少しだけ増えた戦力と、もっと増えた敵勢力
果たして師匠が本当にこの場にやって来るのかどうなのか。
人生のほとんどを付き合ってきた弟子である僕が言うのもなんだけど、来るって断言できないのが悲しい所だよね。それよりも、魔族だけならいざ知らず、魔女とも付き合いのある師匠って一体何者なんだろう……?
バンッ!! と遠慮も何もない勢いでドアが開く。――いや、正確には蹴り開けられた。
物音に驚きながらそちらに視線を向けると、そこにいたのはカインだった。その手にはしっかりと魔剣が携えられている。ついでに、険しい表情をしているがその口にはしっかりとおにぎりが咥えられていた。いや、突っ込まない。突っ込まないぞ……!
「ちょっとカインー、行儀悪いとか言う以前にドア壊れたらどうするんですかー!?」
カインの行動に眉を顰めたのは、レオンだけだった。しかしどこかズレているような気がする。
「てめぇ……散々城中駆け回らせておいておにぎり一個ってふざけてんのか!?」
咥えていたおにぎりを早々に咀嚼して、叫ぶ。そのままズカズカと室内に足を踏み入れ、当然のようにテーブルに並べられていたおにぎりに手をつけた。僕はというと、言われる前にカインの目の前にお茶を置く。とりあえず小皿に肉じゃがも取り分けておこうか。
「そう言われましてもー、使い魔にだって限界があるんですよー。おにぎり一個運ぶのが精一杯なんですからもうちょっと温かい眼差しでもって見守ってあげましょうよー」
「黙れ。だったらせめて時間差で持ってくるとかそういう気遣いをちらっとでも見せろ」
「どのみちある程度片付いたら戻ってくるかなーと思いまして。ご飯はその時で充分かなと」
「俺は躾に成功した犬か何かか!?」
「まぁまぁ、ほら、折角戻って来たんですから、おにぎりでも食べて落ち着いて下さいー」
「…………ッ」
明らかにカインの怒りゲージとかそういうものがぐんぐん上昇しているのを感じ取る。
落ち着いても何も、怒らせてるのはレオンの言葉のような気がしないでもないが、ここで余計な事を言って巻き込まれるのも御免だ。
「……で、そっちは? 見ない顔だが」
そう言ってカインが視線を向けたのは、魔女ウィンディではなくカノンと呼ばれていた女性の方だった。
「ははは、何を言っておる。カノンではないか。……もう忘れたのかえ?」
「ちょっと待て。お前の方こそ何を言っている」
乾いた笑いを浮かべながら言ったウィンディに、心底怪訝な表情で返す。このやり取りから推測すると、どうやらカインとウィンディは一応知り合いらしい。
「カノンってあのカノンだろ……?」
「いいか、それ以上余計な事は言うな。王子の前だ」
何かを思い出すかのように逡巡するカインに、限界まで低くしましたと言わんばかりの声でカノンが牽制する。
「は? 王子?」
カノンの視線の先には、僕。つられるようにしてカインの視線もこちらへと向けられた。
「……いや、お前……そんな趣味が……? それ以前に本当にあのカノンなのか……?」
うーわー、何か色々と可哀想なイキモノを見るような目で見られたんですけど。僕は何一つ悪くないと思うんだけどなぁ。
というか、カインはカノンとも知り合いなのだろうか? この反応からすると一応そうらしいような気はするんだけど。
でも僕に対する王子発言はカインも何の事かわかってないみたいだし……となるとやはりそれはカノンの妄想か何かなのか?
「いいか。これは全て不可抗力だ」
びしっと指を突きつけて、カノンが言い放つ。何かを察したのか、それとも単にこれ以上関わりたくないと思っただけか、カインは露骨に視線を逸らし、一心不乱におにぎりと肉じゃがを口に運ぶ。
まぁ、気持ちはわからないでもない。ただ僕にまで心底不憫な眼差しを向けるのは勘弁してほしいけど。
「……やれやれ、随分と余裕だね」
一体いつからそこにいたのか。クライヴが壁に背を預けるようにして、溜息を吐いた。
「全く……粗方片付いたとはいえ、自主的に休憩かね? 愚弟」
「あぁ、大体は片付いたんですかー?」
「そうだね。掃除が大変だと思うよ」
さらりと言われた言葉に、ちょっとうっかりリアルに想像した。うわぁ……
「『ドール』が全滅したのは痛いですねー。城の後片付けとかホントどうしましょう」
レオンの吐いた溜息は、クライヴが吐いた溜息以上に重々しかった。
「掃除の心配より先にしなくてはいけない心配があると思うのだがね」
「どういうことですかー?」
「外を見てみるといい」
言われるままに、レオンが席を立つ。この部屋に窓はない。故に外を見るには使い魔を通して視るか、素直に廊下に出て窓のある位置まで移動しなければならない。
使い魔に指令を出すのが面倒だったのか、それとも単に自分の目で確認しようとしたのか。部屋を出ようとしたレオンに、僕も一緒についていった。
「うわー、ちょっと今回全力すぎやしませんかねー、ヴァレリア……」
「いやいやいや、そんな暢気な事言ってる場合ですか……?」
少し離れた位置にあった窓から見た外の光景。
そこにあるのは相変わらずの森と――その上空を飛んでこちらへと近付いてきている複数のワイバーンその他。
……どんだけモンスター配下にしてるんですかあの魔女……
圧倒的な戦力差に、思わず眩暈がした。
城を囲む黒い森。
その上空を埋め尽くすかのような黒い集団。一体どれくらいいるのか……数える事すら脳が拒絶する。
これから一国を攻め落としますと言われたら、誰もが納得するような軍勢だった。
大切にしていた『ドール』を全滅に追い込まれ内心怒り心頭だったレオンも流石にこれを見てウンザリしたらしい。表情を引きつらせながらも同時に徹底的にぶっ潰せって事ですかねー、という呟きも聞こえてきたので、徹底抗戦の構えはそのままらしい。
苛ついてるのはわかるけど、八つ当たり的な何かがこっちにこないといいなあ、切実に。
「えぇと……さっき城にやって来たモンスターとかとは明らかにレベルとかそういうのが違いすぎると思うんですけど……波状攻撃にしてはちょっと何かムラがありすぎるような」
というか、最初からあれ送り込まれてたらこっちは即壊滅してたと思うんだ。
空を黒々と埋め尽くす勢いでこちらにやってきている軍勢は、大半はワイバーンだがよく見るとその中に明らかにあれ、合成獣ですよねって感じのものも混じっていた。
何というか、ここいら一帯の地域ではまずお目にかからないような凶悪モンスターの群れ。
つい先程まで城の中にうじゃうじゃといたのは、ゴブリンとか、スライムとか、まぁこの辺でも割とよく見かけるやつだったが、あれは明らかにこの辺の地方に棲息してない。
いや、この辺に棲息してるモンスターでさえ僕にとっては充分脅威なんだけど、それより更に上のランクの危険生物が大挙してる時点で、今すぐにでも喚き散らしながら逃げ出したい。泣き喚いたりしないのは、恐らくやったところで無駄、という点に尽きるからだ。
「恐らくではあるが、あれは最初の部隊に含まれていなかったのだろうね、一度強制的とはいえ戻る事になったヴァレリアが新たに部隊を編成して進撃させたものだろう」
僕の言葉にこたえてくれたのは、クライヴだった。
「最初はこの城にいるのがレオンと『ドール』だけであるという推測だっただろうが、何せそこの愚弟と私までいた、というのも含まれているんじゃないかな。本気で私たちを潰しにかかりたいらしいね」
「いや、笑いながら言うセリフじゃないと思うんですが……」
「さて困ったね。私も一対一ならワイバーン程度どうという事もないが、流石にあれは数が多すぎる」
いや、一対一なら勝てるっていうのもどうかと思うんですが。普通の人間にはまず無理です。
そう言いそうになったが、言ったら言ったで普通の人間と一緒にしないでくれるかな? とか笑顔で言われそうな気もしたので口を噤んでおく。
……行くアテがなくても無理にでもさっさとメトセラ連れてここから出ていくべきだったかな……なんて今更のように後悔する。
流石にこれでは逃げ場も何もあったものではない。
「むしろこれ、既にこの城ごと沈めるつもりなんじゃないですかねー」
空を黒く埋めていた軍勢が、徐々にその姿をはっきりとさせて。
恐らく後数分でこの城に到達するだろう状況で、相変わらずレオンの言葉には危機感とかそういうものは一切感じられなかった。
てっきり何かの策でもあるのかと思ったが、さてどうしましょうかーという呟きが聞こえ、何かもう色々と絶望的だ。
カインやクライヴがいくら強いとしても、流石にあの数を二人で倒せるかと問われればまず間違いなく無理だろう。メトセラとほぼ互角に渡り合っていたカノンも戦力として数えたとして、まず上空からの攻撃に対処できなければ僕たちはなす術もなくやられてしまう。
魔女、と名乗ったウィンディの魔術とかそういうものに期待するにしても、流石に彼女一人の魔術であれら全てをどうにかできるとも思えない。
圧倒的な数の暴力。そんなものに多少の抵抗をしたところで、どうなるというのか。
半ば現実逃避がてら楽な死に方を模索しだしたので、その考えを振り払うように頭を振った。
「……全く、本気であやつは何をしておるというのじゃ……」
苛立たしげな呟き。いや、この場にいない人に対する文句を言われましても……
「兄弟子殿……」
メトセラが何かを見つけたのだろう。僕の袖を引いてそれからある一点を示す。
そちらに視線を向けるが、僕には最初メトセラが何を見つけたのかよくわからなかった。
相変わらず空を埋め尽くすかのような黒い集団。窓に張り付くようにして目を凝らす。
そうして数秒。メトセラが指し示したモノが何であるかを理解した瞬間。
「うわぁ……」
思わず声が出ていた。
黒い集団。その中に、一際大きな黒い塊。
それはワイバーンよりも二回りは大きいであろう、黒いドラゴン。恐らくあれが、あの集団の中で一番の大きさだろう。空? 自分の庭ですよみたいな余裕さえ感じられるかのように悠々と飛んでやってくるそのブラックドラゴンこそ、あの集団のリーダーと見て間違いないだろう。
事実、あのドラゴンの背に、風圧を物ともせずに立っているのは紛れもなく――魔女ヴァレリアだった。
いやうん、魔女、だよね? 決して竜騎士とかそういうやつじゃないよね……?
竜族の血でも引いてるのかってくらいドラゴン族従えてるんだけどなんなのあの魔女……
実は竜の王国とか築いてないよね、とか、僕の脳はまたしてもおかしな方に現実逃避しだしていた。




