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6男運がないというけれど

「遅いですね……」

 アンネが不審顔で外を窺いながら言う。


 御者は到着を知らせに行ったきり、帰ってこない。

 本来なら出迎えがあって良いはずなのに、庭も屋敷も静まり返っていた。


「セレイア様はこちらで待っていてください、ちょっと様子を見に行って来ます」

「私も行くわ」

「だめですよ。淑女はこういう時、じっと待つものです。それに、いくら向こうの立場が上だからって、出迎えもせず、待たせるなんて、失礼な話です」


 セレイアが今日到着することは、知っているはずだ。

 それなのに、出迎えもないということは……歓迎されていないということなのだろう。


「でも、ずっと待たされ続けるのも屈辱的でしょう?というか、疲れているから部屋で早く、休みたいの。時間を無駄にしたくないわ」

 辺境伯側は、王家の命令で、仕方なくセレイアとの婚姻を承諾したのかもしれない。しかしそうであったとしても、流石に追い返したり出来ないはずだ。


 渋々ではあったがアンネも納得してくれた。

 先に馬車を降りたアンネの手を借り、地に足をつけた時だった。

 物々しい音を立て、屋敷の扉が開き、濃紺のフロックコートを纏った男が現れる。


 長身で、がっしりとした体格。日に焼けた肌。

 少し癖のある金色の髪に、若干垂れ目がちだが二重のくっきりした碧玉の瞳。

 鼻梁は高く、唇はやや厚めだが、かたちは良い。

 元婚約者の冴え冴えとした美貌に見慣れていたセレイアであったが、男の雄雄しくも華やかな風貌に思わず息を呑んだ。


「あなたがセレイア・ファルマ嬢か。……噂通りだな」

 セレイアを検分するように眺めてから、男は口を開いた。

「……うわさ、ですか?」

 男のかたちの良い唇が、くっと歪む。

「地味で、冴えない」

「……ちょっとっ……っ!お待ち下さい。失礼ではありませんか!」

 男の言葉に、隣にいるアンネが声を荒げた。

「失礼、だと?」

「王命により、セレイア様はこちらへ嫁いできたのです。挨拶もなく、そのような侮辱の言葉」

「侮辱か……コルネリア王女の恋路を散々邪魔し続け、ハロルド・ランドールに別れを告げられてもなお、しつこく迫り、追いすがったと聞いているが。侮辱だと感じる矜持があるのか」

 男は不敵な笑みを浮かべながら、セレイアに近づいてきた。

 そして目の前で止まり、碧玉の双眸で見下ろす。


「王命だ。結婚はしよう。しかし、私の愛情が得られるなどという、勘違いはしないでくれたまえ。私には身分の違いから婚姻は出来ずにいるが、恋人がいてね。今回のこの件を受け入れたのも、そのことがあったからだ」

「……っ、そ、そのこと……」

「ああ。あなたには私のお飾りの妻になってもらう。あなたを妻にはするが、私が愛し、跡継ぎの母となるのは、あなたではない」

「……っ」

 アンネが舌打ちをしたのが聞こえて、セレイアは彼女の腕を掴んだ。


 自己紹介もされていなかったが、話の内容からして、目の前の男が辺境伯ディルク・ヘルトルなのだろう。

 いくら失礼な態度を取られたとしても、使用人が怒鳴り散らしてよい相手ではない。


「それから、屋敷にも入れるつもりはない。あつかましい女だと耳にしているものでね。庭の、この先に、離れの小屋がある。あなたにはそこで暮らしてもらう」

 そう言い、背後に視線をやる。

「案内してやれ」

 ヘルトル家のメイドなのだろう。

 中年の女性が現れて、わかりました、と返事をする。


 男はセレイアをひと睨みして、踵を返し、屋敷の中へと消えていった。


   ◇

 小屋と言っていたので、馬小屋のようなものを想像していたが、そこまで酷くはなかった。

 石壁の屋敷はこじんまりとしていたが、部屋は一応、三部屋あったし、内装も簡素だが清潔だった。


「お食事は、時間ごとに用意いたしますので、そちらの使用人の方が、取りに来てください。他に、何か用がありましたら、私に言いつけください。それから、外出は禁じられています」

 ヘルトル家のメイドは淡々とした口調で指示を出し、去って行った。


 アンネと二人きりになってから、セレイアは掴んでいた彼女の腕を離した。


「何なの何なの何なの!一体これ、どういうことです!全然、理解出来ないのだけど!」

 必死で我慢していたのだろう。

 アンネは頭から湯気が出るんじゃないかと心配になるくらい、顔を真っ赤にさせていた。

「どういうことって、歓迎されていなかったっていうことでしょうね」

 セレイアが言うと、アンネは唇を尖らせる。


「どうしてそんなに落ち着いていられるのです!あれが、セレイア様の旦那様になるんですよ。あれが!あり得ないです!」

「そうね、お飾りだけど」

「もっと、怒ってください!」

「怒るっていうか……驚いちゃって……。何ていうのかしら……まるでお手本のような、クズというか……。清清しいくらい嫌われてて、感心したわ」


 想像していた人物像とは違い、見かけは良かった。

 しかし、セレイアが望んでいたような『優しさ』は、まったくないようだ。


「愛情が得られるなどと勘違いしないでくれたまえ……だったかしら。たまえ、って……あんまり偉そうに言われたから、思わず吹き出しそうになったわ」

 ふふ、と思い出して、笑い声を零した。

「セレイア様……もうっ、呑気なんだから」

「怒っていたって仕方がないわ。屋敷で暮らすより、狭いけど、ここで暮らすほうが気兼ねなく過ごせそうじゃない?とりあえず、馬車に乗せてた荷物、運んでもらいましょう」

 アンネはセレイアの指示に長い溜め息を吐いた。

 はい、と答え、肩を落とした後、嘆くように言う。


「……セレイア様って男運全くないですよね……。ハロルド様も優しくないっていうか、冷たい性格だったし……顔や身分がいくらよくったって、性格が悪いのはいただけません」

「……彼は……」

「……セレイア様?」

「何でもないわ」


 ああ見えて、優しいところはたくさんあるのよ、と言い掛けたがやめた。

 婚約者の時ならば、アンネに誤解されたくはなかったが、もう婚約者ではないのだ。

 この先、アンネが彼に会うこともないのだから、庇う必要は全くなかった。

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