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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
一 弟子の章

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16/93

逃避できない現実と、感動しない再会



 迫りくるモンスターの大軍勢。それを従えるは一人の魔女。

 そしてそれに立ち向かうは、巨大なゴーレム。


 まるで物語のようだな、と漠然とそう思っていた。


 ブラックドラゴンの上に立つヴァレリアが、手にしていたフリルごてごてのパラソルを勢いよく振った。と同時に恐らく何かの魔術が発動したのだろう。赤い光を放つ雷らしきものがゴーレムめがけて向かうが、ゴーレムはそれを自らの掌で受け止め――握りつぶす。

 お返しとばかりに今度はゴーレムが拳を振り上げ殴りかかるが、紙一重でヴァレリアはドラゴンを操り躱した。

 魔女が放つ魔術と、ゴーレムが繰り出す打撃の応酬。

 完全に普通の人間には太刀打ちできない戦いが、僕たちの目の前で行われている。


 ……さっき聞こえてきた声が僕の聞き間違いでなければ、あのゴーレムを操っているのは師匠だ。

 あんな巨大なゴーレムを、一体どこから調達してきたのかはわからないが。


 しかし正直師匠にそんな芸当ができるとは思っていない僕は、きっとあれはよく似た声の別人だと思いたい。大体、師匠が僕たちのピンチに颯爽と駆けつけるとかないない、有り得ない。

 ……自分の師匠なのに随分な言い草だなと思わないでもないが、師匠の普段の行いを見ていればこの評価が限りなく妥当なものだと自信をもって断言できる。


 段々繰り広げていた攻防のスピードが上がってきたのか、目で動きを追うのもきつくなってきた。一応まだウィンディが張り巡らせた障壁があるので、万一こっちにとばっちりがきても大丈夫だと思いたいけど、もしあのゴーレムがこっちに倒れ込んできたらと思うと……流石にあれは障壁で防ぎきれるかどうか……


 赤い光だったり青い光だったり一体どんな魔術なのかわからないが、とにかく様々な攻撃魔術を駆使しているのだろう。時々ブラックドラゴンが牽制するかのようにブレスを吐き出しているのも効果があったのか。

 ゴーレムが、徐々に圧され始めた。じりじりと後退りながら、僕たちのいる場所との距離が縮まる。


 正直師匠頑張ってー、などと声をかけるのはすっごく躊躇われるが、師匠が負けたら次に危ないのは僕たちだ。とりあえず心の中だけで何とかして下さい師匠と応援というよりは切実なお願いをしてみる。

 この状況を心配しているのは、僕以外ではメトセラだけのようだった。

 カインに至っては退屈そうに欠伸までしている始末。何その余裕。

 クライヴは欠伸をしていなかったが、この場から逃げ去るように飛んでいく鳥を眺めて「おや、この地方では見かけない珍しい種類の鳥がいたね」などとのたまっている。……魔女VSゴーレムなんざ視界に入ってませんよ。ある意味カイン以上に余裕をかましていると言える。

 ちょっとその無駄に溢れる余裕を僕にも分けて欲しいくらいです。



「ウィンディ、障壁解除だ」


 ほんのちょっとゴーレムから視線を外している間に、ゴーレムはすぐ近くまでやって来ていた。同時にヴァレリアとの距離も縮まっている。

 そんな状況で障壁解除!? そんな事をのたまう意味がわからない。


「大丈夫……なんじゃな?」

「おう」


 念を押すようなウィンディに、あまりにもあっさりとした返事がくる。いや、何が大丈夫なんですか。どう考えたって危険でしかないでしょ。


 けれどもウィンディは障壁を解除した。解除してしまった。

 そしてヴァレリアの乗っているドラゴンがブレスを吐き出すのはほぼ同時だったと思う。

 あー、これは死んだな……なんて思っていたのだが。

 灼熱の炎から盾になるように、ゴーレムが覆いかぶさった。そして次の瞬間、僕たちはゴーレムの手にがっしと掴まれ――炎から遠ざかるように飛び出したゴーレムに運ばれる結果となる。皆まとめて手に握られているため、窮屈なんてもんじゃない。力加減を間違えたらもれなく皆でぺしゃんこだ。

 誰かが文句を言うよりも早く、ゴーレムはぽーいと僕たちを上に放り投げ――


 ぱかっと開けられたゴーレムの口に吸い込まれるように落下していく。

 あまりにも唐突すぎて、悲鳴を上げる間もなかったのは良かったのか悪かったのか……

 ふわりとした浮遊感。当然次に来るのは落下する感覚。見上げていたはずの木々を上から見下ろす形になったのは、ほんの一瞬。すぐに視界は真っ黒になった。

 落下地点にあるのは、ゴーレムの大きく開いた口。


 やってくるであろう衝撃は、しかしやってこなかった。ふわりとした浮遊感。

 先程感じたソレとは同じようで違うもの。

 ゴーレムの体内にぶつかる前に、まるで何かに受け止められるようにして僕たちは止まる。誰かを下敷きにする事も、される事もなく着地していた。


 ゴーレムの体内は、思っていた以上に普通だった。外観がゴーレムである事を知らなければ、普通の建物の一室だと信じてしまう程には。

 いや、体内だからといって内臓を模した物がそこかしこにあって挙句それが脈打ってたらそれはそれでイヤなんだけどさ。


 うっかり油断してると、腰からストンと力が抜けてその場にへたり込んでしまいそうになるのを何とか堪える。普通ならあの高さから落下したら間違いなく別世界に逝ってるはずだし、今生きているという事実を噛み締めるのは仕方のない事だとさえ思うんだ。


「まったく……折角のボクの新居を台無しにしてくれたものですねぇ」

「いやー、着地点上手く設定できなくてな。わりっ」


 レオンの愚痴めいた言葉に、全くこれっぽっちも悪いと思ってない口調でさらりと返した相手の方を向けば。


 ――残念な事にと言うべきか、そこにいたのは紛れもなく僕の師匠でした。


 金髪黒目の、一見すると好青年風のその人は、見間違いようもなく。

 魔術師というよりは、どこぞの道場で師範代とかそこら辺のポジションにいそうな風体。

 最後に僕たちの家で見た師匠と、何一つ変わらないのだから見間違おうにも間違えようがない。


「師匠……」

「ん? よう、馬鹿弟子。とりあえずは五体満足無事のようだな」

「えぇまぁ、外見上は。どっちかっていうと内面ズタボロですけど。そっち側に目を向けようとは思わないんですよね」

「内面ったってなぁ……掻っ捌いていいなら掻っ捌いて中身だろうが何だろうが好きなだけ目を向けてやるけど、それやると五体満足どころの話じゃないだろ」


「そういう意味で言ったんじゃありませんよ。もうちょっと察して下さい馬鹿師匠」

「それだけ減らず口が叩ければ大丈夫だな」


 今までの不満をぶちまけたかったが、あっさりとスルーされる。駄目だ。どのみちここで何を言った所で通じないだろう。というか、感動は一切しないけど再会を喜んでいる場合でもない。


「すまんなメトセラ。こいつホンット手がかかるだろー」

「いえ、そんな事は!! 全然これっぽっちもありません!!」


 いきなり話を振られて、メトセラも慌てたのだろう。ぶんぶんと音がしそうな勢いで首を横に振って言うが、あまりに必死すぎて……メトセラの言葉は本心なんだろうけど、どうにも否定しすぎて逆に肯定されてるような気がしてきた。背後の方でカノンの「王子……おいたわしい……」という呟きが聞こえた。

 表面上の同情でさえ、今なら有難く受け取れそうな気がしてくる。


 室内に暗く赤い光が明滅したのは、突然の事だった。これで警報のようなものが鳴れば絵に描いたような非常事態なのだろうけれど、不安を煽るように光だけが明滅する。


「あー、本気でヤバいなこのままだと」


 思い出したように師匠が僕たちに背を向ける。師匠との再会に意識が傾きすぎてそれに気付くのが遅かったのは仕方のない事なんだと自分に言い聞かせる。

 師匠の視線の先、そこはゴーレムの目の部分でもあるのだろう。外の光景がしっかりと映し出されている。

 目の部分と推測したが、右目左目と窓のようなものがあるわけでもなく、巨大なスクリーンに外の光景が投影されている、というのが正しい。このゴーレム無駄に技術力高いんだけど、ホントこれどうしたんですか師匠。

 そして今現在、その画面には赤い――ドラゴンのブレスだろう――炎が埋め尽くされていた。


「いやー、ちょっとした挨拶の間に大ダメージ喰らってるとか笑えねーよなー」

 とか言いながら笑ってる師匠は頭がおかしいんじゃないかと思う。

 もろブレス喰らってるけど大丈夫なんだろうか。今はまだ熱いとかそういうのないんだけど、いきなり蒸し風呂状態になって一気に蒸し焼きとか勘弁して下さいよ!?


 危機感ゼロの師匠は、外を映し出しているスクリーンの下に広がるコントロールパネルのようなものを操作しだした。本来ならこれは、数人で操作をするものなのだろう。パネルがある真正面に立ったとしても、端に手が届きそうもない。

 しかし師匠はそんな事などお構いなしに目の前にある手の届く範囲のパネルをバシバシと掌の方が痛くなりそうな音を立てて叩いていく。

 無防備にドラゴンのブレスを喰らっていたゴーレムが、今更のように身を捩って避ける。


 室内で明滅している暗く赤い光は、未だ消える事はなかったけれど。

 それはつまりこのゴーレムがそれだけのダメージを喰らっているという警告なのだろう。



 ゴーレムの視界部分から見えるのは、ゴーレムの動きやドラゴンのブレスやらで半壊状態の森と、地に伏したワイバーンその他のなれの果て。

 そして、正面にいるブラックドラゴンと魔女ヴァレリア。


「とりあえず、世間話はこれ片付けてからにするか」


 これが師匠の言葉じゃなかったらとても頼もしいんだけどなぁ……

 なんて思った僕は悪くないと思う。

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