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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
二 続・弟子の章

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33/93

妹弟子と火に油



 最後まで諦めてはいけないという気持ちと、人生諦めが肝心だよねと自分に言い聞かせて楽になろうとする気持ち、両方が僕の中で揺らめいている。

 最終的に楽になれるのは、果たしてどちらなのだろうか……?


 たった今目の前で消えた師匠。

 自分一人だけ空間転移の術を用いてこの場から消えた師匠。


 残されたのは当然の事ながら僕と、背後に迫っている魔族の造りし『ドール』の初期型。そしてそれを操る魔女。

 明らかに絶望的な状況だった。


 師匠が仕掛けた術の効果が切れたのだろう。動きを止めていたはずのポチの足音が聞こえる。

 目の前で師匠が消えた事により、思わず足を止めていた僕がそれに気付いた時には、既に結構な距離を詰められていた。

 今から逃げたとしても、恐らくあっさりと捕まるだろう。


 背後で、魔女の笑う声がする。

 当然だろう。僕が魔女の立場なら、間違いなく笑う。弟子を置いて一人さっさと姿を消す師匠、なんてものを見せられた日には。しかもその置いていかれた弟子が、実力的に申し分ないとても頼りになる相手ならいざ知らず、実際にはロクに魔術も扱えないそこらにいる一般市民とそう変わらない相手では。



 正直魔女がこうしてやって来る前までは、僕は師匠の足手纏いにならないようにしようとか、うっかり人質にならないようにしないとなぁとか考えていた。それは今でも思っている。

 でもこの状況って、明らかに人質にしようと思えば容易く実行できる状況だよね?

 ちょっと今からでも師匠に恨み言の一つや二つ聞いてもらえるなら、夜通し延々と語り尽くしたいんだけど。


 今から逃げてもすぐに追いつかれるのはわかりきっている。

 だからこそ僕は、ヴァレリアを視界に入れるようにして方向転換して向き合う。

 僕と魔女との距離、大体一メートル。思った以上に至近距離すぎて、内心で悲鳴を上げた。

 ポチの大きさから考えて、実際の間合いはもうちょっとあるのだろう。この建物の壁をぶち破ってくるくらいだし、師匠やレオンの話を聞く限り、ポチの力は相当ある。

 せめて間合いギリギリくらいまでは距離を取りたいと思いつつ、じりじりと下がる。すぐさま背を向けて逃げ出さなかった事が幸いしたか、魔女は悠然とこちらをただ見下ろすだけだった。

 それはそうだろう。師匠ならともかく僕ならば逃げたとしても追いつくだけなら造作もないはずなのだから。


「見事に置いていかれたわねぇ?」

「……ソウデスネ」


 それこそ、新しいおもちゃでも見つけたかのような目で見てくる魔女に、これどうやって引き離せって言うんだろうか……と考える。

 師匠が引き離せと言ったから、ではない。

 レオンの話を思い出す限りでは、遠隔操作はできないと言っていたはずだ。ヴァレリアがポチを自分の都合のいいようにカスタマイズしたとしても、そう簡単に複雑な操作を受け付けるようにはできていないと思われる。


 っていうか、自爆用特攻兵器みたいな代物で挙句使い道がなくなって凍結されたものを、そんな簡単に改造できるなら今ここでこうしてヴァレリアが姿を見せる事もない、はずだ。


 じりじりと、少しずつ距離を取る。通路は今の所一本道。下がりすぎて背中が壁にぶつかるなどというベタな展開にはならない。


「どうしようかしら……今のを見る限り、貴方を人質にした程度じゃゲイルはノコノコ姿を現してくれそうもないみたいだし。かと言って貴方の外見じゃぁ、身代わりのお人形さんにもならないし」


 顎に手をやって考え込む素振りを見せてはいるが、実際はどうするつもりかとっくに決めているのだろう。

 口許が、僅かに弧を描く。


「邪魔されるとは思わないけど、潰しておきましょうか」


 魔女の言葉に反応するように、ポチの腕が僕目掛けて振り下ろされる。

 そう来るだろうなとは思っていたので、転ばない事だけ注意してヴァレリアの方を向いたまま、後ろへと走り出す。

 この辺りは一応毎日のように通っていた場所だ。

 障害物になりそうなものが無い事は、掃除をしている僕自身、一番わかっている。


 数メートルを後ろ向きで走っていたが、何度目かの腕の攻撃をかわしたついでに身体を捻って方向転換をして。正直師匠に感謝なんてしたくもないが、師匠のせいで逃げ足だけは無駄に鍛えられている。速さで敵わなくとも、ポチが入り込めないような場所まで逃げ切れれば、多少の時間は稼げるだろう。


 ……まぁ、壁を容易く破壊してくるような相手にそれがどの程度通用するかって突っ込んでしまえばそれまでなんだけど。


 ひゅっと風を切るような音が背後で聞こえて。

 振り返って確認する余裕などないので、反射的に身を低くする。重心を急に変更したせいと、体勢を若干崩した事により転びそうになるが一応今の選択は間違っていなかったらしい。

 恐らくは僕の頭でも叩き潰そうとしたのであろう腕が、空振ってそのままの勢いで壁に当たったらしい音がした。

 正直いつまでも攻撃をかわしながら逃げられる余裕はない。早いとこどうにかしないと、本当に僕の人生ここで終了する。


「まぁ……思った以上にちょこまかと……」


 恐らく今の状態は、向こうにとっても準備運動のようなものなのだろう。

 師匠に対するような、敵対心満々なものは言葉から感じ取る事はなかったけれど。それが果たしていつまでもつ事やら。


 このまま突っ走れば、とりあえず僕の自室には辿り着くけれど……僕は武器らしいものも持ってないしこの状況じゃ部屋に逃げ込んでも無意味だろう。僕の自室じゃなく、他の誰かの部屋ならば、全力で叫んで助けを求めるんだけどなぁ……



「兄弟子殿、伏せて下さい!!」


 求めるよりも早く、助けが来たらしい。言われるままに、僕は体勢を更に無理矢理低くする。

 それとほぼ同時だっただろうか。

 前方から、メトセラがレオンから借りたのか譲り受けたのか微妙なままの大鎌がブーメランのように飛んできたのは。

「ひぃ!?」

 喉の奥に張り付くような悲鳴をあげてしまったのは、仕方のない事だと思う。


 ついでに、一歩間違えば僕の首がすっ飛んでいたという事実に、反射的に自分の首を両手でおさえていた。良かった……当然だけどちゃんとくっついてるよ。


 がきんと音を立てて、鎌が落ちる。

 どうやらポチが振り落としたらしい。

 それとほぼ同時に、ポチの足は止まっていたようだ。


「……誰かと思えば、お人形さんじゃない。まだこんな所に居たのねぇ?」


 先程までとは違う、明らかに不機嫌な声色。

 助けが来た事に喜ぶべきか、魔女の機嫌が悪くなったことにより事態が悪化するかもしれない事を嘆くべきか……



 どうでもいいけど師匠、時間稼ぎってまさか自分が遠くへ逃げるための時間じゃないでしょうね?

 そんな不安に駆られるのも無理のない事だと思う。


 かつん、と音をたてながら僕が進もうとしていた方向から姿を現したのは、当然の事ながらメトセラだった。

 険しい表情で、僕の背後――魔女がいる場所を見据える。


「――ご無事ですか? 兄弟子殿」

「う、うん。今の所は……」


 正直ちょっと酸素が足りてないような気がするけれど。それ以前に、メトセラの方が大丈夫なんだろうか?


 大したダメージを与える事なく床に落ちた鎌を拾うと、メトセラはそれをしっかりと構えなおす。

 表面上は平静……に見える。

 しかし先程の声はやや固かったし、鎌を持つ手もよく見れば僅かに震えている。


 助けが来た事に関しては喜ぶべきなのかもしれないが、あまり長い時間対峙していてはいけない気がひしひしとする。


「私が、どこにいようと既に貴様に関係はない」

 重々しく、吐き出すように告げる。言われた魔女はポチの肩の上で足を組み、口許に手を当ててコロコロと笑う。


「えぇ、えぇそうね。わざわざ逃げ出した挙句また姿を見せた所でお人形さんの末路は決まっているものね。どんな最期を遂げようとどうでもいい事だわ」

 笑っていたはずの魔女の表情が、一瞬にして冷ややかなものへと変わる。それと同時にポチの腕が薙ぎ払うようにして襲い掛かってきた。


「っ!?」

「メトセラッ!?」


 咄嗟に鎌でそれを受けるようにしたのが良かったのか。直接喰らう事はなかったけれど、それでも相当な力でもって振り払われたのだろう。

 鎌を両手で持ったまま、メトセラは後方へと吹き飛ばされた。そのままの流れで僕に攻撃が来る前に、僕はメトセラを追いかけるように走り出す。


「……大丈夫です、兄弟子殿」


 追いついた僕に、メトセラはそれだけを言うと鎌を支えに起き上がり、再び構える。

 あくまでも立ち向かう姿勢を見せるメトセラに、早いとこ逃げようと言い出したかったがどちらにしても難しいのは明らかだ。

 身を隠せるような場所ならまだしも、もうしばらくは一本道のままだ。途中に部屋があるにはあるが……下手にその部屋に入る方が危険だと言える。


 ……と、メトセラがふいにごそごそと懐から一枚の紙を取り出した。

「えぇと……メトセラ?」

 意図がわからず問いかける。こちらからは書いてある内容がわからないが、メトセラはざっとそれを読むと、小さく頷いて紙を再び懐へとしまう。


 ヴァレリアは、どうせ僕たちだけなら逃げ切る事もできないと踏んだのだろう。

 あえてゆったりとした速度で、僕たちの方へとやってくる。


「ぅわっ!?」


 僕はというとメトセラに腕を引かれ、彼女の背に隠れるような位置へと移動させられた。正直庇われる事が情けなくもあるが、実力的な意味で仕方のない事なのだろう。下手にでしゃばって足を引っ張るよりは大人しくしている方がいい。


 近づいてきていたポチの足が止まる。

 一定の距離を取ってはいるが、それでも既にポチの間合いに入っているのだろう。仮に間合いの外だとしても、肩に座る魔女が魔術を使えば間合いなどあってないようなものだ。


 ふっと、鼻で笑うような声が聞こえた。魔女ではない。

「……メトセラ……?」

 俯いていて彼女の表情は見えない。けれど、やはりメトセラなのだろう。怯えてみせこそすれ、笑うような余裕はないと思っていた魔女が訝る。


「虚勢にしても笑える余裕はないと思っていたのだけれど……まさか自棄にでもなったのかしら?」

 貼り付けたような笑みを浮かべて、メトセラと同じように鼻で笑う。嘲るような笑いに、しかしメトセラは怯みもしなかった。


「自棄……? ふん、その必要はない。相も変わらず自らの手を汚す覚悟もない他力本願の雑魚相手に私がそうなる必要性がないからな」


 その言葉に、確かに周囲の気温が下がるのを体験した。



 ちょ、ちょっとメトセラさーん!? 何唐突に火に油注ぐような事言っちゃってるんですか!?

 え、何これ師匠の差し金!? そうだとしたら何言わせちゃってんの師匠ー!

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