名前の由来と長い一日
これ程までに一日が長いと感じたのは、いつ以来だろうか。
師匠の話を聞いて、言いたい事はもっとあったような気がするけれど。
結局、何をどう伝えたかったのかがわからなくて、そのままだった。
今回、ヴァレリアがやって来る事がなければ僕は自分の出身地を知る事もなく、そして師匠の過去を知る事もなかったのだろう。
ポチが造られる切っ掛けとか、そこら辺は正直どうでもいい。
そっちはそっちでカインやらクライヴやらが悩むなり受け流すなりすればいいのだから。
知ってしまったからとはいえ、何かが変わるかといえばそうでもない。
強いて言うなら……師匠、アンタ人の身体になんてもん仕込んでくれたんですか、という部分だろうか。僕を生き返らせるとかいう理由もあったかもしれないけど、要するに魔王の残骸を封印する器にしてみたって事じゃないですか、それ。
まぁ、いきなり魔王が僕の身体を乗っ取ってどうこうって展開になりそうにはないのが救いと言えば救いだが。
あの後、ヴァレリアとポチに対抗するための作戦のようなものを幾つか話し合っていたが、結局話し合いは纏まらなかったように思える。
それはそうだろう。詳しい事のわからないポチに対抗するにしても、大まかな情報しか知らないのでは。ヴァレリアに関してならもう少しマシな案も出ていたような気がするが、それもどのみちヴァレリアが姿を現さなければ意味のない事だ。
既にいつ現れても不思議ではない状況。だからこそ、油断だけはしないように、としっかり言われた。
僕が油断してもしなくても、結果は変わらないと思うのは決して僕の気のせいではないだろう。精々人質にならないようにするくらいか。
洞窟の奥深く、日の光が一切差し込まない場所だから時間の感覚が狂いがちだが、時刻は既に完全な真夜中らしい。多少眠りはしたものの、頭の中で今日一日の事がぐちゃぐちゃになっていて、寝た気がしないままに目が覚めた。
……かなり早いけど、明日の朝の準備でもしようか。どのみちもう一度横になった所で眠れないのは今までの経験から何となくわかる。
「――で、どうして師匠はまだ起きてるんですか?」
明日の朝食の仕込みでもしてしまおうと思いキッチンへ足を運ぶと、そこには何故か師匠がいた。
「どうして……って、お前が変な時間に起きてどっか行くみたいだったからな。何か変な事でもやらかすんじゃないかと思って後をつけてたんだが、途中から何となく先回ってみた」
「師匠はホント、こういう時だけは無駄に能力を発揮しますよね」
力の使い方を明らかに間違えているとしか思えない。
いや、魔王だからってそれらしく世界中で暴れまわられたらそれはそれで困るんだけど。
「……あいつらがいると余計な便乗されそうだったからあの時は受け流したが、とりあえず今なら恨み言の一つくらいなら聞くぞ?」
「殊勝ですね随分と。世界崩壊の前触れか何かですか?」
普段どれだけの文句も苦情も一切受け付けなかった師匠の発言は、まさしく死亡フラグ以外の何物でもないと思う。
しかし……恨み言、ねぇ。
師匠の今の言葉から推測するに、その恨み言、というのはまず間違いなく僕に魔王の残骸という名の宝珠のなれの果てを使った事か、もしくは生まれて早々下僕として育てていた事のどちらか、もしくは両方の意味合いだろう。
「人の意思無関係に何しちゃってくれたんだ、とは思いますけど……恨んでいる、というのとはまた違うと思うんですよね。例えばこれが、僕がその……神殿国家エルヴァレスタとやらで、王子として何不自由なく暮らしてる所に師匠が乗り込んで強制的に連れ去って、っていう流れならもっとザクザク恨み辛みも出てくるとは思うんですけど」
今更王子でした、とか言われてもそっちの方が僕には実感できない事柄だし。
殆ど力なんて残ってなかった宝珠に少しの魔力注ぎこんで、宝珠として機能させて僕を生き返らせてくれたという部分に関しては感謝できる事かもしれないけど、残骸とはいえ魔王もセットでついてきてるって部分で感謝できないわけだし。
でもそれら全てが恨み辛みに繋がるかと問われると、そうではない、と思う。
「何だ、もっとこう、ノンブレスワンブレスで怒涛の勢いで色々言ってくるかと思ったんだが」
一体何を期待していたというのか。師匠は拍子抜けしたかのように言う。
えー? 言っていいならいいんですよ? それこそ土下座してもう止めて下さいって言うまで言っちゃいますよ? 師匠が生きてきた年数と比べると、僕の十五年なんて大したものじゃないだろうけど、それでも全くないわけではありませんからね。
言ったところで師匠が聞き流すのを理解してるから言わないだけの話であって。
といった想いが込められた僕の顔を見て、一応は察したのだろう。あ、やっぱ言わなくてもいいやとばかりに軽く片手をあげる。
「ま、半々ってところでしょうか」
「半々?」
てっきり僕の言いたい事の殆どを把握したとばかり思っていた師匠だが、どうやら今の意味はよく理解できなかったのか、僅かばかり眉間に皺が寄る。
「確かに師匠は我侭で傲慢で理不尽で横暴だったりもしましたけれど」
「反射的に殴らないだけマシな発言だなオイ」
「何言ってるんですか。随分まろやかな表現ですよこれでも。……まぁ、ともかく。
僕にとっての師匠って長所よりもすぐさま短所が羅列できそうな勢いですけど、嫌いとか憎んでるとかそういうのは特に無いと思いますよ?」
「最後が疑問形ってのがなぁ」
別に嘘を言った覚えはないが、暗に信用されていないのか。それでも師匠の表情は随分と拍子抜けしたような感じだった。
「確証がないので断言はできませんけど、一応師匠が僕の名前をまともに呼ばない理由も何となくわかったような気がしますし」
「…………っ!?」
表面上は平静を装っていたのだろう。けれど、一瞬だが確かに師匠の表情に動揺がはしる。推測でしかなかった僕の予想は、その反応からすると一応正解に近いらしい。
「馬鹿だ馬鹿だと思ってたんだが……変な所で鋭さを発揮しやがる。お前なんぞ一生馬鹿弟子で充分だ」
「自分で名乗る事のできなくなった本当の名前をわざわざ僕につけるあたり、師匠も妙な方向でお人好しですよね。ま、アイオンの名をつけなかっただけマシなんでしょうけど?」
「そこら辺は流石の俺でも弁えるわ、ボケ」
とはいえ、師匠の事だから万が一という可能性もあったんじゃないかと疑ってしまうのは、いつもの事です。
「まぁ、今俺が名乗ってる方でもいいかと思ったんだが、そうすると結局もう一つ俺の分の名前考えるのが面倒だったからな」
「……師匠の今の名前にも、何か由来が?」
「昔飼ってたミドリガメ」
……流石にそれはどうかと思います、師匠。ていうか、もっとこう、思い入れとかそういうのはないんですかね? 突っ込むべきかやめておくべきか、数秒だけ考え込んで――僕が何かを言うよりも早く。
――轟音と共にすぐそばの壁が崩壊した。
唐突な出来事には大抵慣れているはずだったけれど。
深夜、それも普段なら確実に眠っているような時間という事もあってか、多分頭の中は半分くらい寝てたんだと思うんだ。
割と頑丈だと思っていた建物の壁が、それこそ破裂したゆで卵みたいな勢いでもって崩れたという事実を、僕は師匠が何かのドッキリでも仕掛けたのかと思いながら見ていた。
うん、現実逃避だってのはわかってる。
いくら師匠でもそこまでの事は流石にやらないと……思う……多分。
既に瓦礫と化した一部の壁から、ぱらぱらと更に崩れ落ちる音がする。
人一人どころか二、三人くらい余裕で通れそうな穴がぶち開けられた、という事に目がいきすぎて、誰がやったのか、という部分にまで僕は頭が回らなかった。
一歩間違うと、あれに巻き込まれてたのかと思うとシャレにならない。
というのもあってか、思考が一時停止していたのだろう。
のそりともぺたりともつかない足音をたててそこから現れたモノを見て、更に思考が停止した時間が長引いたような気もする。
「あらぁ……? 随分と都合のいい場所に出たものねぇ」
大きさは普通の人の約二倍。全体的に白い人の形をしたそれ。
そしてそれの肩に腰掛けるようにしている――魔女ヴァレリア。
「お前もまた随分と狙い澄ましたように出てくるなぁ」
見下ろされている視線をしかと受け止めて、師匠が呆れたように言葉を返す。僅かではあるが眉間に皺が寄せられている所を見ると、どうやら想定外の出来事のようだ。
「ふふふ、何言ってるの? 襲撃の基本でしょう? 夜襲っていうのは。出来る事なら貴方にはもっと油断して眠っていてほしかったのだけれど」
「あーそーかい。だったら次はもっと静かに入ってくるこったな」
言いつつ、師匠は気付かれない程度に床の上を擦るようにして足を移動させる。
本当に一瞬、下手したら気付く事ができないくらいの短い時間だったが、師匠がこちらに視線を向けてきたこともあって、僕も同じように僅かに身体の重心をずらしていた。
いくらなんでも、こんな狭い場所でやりあうわけにもいかないだろう。
ついでに言うなら、師匠が勇者であれ魔王であれ、こんなの一人でどうにかできるとも思えない。
仮にここで戦うにしても、僕と言う足手纏いがいる。
結論としては、やはりここで戦うわけにはいかないだろう。
牽制、になったかどうかはわからないが、師匠が魔術を一発ぶち込む。狙いがヴァレリアだったのか、それともポチの顔面だったのかは師匠にしかわからないが、咄嗟にポチが腕でそれをガードした以上狙いは成功したのだろう。
そのまま何も言わずに師匠はくるりと背を向けて走り出す。
置いていかれないように、僕も同時に走り出していた。
「そう簡単に逃げられるなんて思わない事ね!!」
勝ち誇る、とまではいかないが、それでも優位を確信したかのような声を背後に僕たちはとにかく走る。今の所通路は一本道なので、しばらくの間は背中をヴァレリアの視界内に入れている事になるのが不安と言えば不安だが……
ちらりと後ろを振り返ると、僕ではなく師匠の肩ギリギリに魔術が放たれた所だった。威嚇射撃のようなものかと思いきや、ヴァレリアは最初から命中させるつもりで放ったようだ。
見なきゃよかったとさえ思うような表情を浮かべて、恐らくはポチに僕たちを追うように命令しているのだろう。
緩慢な動きでポチが一歩、踏み出す。
その動作で、僕は一瞬とはいえ油断していた。
「っ!? 気ぃ抜いてんじゃねぇぞ馬鹿弟子!!」
心の中を見通したかのような叱咤。一瞬とはいえ油断した事を後悔したくなるような事態は、直後の事だ。
初めの一歩が嘘のような俊敏な動きでもって、僕たちを追いかけるポチ。
コンパスの差とでもいうのだろうか。歩幅は明らかにあちらの方がある。コンマ一秒たりとて油断してはいけないような、速度。
そしてポチの動きは、なりふり構わないような走り方ではなかった。肩に腰掛けるヴァレリアは特に必死にしがみつく事もなく、ただ悠然と微笑んでいる。
……第三者がこの場にいて、この光景を見ていたならば確実に異様な光景だと認定してくれることだろう。当事者である僕でさえ異様だと思うのだから。
何やら小さな呟きが隣の方から聞こえてきたと思った矢先、それはすぐさま発動していた。
詠唱付きで術を発動させた師匠の背後、追いつきそうになっていたポチめがけ、床から光の槍が串刺しにしようと出現する。
「小賢しい……ッ」
忌々しげなヴァレリアの声。
更に光の槍は壁から天井から、格子のように張り巡らされ、あと僅かで追いつくはずだったポチはやむなく動きを止めるハメになる。
いつまでも振り返ったまま走り続ける余裕はないので、とにかく前を見て足を進める。あの術がいつまで効果を発揮しているかはわからないが、今のうちに少しでも距離をとっておきたい。
「いいか馬鹿弟子、のんびり喋ってる時間はないからサクッと言うぞ。
何とかしてあいつら引き離せ。ポチはともかくとして、ヴァレリアの魔術ならお前でも何とかなるはずだから」
「何とかって……何ですかその無茶通り越して無謀な要求。無理ですよ、無理に決まってるじゃないですか」
「ポチの方は寝てる連中叩き起こして任せる。つうわけでお前はヴァレリアの方頼んだからな。何としてでも引き離せ」
「だから無理だって言ってるでしょぉぉぉおおおお!?」
「あの術の効果もそろそろ切れるから、間違っても今足を止めるような真似はするなよ?」
「人の話を聞いて下さい師匠。そもそも、引き離すも何もどうやってですか!? ていうか、僕魔術とか一切使えないんですよ!? それでどうやってヴァレリアどうにかしようってんですか!?」
そもそも、仮にも魔女。相手はもう随分昔から世界を混乱に陥れようとしているかどうかはさておき、悪名高い魔女なのだ。
僕一人で足止めできるような相手ではない。それは自分が一番理解しているというのに、肝心の師匠が全く話を聞いてくれません。
「別に倒さなくてもいい。とにかく、時間だけはしっかりと稼いでくれ」
「倒さなくてもいい、じゃなくて、倒せませんってば!!」
正直、走りながら叫ぶのは体力的によろしくないのだが。
全く人の話を聞くつもりもない師匠は、無茶な要求かますだけかますとこれ以上ないくらい嫌な予感しかない満面の笑みを浮かべてみせた。
「それじゃあ、後は頼んだ!!」
「ちょ、師匠!?」
バシュンと音を立てて、師匠の身体が消える。
……ひょっとしなくても、空間転移……?
っていうか、最初からそれ使って逃げれば良かったんじゃないでしょうか。
そんでもって、僕置いてけぼりなんですが。
これむしろ僕の死亡フラグが凄い勢いで建設されてませんか?
えっ、これ死んだら化けて出ても問題ないですよね?




