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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
二 続・弟子の章

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割と打つ手のない状況と、暴走した魔剣



 どう動くのが最善なのか。何をするのが最良なのか。

 一つでも何かを失敗すれば、最悪の結果になるかもしれない。

 そんな状況の中、僕はただ何もせずに突っ立ったままのカインのもとへと向かった。


 メトセラとレオンが注意を引き付けているうちに、こちらとしては少しでも戦況をマシな状況にしておきたい所なのだが。

 どうにかなる予感が全く無いというのも困ったものだ。


「ちょっとカイン、いつまでボケっとしてるのさ!?」

「……好きでやってるわけじゃない」

「じゃあ」


 言いかけた僕を制するように、カインは右腕をそっと僕の視線の高さまで持ち上げる。


「……え……?」


 僕たちがここに駆け付けた時には全く気付かなかったが、間近で見る事でようやく気付く。

 カインの腕は、うっすらと氷に覆われひんやりとした冷気を放っている。

 いつからそうなったのかはわからない、が、肘から指先まで凍り付いているのは確かな事実だった。

 しっかりと凍り付き、溶けかけた様子もない。ただ、氷漬けになっているわけでもないので無理矢理にでも動かせば氷そのものはどうにかできそうな気もする。


「何で凍ってるわけ?」

「魔剣の力だ」


 僕の今更のような疑問に、あっさりとした返答が返ってくる。

 魔剣……となると、クライヴが継承したというホワイト・スノウの力か。


「……って、何でまた」

 まさかこの状況で性懲りもなく兄弟喧嘩なんてものをおっぱじめたとかじゃないだろうね?

 そんな思いがあったせいか、若干呆れたような口調になるのは仕方のない事だろう。


「単純な話、魔剣の力が暴走しただけの事だ」

「暴走……って」


 一体どういう流れでそうなったのか。僕には想像がつかなかった。

「じゃあ、クライヴのあの怪我は、魔剣が暴走してああなった、って事?」

「半分はそうだ」


 半分。半分ってどういう事だろう?


「ウィンディを庇おうとして立ち塞がったまでは良かったんだがな……」

 溜息混じりにあの愚兄……と吐き捨てるカインは、さらりと僕たちがここに来るまでの間に何があったのかを告げる。


 ――この場所に駆け付けたカインとクライヴは、カノンそっちのけでウィンディに狙いを定めたポチから彼女を守ろうと立ち塞がった。そこまでは良かったのだ。

 しかしポチの圧倒的な腕力にやはり圧され気味となり、対抗するために普段は抑えている魔剣の力を解放するしかないという事になったらしい。

 いくら継承したとはいえ、魔剣は魔剣。力の使い方を誤れば、所有者でさえ危険な目に遭うのは言わずもがな。


 けれど今回はそんな悠長な事をのたまっていられるような余裕もなく。

 クライヴは魔剣の力を最大解放した。


 しかしクライヴもカインも魔剣を継承してから今の今まで、魔剣の力を最大解放した事はなく。だからこそ、暴走した力を瞬時に抑える事ができなかったのだろう。

 クライヴの持つ魔剣、ホワイト・スノウはポチを凍り付かせようとその力を揮ったそうなのだが、その力の影響を受けてか、今度はカインの持つ魔剣、クリムゾン・フレアが力を解放した。

 継承者であるカインの意思を無視して。


 クリムゾン・フレアが力を増幅させたのか、競うようにホワイト・スノウの力も更に上昇――クライヴが気付いた時には既に手遅れだったのか、二つの魔剣は暴走し――ポチへと力を発現させただけならともかく、その力は反動でクライヴにも襲い掛かる事となった……

 近くにいたカインにもホワイト・スノウの力は及び――こうして右腕が凍り付いたというわけである。


「でも、その腕が魔剣の力のせいなら、カインの魔剣を使えば元に戻せるんじゃないの?」

「普通はそう考えるだろうな」


 どこか他人事のように返すカインに、恐らくまだ魔剣の暴走は収まっていない事を知る。

「えぇと……拾いに行かないのはつまり、まだ魔剣の暴走は続いていて持ち主でさえも巻き込むから……?」

「あぁ、むしろ俺の腕がこうなっているせいか、今クリムゾン・フレアは俺の事を継承者として認識してるかどうかも疑わしい。継承者が分かれたとはいえ、あの魔剣はそもそも対存在。更に今、力が暴走している事もあり、俺は今ホワイト・スノウの敵――つまりクリムゾン・フレアの敵と認識されているらしい」


 淡々と告げるその言葉は、この状況を好転させるものではない事だけは確かだった。

 レオンが使い魔を通して見ていた間から、僕たちをここへ誘導している間の空白の時間に起こった出来事は把握できたが……魔剣を使えないどころか利き腕さえ使えない状態のカイン、現在治療中ではあるが、回復までにはまだ時間がかかりそうなクライヴ、そして……大分消耗の激しいカノン。


 ……クライヴが回復するまでの間の時間を稼ぐにしても、クライヴが復活したからといって魔剣の暴走が収まっているかどうか……というか、クライヴ一人復活したからといってこの状況がどうにかなるとも思えないし……


 これはもう、クライヴの意識が戻ったらさっさと逃げた方がいいのかもしれないなー……

 考えてもみてほしい。好転する要素がまるでない現状。戻って来る気配のまるでない師匠。

 他にも問題は山のようにあるけれど、どれから解決できる? そもそも僕たちがどうにかできる問題だろうか?


 考えすぎて頭から湯気がでそうな気さえしているこの状況の中。

 さてどうしたものかとそれでも頭をフル回転させる。

 僕の中ではもうとっとと逃げるのが一番いいような気がするんだけど。

 だがそう簡単に見逃してはくれないだろうなぁ……何せポチは魔女の命令を忠実に聞いているのだろうから。


「ん、あれ……?」

 魔女の命令。

 それをふと思い返す。


 それからじっとポチの動きに注目してみた。



 ……今もなお変わらず、メトセラは大鎌を振るっている。ポチはそれをうるさそうに腕で振り払い――

「あぁ、そうか……」

 ポチはメトセラの攻撃を受け流してはいるが、メトセラに対して率先して攻撃はしていない。ポチが狙っているのはどちらかというと、その後ろで詠唱しているレオンだ。その証拠にさっきから詠唱の合間にヒィ! とか、うわぁ! とかいう悲鳴が聞こえてくる。

 メトセラはメトセラで、やはり私など取るに足らぬ存在という事か……などと苦々しげに呟いていたりする。

 けれど――違う、そうじゃない。


「……となると……」

「おい、さっきから何をブツブツ言ってやがる?」

 僕のすぐ近くにいるカインが訝しげに聞いてくるが、今はそれどころではない。

 魔女という単語でついさっきまでの出来事まで芋蔓式に思い返してしまったが、それに関してもふと思いついた事が一つ。


「カイン、ちょっとここで待ってて」

「あ、おい!」


 正直危険な事はあんまり試したくないんだけど……この際そうも言ってられない。

 僕はメトセラの方へ向かって走り――僕に気付いたメトセラが悲鳴じみた声をあげる。

「兄弟子殿!? 危険ですッ!」

「メトセラはそのままレオンお願い!」

 慌てて僕の方へと向かおうとするメトセラを制止して、僕はポチへと接近する。

 一瞬だけ、ポチがこちらに注意を向けたようだが、それだけだった。今の所僕に攻撃を仕掛けてくる様子はない。そのまますぐ近くに落ちていた二振りの魔剣へと手を伸ばす。


「おい馬鹿やめろ!!」

 カインの鋭い制止が飛んだ。それはそうだろう。

 何せ魔剣。継承者以外の者は一切受け入れないという魔剣。

 同じ魔剣であってもクライヴの持つ魔剣をカインが持つ事はできないし、その逆もまた然り。

 継承者でもない僕が触れれば恐らく魔剣は全力をもって僕を拒絶する事だろう。だが――


 魔剣の持つ魔力、魔剣と呼ばれるくらいだし、それはもう相当なものだろう。

 それは賭けでもあった。魔術、ではなく魔力。この違いはある意味微妙な所だ。

 僕に対して効果がないのが中級魔術と思しきものと、上級魔術に分類されるであろうもの。

 魔剣の放つ魔力がこれと同じ分類であるならば、僕に対して効果はない……はずだ。

 しかしそうでなければ、僕の身は確実に危険に陥る事となる。


 二つの魔剣に伸ばした手が、ほんの一瞬止まる。

 けれど、ここで止めたからといってそれで危険が去るわけでもない。どっちにしろ危険があるなら、せめて少しでも先に繋がる選択をするべきだ――そう自分に言い聞かせて、僕は半ば無造作に落ちていた魔剣を手に取った。


「兄弟子殿!?」

「ッ、王子!?」


 直前で僕がやろうとした事に気付いたのだろう。メトセラとほぼ同時に、カノンの声が聞こえた。

 ごう、と風とはまた違った音が響く。まるでお互いに反発しあうように、魔剣からそれぞれ紅い光と蒼い光が立ち上る。

 重力とも風圧ともつかない圧力が僕にかかる――が、予想していた程のダメージはこなかった。


 一応、魔術であれ魔力であれ、それが僕に対して高威力のものであるならば、どうやら無効化されるようだ。確証のない事ではあったが今はとにかく上手くいった事を素直に喜ぶべきだろう。

 カタカタと小さく音が鳴る。まるで僕から逃げようとするように、自分の主はお前ではないと言うように二つの魔剣が小刻みに震えていた。精一杯の自己主張をするかのように、魔剣が放つ光も増す。


 ぐん、と何かに引かれるような衝撃は、直後の事だった。

 予想していなかった出来事に対処しきれず、僕は思わず魔剣から手を離す。

 魔剣に足が生えていたなら、すたこらという音でも立てていたであろう。それくらい一目散に、二つの魔剣はそれぞれお互いの主の元へと吸い寄せられるように飛んでいく。直後、ガッと音をたて、刃が傷むんじゃないかと思う程の勢いで床に突き刺さった。


 暴走した力の行先は、恐らく先程僕に向けられていた。そしてその力は、僕が無効化したはずだ。

 一時的とはいえ主を敵と認識していた魔剣が、自らの意思でもって戻ったという事は恐らく暴走も治まったのだろう。


「カイン」

 名を呼ぶ。それ以上は何も言わず、僕はただ親指を立ててみせた。手遅れだとは思いつつも、それでも僕を止めようと踏み出しかけていた足を戻し、すぐ傍に突き刺さっている魔剣にカインは無言のまま手を伸ばす。じゅっと音をたてて、腕を覆うようにしていた氷が一瞬にして溶ける。

 本来の主の所へと戻って来たとでも言わんばかりに、魔剣が自らカインの手に収まったかのように見えた。


「おい小娘、下がってろ!」

 大鎌を弾き返されたメトセラに声をかけ、カインがポチへと斬りかかる。本人も魔剣もやる気満々のようで、魔剣からは炎が迸ってさえいる。離れて見てるとはいえ、何となく暑苦しい。



「――ちょ、まだ完全ではないのだ、無茶をするでない」

 焦ったような声が聞こえそちらへと目を向けると、魔剣を杖のようにして身体を支えているクライヴの姿と、制止しようとしているウィンディの姿。


 ……とりあえず一命は取り止めたようだ。

 僕としてはここから逃げるのを推したい所なんだけど、果たして魔剣の継承者二名が素直に了承してくれるかどうかだが……流石に置いて逃げるわけにもいかない……よねぇ?

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