呼び出しと撒き餌
紙が岩に突き刺さるとか、一体どういう力の加え方をしたらそうなるのか僕にはちょっとわからないんですが。手紙を無視して買出しに行くもの後々自分が困りかねない展開になるような気がしたので、手紙を手に来た道を引き返す。
前に住んでた家と違って、ここから人里まで結構な距離があるからあまり遅くなると店の営業時間が終わってましたって事もあるんで、ホントさっさと終わらせたい。往復するだけで半日かかっちゃうんだよ……?
「――手紙、ねぇ」
手紙が届いた時の状況も説明して、椅子に座って何をするでもなくテーブルに突っ伏したままの師匠に渡すと、しぶしぶといった感じで受け取った。
……何もする事がないならせめて立て付けの悪い扉でも直して欲しいんですが、師匠。
本当だったら僕と一緒に買出しについて来るつもりだったメトセラが代わりに直してるとかって、何かおかしいと思いませんか師匠。
本当だったら口に出して言いたいが、言った所でスルーされるか機嫌が悪ければ魔術で攻撃されかねない。とりあえず向けた視線に精一杯の思いを込めてみるのが関の山といったところか。
手紙を受け取った師匠は、僕と同じように透かすように掲げてみる。
掲げた所で中が透けて見えるわけでもない。
とりあえず刃物の類が仕込まれているわけではないという事だけを確認すると、師匠は無造作に封筒を破り中身を取り出した。
「…………馬鹿弟子、予定変更。今日は買出しに行かなくていいぞ」
どうせ見た所で古代文字なぞ読めはしない僕だが、紙の隅から隅までびっちり書き記された文字に眩暈がした。本当にそれを読んだのか疑問な程の短い時間をおいてから、師匠が告げる。
「え、それじゃあ今日の食事はどうするつもりなんですか?」
「まだ残ってる材料あるだろ。それでシチューでいい」
そうですか。師匠がそう言うんなら別に構いませんけどね。
「そのかわり、レオン呼んでこい」
「レオン……ですか。はぁ、わかりました」
普段呼んでもいないのに、我が家の食事目当てにやってくるレオンをこれまた力技で追い返してる師匠がわざわざ呼んでこいとは珍しい。
買出しに行くよりもあっさりとこっちの用は済ませられそうだと思いつつ、昨日の夜に今日のおやつにと作っておいたクッキーを数枚取り分ける。
僕たちがいる場所とレオンのいる場所は、居住区という言葉で片付ければほぼ同じ場所なのだが、その居住区内でも右端と左端くらいに距離はある。
レオンがいる場所は、居住区と別の区画が隣接しているらしく、神殿というよりは何かの実験施設のような場所だ。
うっかり迷ったが最後、何かの仕掛けとか知らないうちに作動させてしまいそうなので、僕も数える程度にしか足を踏み入れた事はない。
人目につかない洞窟の奥、隠れるようにして存在している神殿には、当然ながら日の光など差し込む事もなく。
所々に青白い光が点在している――のがこれまた無駄にいらん雰囲気を出しているんだけど。
師匠がここを乗っ取ってからというもの、以前棲みついていたモンスターの類も綺麗さっぱりいなくなったので、怯える事もなかった。まぁ、時々ここに魔物退治に訪れる自称正義の味方みたいな人はくるんだけど。
「レオーン、お菓子持ってきたよー」
僕の声が、通路に反響する。通路の奥に吸い込まれるようにして音が消えた直後、通路の奥からパタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。
……いつも思うんだけど、レオンの聴覚は一体どうなってるんだろうか。
お菓子とご飯の単語を出した時は確実にやって来るんだけど。
「おー弟ー子ーさーん、今日のおやつは何ですかー?」
「クッキーだよ」
クッキーを包んでいた布を前方に向かって差し出すと、通路の奥からかろうじて白い物体が見えてきたなーくらいだったレオンの速度が上がったようだった。
僕はその包みを手にしたまま、くるりとレオンに背を向ける。
「それじゃあ、師匠が呼んでるからクッキーはそこでッ!!」
言うだけ言って、ダッシュする。正直逃げ切れるかどうかは微妙だ。食べ物が絡むとレオンの反応速度は僕の予想を常に上回るからなー……
ちなみに素直にここで渡さないのは、渡したら最後人の話もろくに聞かずに食べ始めるし、食べ終わったらさっさと戻る事もあるからだ。
更に食べ物持参で呼びにこなかった場合、レオンの名前を呼んでもマトモに反応してくれないので、探す時間がとんでもない事になる。いつも同じ場所にいるわけじゃないみたいだからね。
ちなみに食料を持ってもいないのに、持ってるフリして呼び出すと後々愚痴というか泣き言が鬱陶しいし。
以前、一度だけレオンの呼び出しをメトセラに頼んだ事があったのだが……うん、あれはちょっと記憶から忘却したい。っていうかボロ雑巾のようになったレオンが抗議してきたので、呼び出すのは専ら僕の役目になったわけだが。
「うわああああああ、ボクのクッキィィィィイイイイイ!!」
背後から迫るレオンの声に予想以上に距離を詰められている事を悟る。……なんでこういう時だけ師匠といいレオンといい、無駄に素早いんだろうか。本当に。
――今回はギリギリでレオンに捕まる事もなく、無事に師匠の所まで誘導できたけれども。
呼んで来いっていう言葉の意味が、何か間違ってるような気がしないでもない。
どうせならもう少し普通のやり取りをしたいです、師匠。
人を呼びに行く、ただそれだけで、どうして全力疾走しなくちゃいけないんだろう。
師匠の知り合いにマトモな人がいるなら、せめて一人でも紹介してみてほしいものです。
「師匠ー、連れて……来ました、よ……」
久々の全力疾走に息も絶え絶えだというのに、師匠はそんな僕を一瞥すると、
「喉乾いたから茶」
更なる用事を言いつけてきた。むしろこっちが水とか貰う側じゃないでしょうかね師匠。
レオンはというと、全く疲れた素振りすらなく師匠の向かいの椅子に腰を掛ける。
「ボクにもお茶お願いします」
……落ち着いて僕! キレたら負け。キレたら負けなんだってば! かつてキレた事があるけど、その結果から学んだ事を忘れてはいけない。
ちょっとレオンに渡す予定だった、未だ僕の手の中にあるクッキーの入った包み、それにうっかり力が加わったような気がするけど、気にしてはいけない。レオンの顔面に投げつけるように渡すが、レオンは気にした風もなく受け取ると、少し崩れてしまった結果粉末状の部分が増えたクッキーを食べ始めた。
平常心という言葉を脳内で繰り返しながら、お茶を淹れる。
ふと見ると、いつの間にか立て付けの悪かった扉を直していたメトセラも椅子に座っていた。
言われるまでもなく、メトセラの分のお茶も淹れた。
「情報の入手経路は謎だが、居場所割れた」
あっという間にクッキーを食べ尽くし、物足りなさそうな顔をしているレオンに師匠は先程の手紙を差し出した。
師匠が手にしている手紙を何か見知らぬ物体を見るような目で、レオンが凝視する。
「思ってた以上に早かったですねー。てっきりもっと先延ばしにしてボクたちが忘れた頃にやって来るものだとばかり」
手紙の内容をざっと流し読みしながらの発言なのだろう。レオンの視線は相変わらず手紙に書かれた細かい文字を追っている。
「で、お前の方はどうなってる?」
「やー、どうにか当時の資料を発見はしましたけどー。まだ全然解読してないのでそっちの対応とか手を回す事はできそうもないですねー」
「……そうか。資料が残ってただけマシだろうな。それが役に立つかは別として」
何やら微妙に深刻そうな会話をしている二人に、僕は皿にクッキーを乗せて差し出した。途端数枚のクッキーが皿から消える。同時にもぐもぐサクサクという音が聞こえたので、消えたクッキーの行方は言うまでもなく二人の口の中なのだろう。
僕はそれとは別にしておいたクッキーから一枚、自分の口に運んでから残りをもう一枚の皿に乗せ、メトセラに出した。
「あの……兄弟子殿……?」
「ん? あぁ、いいんだよ。これはメトセラの分だから」
そもそも一つの皿に出したら、一枚もメトセラの口に入らないだろう。師匠は多少の遠慮くらいはしてくれるかもしれないが、レオンはそんな事お構いなしだ。
僕の意図を汲んだのか、メトセラが思わず師匠とレオンの方へと視線を向ける。表面上は普通だが、火花が散りそうな勢いで視線で牽制し合い、いかに一枚でも多く自分の口へクッキーを運ぶかを頭の中で考えているのだろう。お互いほんの数ミリ指を動かすだけでどんどん空気が重苦しくなっていく。
……どのみち僕にはあの二人の会話の内容なんで理解できないし、のんびりと見物するつもりもない。
口の中のクッキーを咀嚼し終わったので、さっさと師匠が言ってたシチューでも作ろう。
あの二人が食べ物関連であぁなるのはいつもの事だ。放っておいても大丈夫だろう。きっと。
前にそれで一つの建物が吹っ飛んだ事があったけど……流石にここでそんな事にはならないはずだ。多分。




