後片付けと、見知らぬ自宅
魔女との戦いは、恐らく一応終結したのだろう。これで終わったと安心しきるには微妙だが。
むしろあの魔女と師匠がどうやらお互い知り合いらしいという事実に驚く部分もあるにはある。
というか、魔族だ何だと関りがあって、尚且つウィンディという魔女とも関わりがある時点で、他の魔女ともそれなりに繋がりがあったとしても不思議ではなかった。
気になりはするものの、そこら辺を聞くのは後日でもいいだろう。今するべき話はそんな事ではなかった。
「……笑い事じゃありませんよね師匠。これを隣の大陸に戻すっていうのに反対はしません。使ったものはあった場所に戻すっていうのは基本ですし? けど、その後僕たちはどうするんですか? 騎士団とやらがやってきたであろう僕たちの家に戻るつもりはないんですよね? じゃなかったら荷物纏めて師匠が消えるなんて事もないでしょうし」
僕たちの荷物はそのままだったけれど、別段重要な物は何もないし、日常で使う程度の生活用品しかなかったから、それは別の場所でも調達できる。あの家に置いてきたが故に困るような物は、何一つとしてない。
ウィンディのように移送方陣でも敷いてあったなら話は別なのだが。
移送方陣はそもそも、二つで一つという代物だ。入口と出口、そう考えるのが丁度いいだろう。
それが敷いてあったのなら、もう一箇所、移送方陣が繋がる先にも騎士団がいるという可能性もあるが、そもそも最初から敷いてないのでそんな仮定の話はするだけ意味がない。
「……そういや、レオンの城の前の持ち主って師匠なんですか?」
答えが返ってくる前に、更に疑問を口にする。ウィンディの口ぶりからそんな感じはしていたが、正直師匠に城を持つような甲斐性があったとは到底思えなかった。
師匠が高貴な生まれだとか言われたら、今僕は鼻から液体噴出しながら笑い転げる自信がある。
ガクン、と小さくゴーレムのバランスが崩れた。師匠が操作をミスったのだろう。すぐに何事もなかったかのように持ち直したが、動揺しているらしい。ついでに、誤魔化しきる事ができないという事にも薄々気付いているのだろう。
そうだ。どうせならこれからの事も含めて疑問に思った点は全てぶちまけてしまってもいいかもしれない。
最大の疑問……と言うべきかは微妙だが、カノンの件もあるし。
「師匠がウィンディと知り合いだっていうのはまぁわかったんですけど。ウィンディが連れてきているカノンとも知り合いなんですよね? 僕の事王子とか言い出してるんですけど、それもどういう事か聞かせてもらえますよね?」
「そうだ、貴様、ちゃんと説明しておくとか言っておきながら、王子には何一つ話してはいないではないか!!」
僕の言葉に便乗するように、カノンが声をあげる。
いやそこで一緒になって追究してくれなくてもいいんだけど。というか、カインとか妙に生温かい視線を向けてるし、クライヴに至っては「おやおや……」とか今にも言い出しそうな表情だし。
「……あのなぁカノン。お前こんな所で長々と話し込んでもいいのか? てか、今それ話すと必然的にそいつらの耳にも入るんだぞ? そしてそこの馬鹿弟子にも必然的にお前が男だっつー事実も話す事になるわけだがそれは今俺がポロリと口にしたから、そこはまあいいか」
「なっ……!? 貴様わざとだろうあからさますぎるだろう!! というか好きでこんな風になったわけではな……ああああああ、王子、違うんです、そんな目で見ないで下さい!!」
「はいそこー、パネルから手を離さないー」
そんな目も何もどんなだよと思わないでもないが、師匠はレオンの口調を真似つつこちらに縋りつきかねない勢いのカノンに魔術を放つ。手加減をしてはいるようだが、げふぅ! とかいう呻き声が漏れたのが聞こえた。
……え? ていうか、カノンって……男性だったの……?
「うむ、カノンの名誉の為に一応、一応言っておくが、あれはちょっとした手違いじゃ」
「手違い……ですか」
四人も魔族が魔力提供してるからいっかー、とでも思ったのかはわからないが、早々にパネルから手を離したウィンディがこちらへと近付いてくる。
そうして、僕の近くまでやってくると耳を貸せと言わんばかりのジェスチャーをするので、とりあえず膝を曲げてウィンディの口許に耳を近づけた。
「実はのう、カノンは昔とても酷い怪我をしてな? ちょっと原形留めてなかったが故の不幸な事故なのじゃ。かろうじて一命を取り止めはしたのだが、男だと本人の口から出た時には既に遅く――
意識が戻ってみたら女になってたとか、本人も思ってなかったという状況でな。とりあえず可哀想な生物を見る目で見てやればいいと思う」
「こらウィンディ、命の恩人だからと思って甘く見てれば何て事を!! 王子、頼みますからそういう目で見るのだけは勘弁して下さい」
内緒話でもするかのような体勢だったが、ウィンディは特に気にするでもなくさらりと告げる。当然、その言葉はカノンにも聞こえていたわけで。すぐさま反論が返ってきた。
……まぁ、いいや。今カノンに構ってる余裕はないし。この先どうするかが重要なので、カノンの事はこのまま放置でいいよね。
脳内でさっくりそう結論付ける。
「あぁ、そういう事か」
何か合点がいったのか、クライヴの呟く声が聞こえたがそれも放置。
「で、師匠? これからどうするつもりなんですか?」
師匠がこのままカノンの話題で何もかもを誤魔化す前に、質問を最初のものに戻す。
「どうって……とりあえず目的地に到着するから、着地の際の衝撃に備えた方がいいと思うぞ?」
師匠がどう誤魔化そうとしても騙されないぞと内心で思っていたにも関わらず、返ってきた言葉は酷く現実的なものだった。
「あ、そろそろ魔力供給しなくていいから」
どこまでもマイペースな発言ととっていいんだろうか……? 言うだけ言って、師匠は後は知らんとばかりにパネルから手を離し、適当な場所に掴まった。
というか……もう隣の大陸に着いちゃったんですか……? 思った以上に早いなぁ。
見える景色がほとんど空ばかりだったからわからなかったが、上空から地上に向けて着陸――というか落下――しているのを見て、気付く。
レオンの城があった森とはガラリと景色が変わり、足下に広がるのは一面の砂漠だった。
砂漠なんて初めて見るなぁ……などと状況を考えずに思ってしまったからだろう。
僕が着地の際の衝撃とやらに備える間もなく――ゴーレムは砂の海へとダイブした。
――昼なお暗い森の中。
ついさっきまで砂漠のど真ん中にいたような気がするんだけど、気が付いたら僕たちはそこにいた。
ゴーレムが着地してからの師匠の行動は、普段からそれくらいスピーディでいて下さいと言いたくなるくらい素早かった。
まず、ゴーレムの周囲に何故か結界を張る。
元々このゴーレムは結界の中にあったものだが、ゴーレムを起動させる際に結界は当然解かれているわけで。
……そもそもゴーレムの結界を師匠がどうやって解いたのかとかそこら辺も気になるが、仮に説明されても僕には理解できそうもない。
結界とかわざわざ張りなおさなくてもとは思ったけれど、「元々あった状態にして戻す」のが当然とばかりに師匠は結界を張り巡らせた。
……正直、師匠の創った結界じゃ他の魔術師に解除されるんじゃないかなと思わないでもないんだけど。
脱出の際は、師匠がヴァレリアと対峙した時のように口から出るのかと思っていたのだが違った。
制御室の隣の部屋に、既に敷かれていた移送方陣。行先は一体どこなのかわからないまま、師匠に言われるままに僕たちはそれを使って外に出た。
こうして、現在に至る。
ちなみに、全員がその場にいる事を確認してから師匠は移送方陣を破棄した。
二つで一つの移送方陣の片方が壊れれば、もう片方も自然と消滅する。
つまりは、ゴーレムの中にあった移送方陣もたった今消えて、あのゴーレムには結界をどうにかしないと人が入る事はできなくなった。
ある意味で元通り、と言えない事もない。
……それはそうと、ここは一体どこなんですか?
ぐるりと周囲を見回すも、レオンの城があった森のように深く暗いのと、目印になりそうな物が一切無いので全くわからない。
「それじゃ、行くか」
師匠の言葉のあまりの軽さが、場違いな気さえする。
「行くって……どこにですか?」
僕がそれを聞くのは最早当たり前とも言えた。
「あぁ、言い間違えたな。帰るか」
「どこにですか!?」
戻るつもりのないであろう僕たちの家があった場所の近くならまだしも、あの家があった場所はこんな鬱蒼とした森なんてないんですけど!? 帰るという言葉からてっきり誰かの家の近くなのかとも考えたけど、全員の表情を見る限りそうでもなさそうだ。
「ちょっとゲイル、まさかここって……本気ですかー?」
ぽかーんと口を開けて周囲を見回していたレオンが何かに気付いたらしく、咎めるような口調で問いかける。
「遅かれ早かれどうせいずれは戻ってこなきゃならなかったんだから、本気も何もないだろう」
対する師匠が真面目な顔で答える。一体何のことかわからないが、レオンには理解できているらしい。
「まだ何の対策も練ってないんですけどねー……」
「運が良ければお前の研究室も残ってるからどうにかなるだろ」
「……ボクのじゃないんですけど……」
何がなんだかわからないが、師匠はそれ以上何かを言うつもりもないらしい。後ろを振り返る事もなく、一人さっさと歩き出す。
ここがどこかもわからない中で師匠とはぐれてしまっては、後々困るのは自分だ。メトセラの手を引いて、置いていかれないように追いかける。
誰か一人くらいは、師匠の行動についていけないとか言い出して別行動を取るとか言い出してもおかしくないかなと思っていたんだけど、僕の予想はあっけなく外れた。文句の一つも出てこなかったとか、これ何か悪い事の起きる前兆なんじゃなかろうか。
そうして、どれくらい歩いただろうか。
日も大分傾いて、空が赤く染まっていた。
思えば随分長い一日だったなと思いながらも、今日は森の中で野宿か……なんて思っていたのだけれど。
どうやらその前に目的地に着いたらしい。
師匠が足を止めたその先には、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。
えっ……ここ入るんですか……?




