振り出しに戻った気がする状況と、魔王の話
しんと静まり返る室内。
いや、元々そんなに騒々しいわけではなかったけれど、ほんの一瞬で水を打ったかのように静まり返った。
師匠は今、何て言った?
ともすれば作り話とも取られかねない話を、見ていた?
今から二百年も前の話を?
……あれ、師匠って人間だったよね。魔族とかじゃなかったはずだけど。
「……どういう事、ですか?」
普段から師匠の突拍子もない行動に慣れていたからかは不明だが、師匠の言葉に疑問を返したのは僕だった。レオンなりカインなりが勢いで問いかけてくれるだろうかとも思ったのだが、脳内で情報を整理するのにやや時間がかかっているらしい。
「なぁ馬鹿弟子。魔力を秘めた道具の中には、時としてその物の記憶が封じられているっつー代物があるのは知ってるか?」
「え……?」
言われて、考える。
確かに、そういった物があるという話は耳にした事がないわけではない。……しかしその道具というのは……
「えぇと……つまり、師匠が持っていた宝珠だと思ってた物がそれ、って事です……か?」
そうだと言うならまぁ、師匠が二百年も前の話を見てきたかのように語れる理由はつく。
「ねぇゲイル、話の腰を折るようで申し訳ないんですが、貴方が仮にその道具でそれを知ったとして……少々腑に落ちない点があるんですよねー。なので、ちょっとついでにボクの疑問に答えてくれませんか? 拒否権はないんですけどね?」
数秒思案していたらしいレオンが、貼り付けたような笑みを浮かべる。対する師匠はいかにもめんどくさそうだ。
拒否権なんてものの存在を無視したレオンは、師匠の返答を待つ間もなくその疑問とやらを口にした。
「あぁ、勿論さっきの話が全部嘘だなんて思ってませんよ? だからこそ、知りたいんですよ。
……魔王アイオンが封印されたというのなら、それは一体何に?」
「そうか……!!」
何かに気付いたかのように、クライヴが声を上げたのはほとんど同時だった。
え、何? 僕にもわかるように説明して下さい。
はぁ、と露骨な溜息が聞こえたのは、その直後の事。
「やっぱ馬鹿弟子と違ってお前らは簡単に誤魔化されてくれねーな」
何かを諦めたかのように、微苦笑を浮かべる。
「当然でしょう? ボクたちを一体何だと思ってるんです?」
はん、と鼻で笑い、レオンはふんぞり返る。
「御伽噺とはいえ、あの話自体にもおかしいなーと思う部分は多々あったんですよそもそも。当時確かに勇者と呼ばれる一行はいました。それも各地に。国が、軍を編制・防衛するために各地で同じような生贄が生まれた。
その中で運良く魔王城へと足を踏み入れる事ができたのがその――勇者シオン達であったとして、魔王と勇者が手を組んで、残りの三人だけでそれをどうこうできるとは到底思えませんでしたからね」
当時を思い返すように、記憶の糸を手繰り寄せるように。
レオンは数秒考え込んで、ある程度の記憶を呼び起こしたのだろう。
「それに、魔王が封印? それは初耳です。確かに御伽噺では倒されたって事になってますよ? 勇者シオンを除いた三人が、魔王を退治して凱旋したのは事実です。そして確かにそれ以来、アイオンは姿を見せてはいません。……これだけなら御伽噺が事実であるように語られてもおかしくはない」
何か不都合でもあったのか、師匠がレオンから視線を僅かに逸らす。けれどもレオンは師匠を真っ直ぐに見据えたままだ。
「アイオンが倒され、彼らが凱旋した直後、ボクは魔王城に侵入しようとしたんですけどね。その時には既に結界が張られていました。おかしくないですか? そんなすぐに魔王城に住みつくような相手がいたとは思えない。……かといって、アイオンがあの城に封印されたとも思えない」
「…………」
ほんの一瞬。逸らされた視線はすぐにレオンへと向けられた。けれども師匠は何も言わない。
レオンもそれ以上は何も言わない。師匠の言葉を待つかのように。
どれくらい、沈黙が続いただろうか。
乾いた笑いが師匠の口から零れる。
「そういう事か、まさかお前があの時既に侵入を試みようとしてたとはなー。じゃあもう何言った所で誤魔化すのは難しいな」
「この期に及んで尚誤魔化そうとしてたのかお前……」
開き直ったとはまた違うだろうが、明るく言い放つ師匠に対して心底呆れたように呟いたのはカインだった。気持ちはわからないでもない。
しかし妙な部分で無駄に諦めないのが師匠だからな……その努力というか頑張りをもうちょっと別の方向に活かせばいいようなものを……
「まぁ薄々気付いてるんだろうけどな。魔王アイオンが封印された際に宝珠の魔力は全て消費されたようなものだから、その時点で宝珠は既に宝珠じゃなくなったと言ってもいい。
俺が持ってた物は、宝珠ではなく魔王が封印された代物さ」
…………再び沈黙が訪れる。
今何か、とんでもない事をさらりと言われたような気がする。
「や、師匠……で、その宝珠なんだか封印球なんだかわかんない代物は、結局どうしたっていうんですか……?」
事実をちょっぴり認めたくないような気がひしひしとしているが、聞かなければならないような気がした。何か嫌な予感だけはとんでもなくしてるんですが。
「だから最初に言っただろ。使っちまってもう無いって」
「何でだよ!?」
「何でですかー!?」
「一体何に!?」
ほぼ全員のツッコミが、口々に炸裂した。
何この振り出しに戻った感。
えぇと? 元々の宝珠に魔王が封印されて?
で、その魔王が封印されてた元宝珠を師匠が持ってて?
って事は元々は宝珠なんだからやっぱりそれを師匠が持ってたって事で?
元宝珠って言い方もどうだかって気がするから区別するためにあえて封印球とするけれど、宝珠と封印球がイコールで?
……あれ? 何か微妙にこんがらがってきた。
そもそもつい最近の話だけならまだしも、何百年とか当たり前のように遡るから余計に混乱するんだと思う。
ただでさえポチの誕生秘話とやらで六百年、魔王アイオンの話で二百年。ついでに僕の故郷が滅んだのが十五年前。
もうね、とりあえず年表もってきてそれ見ながら説明してくれよと思うね。
僕にでも理解できたのは、とりあえずこの中だとレオンが何気に年長なんだろうなって事くらいですよ。見た目からは想像もつかないけど。
「あのなぁゲイル。どちらにしろそれが宝珠だろうとそうじゃなかろうと実際どうでもいいのじゃよ。ただ、我もヴァレリアもかつてそなたが宝珠にしか見えない物を所持しているのをこの目で見てしまった。それが今更宝珠じゃありませんでした、と言われたところで我にとってはどうでもよいが、ヴァレリアはそうもいくまい。
例えそれが真に宝珠じゃなくても、じゃ」
「つーか、魔王封印したっていう大層な代物をだ。使っちまってもう無いってどういう事だ一体。それ下手したら封印解けるだろ」
ウィンディは宥め透かすように、カインは呆れたようにそれぞれ口にする。二人とも単に思った事を言っているだけであって、決して説得とかしてるわけではないのだろう。というか、それ以前に師匠が説得に素直に応じるような性格じゃないのはわかった上での発言だと思う。
師匠が無いと言った以上、本当に無いんだろう。ここで誰が何を言った所で、その宝珠は出てこない。それだけは何となく確信する。
それより僕が気になったのは……
「あの、師匠? さっきレオンとのやりとりでふと疑問に思ったんですが」
「あ?」
「師匠ってかろうじて人間ですよね?」
「失礼な奴だなお前。え、何コレ。これはひょっとしなくても俺の最大威力で魔術ぶっぱなせって合図か? 馬鹿弟子、確かにちょくちょく俺は教育と称して魔術によるツッコミとか発動させたけどな。まさかいつの間にかお前にそんな趣味が芽生えていたなんて」
「違いますよ勝手に人をそういう趣味の持ち主にしないでくれませんか? あんまり自重しない発言かましてると物理的に黙らせますよ」
よよよ……とハンカチを持ってるフリをして目の下にありはしない涙を拭うような動作をしながら言う師匠に、僕は淡々と返す。
「……わかってる。で、何だ?」
「さっきの話聞いてると、レオンは魔王アイオンが倒された直後に城に忍び込もうとしたんですよね。その時に師匠とレオンがまるで遭遇したような発言が聞こえたような気がするんですけど。って事は師匠もその時魔王城の近くにいたって事ですよね……?」
「……うわ、やっちまったか?」
「そうなんですよね、ゲイルってば人間のくせに随分長生きですよね。外見も一切変化しないし」
僕の言葉にぽそりと呟いた師匠が言い逃れる前に、レオンが肯定する。
「一応今の今まで聞かないでおきましたけど、ただの人間がこれだけの時を生きるなんて事はできっこありません。普通なら」
「レオンの気遣いは時として全く意味のない事だと思うんだけど」
「別に気遣ったわけじゃありませんよ。単にあんまり興味が沸かなかったから突っ込まなかっただけです」
それはそれでどうなんだろうというような事を口にして、そういうわけで今ちょっとそこら辺も気になったので語っちゃってください。それはもう赤裸々に。などと言って詰め寄る。
僕としては実は師匠は人間じゃなくて魔族でしたとか言われたとしても、驚かない自信があった。
そして師匠も色々と何かを観念したのだろう。決断とか決意とかいう言葉が軽く感じられるくらいにあっさりとだが、口を開く。
「何でと言われると、魔王だから?」
……正直、僕の予想を斜め上に逝っていた。
本日何度目だろうか、室内の空気が凍り付くのを確かに感じた。




