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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
二 続・弟子の章

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逆鱗と戦略的撤退



 現状を考えると決して僕たちに有利な状況でない事はわかっている。

 それはメトセラだって理解しているだろう。

 だからきっと何かの考えがあるんだろうな、とは思うんだけど……

 正直今のこの状況、とても心臓に悪いです。



「雑魚……ですって……? お人形さん、貴女随分言うようになったじゃない」

「身代わりがいなければ何も出来ないのは昔からだろう? 事実を述べたまでの事。それとも、ここまで言われてなお、その白いのの手助けがなければかつての影武者の始末さえできないか?」


 こちらからメトセラの表情は見る事ができない。しかし、正面にいる魔女からはハッキリと見えているのだろう。ヴァレリアの表情が、醜く歪む。ぎりっと唇を噛み締めるのが見えた。

 時間にしてたった数秒、いや、それ以下だったのかもしれない。

 噛み締めた唇から血が流れかねない程だったが、どこかで思い直したのか、ふっと力が緩む。


「……ッ!?」


 てっきり怒りの形相でも浮かべているものだと思ったのだが、ヴァレリアの表情は僕の予想とは違っていた。まるで能面のように、表情を消してただメトセラを見据えている。

 素直に激怒してくれた方がマシだと思うのは、果たして僕だけだろうか?


 明らかに何かヤバい地雷でも踏んづけたとしか思えないのだが、メトセラは動く気配さえ見せない。



 ――かつんっ、と高らかな音を立てたのはメトセラではなくヴァレリアだった。

 ヒールがへし折れかねない勢いで、魔女はポチの肩から飛び降りた。実際ありはしないだろうが、あまりの勢いに床に小さな穴が開くのではないかと一瞬でも思ってしまうような、そんな勢いだけは無駄にあった。

 それを見てか、メトセラがふ、と小さく息を吐く。


「何だ、わざわざ自ら動く気になったか? てっきり年のせいで身体の自由がロクにきかないのかと思ったぞ?」


 ちょぉぉぉおおおお!! メトセラァァァァァァァアアア!! これ以上相手を刺激しないでー!!

 と叫びたいのは山々だが、きっと、何か考えがあるんだろう。あるんだよね? そうだよね? 信じてるからね!?


「普段ならまだ眠っているような時間帯にわざわざ夜襲をかけに来たくらいだ。まぁ動けるに決まっているだろうけど……まさかとは思うが単に早く起きたから、とかではあるまいな? 年寄りの朝は早いと言うが」


 どこか嘲るような口調。今までのヴァレリアなら簡単に激昂しそうな態度。

 けれど、ヴァレリアの表情はぴくりとも変化しなかった。


 凪いだ海のように……と言うのは少々違うか。……嵐の前の静けさと言った方がしっくりくるかもしれない。

 隙間なんてないはずなのに、どこからともなく風が吹き込んできたような気がする。

 ざわざわと、背中が妙にむず痒くさえ感じて後ろを確認したかったが、下手に後ろを向いた瞬間何かが起こりそうな気もして、動くに動けない。


 すっとヴァレリアが片手をあげる。

「貴方は、この子たち以外の相手をしてきなさい。この子たちはワタシが始末するわ。――お人形さんのお望み通りにね」

 ポチに命を下し、魔女はその上げた手をこちらに向けて突き出した。


 それと同時だっただろうか。

 ポチが一瞬で距離を詰めてくる。そのままの勢いで攻撃を喰らえば、まず間違いなく致命傷を喰らいかねない程の勢いだったが、しかしポチは僕たちの横を素通りして駆けていった。


 風が、僕たちの服と髪を揺らす。



 ……レオンの話だと、遠隔操作は無理みたいな事言ってたけれど、どうやら魔女はそれを可能に仕立て上げたようだ。

 ポチとヴァレリアを引き離す、という意味ではこれはこれで成功かもしれないけど……



 僕たちだけでヴァレリアをどうにかしないといけない状況に確実になってるよね……

 危機的状況を全く脱し切れてないのはどういう事だろう。むしろこれ確実に追い込まれてる気がするんだ。



 怒りが頂点に達すると笑いだすとか、逆に無表情になるって人がいると思うんだけど。

 どうやらヴァレリアは後者の存在だったらしい。

 キーキーと師匠相手にヒステリックに喚いていた時の方が、もしかしたらいくらかマシだったのかもしれない。正直な話、すんごい怖いです、師匠。



 突き出された掌。そこから魔術が放たれたのは、ポチが僕たちの横を駆け抜けていった直後だった。

 威嚇とか小手調べとかそういったものは一切無いのだろう。容赦なく、ただ仕留めるための術。

 勿論喰らえばタダでは済まない。

 だからこそ、僕もメトセラも反射的に飛び退いてかわす。


「……お師匠の言う通り一応成功はしたものの……これから先どうしましょうか、兄弟子殿」

 あぁ、やっぱりさっきのあの挑発通り越して自殺発言としか思えないものは、師匠の入れ知恵か……と思わず遠い目をしてしまったのは仕方のない事だと思う。

「どう……って、メトセラに何言ったのか知らないけど、師匠はとにかく時間を稼げ、としか言ってないからね。というか、僕たちっていうかむしろ僕に魔女が倒せるとは師匠も思ってないでしょ流石に」


「私もお師匠からはとりあえずこんな感じの事を言えば多分どうにかなるって言われてメモを渡されただけですし……正直ここから先をどうするかまでは考えてません」

「うん、それはまぁ、メトセラの手を見てればわかるよ……」


 言われた事を実行して、その後の事までは考えてなかった。それはそれで間抜けな話だが、緊急事態すぎて仕方のない事なんだと言い聞かせる。

 言ってしまった手前、引くに引けない状況になってしまったが、それでも立ち向かうつもりはあるらしい。メトセラの手はついさっき以上にカタカタと震えている。大鎌を持つ手が覚束ないってそれかなり危ないんじゃないだろうか。

 だからといって僕にそれをどうにかできるわけはないのだが。


 などという会話の間にも、何発か魔術が発動していたわけだが、運がいいのか今の所当たる事もなく何とかかわしてはいる。これが物とか置いてある部屋だったりしようものなら、間違いなく途中ですっ転んでそうだな……メトセラはともかく僕が。

 だからといって状況的に有利であるとは決して言えないんだけど。


 淡々と魔術を発動させていたヴァレリアだが、今の所全てをかろうじて避けている僕たちに業を煮やしたのだろう。術の発動が、一度止む。

 ……諦めてくれる、なんていうのは流石に都合が良すぎるか。

 魔女と呼ばれるくらいだし、当然ながらまだまだ魔力に余裕はあるだろう。

 乱発させて数にもの言わせていけば、そのうち当たるかもしれない。だが、無駄に魔力を消費して肝心な所で使用できなくなるなんて事も有り得るわけで。


 その状況下で師匠がいれば、師匠は迷う事なく魔女にトドメを刺すだろう。

 ていうか、あの人は隙を見つけたらとりあえず全力で突く人だ。やる。確実にやる。


 恐らくはそのある意味最悪の状況をヴァレリアも想定したからか、手っ取り早く、最小限の労力で僕たちを片付ける算段でも練っているのだろう。

 逃げるのなら、今のうち……だとは思うが、それを実行に移そうものなら攻撃が激化しそうなのもまた事実。

 動くに動けないというのを、薄々メトセラも感じ取っているのか大鎌を構えたまま何とか隙を見つけようと忙しなく視線を動かしている。……物陰に隠れてやり過ごす事も、奇襲を仕掛ける事もこの何もない通路じゃできないから、そもそも隙を突く事もできそうにないのだが。


 ……最悪、致命傷を受けないようにある程度の攻撃を喰らう事を想定して逃げるのが、やはり一番無難なのかもしれない。どちらにせよ、僕にもメトセラにもヴァレリアをどうにかできる実力は到底ないだろうから。


 しんと静まり返った通路に、ポチの肩から降りた時よりは小さく、けれどそれでもよく響く靴音がする。かつん、という音――いうまでもなくヴァレリアだ。


「ッ!? 兄弟子殿ッ、逃げましょう!!」


 ヴァレリアの意図に気付いたのか、メトセラが焦ったように声を上げる。それとヴァレリアが駆け出してこちらに向かってくるのは、ほぼ同時だったように思う。


「当たらないなら、直接叩き込めばいいだけの話よね!!」


 あぁ、うん! 確かにその通りなんだけども。

 そういう方向にポジティブになるのは勘弁してほしかった。魔女、という言葉に騙されそうになるが、仮にもメトセラを影武者として育てあげたのだ。彼女自身、それなりに武術にも精通しているだろう。

 ……正直武術の心得なんて何一つない僕がどうこうできる相手じゃない。


 ほとんど本能の赴くままに、僕はメトセラの手を引いて逃げ出していた。


 僕が今ここで役立てそうなのは、師匠の元で培った逃げ足だけだからね!!

 ……言ってて情けないのは自分がよぅくわかってるさ!!

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