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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
二 続・弟子の章

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取り戻した意識と置いていかれた状況



 あー、これはもう終わったな……なんて最期に思ったような気がするんだけど。

 どうやらまだ生きていたらしい。


 しかし、だ。

 ビフォーアフターで状況が違いすぎてて何が何だかさっぱりわからない。

 ちょっとメトセラ、できればわけのわかってない僕に懇切丁寧に説明してくれないかな?



「――おぅ、馬鹿弟子。お目覚めか?」


 ごりっと頭にきた感触と、すっかり聞き慣れてしまった声に僕の意識は急浮上した。

 ポチに頭を掴まれた時に既に閉じていたのか、それとも意識を失った時に閉じたのかさえわからない目を開くと、僕の顔を覗き込む師匠の姿があった。


「し……しょう……?」

「大体の状況はレオンから聞いた。ま、馬鹿弟子にしちゃあ上出来……と言いたいところだがな」


 僕を見下ろす師匠の顔は、決して清々しいものでもなく。むしろ苦虫噛み潰したような顔だった。

 っていうか、あの、師匠。


「人を足蹴にするのやめませんか……?」

 ズキズキと痛む頭は、ポチに捕まれていたからだけではないだろう。ていうか、今まさに師匠が片足を僕の頭に乗せて、その膝の上に肩肘乗せたポーズで僕を見下ろしているわけで。

 むしろ痛みの原因は今まさに師匠なんですけれども……!!

 あんた、助けに来たのかトドメ刺しにきたのかどっちなんだ……!! と叫んだとしても、多分罰は当たらないだろう。


「足をどけるかどうかは俺が決める」

「いやそれ自信満々に言うべきセリフじゃありませんから確実に……!!」


 僕がそう突っ込むと、師匠は僅かに目を細め数秒僕の事をじっと見下ろしたままだったが、この体勢に飽きたのかとりあえずは足をどけてくれた。

 靴底についていたであろう砂利が、髪にくっついて不快だ。振り払うように頭を動かしてみたが、小石程度ならともかく砂なんかはしっかり洗い落とさないと落ちてくれないんだろう。

 ……今この段階で心配するような事じゃないのは確かなんだけど。


 いつ師匠が戻って来たのかはともかく、ポチに捕まっていたはずの僕がこうしているという事は……一応は無事に救出されたと考えていいんだよ……ね?


「えぇと、ポチは?」

「あぁ、そこにいるぞ」

 うっかり僕が意識を飛ばしている間に倒したかと思ったのだが、そこまで都合良くはいかなかったようだ。師匠がさらりと答え、指し示した先にあったものは見間違う事もなく確かにポチだった。


 一体何がどうなったのかはわからないが、ポチは今現在完全に動きを封じられていた。

 ポチの脳天から床にかけて突き刺さっているのは、まず魔術の類なのだろう。黒い大きな剣はじりじりと小さな音を響かせながらも、容易に抜けないようしっかりと突き刺さっている。


 そしてポチの周囲で展開されているのは、師匠がヴァレリアから逃げる時に一時的にポチを足止めするのに使っていた術だった。師匠がのんびり僕を足蹴にしていたのは、ポチの動きを完全に止めているからこそできた事なのだろう。


 そんな様子を見て安心したのも束の間。ポチから少し離れた場所に、ポチの腕が一本転がっているのが見えた。


 ……あぁうん、見なきゃよかった。恐らく僕を捕まえていた腕だろう。

 流石に腕だけでこっちに襲い掛かってきたりはしないだろうけど、ごろんと転がる腕、というのはどうにもこちらの精神衛生上よろしくないように思う。

 僕の精神衛生上の安全を保つため、視線を転がった腕から逸らそうとしたまさにその時――


「ひぃ!?」


 腕の切断面だと思われる部分から、白い束のようなものが飛び出す。

 咄嗟に逸らした視線の先にいた本体の、腕があった場所からも同じようなものが伸びていた。


 うわぁぁぁぁああ、何かあのにょろっとしたのがものすっごい気持ち悪いんですけど師匠ぉぉぉおおおお!!


 そう叫びたかったが、あまりにも唐突すぎて声さえ出なかった。


 何が起こったのかわからないのと、気持ち悪いのとでただただ混乱しつつあったが、僕が――いや、僕たちが見ているなか、切り落とされたであろう腕は切断面から何かにょろりとしたものを出して、切り離された本体も同じようなものを出し。


 ――何事もなかったかのように、くっついた。

 驚異の回復力とかそういう言葉で片付けるのもどうかと思う。



「再生能力はまだ健在か……」

 どこか感心するように呟いた師匠に、何でそんな冷静なんですかと突っ込みたくなったが仮に突っ込んだ所で僕の理解できる回答は返ってこないだろう。

 ふと見ると、既にウィンディの障壁は消え、すぐ近くには心配そうな表情を浮かべたメトセラがいた。

 それから、少し距離を取るようにウィンディとカノン。そして、何故か間合いを取るようにじりじりと移動して距離を詰めているカインと、魔剣に手をかけたままのクライヴ。――の背後に隠れるようにレオンもいた。


「兄弟子殿……? 大丈夫、ですよ……ね?」


 どこか躊躇うようにメトセラが声をかけてくる。

「え? あぁうん。どれくらい意識飛んでたのかわかんないけど大丈夫。師匠に踏まれてた頭がちょっと痛いくらいで」

 その言葉に、メトセラはあからさまにほっとしていたようだった。


「本当に、何ともないのじゃな……?」


 念を押すように問いかけてきたウィンディに、何ともって何がですかと返す。

 ……あれ? ポチならともかく、何だか今、皆僕を警戒しているように思えるんだけど。

 え、ちょっとホント僕が意識飛ばしてる間に一体何があったっていうのさ?

 警戒するならポチにしてよ。


「馬鹿弟子に聞いたって覚えてるわけないから無駄だ。無駄な事をしてる暇はないぞ」


 困惑するしかない状況に陥った僕を助けるつもりがあるのかどうなのか。とりあえずかけられた師匠の言葉に、何故か僕に対して警戒している物騒兄弟は一先ず瞬時に攻撃できるような体勢だけは解いてくれた。

 いやあの、ただでさえ魔剣とか物騒極まりない物持ってる挙句、実力的にもどう考えても僕より上なんだからそこまで警戒する必要ってないと思うんだけど……



「……しかし」

「当分は大丈夫だろ。既に引っ込んでる以上な」

 尚も何かを言い募ろうとしたクライヴだったが、楽観視したようでしっかりと断言された言葉にそれ以上何かを言う事はなかった。完全に納得したわけではなさそうだが、柄にかけていた手が下ろされる。


「詳しい話はどのみち後だ。行くぞ」

「って、師匠!?」


 行くぞって言うからてっきり動きを封じた今のうちにポチに攻撃仕掛けるのかと思ったんだけど、師匠はよりにもよってポチに背を向けて歩き出していた。


「何だ馬鹿弟子。くだらない質問なら受け付けんぞ」

「えーと、どうするつもりなんですか?」

「マトモに相手してどうにかなるようなものじゃないからな。術の効果が続いてるうちに終わらせるだけだ」

 言いながら、師匠は空中に何かの文字を書くようにして指を動かしていく。その動きに合わせるように、空中には恐らく古代文字だろう光が浮かび上がる。



「……師匠がマトモに魔術師っぽい」

「よぅし馬鹿弟子、後で覚えとけ」

 喧嘩を売ったわけではないのだが、どうやら師匠のお気に召さなかったらしい。いやだって、普段マトモに詠唱だってしないような師匠だよ? 魔術師っていうか基本的には腕力――言い換えるなら物理的な暴力で解決しちゃうような人だよ? 思わず呟いた言葉は仕方のない事だと思うんだ。


 光の文字が師匠の周囲でふわふわと漂う。それらを置いていくように、師匠は空中に尚も文字を生み出しながら歩き出した。

 ポチがいる方向――ではなく、洞窟へと続く――即ち、神殿の出入口がある方向へと向かって。


「ちょ……えぇぇぇえぇぇえ!?」

「何だ、さっきから喧しい奴だな。行くぞっつったろーが」

「って、外に出るんですか!? この状況で!?」

「お前はこいつと一緒に人生に終止符を打ちたいってのか?」

「いえ、そんなつもりは全然ないです」

 というか、仮に人生に絶望したとしても、こいつと一緒に死ぬのは嫌ですよ。流石に。


「あのですね、兄弟子殿。ここ、崩壊するんです」

 何が何だかわかってない僕に、メトセラが耳打ちする。

「崩壊……って」

「崩壊というか、正確には消滅するんですけれども」

 師匠が絡むと常に被害が甚大なような気がするのは気のせいじゃないよな……何か以前も城一つダメにしたばっかだったと思うんだけど。


 ふと見ると、師匠は既にさっさと歩き始めていて、更には他の皆もその後に続いていた。うっかりしていると僕たちが置いていかれそうになっているので、釈然としないままそれでもついて行く。

「核――コアと呼ぶべきでしょうか。奴にはそれが三つあるとの事でしたけど。一応一つは破壊する事に成功したんです。けれどそれは三つある中の補助的な物だったようで、結局大きなダメージを与えたわけではないんです」

「へぇ、僕の知らない間にそんな事になってたんだ」

「え……えぇ。そうですね」


 どこか言いにくそうにしているメトセラに、深く追究していいものか考え、結局やめる。

 どう説明していいのかわからないなら聞いても抽象的な言葉しか返ってこないだろうし、言い難い内容ならばやはり聞いたとして答えが返ってくることもないだろう。

 言える内容なら、既に言っているはずだ。


「それで、今まで姿を消していたお師匠ですが……この神殿の各階層にあれと同じような術を施していたそうです」

「あぁ、ただ逃げたわけじゃなかったんだ。だよね、そうだよね……」

「このまま奴と戦ったとして、こちらもこれ以上は無事でいられる確証もないですから。この神殿の一部ごと飛ばすそうです」

「……移送方陣みたいにどこかにワープさせるって事?」

「えぇ」


 それにしては術の規模が大きすぎやしないだろうか?

 ポチそのものをどこに飛ばすのかわからないが、そう簡単に出てこられないような場所に飛ばしてある意味封印で解決、という雰囲気でもなさそうだし。

 どちらにしてもどこかに送るというなら、僕たちが何度か体験したあの移送方陣で充分だと思うのだが。


「ただ飛ばすってわけでもない。あいつも魔術を使えるようだからな。下手したら飛ばした直後に自力でまた転移して来ないとも限らない。そもそもこっちは奴がどういう系統の術を使用できるのか判別できていない。

 飛ばした先で術を唱える間どころか、脱出さえできない状況に追い込む必要がある」


 僕とメトセラの会話が聞こえていたのだろう。振り返る事もなかった師匠が告げる。

 師匠の周りで相変わらず僕にとっては見慣れない文字が躍るように浮かんでいる。


「あの……どこか遠くに飛ばすんだろうな、っていうのは理解できたんですけど……どこに飛ばすんですか?

 場所によっては誰かに迷惑かかったりとかしませんよね……?」

「問題ない。あいつを送り込む先はケルティア溶岩洞だ」


 師匠の言葉に、僕は、いや、僕以外も絶句していた。

 え……そこまでやっちゃうんですか……?

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