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5メイドと一緒に辺境領へ

 王都の南西。

 ディルク・ヘルトル辺境伯の治める領地ハズバに、セレイアが着いたのは、王都を出て二日が過ぎた午後のことだった。


 長旅用の四頭立ての馬車での移動であったが、これほど長時間、馬車の中に拘束されるのは初めての経験だ。

 座りっぱなしで腰が痛く、体がだるい。

 

「辺境領って。もっと田舎なのかなって思ってました。お店も人もいっぱいですよ!異民族も多い」

 馬車のカーテンを開け、窓から外を眺めながら、向かいに座っているアンネが言う。

 彼女も長旅は初めてだと言っていたが、非常に元気だ。


 赤毛で愛らしい顔立ちのアンネは、伯爵家のメイドだ。

 今年十八歳になる彼女は、十四歳の時から伯爵家に住み込みで働いている。

 やや図々しいというか、歯に衣着せぬところがあるものの、明るく屈託のない性格をしていて、年が近いこともあり、使用人でありながらも、セレイアは彼女と、友人のように親しくしていた。


「……セレイア様。まだ私がついて来たこと、怒っているんですか?」

 はしゃぎ気味に窓の外を眺めているアンネに、大した反応を返せずにいると、じとりとした視線を向けられた。

「……怒ってないわよ。馬車に揺られ続けて、疲れただけ」

「本当に?疲れただけ?私と一緒で嬉しいって思ってくれてます?」

 暑苦しい恋人のような問い掛けをしてくるアンネに、セレイアは唇を緩めた。

 柔らかな表情を浮かべたセレイアに、アンネも安堵したような顔になる。

 口数の少ないセレイアを、彼女なりに心配していたのだろう。


「あなたが一緒なのは嬉しいのよ。ただ……若いあなたをこんなところにまで付き合わせるのが、正しいとは思えなかっただけ」

 大人数で押しかけても、あちらの迷惑になるだろうと、同行するメイドは一人だけと決められていた。

 本来ならば年配のメイドが同行するはずだったのだが、アンネがどうしても一緒に行きたいと、父に直訴したらしい。

 娘とアンネが親しくしているのを知っている父は、すぐに了承した。


 慣れない場所で、慣れない生活が始まる。

 心置きなくお喋りの出来るアンネがそばにいてくれることで、セレイアの気持ちが救われることはあるだろう。

 しかしまだ年若い彼女を、自分の人生につき合わせてしまうのは、心苦しい。

 王都には彼女の家族もいるし、友人もいる。

 王都から辺境領までは、気楽な気持ちで行き来できる距離ではなかった。


「セレイア様は、考えすぎなんですよ!正しいとか正しくないとかって、そんなの誰が決めるんです?……知ってます、セレイア様。ここ、辺境領ってお抱えの騎士団がいるそうです。王都の騎士団も若くて格好の良い人ばかりだったけど、何となくツンってすましてて、平民には興味なしって態度で冷たいし……でも、こっちの騎士団の人たちは、気さくだって、聞いたことがあります」

 アンネが目をキラキラさせて言う。


 確かに王都の騎士団は、平民出身の騎士は少なく、貴族出身者がほとんどだ。

 差別意識も根付いているという。

――そういう騎士団の気風を変えていきたいと、彼にしてはめずらしく、饒舌に語っていた。


(いつも、すました顔をしているけれど……熱血なところもあるのよね。弱いものいじめとか嫌いだし、違反とか絶対許せない真面目だし)


 以前、一緒に、観劇に行ったことがあった。

 しかし予期せぬことでもあったのか、開幕時間がかなり遅れてしまった。

 門限というわけではないが、セレイアは夕方までに帰ると、言い残して出てきていて……。


『出るぞ』

『ど、どうしたのよ?』

『このままだと、約束の時間までに君を送り届けられない』

『……そんなの、少しくらいは構わないわよ』

『駄目だ』

『いやよ……まだ途中なのに、帰るなんて』

『駄目だ』


 小声だったけれど、観劇の最中の言い合いだ。周囲にいた観客席の人たちから睨まれ、叱られてしまい、結局、劇場を出ざるを得なくなった。


 観劇の途中で出て行くなど、そちらの方がマナー違反だ。

 そのことを指摘すると、予定通りに始めなかった劇場側が悪いのだから仕方がない、と言い返された。


(口約束の帰宅予定なんて少々破ったって構わないのに……本当、融通のきかない人だったわ……)


「セレイア様?」

 想い出の回想は、アンネの訝しげな声で遮られた。

「ああ……辺境領のお抱え騎士の話だったわね。それが、何なの?」

 想い出に浸る前に話していたことを思い出し、訊ねる。

「セレイア様は私が同行したことを正しいと思えない、って仰りましたけど、もし、私が、ステキな出会いがあって、騎士さまに見初められて、結婚に至ったとしたら!私が、セレイア様に同行したことは、正しいってことなんですよ」

「……あなた、もしかして、そんな不純な動機で付いてきたの……?」

「セレイア様を放っておけなかったんです。けど……素敵な男性と出会いたいし、玉の輿に乗りたいです。不純な動機は、もちろんあります」

 アンネの欲望丸出しの正直な言葉に、セレイアは声をたてて笑った。

「あなたが一緒に来てくれて良かったわ」

心の底からそう思う。

 彼女がいてくれたら、これから何が待ち受けていようが、それなりに楽しく暮らせる気がした。

 猪突猛進なところもあり、わりと感情のままに生きていて……使用人として不安な部分がないといえば嘘になるけれども。



 ハズバには国境を守る重厚な砦があり、アンネの言ったとおり、辺境騎士団が結成されていた。

 しかしハズバ領に面した隣国とは同盟を結んでおり、長らく争いごとはない。

 そのせいだろう。街には活気があり、人々の顔は明るい。

 交易も盛んらしく、異民族らしき者もちらほら見かける。

 セレイアはアンネとお喋りをしながら、馬車の窓から、街並みを眺めた。


 しばらくして、重厚な門が見えてくる。

 門を潜り、広い庭に入る。

 城のような屋敷の前で、馬車がとまった。


「よい方だといいですね」

「……そうね」


 ディルク・ヘルトル辺境伯との縁組は王家を介して結ばれたもので、コルネリア王女も関わっている可能性が高かった。

 ただたんにセレイアを王都から追い出したかっただけならよい。

 セレイアから婚約者を奪ってしまった罪の意識がほんの僅かでもあって、それで良縁を用意してくれたなら、もっとよい。

――期待したい気持ちもあったが、嫌がらせのような相手を用意されている気がしてならない。


(二十七歳っていってたから、年齢的には離れていないけれど……)


 容姿にはこだわりはない。頭が薄くてもよいし、小太りでも大丈夫だ。

 毛深い人は苦手だったが……まあ、我慢は出来るだろう。

 おおくは望まない。優しい人がよい。優しい人ならば、きっとうまくやっていける気がする。


 それが新しい婚約者に対する、セレイアのささやかな希望だったのだが……残念ながら、そのささやかな望みは叶うことはなかった。

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