攻撃できるような体勢をとる。
「……やってくれるじゃない……まさか直接倒す以外の手段用いてくるだなんて思ってもなかったわ……」
「むしろあれを真っ向から相手する方がおかしいだろ」
致命傷を負っていないようではあるが、それでもやはり多少の被害は被ったらしくあちこちボロボロになった魔女は、よろよろとした足取りでこちらへと向かってくる。一歩、二歩と、片足を引きずるようにして。
そうして師匠の前までやってくると、師匠の鼻先に向けて指を突き付ける。
「今回は不覚をとったけど、今度はそうはいかないわ! 覚えてなさい!!」
ギラギラとした眼を向けて言い放つと、ヴァレリアは早口で詠唱を開始した。
「次があると思うな、今ここで終わらせてやる」
そう言ったのは、師匠ではなくカインだった。地を蹴って斬りかかろうとするカインに、だがしかし制止するように手をだしたのは師匠だった。
「はっ、わざわざ見逃すような事をするなんてね。後悔するわよ……!!」
術を発動させたヴァレリアが、嘲笑うように告げる。足下から徐々に透けるようにして消えていく魔女に対し、師匠は淡々と言い返す。
「後悔する必要も、覚えておく必要もない。カインの言う通り、次もない」
「ふふ、こうしてこの場で見逃した時点でその言葉は負け惜しみにしかならないわ。この屈辱、次は倍以上にして返すんだから精々首を洗って待っていなさい」
「……愚かだな。呆れるよ」
師匠が一体どんな表情でそう言ったのか、僕からは見えなかったからわからない。けれども姿が消えかかっていたヴァレリアの表情が瞬時に変化した事から、恐らくは大層生温い笑みでも浮かべていたのだろう。憎々しげな眼差しを最後に師匠に向けて、魔女は姿を消した。
「って、結局逃がしちゃって良かったんですか?」
ヴァレリアの言葉からまたそう遠くないうちに襲い掛かりにきますって宣言されたようなものなんだけど。
「あぁ、その件に関しては問題ない。奴が来る事は、この先二度とない」
その根拠はどこから……と思ったが、師匠がそう言うならきっとそうなんだろう。これで後日ヴァレリアがやってきたらその時は多分師匠がカインとかクライヴあたりに殴られるか斬られるかするとは思うけど。まぁ僕に被害がこないようならそれでいいやもう。
「何か色々と小細工したら疲れたな。おいウィンディ、悪いが数日泊めてくれ。住居見つけたら出てくから」
「……断ってもどうせ押し掛けるのじゃろう? はぁ、仕方あるまい。カインにクライヴ、そなたらはどうするのじゃ? この際一人二人増えるのも一緒な気がするし、来るなら今から移送方陣敷くからついてくるがいい」
正直事態が解決したようには思えないけれど、あまりにも清々しい師匠に何を言っても無駄だと判断したのだろう。早速何かを諦めたようなウィンディには悪いけど、僕も何か色々と疲れたから師匠に対してツッコミを入れる余力もありません。
「……行こうか、メトセラ」
「そうですね、兄弟子殿」
とりあえずは、ゆっくり寝たい。
そう思いながら、僕はメトセラと一緒にウィンディが発動させた移送方陣の上に足を乗せた。




