続かない緊迫感と刺客
夕食というには正直ちょっと早いような時間ではあったものの、とりあえず食べている間は比較的静かなものだった。
約一名、遠慮って言葉を脳内に叩き込めと言いたくなるような食べっぷりを披露していたのもいたけれど。
……僕の予想では三日は持ち堪えてくれそうなシチューは、あっさりと今日中に無くなりそうだった。
コン、コンと音が聞こえたのは、食べ終えてすぐの事だった。
音が聞こえた方に何気なく視線を向ける。しっかりと閉められたドア、その向こうから音がしたのは言うまでもないだろう。
「……誰でしょうかね?」
この場にいない師匠の知り合いを数名思い浮かべたが、彼らは大抵ドアをノックした直後にさっさとドアを開けて入ってきたりする。場合によってはノックさえしないで駆け込んでくる事だってあった。
師匠の知り合いではない相手――ここがまだ魔物の巣窟だと信じていた自称正義の味方、自称未来の勇者、などと抜かす連中も以前何度か訪れたが、そういった人種もまたドアなどノックしてやってきた事はない。
じっとドアを凝視するが、当然向こう側が透けて見えるなんて事もなく。
とりあえず立ち上がり、ドアの前に立つ。
「どちら様ですか?」
声をかけてみるが、返事は無い。かわりに、またもやコン、コンとドアが叩かれる。
わざわざ区切るようにして叩いてくる知り合いはいない。大抵コンコンと連続してノックする人ばかりなので、ドアの向こうにいるのが僕の知る人物ではないのは確かだ。
素直に開けてもいいものか、何となく判断できずに僕は座ったまま一切動く気配のない師匠を見やる。
「……どうせ鍵なんぞついてないドアなんだから、そのうち向こうから開けるだろ。どうしてもここに来なきゃいけないようならな。ただ、うっかりドアを壊されるのも面倒だからさっさと開けてしまえ」
その言葉が聞こえたのだろうか。今度は三回、やはり少しの間を置いてノックされた。最初と比べると、ドアを叩く手に力が入っているのかやけに大きく聞こえる。
確かにこのままこうしていても埒が明かない。乱暴にされてドアが外れでもしたら、直すのは僕かメトセラだ。手間は少ない方がいい。
――ドアを開けて最初に目に入ったのは、白だった。
思わず色だけのイメージでレオンが浮かんだが、レオンは既にここにいる。次に浮かんだのはクライヴだったが、あの人はもうちょっと無駄に煌びやかだ。目の前の白は、失礼だが若干くすんでいるように見えた。
僕の目線に、相手の顔はない。一体どちら様だろうかと視線を相手の顔があるであろう上へと向けて――
「ぅわ!?」
失礼だとかそういう言葉は、あっさりと脳内から飛んでいた。同時に僕はそのまま後ろへと跳び退る。
「――!?」
ガタンッ、と師匠が椅子を蹴って立つのが視界の隅に映る。
「伏せろ馬鹿弟子!」
こういう時でも馬鹿の単語はくっついたままなんですね、と内心悲しく思いながらも言われるままに伏せる。詠唱も何もなく魔術を発動させる師匠に、やって来た『コレ』は危険なモノなのだと知る。
発動させた魔術は、普段僕に命中させているようなものではなかった。
室内という事で多少は考慮された炎系ではなく氷系の術を咄嗟とはいえ発動させた師匠だったが、命中したはずのそれは大したダメージを受けていないようだった。ツララのような物が深々と突き刺さっているものの、そいつは痛みを感じた様子がない。
「おい、レオン!!」
「あれ違いますよー!?」
一体何に対する否定なのか。僕にわかるはずもなかったが、師匠は盛大に舌打ちをかますと更に魔術を発動させる。
詠唱無しの魔術は本来以上に魔力使うし制御も難しくなるから、普段は初歩的なものでしか使わない師匠が割と高レベルの魔術でやらかしているという事実に、あれ相当ヤバい代物なんですかと今更ながらに恐怖する。
訪れたそれは、パッと見、形だけなら人だった。けれど、上から下まで全身白で、顔があるべきはずの部分には一切それらのパーツがない。
師匠が放った魔術によってできた傷部分から僅かに赤いものが見えているという事は、一応生物に分類してもいいのだろうか。
「違うって、それじゃあアレ一体どっから……!!」
「知りませんよ。あれはとにかく違います」
苛立たしげに言う師匠に、すぐさまレオンが否定する。……あれ? これレオン絡みの厄介事だと思われてる?
「って言われてもな……オリジナルとそうじゃないのの見分けなんぞつくわけなかろう」
「や、オリジナルは血なんて流れませんよ。だからそれ違います」
一体どんな理論なのか。それ以前に血が流れないオリジナルって何ですか。
色々と突っ込みたい部分はあるが、余計な口を挟める雰囲気じゃない。
僕に出来る事は、とにかく巻き添えを喰らわないように伏せたまま距離を取る事だ。
「仮にこれがそうじゃないとして、だ。じゃあ一体どこから出てきたってんだ!?」
全く何の反応も示さないが、それでも一歩一歩、徐々に師匠の元へと近付いていく白いのに、更に氷の塊をぶつけていく。
じわじわと距離を縮められつつあったが、ある程度近付いた時点で白いのはぴたりと動きを止めた。
警戒したままそれを見据える僕たちだったが、白いのはどうやら死んだとかそういうわけではないらしい。
目も鼻も口も一切ない白い顔に、何か――文字なのか紋様なのか判別つかないものが浮かび上がる。
「ひさしぶりねぇ……手紙は読んでくれたかしら?」
口などないはずなのだが、その声は確かにそいつから聞こえた。それも、ちょっと前に聞いた覚えのある声で。
「……まさかとは思ったが、やっぱお前か、ヴァレリア」
ちょっとあの白いのから魔女の声が聞こえるとか、不自然全開だけど師匠は特に気にした風もなく。
「えぇ、あの時は貴方のせいでこっちも拠点を変更しなくちゃいけなくなったけど、おかげで面白い物を見つけたからついでに寄越してみたのだけど。気に入ってもらえて?」
「生憎そこまで悪趣味じゃない」
「あら残念。折角十五年前に廃棄したつもりになってたものをリサイクルしてみたのに」
「……ッ!? て、ことはあれもお前の仕業だったのか……」
「あら、今頃気付いたの?」
何かに思い当たったようだったが、魔女はそれを鼻で嗤う。
「そうか……そういう事か……で? こんな物寄越して一体どうするつもりだ? こいつ一つで、俺たちを倒そうってんなら随分甘く見ているって忠告ぐらいは言ってやるが」
「生憎、そんな簡単に事が運ぶならもっとずっと昔に何もかも終わらせてるわ。手紙は受け取ってもらえたようだし、それを送り付けた時点で薄々気付いているのでしょう?
……オリジナルは既にこちらの手にあるわ」
「な、なんですってー!?」
驚きの声を上げたのは、師匠ではなくレオンだった。
……何だかさっぱり話が見えないんだけど……話の流れから察するに、これと同じようなものがもう一体、ヴァレリアの所にあるって事でいいんだよね……?
いつぞやの大群のように大量にあるとか言われないだけ、マシかもしれない。
……事態も事情もよくわかってない僕は、この時は暢気にそんな風に考えていた。
「あと数日、調整に時間がかかるけど、精々首を洗ってまってなさい」
高らかに、魔女が嗤う。
圧倒的有利を確信したかのように。
声が途絶えると同時に、白いのの顔に浮かんでいた文字だか紋様だかが消える。
「――っ!?」
それとほぼ同時だった。
師匠が障壁を作り出すのと、白いのが閃光を放ち爆発したのは。
「……馬鹿弟子、シチューおかわり」
静寂が訪れた途端、何事もなかったかのように師匠は椅子に座る。
「いやあの、そういう場合なんですか……?」
「お前今の俺の絶妙な障壁見てなかったのか? こっちは一気に色々消耗したんだよ」
「いやまぁ、見てましたけど。至近距離で」
「じゃあメシ」
言われるままに、新しく皿を出してシチューを用意する。
……実際、師匠の作った障壁は色々とギリギリだったように思う。
僕はあれが自爆するなんて思いもしなかったけれど、師匠は間一髪で気付いたようだ。
僕たち全員を守るための障壁を作るには、時間が足りなかった。
そもそも、師匠とレオンとメトセラは割と近くにいたけれど、僕はドアを開けるために少し離れた場所にいた。あいつから距離を少しとはいえ取ったにしても、師匠たちとは少し離れている。
同時に二つの障壁を作るのは、師匠にとっては不可能じゃないだろう。けれど、時間が足りなかった。
結果として、あの白いのを閉じ込めるように障壁を作ったのだが。
……そのおかげで部屋は無事だったとも言える。一歩間違うと室内もろとも僕たちも吹き飛んでいたかもしれないんだけど。
「……レオン、大至急、あいつら呼び寄せろ。いないよりかはいくらかマシだろうからな」
「……本気で言ってますか?」
「決着つけるつもりなんだろ? あいつらは。足止めくらいには役に立ってもらうさ」
「そりゃ呼んだら来るでしょうけど……」
「あいつの事だ。多少手を加えたとしても根本的な部分までは変えようがないと思う。そういうワケだから、とりあえず機能を停止させる方法だけは解読しといてくれ」
どこか納得のいってないレオンの肩に手を置いて、もう片方の手でグッと親指を立てる。
これ以上レオンが何言ったところで、よくわからないけど決定事項なのだろう。
「えーと……師匠? よくわかんないんですけど、またあの魔女来るんですよね? 僕たちはどうしたらいいですか?」
明らかに戦力外の僕と、多少の戦力になるかもしれないけど恐らくマトモに対峙はできそうもないメトセラと。どう頑張っても足手纏いにしかなりそうにない。
だからこそ、魔女があの白いのをまた連れてやって来る前にどこかに避難した方がいいだろうかと思い声をかけたのだが。
「…………あー、やっぱそろそろ潮時かもな」
「いやあの、こっちの質問の答えになってませんよ?」
何故か師匠は僕を遠い目で眺めるだけだった。
つまり、師匠と一緒に居ろという事だろうか。
逃げるならとっとと逃げろって言うだろうしなぁ。
むしろ師匠なら僕たちに逃げろと言うよりも自分が真っ先に逃げてるよなぁ……
……相手が相手だし、下手に逃げて人質になるよりはマシか。
「ところでゲイルー、今すぐ呼んでいいんですかー?」
「連絡したところですぐさま来れるわけでもないんだろ、来るにしたってどうせ2~3日はかかるだろうし」
「じゃあさっさと連絡だけは入れときますねー」
「あ、来るなら食料持込必須でって言うのは忘れずに伝えてくれ」
「了解でーす」
「いやいやいや師匠!? 何言っちゃってんですか!? 何そのこれから鍋パーティするからみたいなノリは」
「買出しに出られるかどうかも微妙だし、重要項目だぞ?」
真顔で言われた。
駄目だ……その理屈はわからんでもないんだけど、もうちょっと何かこう……さぁ。
緊張感とかそんなものをほんの少しでも出して欲しかったと言ったところで師匠は理解してくれないだろう。
ガクリと項垂れる僕を、事実師匠は頭上に『?』マークを浮かべる勢いで見ている。
「それじゃあ、さっそく連絡しておきますねー」
ガタンと椅子から立ち上がると、レオンはスッと右手を前へと伸ばした。精神統一でもするかのように、目を閉じる。
同時に、室内だというのに僅かな風が吹いた。
「さぁ往け――我が下僕達よ――」
「え、ちょ……うわっ!?」
レオンの言葉が終わるのと殆ど同時だったように思う。
一体どこに潜んでいたというのか、壁から天井までを覆い尽くさんばかりにコウモリが現れる。キィキィと鳴き声を上げながら、そいつらは一斉に開いたままだった扉の向こうへと飛び立ち――あっという間に姿を消した。
「今のが全て使い魔か……」
どんだけいるんだよと言いたげなメトセラの言葉に、僕は感心するよりも薄ら寒いものを感じていた。数が尋常じゃない。
何も知らずにあれだけのコウモリに遭遇したら、普通に泣く自信があるよ僕は。
「じゃあお弟子さん、ボクもとりあえず腹ごしらえにシチュー下さい」
「アンタさっき散々貪り食べたでしょうが」
何事もなかったかのように椅子に腰掛けシチューを要求するレオンは、やっぱりいつものレオンだった。
……使い魔に命令したあの一瞬だけは、少しだけマトモというか、それらしく見えたんだけどねぇ。羽をばたつかせてシチューを要求するとてもそうは見えない魔族に、僕は深々と溜息を吐いた。
「あー、もう、そうやって無駄に動くから余計にエネルギー消費するんでしょうが! 少しは大人しくしてて下さい」




