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7彼もたいがい失礼な男だった……

 薄茶色の髪はくせがあり、髪の量も多い。

 焦げ茶色の瞳は細くはないけれど、ぱっちり大きくもない。

 鼻は小ぶりで、高くはない。唇は下唇がぽってり気味であるが、下品なほどではない。

 肌はそばかすが少し気になる。


 目を瞠るほどの美人ではないけれど、鏡を見て落胆するほど、欠点だらけではないと思う。

 そこそこ。そこそこの顔である。

 セレイアは鏡に映った自身の顔を見ながら、思う。


 地味なのは、化粧が薄いせいもあるだろう。

 化粧をし過ぎるとなぜか、けばけばしくなってしまうので、濃くはしないようにしていた。

 あとはドレス。もともと、派手な色が好きではなく、つい深緑とか、臙脂色とか、紺色とか。くすんだ色合いのドレスを選んでしまう。そういったところも、地味に見えてしまう要因であろう。


 冴えないし、地味。

 その言葉は彼とコルネリア王女の『恋物語』が社交界で噂されるようになる前から、何度も言われたことのある言葉だ。

 けれど、冴えないし地味の言葉には、『ハロルド・ランドールの婚約者にしては』の前置きがあった。


 デビュタントとして社交界に出て、少し経った頃だ――。


『あなたのせいで、酷い言われようだったわ』

 彼にエスコートされ出席した夜会の帰りの馬車の中。セレイアは彼に怒りをぶつけていた。

『……何を言われた』

『あれが、ハロルド様の婚約者~、何だか地味ねぇ~、ハロルド様の婚約者にしては冴えないわぁ~、って。悪かったわね、地味で冴えなくて』

『……君は地味でもないし、冴えなくもないだろう』

『そう……そうかしら?』

『君は普通の顔だ』

『…………ねえ、怒らせたいの?』

『なぜ怒るんだ』

『なぜ怒ってるのかわからないの?馬鹿じゃないの』

 たとえそれが真実であっても、普通の顔など、言うべきではない。

 女心がカケラも理解出来ない。

 この男が、なぜ淑女から人気があるのか、セレイアは不思議でたまらない。

 世の女性は、顔と家柄さえよければ、それでよいのだろうか。謎だ。


『社交界での付き合いが煩わしいなら、夜会の誘いは断ればいい。君が言いづらいなら、俺から父君に頼む』

『……でも、社交界の付き合いも大事でしょう?』

『兄上が爵位を継げば、俺はランドール家を出て、いち平民となる。警護につくことはあっても夜会に招かれ、出席することもなくなるだろう。将来的には、社交界の付き合いは必要がなくなる』

 セレイアが一人娘だったならば、彼がファルマ家へ婿入りし爵位を継いでいただろうが、弟が生まれ、その道はなくなった。

 弟の存在の否定は、少したりともしたくはない。しかし、少しだけ彼に悪い気がした。

 沈んだセレイアに気づいたのか、彼が訝しげに見つめてきた。

『貴族の暮らしが惜しいのか?』

『違うわ。そうではなくて』

『爵位はなくとも、俺は騎士として、確固とした地位を得る。そのために学び、経験を積んでいる。君に今の暮らし以下の生活など、させはしない』

 しっかりとした口調で言われて、騎士学校での努力からの活躍も、二人の将来のためだったのかと嬉しくなった。

 同時にセレイアは、顔と家柄だけの男だとつい思ってしまったことを、申し訳なかったと反省した。

『将来のこときちんと考えてくれているのね。馬鹿って言って、ごめんなさい』

『構わない……セレイア』

 じっと綺麗な黒曜石の瞳に見つめられ、胸が高鳴った。

『な、なに?』

 頬を熱くさせながら、彼を見返した。

『俺は普通の顔でいい』

『……それはどうもありがとう』

 セレイアは棒読みで答えた。

『……どうして怒るんだ』 

 喜ばせるつもりで言っているのか。やはり馬鹿なんじゃなかろうか、とセレイアは思った。

『普通の顔とか言われて嬉しいわけないでしょう。もっとこう……あるじゃない。お世辞でもいいのよ』

『夫婦、恋人関係の崩壊は嘘からはじまると、書物で読んだことがある。俺は君には嘘はつかない』

『ああ……そう』

 この男に甘い言葉を期待した自分が愚かなのだろう。

 長い付き合いだ。乙女心をわからせようとしても、全くの無駄だということはセレイアもよく知っていた。


(あの後……ひと月くらい、手紙を貰っても返事を書かなかったのよね……)

 ひと月後、整った顔をどこかしょんぼりさせながら会いに来て、返事をくれない理由を教えて欲しい、と言われた。

 怒ってることが馬鹿らしくなって、失礼な言葉の数々を赦してあげたのだ。



 ディルク・ヘルトル辺境伯は華やかな美形だった。

 彼のような派手な人物からしてみれば、セレイアは地味で冴えないのだろう。


 アンネはあれから夜が更けて、もう寝ましょうとセレイアが言うまで、辺境伯に対する怒りを口にしていた。

 そして彼女には、平然としているセレイアがよく言えば優しい。悪く言えば気弱に感じられたらしい。

 弱気になるのは駄目です、と説教らしきことも言われた。


(正直なところ……全然、腹が立たないのよね……なんていうか、どうでもいい……っていうか)

 彼に『普通』と言われたときは、ひと月の間、怒りがおさまらなかったというのに。

 今思い出しても、イライラしてくる。

 褒め称えろとまでは言わないけれど、『普通の顔でいい』は言葉の選択が間違っている。

(せめて、普通の顔がいい、とか……私じゃなく、単に普通の顔好きみたいだから、それはそれで何だか、ちょっと違う気がするけど)


 セレイアは鏡に映った特に美人でも醜くもない普通の顔を見ながら、髪を櫛で梳き、結い上げる。

 貴族の淑女の中には身の回りのこと……髪を梳いたり化粧をしたり、着替えまで、メイド任せの者もいるが、セレイアはある程度のことは自分ひとりでするようにしていた。

 特にこれから、この離れでふたりだけの生活をするならば、アンネばかりに任せず、家のこまごましたことは分担した方がよいだろう。


 ディルク・ヘルトル辺境伯の失礼な態度もだが、この離れに追いやられたことも、セレイアは怒っていないし、むしろ助かったような気もしていた。

 

 セレイアと辺境伯の婚儀の日は、まだはっきりと決まってはいない。

 今のセレイアは、辺境領地での暮らしに慣れるため、花嫁修業をしているという立場である。

 王家の体裁なのか、王女の気持ち的なものなのか。理由はわからないが、セレイアたちの結婚は、コルネリア王女たちの婚儀の後だという。

 まどろっこしいとは思うけれど、気持ちの整理をつけるためには、良かったと思う。

 そして――。

 辺境伯と夫婦として上手くやっていくことが、セレイアの幸せに繋がるのだろうが……。

 愛さないでよいと、お飾りの夫婦でよいとディルク・ヘルトルに言われ、セレイアは不愉快に思うよりもずっと、安堵していたのだ。


 


 ハズバ領に着き、この離れで暮らすようになって三日目。

 アンネは昼食を取りに屋敷へと行っていた。

 その間に軽く掃除をし、ほどほどにお腹をすかせて待っていたセレイアのもとに、アンネは昼食と一緒に、予期せぬ来訪者を連れてきた。

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