危機的状況の回避と、つけるつもりはあるらしい決着
本来最低三人くらいで操作するであろうゴーレムを、たった一人で操作する師匠に少なからず凄いと思わないでもないけれど。
やはり一人では限界があるんだと思う。
その証拠に、恐らくこちらの動きが読まれているのだろう。ブラックドラゴンを操るヴァレリアの攻撃を防ぐので精一杯だった。
これ、もしゴーレムが負けたらその中にいる僕たち諸共ってオチなんじゃないでしょうか……師匠。
「ところでゲイルー、それどう見ても操作一人でやるタイプじゃないですよねー?」
僕よりもこういう部分では専門家であろうレオンも当然その事実に気付いていたようだ。今となってはただひたすら相手の攻撃をかわす事に専念している師匠に声をかける。
「見りゃわかんだろ。端から端まで一人で手が届いたらそれ既に人類じゃねぇよ」
「開き直らないで下さいよ。手伝った方がいいんじゃないですか?」
「操作方法今教えてる余裕ない」
「え、それでとりあえず片付けるとか言っちゃったんですかー? 無駄な余裕かますのも大概にして下さいねー」
「というかだな、問題は操作云々じゃないんだが」
時々隙をついて反撃に出るものの、あっさりと躱され逆に更なる追撃を喰らう。繰り出した拳にブラックドラゴンが体当たりを仕掛け、腕が跳ね返されたせいで、僅かにバランスが崩れた。
「どっちかっつーと、そろそろこいつのエネルギー切れて動かなくなるからそっちが問題だな」
そこにヴァレリアの魔術が追い打ちをかけるように命中する。師匠の言葉と、ぐらり……とゴーレムが傾いたのはほぼ同時だった。
体勢を立て直そうとするも、手遅れだったのだろう。そのまま周囲の木々を薙ぎ倒すようにしてゴーレムが倒れる。その中にいる僕たちがどうなったかは、推して知るべし。
「ゲイル!! おぬしそれ一番の重要項目じゃろうが!!」
壁が床に、床が壁になった矢先に、ウィンディが叫ぶ。
「ちぃ、制御もままならなくなってきやがった……ッ!!」
制御パネルに手を当てて、師匠だけは何とか僕たちのようにはならなかったけれど。
師匠から吐き出された言葉はどこまでも不吉なものだった。
「ちょ……師匠、何とかならないんですか!?」
今では床となった壁に叩き付けられるようにぶつかった僕たちは、このままだと結構キツイ。
「まぁ方法がないわけではない」
この状況で全く危機感のない師匠の返事に、だがしかし完全に安心はできなかった。
「エネルギーが切れたなら、補充すりゃあいいだけの話だしな」
確かに、それはわからないでもない。僕にでもそれは理解できる。けど、ゴーレムってのは一応魔術で動く代物であって、だ。
一般的なサイズのゴーレムならまだしも、こんな巨大なゴーレムを動かすだけの魔力を、一体誰が、どうやって出すというのか。
今この場にいる魔術が扱える人物なんて、師匠とウィンディくらいしかいないというのに。この場に魔女が一人いるとはいえ、ウィンディと師匠の魔力だけでこのゴーレムの動力をある程度回復させられるかどうかも疑わしい。一応レオンも数に入れたとしても、結果が大きく変わるようにも思えないし。
ちらりと師匠がこちらに視線を向ける。何かを確認するように一瞥して、小さく頷いたように見えた。
「丁度いいや、お前らエネルギー回復役な」
すぐに師匠の言葉を理解できた人は、果たしてこの場にいたのだろうか。
お前ら、と複数形で言われている以上、少なくともウィンディだけではなくレオンも数に含まれてはいるようだが……
「回復役も何も、一体何をどうやったら回復するっていうんですかー? そこら辺の説明も何もなしにさぁやれって言われても困りますからねー」
ただ一人、自らの翼で羽ばたいていたため壁にも床にも叩きつけられなかったレオンがそう返す。
「あぁ、それは簡単だ。馬鹿弟子のいるすぐ近くにもこれと同じようなパネルがあるだろ?」
言われて視線を巡らせる。確かにパネルらしきものはあった。師匠のいる場所とは違い、こちらはパネルらしきものが一つずつ点在しているだけだったが。
どうでもよくないけど、倒れたゴーレムにここぞとばかりにヴァレリアが攻撃魔術叩き付けてきているせいか、赤い光がチカチカしてるだけじゃなく、とうとう警告音っぽいものまで鳴り出してるんだけど。
そろそろ本格的に危険なんじゃなかろーか。
「確かにありますねー。で? これをどうすればいいんです?」
ろくに身動きのとれない僕たちとは違い、唯一自由に飛びまわれるレオンが僕のすぐ近くにあったパネルへと近付く。
「別にどうもしない。そこに手を置けば後は勝手に魔力が吸い取られる」
「……一気にとられて死んだりしないでしょうね……?」
「あー、そこら辺は確か大丈夫だったと思うぞ。人員にも限度ってもんがあるわけだしそんな使い捨てみたいな真似は流石に」
とか何とか言ってるうちに、警告音らしきものは徐々に音を大きくしていた。いや……そんな音鳴らすくらいならその分のエネルギーをもうちょっと別の方に活かしてくれんもんだろうか。
レオンも少々疑心暗鬼に駆られているようだったが、しぶしぶといった感じにそのパネルに手を置いた。
――割とあっさり警告音が止まって、目にチカチカする光も止まる。
ついでに、倒れていたゴーレムが滑らかな動きで立ち上がる。
「あ、見た目に反して意外に省エネなんですねー」
……いやレオン、その反応は微妙に何かが間違ってるような気がするんだけど。
きっと、倒れていたゴーレムが立ち上がるその瞬間を遠くの安全な場所で眺めていられれば僕は素直に歓声をあげていただろう。
実際のところはゴーレムの内部にいるため、安堵の溜息が漏れただけだったが。
とりあえずは、壁に叩き付けられていた状態から脱しただけでも充分だろう。
「正直な話、レオンだけで魔力が足りるとかないから」
片手でバシバシと手近なパネルを叩きながら、振り返って師匠が言う。
いやあの、前見て前。ちゃんと見て操作して下さい。
「つーわけだから、ウィンディ、頼んだ」
「はぁ……仕方ないのぅ。そのかわり早めにカタをつけるのじゃぞ」
「早め……そうだな、あんまり時間かけてられないだろうし」
何かを思案するように呟いた師匠に、どうしても嫌な予感しかしないんだけど。けれどもどうやらそう思っているのは僕だけのようだ。
「んじゃ手っ取り早く片付けるために、だ。馬鹿弟子とメトセラ除くお前らもサクッと魔力を提供しやがれ」
「あ、僕とメトセラは完全対象外なんですね」
いやまぁ、確かに提供できる程の魔力なんてないんだけど。僕もメトセラも。
けれどカインやクライヴ、カノンは魔術師というわけでもないし、そもそもそんなに魔力なんてモノが余っているのだろうか……?
僕の疑問は恐らく素直に顔に出ていたのだろう。師匠はニコリと普段見せないような笑みを浮かべると、さらりととんでもない事実を投下してくれました。
「お前ら仮にも魔族なんだし、そこらの人間風情よりかは余ってんだろ、魔力」
「仮にもってもうちょっと言い方ってものがあるだろうが」
「まぁ確かに余ってるけどねぇ……」
「一番有り余ってるのは恐らく貴様だろうがな」
師匠の言葉に、カインもクライヴもカノンも、誰一人魔族という部分を否定しなかった。
……え? ホントに?
てっきりこのメンバーの中で魔族なのは羽の生えたレオンだけだとばかり思っていたのに。
カインもクライヴもちょっと手のつけられない変人くらいの認識しかしてなかったというのに。
今まで何気に危険人物に囲まれていたという事実を、今更のように突きつけられてちょっと引いた。
というか、カノンもか……メトセラの鎌を素手で受け止めたりしてた時点で、普通の女性ではないなと思ってたけどさ……
もう今更すぎて何に驚いていいのかわからずに、僕とメトセラはせめて邪魔にならないような位置に立つ。魔力供給パネルの前にそれぞれ立つ皆を何となく見渡せる位置になったのは、ある意味当然の事だったのだろう。
「じゃあちゃっちゃと終わらせっぞー」
手の骨をボキボキと鳴らし、ついでに首の骨もゴキッと鳴らして言う師匠。緊迫感とかそういうものは無い。まるで無い。一切無い。
カインたちはそれぞれ魔力供給パネルの前に立つと、ほぼ同時に手を置いた。
目の前の――ゴーレムの視界部分でもあるスクリーンに、半透明の文字が浮かび上がる。僕に読めないという事は、古代文字か何かなのだろう。
「じゃ、仕掛けるけどお前らそこら辺につかまっとけよー」
振り返って僕たちに視線を向けて言う師匠に、つかまるような場所なんてないんですがと反論したが、当然のようにスルーされた。いつもの事だからわざわざ怒るような事でもない。
――仕掛ける。
確かに師匠はそう宣言した。そして実際にそれを実行している。
魔力が供給された事によって、ゴーレムの動きが先程と比べると確かに良くはなっていた。どちらかというと師匠のゴーレム操作方法が無茶苦茶になってきたのもあるだろうけれど。
師匠はその場から一歩も動いていない。にも関わらず、手の届かない範囲のパネルも使用してゴーレムを操作していた。
普段僕にツッコミ入れたり八つ当たりかましたりする時によく使用する魔術、それの威力を最小限に抑えているのだろう。これを手の届かないパネルに向かってぶつけている。
……正直、そのうちパネルが壊れるんじゃないかという気がしないでもない。
というか、そんな事に魔術を使用するくらいなら、最初からその分の魔力だけでも供給しとけばよかったんじゃあ……恐らくこれは僕以外の人も考えてはいるだろう。言った所で師匠が素直に聞いてくれるとも思えないが。
防戦一方だった戦況は、いつの間にか拮抗して、ついには僅かにこちらに優位になりつつあるようだった。唐突に動きが良くなったゴーレムに、ヴァレリアが忌々しげな表情を浮かべているのが見えた。何かを呟いたように唇が小さく動いたが、流石に何を言っているのかまでは聞こえず。
「って……ちょっとゲイルー! ボクの守護獣がやられてるっぽいんですけどどういう事ですかー!?」
スクリーンに映っている光景は、相変わらず真正面にヴァレリアを捉えている。しかしその隅――ゴーレムが倒れた時に薙ぎ倒された木々に紛れて、何やら毛むくじゃらの生物も倒れていた。恐らくそれがレオンの言う守護獣だろう。
今の今まで一度も目撃してなかったからてっきりそんなものはとっくの昔にやられたか、逃げ出していたのだろうと勝手に納得していたのだが。
「……ま、多少の犠牲は付き物だよな!!」
「ボクの新居と研究成果含む守護獣を多少で済まさないで下さいー」
今にも呪いの言葉を吐き出しかねないレオンに、師匠は僅かに肩を竦める。
「わーったよ、んじゃこれ以上の被害が出る前にサクッと終わらせっから」
「これ以上も何も既に充分甚大な被害を被ってるんですけどねー?」
レオンの言い分もわかるが、だからと言ってそれを師匠がおとなしく聞いてくれるとは思っていない。事実師匠はさっさと目の前のパネルに向き直り、やたらと素早い動きでパネルを次々に押していく。
ぱきょぉぉぉぉん。
そんな感じの音がして、ゴーレムの片腕がドラゴン目掛けて飛んだ。
まさかそんな攻撃が来るとはヴァレリアも予想していなかったのだろう。避けようとしたが、既に遅かったようだ。
間抜けな音の割に重い一撃だったのだろう。ブラックドラゴンは腕に押されるように飛ばされ、大地へと落下していく。上に乗っていたヴァレリアだけは、パラソルを開いて風に吹かれつつなおも空中に留まっていたが。
「……じゃ、ちょっと邪魔なのも倒した事だし、直接俺が出るわ」
ブラックドラゴンを「邪魔なの」の一言で済ませるってのもどうかと思います。
僕たちが止める間もなく――というか、止めようとしたのは多分僕だけだろうけれど――誰一人何か声をかける前に師匠は、
「射出!!」
という掛け声と共に、びょいんと跳ねる床によって僕たちが入って来た口部分から飛び出して行った……
え、これってそうやって脱出するやつなんですか!?




