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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
一 弟子の章
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鬱蒼とした森、古城、魔族――この時点でロクなもんじゃない



 鬱蒼と生茂る森。太陽の光さえ差し込まないような、暗い、暗い森の中。

 どうして僕たちはこんな所に来てしまったんだろう……?

 早くも何か選択肢を間違えたような気がしてなりません、師匠。


 ギャアギャアと鳥なのか獣なのかわからない鳴き声が響き渡る森の中を、おっかなびっくり歩く。

 いや、ビクビクしているのは僕だけで、先頭を行くカインや僕の前を行くメトセラなんかは普通すぎるくらいなんだけど。


 朝食に釣られてホイホイとカインについていってしまったのが運の尽き、とでもいうのだろうか。

 師匠の家は少しばかり人里から離れた場所にあるので、ちょっと移動して近所の町(師匠やカイン曰くあれは町ではなく村なのだそうだが失礼だと思う)の食堂でご飯を奢ってもらったのが、昨日の話。


 そう、昨日の話なんだよ既にそれ。

 僕たちがご飯を食べ終わると、いつの間に交渉していたのかわからないけど旅にでも出るんですかと問いたくなるような荷物を用意し、挙句馬車まで入手してやがりました、カイン。

 で、容赦なく馬をかっ飛ばして、野宿して再び馬を全力疾走させてやって来たのが――このあからさまに何かいますよと言わんばかりの不気味な森である。


 ちなみに馬は森の入口に置いてきました。

 置いてきたっていうか、バテて動けないくらい酷使するってどうなのさ。人間に対してもだけど動物にももうちょっと優しさを向けていいんじゃないかな、と思うんだけどなぁ。



 一応昨夜の野宿の時にカインに聞いてはみたんだ。

 カインが用意していた荷物から野宿用に買い足されていた食材でご飯食べてる時に。

 これは一体どういう事なんだと。


 普段なら遠慮も何もなくずけずけとものを言うカインだったが、この時ばかりは何故か言葉を濁していた。もうね、何かあるなとかそういう問題じゃない。確実にある。厄介事と呼べるようなものが確実に存在している。

 一応カインは事前に師匠に連絡を取っていたらしい。が、師匠はそれを華麗にスルー。荷物持ってとんずらという結果に。

 一体どういう連絡の仕方をすれば師匠がとんずらという事になるのか気になりはしたが、訊ねたところでどうにもできないだろう事は明白である。


 最低限、命の保障があればもうどうだっていいような気さえしてくるから困るよ、ホント。

 結局大した情報は引き出せないまま現在に至る。

 ……帰りたい。心底。



「先に言っておくが……何が出てきてもこの森の中では戦うなよ」

「理由を聞いてもいいかな」


 何が出てきても、ってあたりに嫌な予感が物凄くするのだが、それは相手が襲ってきてもという事態であっても含まれるのだろうか? いや、どのみち僕はほとんど非戦闘員なので戦いようがないのだが。

 魔術師の弟子だけど、今までやってきたのは基本師匠の身の回りの世話という、完全に家政夫のそれだからね。


「……奴に敵と認識されかねないからだ」

「いやあの、だからって無抵抗貫くのは無理だと思うんですけど、そもそも奴って誰の事ですか?」

「それ以前に最初から友好的な存在なら戦う必要がないだろう」


「期待はできんが戦力になり得るのを潰すと後々困るかもしれん」

「あの、さっぱり話が見えないんですが……」


 戦力とか言ってる時点でもう嫌な予感が一杯一杯なんですけれども。

 だがしかし、幸か不幸か不気味な鳴き声だけで特に何かと遭遇する事はなく、恐らく目的地であろう場所へと辿り着いた。


 深い深い森の奥。そこにひっそりと存在していたのは……


「うわぁ……元々帰りたい気持ちはあったけど、今その気持ちが更に強くなってきた……」


 いかにも亡霊が出ますよと言わんばかりの迫力満点な古城でした。

 え、行くの? 肝試しとかちょっとどうかと思うんだけど。


 一体いつからそこに存在していたのか――それさえもわからないくらい年代物な古城を見上げ、視線をどこへと定まらせていいものやら悩み、意味もなく周囲を飛び交うコウモリを眺める。

 視線をうろうろと彷徨わせた時に、そこかしこに白骨らしきものが転がっているような気がしたけれど、きっと疲れて幻覚を見ているに違いない。そういう事にしておいた。


「で、えーと……カイン? 結局ここどこなのさ? というか一体こんな所に何の用なわけ? まさか肝試しとか言わないよね」

 正直肝試しだというのであれば、もう充分色々と底冷えしてしっかり肝も凍り付く勢いなので一刻も早く帰りたいんですけど。


「レオンの新居だ」

「……レオン、って……あの?」

「帰りましょう兄弟子殿! 一刻も早く!!」

「って、うわ……!?」


 その名前を耳にした途端の行動は、僕よりもメトセラの方が早かった。

 僕の腕を掴み、足早に今来た道を戻ろうとして――


「無駄な事を……」

 溜息混じりのカインの声。


「なッ!?」

「え、えぇっ!?」


 ――罠に、かかりました。



「あーっはっはっは、ボクの新居にウェルカムなのですよー」


 恐らくは出てくるタイミングとかそういうものを全て見計らっていたのだろう。

 バサリと羽を広げて登場してくれたのは、一年程前まで師匠の家の近所に住んでいた、正直できれば関わりたくない相手でもあるレオンだった。

 暗い森の中に、全体的に白っぽいレオンは無駄に浮く。何も知らない人が見ればそれこそ幽霊かと思うくらいに場の雰囲気にそぐわない。


「ウェルカムしたくないんで帰らせてくれませんかね」

「こちらとしては久しぶりなどという挨拶さえしたくないのだが」


 いきなり地面から掬い上げるようにして現れた網にまんまと絡め捕られた僕たちの表情は、嬉しそうな顔のレオンとは違い心底ウンザリしていた事だろう。


「え~? お弟子さんたち酷いですよー。ボクは皆さんが遊びに来てくれるのを心待ちにしていたというのに一体何が不満なんですかー?」


「何もかもだ」


 嘘泣き準備を開始したレオンに対し、容赦も何もなくメトセラが断言する。

「どうでもいいから早いとここの網どうにかして下さい」

 つーか、新居という単語に突っ込みたい。そして家のほぼ前にこんな原始的な罠を仕掛ける意味を突っ込みたい。


「んー、でも出してあげたらすぐさま逃げ出しそうですしー。カイン、そのまま網ごと連れてきて下さい」

「てめぇでやれよ」

「ふぅ、ボクこう見えてか弱いんで」


 か弱いと自分で言う割に、その背中にある羽は元気よくバサバサと羽ばたいているわけですが。歩くのさえ面倒とかそういう意味合いなんだろうか、それは。

 カインはこれ以上ここで会話するのは無駄だと悟ったのか、わざとらしいくらいの舌打ちをかますと手にしていた刀でもって網の上の部分を斬り落とし、僕たちがそこから脱出する前にその網を手に、移動を開始する。


 当然、僕たちの非難の声はさっくりと無視して。


 何かもう色んな意味でずたぼろになった僕たちを前に、レオンはにこにこと微笑んでいる。

 カインが連絡を取ったのがレオン絡みであるならば、師匠が逃げ出した意味も何となくだが理解できるような気がした。逃げるならせめて僕たちも連れていってほしかったけど。


 暗い森にはそぐわない、全体的に白っぽい印象のあるレオンだが、それもそのはず。

 白い髪に白衣。マトモに色がついているのはせいぜい目の色くらいだが、その目の色もカインと同じように血のように紅い。雰囲気と見た目だけならば、深窓の~という言葉がついても不思議ではないのだ。

 彼が、普通の人間ならば。


 その背に生えている、白い、真っ白なコウモリのような羽がレオンが人間ではない事を示している。

 師匠の言葉を素直に信用するならば、レオンは『魔族』と呼ばれる存在らしい。


 本で得た知識から、到底そうは思えないのだが、まぁ普通の人間に羽なんて生えてないしね。そこは素直に信じるしかないのかもしれない。


 鬱蒼と生茂る昼なお暗い森。ひっそりと存在する古城。魔族。

 この単語だけで既にロクでもない気配が漂いまくっているのは、決して気のせいではないだろう。

 何かを色々と諦める覚悟で、僕は気付かれないように溜息をついて。

「それで、結局何の御用なんですか? 師匠は早々に逃げましたけど。ていうか、僕たちに師匠と同じような事を要求されると困るんで。そこんとこしっかりと記憶して下さいね」


「え? あぁ、そこら辺はわかってますよ。大丈夫ですってば」


 ハートマークでも語尾に付きそうな勢いで微笑まれて、逆に不安になる。そこはかとなく不安になる手つきでお茶を淹れてくれはしたものの、色合いが危険だとしか思えないビビッドカラーという事も、原因の一つだろう。

 ねぇ、そのお茶本当に人間が飲んで大丈夫なやつなんですか……?

 そんな僕と恐らくメトセラの心境に気付く事なくレオンは少しばかり物憂げな表情を浮かべてみせた。


「ちょっとした相談をね、したかったんです。こういった事態に陥った事ないからわからなくて。その点ゲイルなら慣れてると思ったし。……まぁいないものは仕方ありませんよね。折角ですからお弟子さん方、ちょっと相談に乗っていただけませんか? 客観的な意見で充分ですから」

「はぁ……相談、ですか……?」

「客観的、と言われても……」


 困ったようにメトセラと視線を交わす。家計簿のつけ方とかならまだしも、それ以外で僕が相談の役に立てるとは到底思えないし、メトセラにしたって同じようなものだろう。だがしかしここでイヤだとごねたところで、すぐさま帰してくれるとは思えない。それならばとりあえず話だけでも聞いて、さっさと帰してもらおう――声に出しはしなかったが、僕もメトセラも考えは同じ方向で纏まったようだ。


 視線をレオンへと戻し、とりあえずは頷く。


「相談に乗っていただけるんですね!? 良かった!!」

 ぱあぁ……と表情を輝かせるレオン。だがしかし、それとは対称的に僕たちの表情は曇りに曇るハメとなる。レオンの次の言葉によって。


「脅迫状が送られてきた時の対処法なんてわからなかったから、助かります~」


 あぁ……何かまた、関わっちゃいけないような単語が聞こえてきたような気がします。

 どうせとんずらするなら、せめて僕たちも連れていってくれれば良かったのに……師匠め。

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