他人事のような話と僕の故郷
予想していた以上に早く、全員が集まった。
だからといって、これからどうするつもりなのかとか一切そこら辺僕は知らないんだけど。
一応縄から解き放たれた師匠だったが、番犬のようにカインが見張ってたせいで逃げ出す事もせず、更にはぐるりと他の人達に囲まれて、魔女よりもこっちのが厄介だったんじゃなかろうかと僕は思い始めていた。
で、結局師匠はこれから本気でどうするつもりなんだろう……?
さて。カインが師匠を捕縛してきてくれたのが、かれこれ五日前。
流石にそれからずっと縛り上げておくわけにもいかなかったので、カインが常に見張るという行動に出てくれたわけなのだが。
四日前にクライヴが手土産持参でやってきて、二日前にウィンディが訪れた。
カノンがどこで入手してきたのかわからないが、やたらと豪華な果物盛り合わせを持ってやって来たのが昨日。
そして今日。レオンがふらふらになりながらも僕たちの前に姿を現した。
元は礼拝堂とかそんな感じの用途に使われていたであろう室内は、今は簡素に長テーブルといくつかの椅子だけが置かれただけの閑散としたものだが、この人数が集結しても狭いと思わない程度には広さがある。
その室内で、一箇所に視線が集中していた。即ち――師匠へと。
カインにさらりと師匠逃走の件を聞いていた一同の視線は、当然の事ながら冷めたものだ。
普通の神経の持ち主ならば、この場にいるだけで、その視線を向けられるだけで既に色々と居た堪れないというか、まぁ、凹むだろう。師匠にそんな繊細な感情が搭載されているかは別の話だけど。
事実師匠はほんの数瞬、視線を落ち着かない状態で彷徨わせはしたがすぐに観念したのか、それとも開き直ったのか――頭をがしがしと掻いて露骨な溜息を吐いた。
「あー、レオンの使い魔から連絡が来たとは思うが、まぁ近いうちにヴァレリアが来ると思う」
数分後には視線だけで師匠の身体に穴でも開くんじゃなかろうかと思ってしまいそうな程静寂に満ちていた室内に、やる気のなさそうな師匠の声が響く。
「連絡が来た事は確かに来たけれど……食料持参必須って部分が重要項目すぎて実際どういう事なのかさっぱりなのだがね?」
椅子の背に身体を預けるようにして、クライヴがさっくりと水を差した。腕を組み、もう少し詳しく説明して欲しいものだと呟かれる。
「あー、そこら辺は俺とレオンの意見の一致だ。で、まぁヴァレリアなんだが。例のアレを伴ってやって来るらしい」
例のアレ、で通じるものなのかと思ったが、意外にも全員すんなりと理解はしたらしい。
うち数名の、息を呑むような音が聞こえた。
「ちょっと待て、アレって……」
「しかもオリジナル」
カノンが何かを言いかけたが、気にせずさらりと告げる。ほとんど同時に、カノンが椅子を蹴って立ち上がった。
「オリジナルだと!? どういう事だ!?」
「以前あいつが使ってたのは、オリジナルのコピー。全て廃棄されたかと思いきや、コピーの一つが残ってたらしい。この前それ使って襲撃かけてきた」
カノンの剣幕に圧される事なく、師匠はさらりと簡潔に述べた。
「なっ……!? いくら一体とはいえ、あれの力は――」
「まぁ、最終的に自爆したけどな」
うっかりしていると聞き流してしまいそうな程さらりと言われ、カノンは思わず絶句する。
「で、ヴァレリア曰くオリジナルの調整があと数日かかるらしいがそれ終わったら早速こっちに襲撃かけに来るってよ。あちらさん本気らしいし、こりゃそろそろ完全決着つけなきゃいけないらしいな」
ハハハと笑いながら肩をすくめてる場合じゃないような気がするが、この状況下でそれを突っ込もうとする人は誰もいなかった。僕だってわざわざこんな所で突っ込んで話の腰を折る気はない。
「そう宣言されたのが既に数日前だから、ホントいつ来てもおかしくない状況ってところか」
「その割に、随分のんびりしておるようじゃが……対策は何か練っておるのか?」
「あー、そこはあれだ。レオン」
「はーい」
……ホントに今の状況はそれなりに緊迫しているのだろうかと疑問に思ったが、本人達が疑問に思っていないようなのでいいんだろう。きっと。
呼ばれたレオンはというと挙手をして立ち上がり、とりあえずこれを見て下さい~と懐から一枚の紙を取り出した。
折り畳まれたそれをがさがさと広げる。
「ヴァレリアが持ち去ったオリジナルですがー、あれはボクの父が開発した言わば『ドール』のプロトタイプです。当時は必要に迫られて戦闘用として開発していたようですねー」
見せられたそれは、どうやら例のアレこと白いののオリジナルの設計図のようだった。とはいえ、文字は古代文字で記されているらしいので僕には大まかな絵柄くらいしか見てもわからなかったが。
仮に文字が僕の理解できる代物であったとしても、専門用語の羅列だろうから、結局理解はできないだろう。うん。
「ずっとオリジナルじゃあ言い辛いので、当時のプロジェクト名から奴の事はポチ一号、略してポチと呼ばせていただきますねー」
「ちょっとまて」
「まぁ、一号とか言ったところで所詮はプロトタイプだし二号三号があるかと問われるとないんですけれどー」
僕の言葉は、華麗にスルーされたようだ。
ふと隣を見ると、メトセラも何やら言いたげな表情を浮かべていた。
あぁうん、おかしいと思ったのは僕だけではないらしい、良かった。
しかし……あの白いのの名前がどうとかではなしに……これから魔女がポチ連れてやって来るとか言われても……まったく危機感がないと思うのは仕方のない事だと思う。
もうちょっと何かこう……さぁ。
始まる前から色々と削がれているのは、決して気のせいじゃないはずだ。
時として、知らなかった方がいい事、というのはある。
それを知ってしまう事が、幸か不幸かはさておいて。
……とりあえず、言いにくかろうが何だろうが、あの白いのは白いので良かったような気がするんだ。
「で、そのポチですがー」
レオンが説明に入ろうとしているが、名前のせいで無駄に頭に入ってこない。
師匠含む他の――メトセラ以外は、恐ろしいまでに平静を保っている。内心がどうかまではわからないが。
「正直厄介な存在ですよー。当時の設計図がこれしか残ってないから余計にですねー」
溜息混じりに言われ、僕とメトセラ以外の表情が険しさを増した。
「ちょっと待て。これしか残っていない、だと?」
「……どう見ても表面上の説明しか書かれていないようだが?」
「重要な部分は一切残っていないという事なのか……?」
カイン、クライヴ、カノンの順に言葉が紡がれた。ウィンディも何やら言いたそうな表情を浮かべてはいたが、口を挟んだ所でどうなるものでもないと判断したのだろう。テーブルに肘をついて、事態を静観している。
「えぇまぁ、そうなりますね。ボクが父からこれについて説明を受けた事もありますが、正直本当に昔の話ですからね。おぼろげにしか覚えてないんですよ」
「ここに書かれている事が予定であるならまだしも、実際この通りなら厄介どころじゃないと思うんだが」
「確かに、ね。ただの人間がこいつの一撃を喰らえば確実に挽肉に変化するだろうね。下手をすれば、我々魔族でさえも――」
え、何それそんなに凄いの? どんだけ怪力なの? 僕がうっかり攻撃食らったら即死って事じゃないかそれって。
「……レオン、その前に一つ聞きたい」
僕の内心の動揺などお構いなしに、話は進む――かに思えたが、それはカノンによって遮られた。
「十五年前、こいつのコピーが大量に発生した時には既にオリジナルはヴァレリアの手に落ちていた、という事なのか?」
「でしょうね。オリジナルそのものには厳重な封印をかけてましたから。オリジナルもなしにコピーを造るなんて少々無理があるでしょうし。しかしコピーは粗悪品すぎた。その結果――」
「そうか……奴が黒幕であったというのは確たる事実か……」
ぎりっという音が聞こえるくらいにきつく、カノンが拳を握り締める。それこそ、爪が皮膚を突き破らん勢いで。
「そこで完全に他人事みたいに聞いてるけどな、馬鹿弟子」
ちょっと空気が重く感じてきた矢先、のんびりとした師匠の声がかけられた。
「え、何ですか師匠……?」
「今お前の故郷の話してんだぞ?」
「……初耳です」
っていうか、僕の故郷……? それってどこなんですか?
とか言い出しかけた時点で、ある意味他人事なんじゃないかとさえ思うんですが。




