降ってきた巨大なゴーレムと、僕の師匠
一度は強制的に撤退する事になった魔女が再び戻ってきました。
正直戻ってくるの早すぎない? あと凶悪なモンスター大量に引き連れてくるとかやめてくんない?
何も知らない人があの光景見たら間違いなく魔女ヴァレリアを魔王あたりと勘違いした事だろう。
あれだけの軍勢とか、レオンの城の近くにある村(と言っても徒歩でかなりの距離)の人とか目撃しちゃったら騎士団あたりに連絡してくれないかなとも思ったんだけど、そもそもこんなド田舎に騎士団がやってくるまでにどれだけ時間がかかる事か。
師匠の家付近にいるであろう騎士団がそのままこちらに調査にやって来るにしても、流石にあの数じゃ対応しきれないだろうし。大体国一つ攻め落としにきましたと言われてもおかしくない数だ。ちょっと調査にきましたよ程度の騎士団に対処しろというのも酷な話か。
仮に、仮にだ。準備万端整った騎士団がやって来たとして。
こっちには見るからに人じゃない種族と一目でわかるレオンがいる。ついでに魔女も。こっちは自分から名乗らなければわからないとは思うけど、最悪僕たちまで討伐対象にされかねない。
……都合良く正義のヒーローなんてものは現れるわけがないとはいえ、本当に絶望的すぎるよ……
「さて困りましたねぇ。カインやクライヴが頑張ってくれたとしても、流石にあの数はちょっと……っていうか上空からフルボッコにされて終わりそうですしー。
ウィンディ、流石にあれ全部ご自慢の魔術で対処できませんよねー?」
「無茶を言うでない。それならまだ一人で国一つ落としてこいと言われた方がマシじゃ」
「ですよねー」
「いや、あの、状況考えて下さい。そんな和やかに会話してる場合じゃないですよ……」
もしかしてこの人たちまで現実逃避しちゃったんだろうかと思い、つい突っ込む。僕が脳内でする分には特に問題ないが、お互いに会話しつつ逃避行動にでも出られたら堪ったものではない。
「ふむ、魔剣の力を解放すれば多少は片付くかもしれないが……やはり全ては無理だろうな」
「ヴァレリアだけ倒すにしても、恐らくあの黒いのは確実にヴァレリアとセットだろうしな」
そうだ。先程ヴァレリアがやって来た時はワイバーンがセットだったけど、その時は壁にめり込んでいて戦力にもならなかった。しかし今回は彼女を乗せているブラックドラゴンも参戦するだろう。流石にあのドラゴンが壁にめり込んで動けないとかそういう事にはなりそうもないし。
むしろ壁をあっけなく崩壊させる気しかしない。
城が完全に崩壊してしまえば、僕たちに逃げ場……いや、隠れる場所はなくなる。そうなれば他のモンスターに上空から攻撃されて、それこそあっという間に人生終了という流れになりそうだ。
この事態を好転させるような何かがあるでもなし……あぁ、これ本当にここで人生終了かもしれない。
どうしようもない事態。少なくとも僕に出来る事はない。この状況を打破する力も、策もない。
他力本願になるが、他の人たちの顔を見回す。
不安そうにしてはいるが、それを表に出さないようにしているメトセラ。僕と同じように打つ手がないのだから、不安になっても当然だ。
しかし他の――レオンやウィンディあたりは相変わらず現実逃避じみた会話をしているし、カインもクライヴも窓の外に視線を向け、近づいてくる軍勢を眺めているだけだ。
カノン……は心配そうな表情で何故かこちらを見ている。
いや、関わったら駄目だ。この人と会話すると僕が色々と精神的にダメージを負いかねない。
こうしてヴァレリアがこの城に突入するのをただ見ているだけしかできないのだろう。
いや、先程のワイバーンのように突入する必要さえないかもしれない。あのブラックドラゴンがブレス攻撃できるのなら。
「……ッ!? 皆の者、とにかく避難じゃ」
レオンとの会話を打ち切って唐突にウィンディが声を上げる。避難って……そもそもどこに?
「この城はもう諦めい。とにかく外へ」
「あの、外って余計危険なのでは?」
「ここにいたら巻き込まれるぞ」
何に!?
という言葉は言えなかった。
ウィンディは踵を返し一人先に突き進む。
「ちょ……城は諦めろって、まさか……」
レオンが何かに気付いたようだが、ウィンディはそれにこたえる暇はないとでも言わんばかりに速度を上げる。数秒。オロオロとしていたレオンだが、
「仕方ありませんねー、行きますよー皆さん」
「やれやれ、説明する時間もないとはね……」
「まさかとは思うが……そのまさかか……」
城を諦めるという部分は既に覚悟を決めたのだろう。パタパタと音を立てて、彼もまたウィンディの後を追う。何の事かわかっていないクライヴと、恐らく予想くらいはついたカインの呟き。
「王子、何をしているのですか。お早く」
ウィンディが行動に出た瞬間、既にその後をついていくつもりだったカノンが立ち止まって振り返る。いや……だから王子ってのは……今ここで言ってもどうにもならないんだろうけれども……
「よくわかりませんが、行きましょう。兄弟子殿」
「あ、あぁうん……」
状況についていけてない僕の手を引いて、メトセラが駆け出す。
「おいこら小娘、汚い手で王子に触れるな!!」
「やかましいぞカノン!!」
何かもう、再戦が開始されそうな勢いで叫んだカノンに、ウィンディが何かを投げつけ――って、何気に魔術発動させないで下さい。軽く壁側に吹っ飛びかけたカノンは、恨めしげな眼差しを一瞬だけウィンディに向けて、それからもう一度殺気に満ちた視線をメトセラに向ける。
しかしいつまでもそうしていられないと判断したのだろう。とにかく足を動かす。
……汚い手も何も、メトセラは白い手袋してるからそれ以前の問題のような気がするんだけど。
というか、確かにいきなり攻撃仕掛けたメトセラにいい感情を抱かないのはわからないでもないけど、だからって何でここまで……僕が原因にしても、もう少しわかりやすい理由でお願いしたいところだ。
途中、まだ倒し終えていなかったであろうモンスターとも遭遇したが、それこそ今からこちらにやってきている軍勢と比べると雑魚なので、それはそれはあっさりとウィンディに張り倒され、レオンに踏まれ、カインとクライヴに斬り捨てられた。
城から脱出する途中で見た、カインとクライヴによって討伐されたモンスターだったモノに関しては、極力視界からスルーしました。あれはしっかりと記憶するべきものではない。
こうして何が何だかわかっていないままに、凶悪なモンスター(主にドラゴン族多数)が溢れている城の外へと出る事になったのだが……
僕たちが城から出た直後、物凄い轟音が響き――城が、崩れた。
「は……?」
事態の把握なんてすぐにできなかった。
ただ、いきなり上から何かがやってきて、それが原因で城が潰されたのだというのを理解したのは、降り注ぐ瓦礫を見やってから。
間一髪、とはこういう事を言うのだろう。
柔らかい、緑色の光が僕たちの周囲に展開され、それがウィンディが作り出した障壁だという事に気付いたと同時に、僕の口からは乾いた笑いが出ていた。
ウィンディが張り巡らせた光の壁に、城の壁だった物が降り注ぎぶつかっては砂のように崩壊、消滅していく。これがなければ僕たちはあっさりと潰れていただろう。
「あーあー、派手にやってくれましたねー」
何かを諦めたようなレオンの声。中古物件だとは言っていたが、それでも彼にとっては新居なのだ。それが見るも無残に崩壊したという割に、口調は軽いものだったが。
城を一瞬で崩壊に追いやったモノが一体何なのか……障壁に守られているとはいえ、瓦礫が降り注ぐという事態に思わず身を強張らせていた僕は、レオンの声で思い出したようにそれを見上げた。
影になっていてよく見えなかったけれど、そこにあったのが人の形をした何かだ、という事はかろうじて理解できた。しかし城を踏み潰すような巨大な人間などいるわけがない。巨人族はとうの昔に滅んだ種族だし。
それ以前に、人の形をしているとはいえ、人そのものですらない。
よく見ようと目を凝らす。
――そして、理解したと同時にまたも僕の口からは乾いた笑いが出た。
有り得ない。
真っ先に浮かんだのはその言葉だけだった。
僕が目にしたもの、それは、既に崩壊したレオンの城と同じくらいの大きさのゴーレムだった。
何が有り得ないって、そもそもゴーレムは空を飛ばない。空を飛ぶようなゴーレムを作るとなると、消費魔力がとんでもなくなるし、小型なものなら可能かもしれないけれど、これだけの大きさのゴーレムならばまずあり得るはずがない。
けれどもゴーレムはここに在る。一体どこから降ってきたんだろうか。
ウィンディでもレオンでもどっちでもいい。とにかくこの状況をわかりやすく説明してほしかった。
僕と同じようにそれを見上げていたメトセラも、何が起こっているのか理解できていないのだろう。メトセラにしては珍しく、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
視線を逸らす事ができずに見上げたままでいると、そのゴーレムは古めかしい外観と巨大さとは裏腹に滑らかな動きでもって両腕を上げた。――ヴァレリア率いるモンスター達のいる方角へ向けて。
そして向けた掌から、光が一閃される。
あまりの眩しさに思わず目を閉じた。やや遅れてから響く轟音。びりびりと空気が震える。
それが収まったのだろう。唐突に静かになる。
目を開けて、その光景に唖然とした。
空を埋め尽くさんばかりだったヴァレリアが率いてきたモンスターの軍勢が、大分減っていた。
「二撃目が発動するぞ」
ウィンディの言葉に、僕は咄嗟に目を閉じて耳を塞ぐ。瞼の上からでも感じる明るさと、塞いでいても聞こえてくる轟音。
「ふむ、流石にヴァレリアは避けたか……簡単にはいかぬのぅ」
思わず耳から手を離した時に聞こえたウィンディの声に、目を開けて確認する。あれだけいたワイバーンその他は、呆気ない程簡単に地に落ちていた。今上空を飛んでいるのは、ヴァレリアを乗せたブラックドラゴンと、後は数える程度のワイバーンしかいない。
「あの、これ一体どういう事なんですか……?」
「見ての通りじゃ」
「何でこうなったかっていう途中経過がさっぱりなんですけど」
大体、普通に想像もつかないだろう。いきなりモンスターの大群が押し寄せてきたところまではもしかしたら不幸な事故であるかもしれないが、いきなり巨大なゴーレムが空から降ってきてモンスターのほとんどを片付けてくれるとか、都合がいいにも程がある超展開だ。
まさか僕がそういう風に言うとまでは思っていなかったのだろう。ウィンディは何を言われているのかわからないと言った具合に僕を見た。そして更に僕が何かを言う前に――
ずしん。
腕を上げた時とは違い、やたらと重々しい音がした。ゴーレムが、一歩踏み出している。しかもそれで止まるわけでもなく、二歩目、三歩目と木々を薙ぎ倒しながら進んで行く。ヴァレリアがいる方角へ。
「三撃目は撃てぬのか?」
「流石にそこまでのエネルギーはねぇよ」
ゴーレムに問いかけるようにウィンディ。それに返事がくるなんて思ってもいなかったが、僕の予想をあっさりと裏切って言葉が返ってきた。それも、とても聞き覚えのある声で。
「ふん、尻尾を巻いて早々に逃げ出したかと思ったぞ」
「逃げて良かったならとっくに逃げてたっつーの」
ぼそりと呟いたカインの言葉にも、即座に言葉が返ってくる。あのゴーレムに耳がついているのかはわからないが、とりあえず高性能な聴覚があるのは確かなのだろう。上から降ってくる声は、スピーカーからだろうか。僅かではあるがエコーがかかっている。
ゴーレムは木々を薙ぎ倒し、なおも進む。そうして飛んでいたワイバーンを、その拳で殴りつけ地面に叩き付ける。人とは明らかに重心の違うゴーレムの動きは見ていて危なっかしいものがあったが、それでもゴーレムは次々にワイバーンを叩き落とし。
そうしてついにはヴァレリアを乗せたブラックドラゴンと対峙していた。
……聞き覚えがあるっていうか、聞き間違いようがないあの声は、紛れもなく僕の師匠の声なんだけど……師匠、一体そのゴーレムどっから持って……いや、そもそもどうやって操縦してるんですか、それ……




