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師匠は自称一般市民  作者: 猫宮蒼
序章 始まりに巻き込まれる
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爽やかな朝と夜逃げした師匠



 窓からは柔らかな陽光が差し込み、外からは軽やかな小鳥の囀りが聞こえてくる。そんな、とても平穏な日常。あぁ、今日もいい天気だ。絶好の洗濯日和になりそうだな、なんて思いながら伸びを一つ。

 ベッドからおりて、簡単に身支度を済ませる。


 さて、今日も一日頑張ろうか!


 そんな風に思っていたのだが。

 平穏は、思わぬ所からあっさりと崩れ去った――



 身支度を整えて自室から出ようとした矢先の事。

 ドンドンと音を鳴らすというよりはむしろそこにあるものを破壊する、といった不穏な気配さえ感じられる音が響いた。

 聞こえてくる方向からして、間違いなく玄関の方からだ。

 僕以外にもこの家に住人はいるが、だからといって誰かが出るまで放置しておくと先に扉が破壊されそうだ。もしそうなれば修理するのは僕の仕事であり、だからこそ僕は慌てて部屋を飛び出して玄関へと向かう。



「おはようございます、兄弟子殿」


 今なお現在進行形でドンドンと叩かれ続ける扉の前で、恐らく僕とほぼ同時に部屋から出てきたであろう少女と遭遇する。


「おはよう」

 挨拶だけを返して、ミシミシと不吉な音を立て始めた扉に目をやる。

 普段なら真っ先にうるさいと怒鳴り込んできそうな師匠の姿が見当たらない事に若干の嫌な予感を抱くが、だからといってこのまま放置しておくわけにもいかない。すぅっと息を吸い込む。


「はいはーい! どちらさまですかー?」

 迷惑なんだよこの野郎、という気配を微塵も隠さずに声を張り上げた。


「いいからとっととゲイルの野郎を出せやゴルァ!!」

 僕の声以上に不機嫌さを隠しもしない、どころか殺気さえ感じられる声が即座に返ってきた。ついでに一際強く扉が叩かれる。


 知っているその声に、僕はしぶしぶ扉を開けるしかなかった……



 ――さて、一体どこから説明すればいいだろうか。

 まず初めに。

 僕の名前はシオン。どこにでもいるような普通の人間だ。村人その1どころかその5あたりの、なんかそういやいたねそんなの、みたいな立ち位置にいると思っている。

 無理矢理周囲と違う点をあげるとするならば、生まれつき染めてもいないのにまるで染めたかのような鮮やかな青い髪の色くらいだろうか。目も青なんだけど、目の色が青い人間は割といるからそこは普通だと思う。けれども、青い髪の人間というのは今の今までお目にかかった事がない。特にこんな田舎では。


 そのせいでちょっと、いや、かなり目立つのだがまぁそんなのは些末な事だ。


 一応来客だと認識したので、お茶を淹れて出すと慌てて立ち上がろうとした少女を手で制して座らせる。小さな声ですみませんと謝られたが、いつもの事なので受け流す事にする。


 僕の事を兄弟子と呼ぶ彼女の名はメトセラ。

 一年ほど前に、僕と同じ人物に師事する事となるが……正直師匠にする人間激しく間違ってるんじゃないかと今でも思っている。


 腰まである銀色の長い髪はまるで絹糸のように滑らかで、歩くたびにしゃらしゃらという音さえ聞こえてきそうな程だ。紫色の瞳もまるで宝石のように鮮やかで、それ以外の部分を見ても欠点などないくらいに整いすぎている。誰が見ても、メトセラは美少女だと断言するだろう。

 美少女という時点で周囲の視線を独り占めしそうな彼女ではあるが、普段着というか正装が黒のタキシードなので更に目立つ事となっている。


 とはいえ、僕もメトセラも目立つのは外見だけで中身の方はそれなりにマトモな(んだと信じたい)ので、ご近所さんから意味もなくひそひそされるという事は今の所はない。



 そうして、僕たちと向かい合うようにして座っている来訪者の名はカイン。

 こちらもまぁ、見た目だけなら普通だと思われる。見た目だけなら。

 黒い髪の人は割とどこにでもいる。血のように紅い眼をしているが、そこそこ整った顔立ちのせいかなんというか影のある美形認識をご近所さんからは受けているような気がしているけれど、まぁ、外見だけ見れば特におかしくもない。

 必要以上に外見だけを普通と連呼しているのは、カインの性格があまり普通じゃないからに他ならない。

 不機嫌さを隠しもしないで出されたお茶を一気に飲み干す姿に、できればあんまり関わりたくないなぁと思いながら、極力目を合わさないようにする。

 気分は野生動物と遭遇した時のようなものだった。



 カインが来訪の際に告げたゲイルという名は、僕とメトセラのお師匠の事だ。

 一応師匠は魔術師をやっている。とはいえ師匠は性格的に面倒くさがりなので、世間に名を知らしめるなどという事も一切しないある意味引きこもりも同然の存在なのだが。

 常々思うのは、僕もメトセラも師事する相手を間違えたとしか言えないという部分だが、魔術師の弟子とはいえ僕は完全に家政夫扱いだし、メトセラは僕以上に魔術の才能なんてないみたいだし……

 いや、今はその部分を掘り下げている場合じゃなかった。



「えーと……それで、今日は一体どういったご用件ですか?」

 師匠の名を呼びながらやって来た以上、大体の予想はつく。面倒事に巻き込まれないうちにさっさと師匠でも何でも連れてって下さいと心の中で付け加えて。


「とりあえずゲイルの野郎に用がある」

「師匠ならまだ寝てるんじゃないですか? とりあえず今呼んできますから、ちょっと待ってて下さい」


 あれだけ物音を立てていながらも、うるさいだのと怒鳴り込んでこないという事は多分完全に熟睡してるんだと思う。

 カインを直接師匠の部屋へ向かわせたら下手したら師匠の部屋を起点に家壊されそう、と思ってしまったので僕は仕方なしに師匠の部屋へと向かった。


「師匠ー? 起きて下さい、カインさん来てますよー?」

 ドアを控えめにノックしてから開ける。


「…………あれ?」


 目に映ったのは、何もない室内。

 普段から殺風景ではあった師匠の部屋は、これ以上殺風景になる事なんてあるんだ……と思わず感心してしまう程に何もなかった。私物どころか家具が一つも存在していないがらんどうの部屋。



「え……? ちょ、師匠……!?」

 綺麗さっぱりなんの痕跡も残っていない部屋に、思わず足を一歩踏み入れる。

 一体どういう事なんだと思ったところで、答えや返事が返ってくる事もなく。

 僕は完全に狼狽えていた。



「――ふん、やはりな」

「え?」

 いつの間にそこにいたのだろうか。振り返るとカインが背後に立っていた。

「ゲイルの奴……逃げやがった」


「はい?」


 事態も事情も何も知らない僕は、ただ不機嫌そうなカインの顔を見上げるだけだった。




 朝っぱらから顔見知りの襲来。そして姿を消した師匠。

 考えずとも面倒事の気配だけはしっかりと感じ取れてしまった。

 とりあえず僕に出来る事は……朝ごはんの用意だろうか?


 そうだ、まずは落ち着いてご飯食べよう。

 そんなわけで現実逃避がてら朝食を用意したわけだが。


「――おい、何だこれは」


 テーブルの上に用意された物を、まるで屠殺場のブタでも見るかのような眼差しで見下ろすカインに対して、僕は至って平然と答えた。


「朝食です」



「……朝食?」


 しばしの間を置いて、カインはその単語を繰り返していた。頬のあたりが引きつっているように見えるのは、決して見間違いじゃないだろう。実際のカインの反応にメトセラも居た堪れない表情でこちらを見ている。


「仕方ないでしょう。食料は今日買出しに行く予定だったんですから。さっきざっと見た限り、我が家にある食料はほんの一握りの塩と、小麦粉1カップ程度しかなかったんです」


 そしてそれを水で溶いて薄く、うす~く焼いたのが、今日の朝食です。

 味? 断言できるよ不味いって。

 でもこれしかないんじゃしょうがないよね。


「……だったら先に材料でも何でも買いに行けば良かっただろうが」

「金は師匠が握ってマス!!」

「そしてそのお師匠がいないのでは……な」

 何かもうヤケになって即答する僕と、憂いたっぷりの表情で言うメトセラに、カインも何か色々と察してくれたようだ。途端に何か可哀想な生き物を見るような眼差しへと変貌した。


 この家に来たばかりの時は師匠許すまじ弟子のお前らも同罪だとばかりだったカインの態度が軟化した瞬間である。



「――つまり、お前ら本当にゲイルがどこに行ったかわからないんだな?」

 微妙にしょっぱい小麦粉を焼いた代物を食べながらも、僕たちはカインの問いかけにちゃんと答えていた。と言っても、知らないわからない程度の答えしか出てこなかったが。

 そもそも師匠がいついなくなったかもわからないのだ。昨日はいたから夜から夜中にかけてなんだろうな、とは思うけど。


「知るわけないでしょう。知ってたらそもそもさっき師匠の部屋になんて向かわずに最初からそう言ってますよ。で、直接カインさんを師匠の部屋に向かわせるなり家捜しでもさせてますよ」


 はぁ、とあからさまな溜息をつかれ、それはまさしくこっちの心境だと言いたい。

 昨日までは確かにいた人が、いきなり今日になったら忽然と消えてるだなんて想像できないからね。ご丁寧に自室の荷物全部持っての夜逃げだよしかも。

 僕とメトセラなんていきなり無一文だよ?

 かろうじて家に残っている自分の物とか売り払えば幾許かの小銭は手に入るかもしれないけど、そんなはした金があったところでどうなるというのか。


「あー……じゃあもういいやお前らで。ゲイルの奴が逃げたってんなら仕方ないよな。つーわけでちょっとお前ら、俺に付き合え」

「え……?」

「何故」


「とりあえずマトモな朝食くらいは奢ってやるから」

「ご馳走様です」

「了承した」

 不味いし量も少なかった朝食は早々に胃の中へと収められたが、僕もメトセラもまだかろうじて育ち盛りと言えない事もない年齢だ。あっさりと釣られるのも仕方のない事だろう。



 思えばここで全力で拒否していれば……なんて、後にこの時の事を思い返すたびに悔やむ事になるだなんて、この時の僕は知る由もなかったのである。

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