新生活と不穏な手紙
森の中にある洞窟。
そこはまだいい。
しかし、だ。その奥にいかにもな雰囲気を漂わせた禍々しい神殿があるとかまでは流石の僕も予想外だったよ……何なのここ。
さて。どこから話せばいいものやら。
長くなるので割愛するけど、師匠の目的地は洞窟の奥に建てられた神殿だったらしい。
僕の知ってる神殿とは随分違うそれを、神殿と言ってしまっていいのかは謎だったが。
一歩でも足を踏み入れたら呪われますと言わんばかりの建物に、師匠は臆する事もなく突き進んで行った。
……まぁ、中に棲みついてるモンスターくらいはいるだろうなと思っていたけど、まさかヴァンパイア・ロードを名乗る輩がいるとかまでは思ってなかったよね。
それは師匠も想定外だったようだ。
……というか、それこそ討伐部隊が組まれかねない相手は、無残にもあっさりと師匠に足蹴にされた。
それの取り巻きと思われる配下に至っては、何故か口論が開始されたカインとクライヴによって倒されたけど。
神殿は、どう見ても真っ当なものではなく。かつては邪教徒と呼ばれる人たちでも隠れ住んでいたのだろう、居住区らしきものも存在していた。まぁ、うっかり返り血とかで染まりに染まったんだけど。
こうして師匠は、神殿を占拠したわけです。
……師匠さっき帰るとか言ってたよね? これ帰るって言わなくない?
下手な事言って僕だけ一人野宿すればいいとか言われるのも困るので、黙ってたけど。
そういう意味では僕も師匠と同類なんだろうなとは思うよ。
余談だけど、師匠の家に騎士団が来たのがヴァレリアの差し金だというのなら、別に戻っても大丈夫なんじゃないですかと聞いてはみたんだ。
無駄に爽やかなアルカイックスマイルを浮かべて、
「どんな理由だろうと目ぇ付けられた時点で潮時なんだよ」
って言ってましたけど。
……あれ? それって結構騎士団と関わるとヤバいって事ですよね……?
ちょっと師匠、僕の知らないうちに一体何やらかしちゃったんですか……?
――なんて、あれこれ不安に思っていたのも前の話だ。
天災は忘れた頃にやって来るとは言うけれど、正直来てほしくないというのが本音だ。
とはいえ、来るべくしてやって来たようなものだから、もうどうしようもないんだろうなぁ。
月日が経つのはあっという間で。
師匠がとんずらしたりちょっと変わってはいるけど普通の人間だと思っていた知り合いが魔族である事が判明したり、うっかり悪名高い魔女と関わる事になった挙句古代兵器の中に入る事になったあの出来事から、半年程が経過しました。
冷静に思い返せば、あの魔女は最後に師匠の持つ宝珠がどうとか言ってましたからね。あれで終わるわけがなかったんですよ、えぇ。
とはいえ、それまでは割と平和だったんです。
まぁ、住んでる場所が場所だけに生活するにはかなり……いえ、少々不便でしたけど。
僕とメトセラと師匠は相も変わらず禍々しいとしか言えない神殿で生活してたし、レオンも居住区の端っこの方に住みついてたし。
カインとクライヴはそういやいつの間にか姿を消してたけど、十日に一回くらいは顔を出していたので、恐らくこの近辺で生活しているのだろう。とはいえ、二人の様子から実家がこの近くにあるわけでもないみたいだけど。
当初、カノンはここに住みつくつもりだったようだ。王子王子と騒がしいカノンに師匠がブチ切れて容赦なく拳で語り合って、見かねたウィンディが強引にどこかへ引きずって行ったのを見送ったんだけどね。
こちらもたまに顔を出してはいるんだけど、その都度僕の事で師匠と口論になって最終的にはウィンディに引きずられて連れ去られていく。
カノンが僕を王子と呼ぶ理由については、未だに聞いてない。興味がないわけではないが、知ったところでどうなるわけでもないというのが僕の出した結論だ。
師匠も気が向けばそのうち話してくれるだろう。
そういえばここに来て数日経ってから、師匠が珍しく深刻な表情でメトセラと話し込んでたっけ。
メトセラが師匠に弟子入りしたのは、ヴァレリアの下から逃げ出して、万一遭遇した時の対処法というか、まぁ安全策を得るためだったんだけど。メトセラはそれを師匠に話していなかったというのに、薄々師匠は勘付いていたらしい。
多少なりともヴァレリアと関連がある師匠の所にいては、いずれまたヴァレリアと遭遇するだろうという、師匠にしては珍しく配慮した発言に目を丸くした僕が殴られたっけか。
師匠の元から去って、どこか別の地で暮らしていくなら最低限の保障はすると言っていた師匠に、しかしメトセラは首を横に振った。一人で立ち向かえる程に過去を払拭したわけではないけれど、自分の都合で弟子入りした以上、最後まで自分の都合で止めるつもりはないんだそうだ。師匠が破門するというのなら従うと言い切ったメトセラに、師匠は苦笑を返しただけだった。
あぁ、それから。
疑問だったレオンの既に跡形もなく壊れた城の前の持ち主は、どうやら本当に師匠だった。
あんな城を持っていたという事実が信じられずに思わず色々と問い詰めたっけ。
僕たちが住んでいた家は、どこからどうみても急ごしらえの掘っ立て小屋としか言えないような代物だったから、余計に師匠が何かあくどい手段で入手したんじゃないかとか、色々。
師匠曰く、別に城で暮らしたいならそれでも構わないけど、誰が掃除すると思ってるんだ? との発言に、あっさりと質問した事さえなかった事にしたけど。
そうだよね、言われてみれば掃除洗濯その他の家事は僕の役目なんだから、無駄に広い家、どころか城なんて大変じゃないか。
今現在住んでる場所だって、必要最低限使ってる部屋以外は放置でいいって言われてるから助かってるようなものなのに。
さて。話を戻そう。
天災、と言い切ってしまうのも微妙だが。
食料の買出しに行くべく神殿の外に出た直後に一体どこから狙ったのか、僕の顔面スレスレ、洞窟の岩肌に何かが突き刺さった。
おそるおそる横目で見ると、それは封筒だった。紙が岩に突き刺さるって、どんだけの凄まじい力で……と内心でゾッとする。これ顔に刺さってたらシャレにならないんですが。
突き刺さった封筒を引き抜いて、透かすように上に掲げてみる。
表には、誰に宛てた手紙なのかというのがわかるような文字は書かれていなかった。
何の気なしに裏面を見る。
…………あれ、これ以前どっかで見た記憶あるよ僕。
文字なんだろうけど僕には読めない代物。
いつぞや……そう、確かレオンの城で見たような記憶が……
「古代文字、だよね……どう見ても」
もうこの時点で嫌な予感しかしなかったけれど、見なかった事にするわけにもいかない。
買い物に行くのは後回しにして、僕は今来た道を引き返した。頼りになるかは別として、こういう時はとにかく師匠だ。
それが……悲しい事に僕が今まで生きてきた中で学んだ事である。




