一瞬見えた希望と気のせいだった現実
足下はふらついたままだが、それでも彼は笑う。
「勝ち目? 確かに勝率は低いかもしれないね。けれど、だからといって愚弟に任せてばかりもいられないだろう?」
そう言って剣を手に、眼には剣呑な光を湛えてポチへと突っ込んで行くクライヴの姿を見て。
あぁ、こりゃこいつら説得して逃げるの無理かもしんない。
早々に僕は諦めモードに入っていた。
やられたら倍返しにしろとか教わってきたのかどうかは知らないけれど。
とりあえずあの兄弟は魔剣の暴走が収まって、自らの手元に戻って来た事によって戦う以外の選択肢は持ち合わせていないようだった。今僕が、ここは一旦退こうとか言った所で聞く耳持ってはくれないだろう。
本人にもやる気が漲ってるらしいので、今のうちに多少なりともダメージを与えられるならそうしておきたいところでもあるんだけど……
「メトセラ! 二人の援護を頼むよ」
ウィンディの手を引いて、僕は少し離れたカノンの元へと向かいながら声をかける。
「援護、と言われましても……」
戸惑うような言葉が返ってくるのは想定済みだ。
「ポチが攻撃しそうな所を、適当にウロウロするだけでもいいから!」
「囮になれと言うのか!? いくらなんでもそれは……!!」
非難の声を上げたのは、ウィンディだった。
「大丈夫。ポチの攻撃対象に、僕とメトセラは含まれていないから。だから攻撃しようとしたその先にいれば、攻撃するべき方向を変えようとして多少の隙くらいは作れるはずなんだ」
「どういう事ですか兄弟子殿!」
「ヴァレリアの命令はまだ生きてるって事さ」
その言葉に、メトセラもまたあの魔女が告げた命令とやらを思い返していたのだろう。一瞬だけ考え込むように視線を落とし、そしてすぐに思い至ったのか瞬時に顔が上がる。
ぐっと鎌を握り締め、メトセラはカインへと向けられた腕の先に立ちふさがるように踏み込む。ガキンと鈍い音をたて腕が鎌で弾かれるが、メトセラに向けての追撃はなく。進路上にやってきたメトセラの横をすり抜けるようにしながら、カインが突き進む。
甲高い音が立ち、炎を纏わせた魔剣が伸ばされたままの腕を斬りつけた。
ただ斬りつけただけならば、きっと大したダメージではなかったのだろう。しかし斬られた直後に回復する間もなく炎が傷口を焼けば――ポチであっても無事ではいられないはずだ。
低い呻き声のようなものがあがり、痛覚があるかはわからないが炎を消すようにポチが腕を振り回す。
「伏せろ、愚弟!」
鋭い声。普段ならばその言葉に反論を返すであろうカインだが、今はそんな状況ではない事くらい理解しているらしい。メトセラの肩を掴んで、そのまま一緒に床に倒れ込む。
下手にメトセラが抵抗したり、カインが反論していたならば、恐らくは二人も巻き添えを喰らっていただろう。たった今二人がいた場所を通り過ぎて、キラキラとした光がポチの腕へと向かっていく。
光、だと思ったものはクライヴの魔剣から放たれた氷の帯だった。
炎を消すべく振り回していた腕は、天井と繋がるようにして凍り付く。
「サンダーストーム!!」
少し離れていた場所で呪文の詠唱をしていたレオンが術を発動させる。
それを喰らい動きを止めたポチ。
今メトセラがカインといる以上、少し離れた場所で孤立した状態のレオンが一番狙われやすそうだったので、ウィンディとカノンをつれて僕はそちらへと移動を開始した。
クライヴも今ちょっぴり孤立してるっぽい位置にいるけど、まぁ彼はどうにかなると思う。
――けれど、後になって考えてみると、動きを止めたこの隙に思えば全力で逃げるべきだったのかもしれない。
低く響く咆哮。
最初それは、魔剣によるダメージを喰らったせいだと思っていた。
けれどポチにとって、その程度のダメージなど別段悲鳴をあげるほどのものでもないという事に僕はすぐに気付く事ができなかった。
そもそも痛覚とかそういうのがあるのかって話だよね。
「気を付けて下さい!!」
間延びした口調ではあったものの、レオンが警戒を促すようにして叫ぶ。そしてすぐさまウィンディに障壁を展開するように告げると、彼自身もまた詠唱を開始した。
この中では恐らく誰よりもポチについて詳しいレオンが何かを警戒するように、早口で言葉を紡いでいく。いつまでもその場に伏せているわけにもいかないだろうと判断したカインが、すぐさま立ち上がりメトセラもまた起き上がる。
視線を巡らせ、メトセラはすぐさまカインとクライヴを庇えるであろう位置に移動した。
ポチを挟んで向かい合うようにしている僕たちの中心で、尚も低い音が響く。
「レオン、障壁はどちらに展開させるのじゃ?」
いつでも発動可能な状況にもってきた段階で、ウィンディが困惑したように問う。
詠唱真っ最中のレオンは返事ができるわけもなかったが、ピッと指し示したのはメトセラたちがいる方向だった。
こっちは大丈夫なんだろうかという思いがないわけではないが、真っ先に自己保身に走りそうなレオンがメトセラ側に障壁を、という判断を下した以上こっちはこっちでレオン自身がどうにかするつもりなのだろう。
低い低い音。ずっと一定の音量で笛を鳴らし続けたようなその音は、だがしかし唐突に止まる。
「アイスストーム!!」
レオンが術を発動させたのは、それとほぼ同時だった。
決して狭くはない室内で、氷の礫をともなった風が吹き荒れる。
「うーわ、寒ッ!!」
まさかそうくるとは全く思ってなかった僕が思いっきり緊張感の欠片もない叫びをあげたが、だからといって術が止まるわけでもない。
レオンが唱えた術もそこそこ高位の魔術だったような気がするが、いくら僕が寒い思いをしたからといって僕に向けられた術でもないので、その余波をもろに喰らう。恐らく僕が無効化するとなると、あの氷の礫が僕目掛けて直撃とかそんな状況だろう。
氷どころか雪も混じって、室内はどんどん白くなる。視界が白で覆われそうになる直前、何かが見えた。赤でも青でもなく、黄色い光。
赤か青ならば、障壁の中でどちらかの魔剣の力を使ったのだろうと思ったが、黄色……?
首を傾げて疑問に思う間もなく、それは来た。
周囲を飛び交う氷の礫とぶつかり合ったのか、やたらと鈍い音が連続的に響く。
何が起きたのか、僕にはすぐに理解できなかった。
この場でマトモに魔術を扱えるのは、レオンとウィンディだけのはずだ。
いや、一応魔族でもあるカインやクライヴ、カノンだって使おうと思えば使えるはずだが僕たちに気付かれる事なく詠唱して発動させるとかいう事は難しく思える。
レオンとウィンディが詠唱してる間は、まだ視界もハッキリとした状態だった。魔術を発動させるつもりだったのは、この二人だけのはずだ。
……では、このどう見ても魔術としか思えない、黄色い光は何だろう?
レオンの術に対抗するかのように、光は拳大の塊となり、周囲を飛び交う氷の礫と激しくぶつかり合う。
「うーん……ちょっとヤバいかもしれませんねぇ……」
ぽつりとレオンの呟く声が聞こえた。
「ちょっとレオン、どういう事!?」
背後にいるであろうレオンに向けて、問いかける。
「ヴァレリアがどうやって遠隔操作を可能にしたのか、とかまぁ疑問は色々あったんですけど……まさかポチが魔術を使えるようにまでなってるとは思ってもみませんでした」
視界を白で染め上げていたレオンの魔術の効力が、徐々に弱まっていく。雪と氷に反射するように黄色い光がチカチカと輝く。
「え、じゃあこの光ってアイツがやったの!?」
「まさかさっきの呻き声のようなものが……詠唱だというのか?」
僕以上に驚きの声を上げるカノン。言われて僕もあれが詠唱だという事に気付かされた。
奴が魔術を使えた、という事実もそうだが、あれが詠唱だったという部分で二度ビックリだよ。
寒々しい風と、飛び交う氷の礫。そして黄色い光。それらが相殺し合ったのか、レオンの術の効果が消えた頃には一応黄色い光も消えていた。
残ったのは、室内にうっすらと積もった雪とそこらに転がる氷の塊。
「……何とか、なったんでしょうかねー……?」
どこか釈然としないようなレオン。どこに疑問を抱く部分があったのか僕にはわからないが、レオンには思う部分があるのだろう。
……一瞬このままレオンが頑張って活躍してくれれば師匠が戻ってこなくてもどうにかなるんじゃないかなー……なんて思ったりもしたのだが。
レオンが更なる活躍を発揮するより先に、再び咆哮が響いた。
先程よりも短いそれに呼応するように、再び黄色い光が多量に出現する。
先程と違うのは、それが拳大の大きさの礫などではなく、果物ナイフのような形をしているという点くらいだった。……いや、危険度増してるよね!?
「まさか……あれは詠唱短縮も兼ねてるっていうんですかー……!?」
何がまさかなのかはわからないが、レオンの呟きからするにとにかく状況は悪い方へ傾いているようだ。
ちょっと師匠ー、ホント戻ってきてどうにかしてくださいこの状況……!!
他力本願と言われても、正直僕たちだけでどうにかできるとは思えません……!!




