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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
二 続・弟子の章

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真偽の定かではないお話と宝珠の行方



 何も知る事のなかった僕たちに、事の重大さを理解できない哀れな生物を見るような眼差しを向けて彼は語る。その宝珠は、かつての魔王アイオンが遺した使い方次第では最悪の兵器にもなり得る代物だという事を。

 それはまだ、僕たちが生まれるもっとずっと昔の話。



 ――魔王アイオン。

 二百年前この世界を崩壊寸前までに追い込んだ存在。

 その目的が世界の滅亡だったのか、それとも単に敵対種族の滅亡だったのか。それとも他の目的があったのか、それさえ今となってはわからないが、彼があのまま世界に存在し続ければ間違いなく今現在この世界はこうして存在していなかった事だろう。


 当時既に生きていた白い魔族は語る。

 えぇそりゃあもう、彼もボクと同じ種族でしたけど、酷いモンでしたよ。

 逆らう者は例え同種であっても……うわ、ちょっとヤな事思い出させないで下さいよ、と。


 ちょっとお前らどんだけ長寿なんだよと突っ込みたいが、話の腰を折っている場合じゃない。

 魔王アイオンの話は魔女ヴァレリアのように御伽噺としてではあるが、それでもある程度の事は書物として残されている。ヴァレリアと違い、既に滅びた存在なので大まかな内容だとは思うが、それでもやってる事はヴァレリア以上に残酷かつ残虐。まさしく魔王の名を冠するだけはあるなという、正直御伽噺とはいえ子供に聞かせるのはちょっとどうだろうという内容てんこ盛りである。


 ……僕も昔、うっかり師匠の書物にあったそれを読んで、数日夜はトイレに行けなくなったくらいだ。下手な怪談より怖かった。あれは。御伽噺とはいえ、読むならある程度の年齢に達していないと色々と危険だと思う。



 兎にも角にも、世界中を恐怖と混沌に叩き込んだ魔王アイオンが存在していたのは、今はもう昔の話だ。御伽噺に有りがちな、勇者が倒してめでたしめでたしとはちょっと言えないような終わり方だったけど。

 滅亡の危機に陥った中、魔王に対抗するべく立ち向かった勇者様御一行。勇者シオンとその仲間たちの話は、個人的に後味の悪いものだった。


 ――勇者シオン。

 僕と同じ名前だから余計に嫌悪感が残るんだろうと思うのだが、たった四人で魔王率いる軍勢に立ち向かい、魔王と対峙したまでは良かったんだけど……この勇者、よりにもよって魔王側に寝返りやがったのである。御伽噺に突っ込んだのは、思えばあれが初めての事だったんじゃなかろーか。

 最終的に寝返った勇者は魔王もろとも、かつての仲間たちに倒されたのだが……どう考えても子供向けの御伽噺にはならなかった。

 まぁ、その後かつての仲間たちが勇者扱いされてるんだけどさ。おかげでシオンって名前は正直あんまりウケが良くない。

 裏切り者の代名詞みたいになってるんだよね……


 御伽噺だし、多少話に捏造入ってるかもしれないけれど、それにしたってあんまりだろう。勇者シオンに何かの考えがあって、例えば魔王を油断させるための嘘だったとしてもちょっとそれは……って内容だったしね。好意的解釈がこれほどまでに難しい御伽噺ってのもどうかと思う。


 無理矢理、そう無理矢理この御伽噺から教訓を得よと言われるならば。

『裏切り者には死を』

 だろうか。



 ……勇者シオンの事はこの際どうでもいい。今は魔王アイオンの話だった。


 とりあえず僕たちに魔王アイオンの話を、御伽噺よりもうちょい詳しく説明してくれていたクライヴだけど、魔王アイオンが所持していた秘宝とも呼ばれる代物がいくつか、遺されているらしい。

 で、師匠が持っていたとかいう宝珠もその一つだったようだ。


 ……入手経路が激しく気になるんですが。


 ちなみに、魔王アイオンが居たとされる北の大地、世界の最果てと呼ばれる場所には未だに魔王城が存在しているが、現在は何か別の魔族か魔物が棲みついているのか結界が張られ、人が立ち入る事はできないらしい。

 遺されたとされる秘宝も、恐らくはまだ城にあるのかもしれない、とはクライヴの話だが。大した力も持たない人間がおいそれと立ち入る事の出来る場所じゃないので真相は不明。


 ……うん、それじゃあどうして師匠がその秘宝のうちの一つとされる宝珠を持ってるのかって話なんですが。


 そしてその宝珠だが。

 どうやら途轍もない魔力を秘めているらしく、使い方次第では最悪の兵器にもなるとか。これはついさっきクライヴ自身が語った事だ。



「――使い方次第という事は、力そのものに善悪はないんですよね?」

「あぁ、それこそ使い方次第で、大陸を一瞬で消し炭にしたり、砂漠と化した大地を一瞬で緑溢れる楽園へと創りかえる事も可能だ、と言われている。ただ、あまりにも強大な魔力を秘めているため制御が難しく、だからこそ魔王アイオンも滅多な事では使用しなかったと……伝承ではそう言い伝えられているな」

「……そんな大層な代物を、そこの師匠が使ってもう無い……と」


 流石の僕もそれって実は何気に重大な事なんじゃないかと思える。魔王アイオンでさえ使うのを躊躇ったとか何とか言われるような代物ですよ?

 それがもう無い、とかあっさり言われたくらいで納得できる人がいるとは思えない。

 この場にいる人――ほとんどが魔族だけど――が納得できていないという事は、だ。

 当然あの魔女ヴァレリアが理解を示すわけもないだろう。



「さぁ、君の弟子もそれなりに事の重大さを理解したようだし、説明してもらおうか? そんな御大層な代物を、果たして何に使い、完全に手元に残っていないのかを」

「魔力を使い果たしただけならば、宝珠そのものの形くらいは残っておるじゃろう。まさか魔力を全て使用したと同時に、砕けて散ったとも思えぬし」

 尤も、魔力を使い果たした残骸だけ残っていたとして、それを狙っているヴァレリアが簡単に諦めるとも思えないがな。

 独り言のようにウィンディが続けた言葉に、どう転んでも厄介な事にしかならないなと思う。


「……無い、っつーのを説明したら、納得すんのか?」

 肺の中の空気を全て吐き出すような溜息を一つ零して、師匠が問いかけた。


「納得できるかどうかは、その内容によるだろう。納得はできずとも、理解くらいはするだろうさ」

 そう答えたのは、今の今までただ傍観していたカノンだった。その言葉をどう受け止めたのかは知らないが、師匠はとりあえず一つの決断を下したようだった。


「そうだな、納得はしなくていい。ただ、理解しろ」

 今までのように話を適当に流そうという気配はなく、眼は真剣だった。その言葉には有無を言わせぬ雰囲気さえ漂っている。

 立ち上がっていた三人が、了承の意を示すように席に着く。


 それを確認してから、師匠は静かに言葉を紡ぎ出した――



 さて、どこから話せばいいものか……

 などとちょっとわざとらしいくらいにもったいぶって口を開いた師匠は、しかし口調とは裏腹に顔は真剣そのものだった。

 下手に茶化したりもできない雰囲気のせいか、この場にいる誰もが大人しく聞いている。


 ……とはいえ、師匠の発言がちょっとでもふざけたものだと判断されれば、恐らくそこの魔剣所持した兄弟とかパッと見そこらの村娘にしか見えない魔女あたりは全力で制裁とか粛清と言う名の鉄槌を下すんだろうなぁ、というのが僕にもわかるくらい、この場の空気は張り詰めていた。



「――そもそも、最初の段階からして既に間違ってるんだがな。お前らの知る情報と、事実真実は微妙に異なる。つーわけだから、話が結構遡るわけだが」


 唐突な切り出し。師匠の言う最初の段階が一体どこからなのかもわからないが、ちょっと真剣な雰囲気漂わせていたはずなのに、それが一瞬で砕ける。


「そもそも、俺が持ってたアレは宝珠じゃねぇ」

「……どういう事じゃ?」

 露骨に表情を歪めて問いかけたのは、ウィンディだった。僕とメトセラは彼らの言う宝珠とやらを一度も見た事がないが、彼らは過去に恐らく一度くらいは目にしているのだろう。


「実際には宝珠とよく似た別物だ」

 怪訝な表情を浮かべている数名を一瞥し、師匠はさらりと告げる。

「実際の宝珠は、既にこの世に存在してさえいねーよ」

「どういう事ですかー? あれは確かに宝珠だったと思うんですが」

 意味がわからないといった風なレオン。実際、困惑しているのがハッキリと表情に出ている。


「あぁ、だからここから話が遡るわけなんだが」

 テーブルの上に乗せていた足を組みなおし、師匠は僕たちの事などいないかのように……いや、どこか遠い世界を眺めるように宙に視線を向けた。


「遡って事の発端は、魔王アイオンがその力を余すところなく揮い世界を浸蝕していた――ま、二百年前の事だ。さっきアイオンの話が出た時にちらっと勇者の話も出たけどな。実際あれは勇者でも何でもなかった。

 裏切り者の汚名を受けた勇者シオンだが、実際奴は王都で両親から継いだばっかの雑貨屋を営んでたごく普通の、戦闘訓練さえ受けた事もない一般市民だったからな。他の三人の仲間に関しても似たようなものだ。

 勇者と言えば聞こえはいいが、実際は単なる時間稼ぎの生贄に選ばれた――要は捨て駒さ」


 嘲るような笑みを浮かべる師匠に、ある者は首を傾げ、またある者は眉を顰める。そりゃそうだろう。御伽噺の中ではそんな話どこにも出てこなかった。二百年前に生きていたレオンがその勇者と知り合いだったなら、レオンの口からその話が出るならまだわかる。けれど、師匠の口からそんなエピソードが飛び出すとは誰も思っていなかっただろう。


「囮として選ばれた四名は、当然死ぬつもりなんざなかった。かと言って逃げ出す事もできなかった。シオンはともかくとして、他の三名には家族がいたからな。それは年老いた親だったり、生まれたばかりの子供だったり、婚約者だったり。あれだ、簡単に言うと人質ってやつだな。

 そんなところで退路絶たれても困るだけなんだが、まぁ進むしかなかった四人は卑怯な手段も平気で使って魔物退治しつつ魔王城へと向かったわけだ。

 戦闘に関して殆ど素人同然だった奴らにしては、中々の快進撃だった」


 まるでその光景を見ていたかのように語る師匠に、一同困惑した気配を隠せなかった。何かを問おうにも、どう問いかければいいのやら。話の腰を折れるような雰囲気では到底なかったというのもあって、誰も何も言えなかった、が正しいのかもしれない。

 いや、宝珠はどうしたよって突っ込めば済むだけなのかもしれないんだけど。



「……奇跡だったよ。四人、誰一人欠ける事なく魔王に立ち向かう事ができたのは。しかし実力差がありすぎた。勝ち目なんてものは、初めから存在してなどいなかった。

 アイオンは始終余裕の笑みを浮かべ――猫が鼠を甚振るように遊んでいた。強制的に旅立たされた日から付き纏っていた死の恐怖は、ここに来て完全に現実の物と化した」


 淡々と、御伽噺の内容とは違いすぎる話を語る師匠の目は、残念ながら冗談を言っているようには見えなかった。とはいえ、師匠が尤もらしい事を言って有耶無耶にするのは割と高確率でよくある話なので、僕以外の人――特にカインとレオン――は話を聞きながらも、真意を探るような目を向けている。



「で、そこで登場するのがアイオンの所持していたとされる宝珠な。勇者様御一行は一縷の望みを賭けてそれを奪い取り、宝珠の持つ力でもってアイオンを倒す――のは無理だと踏んだので、封印する事にした。まぁ、その時魔王の力と宝珠の力とが作用したせいなのか、約一名、ちょっとした呪いを身に受ける事になったわけだが」


 直前までの重々しい雰囲気はどこへやら、いきなり軽くなった口調にここは突っ込むべき箇所なのだろうかと自問自答する。

 しかし師匠はそんな僕たちの内心の動揺など知らないのか、それとも知った上で無視しているのか更に続けた。


「かくして宝珠は魔王アイオンを封印した際に力を失い、既にこの世には存在していない。だからこそ、ヴァレリアが何を連れて来ようが今更何やった所で手に入れる事は不可能だ」


「――お師匠、お師匠はまるで見ていたかのように語っていますが……それが作り話ではないという証拠は?」


 僕よりも先にメトセラの単刀直入とも言えるツッコミが入る。メトセラじゃなくとも、誰かがその言葉を言う事くらい師匠には想像できていたのだろう。

 にやりと口の端を上げるようにして、笑う。



「見ていたからさ」

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